第389話 調査隊

「大丈夫ですよ。落ち着いて、ゆっくりです。」


そう言ったピルテが、何度かスラたんの腕と手を揉み解すように両手で包み込む。


カランッカランッ……


血に濡れたダガーが、やっと地面に落ちる。


「僕が……」


殺したんだ。人を。


最後まで口には出さなかっが、そう言いたいのは理解出来た。


「そうね。スラタンが、シンヤさんとニルちゃんを助けたのよ。」


俺が分かったということは、間違いなく、ハイネもスラたんの言いたい事を理解出来たはず。しかし、ハイネは敢えて、助けた事を強調する。


「僕が…助け……た?」


「ええ。私もピルテも、あのタイミングでは間に合わなかったわ。スラタンが動いていなければ、怪我をしていたか…死んでいたかもしれないわね。」


ハッキリ言おう。ハイネの言葉は嘘だ。


ハイネはあの時、俺が対処しなくても、手の届く距離に控えていた。


怪我人の男が武器を振り上げた時、その奥に、黒い影が動いていたのを見た。もし、スラたんが飛び出さなければ、ハイネが対処していたはずだ。

しかし、スラたんが動いたのを見て、任せたはず。

それなのに、ハイネは、スラたんが俺とニルを助けたのだと、強く言う。


「スラタンが殺さなければその代わりに、誰かが死んでいたかもしれないのよ。

剣意…だったかしら。スラタンが決めた、誰かを守る為の剣。スラタンが今回振った剣は、まさにそんな剣だと思うわよ。」


「誰かを守る為の剣……」


スラタンは、自分の小刻みに震える手を見る。


ハイネの言葉は、嘘ではあるが、間違ってはいない。今回、スラたんが飛び出したのは、俺やニルが傷付けられる事に対し、自分が動かなければと、緊張する体に鞭を打って現れてくれたのだ。そこには、相手を殺すという結果の前に、俺達を守る為にという理由が存在する。そして、その理由が存在する限り、同じ殺人行為だとしても、盗賊や快楽殺人鬼とは一線をかくす事になる。

それこそが、剣意であり、揺るがない覚悟となる。

相手が例え怪我人であろうと、重病人であろうと、自分達の守るべきものの為に必要が有るならば、斬る。それが出来なければ、旅の同行はさせられない。


守ろうとしているものが、傷付けられるという時、動けないと言うのは優しさではなく、臆病である。

それが、非戦闘員であるならば、博愛主義とも言えるだろうが、戦闘員として参加する以上、守るべきものの優先順位というのは、非常に重要になってくる。

自分は何を守るのか。それを理解し、それを傷付けるものを許さない。そういう考え方が出来るか否か…これはとても重要な事なのだ。

そして、それがスラたんには出来る。ハイネは、恐らく最初から分かっていたのだ。何故ならば、それこそ、スラたんの祖父が見せた激怒だったのだから。

育てる気も無いのに産んだ子供。薬漬けの体。それでも、自分の人生の伴侶はんりょである祖母が腹を痛めて産んだ可愛い娘。

祖父は間違いなくスラたんの母親を愛していたはずだ。それでも、孫であるスラたんが傷付けられた時、その娘を殺すとまで言ったのだ。そして、祖母もそれに対して何も言わなかった。そのたった一言が、どれだけの重さを持っているのか、子供を産めないハイネには分かっていた。

守るべき優先順位。祖父にとって、孫であるスラたんが一番だった証である。そして、その為には、自らの子である娘を殺すとまで言う程の覚悟。

これ程までに芯の通った祖父母に育てられたスラたんに、それが出来ないはずは無い。そう信じていたのだろう。

スラたんの祖父は、スラたんが傷付く前に、その覚悟を決められなかった自分を恥じていたかもしれない。それでも、その背中を見て育ったスラたんは、その意志をしっかりと引き継いでいる。

ハイネの予想…いや、期待は、間違っていなかった証拠だ。


「お爺様がスラタンを守ったように、スラタンは私達を守ってくれたわ。今回のスラタンの戦いに、それ以外の意味は無いわ。」


「………………」


取り乱しこそしていないが、スラたんはかなり酷い顔をしている。


「……私が最初に人をこの手に掛けた時も、同じような状態になりました。」


真っ青になったスラたんの手を握り、ピルテが静かに話を始める。


「こういう問題は、心の強弱ではありません。

同じ経験をしても、何とも思わない人も居れば、自分一人で消化してしまう人も居ますし、逆に私のように酷く落ち込んでしまう人も居ます。」


ピルテの言葉に聞き入るスラたん。


「ですが、お母様が、私が躊躇った事で、怪我を負ってしまう…もしくは、死んでしまうのを想像してしまうと、体が勝手に動いてしまいました。」


「僕と……同じ?」


「ええ。そうです。」


「ピルテさんは、どうやってこの…最悪な気分を乗り越えたの…?」


スラたんの言葉に、ピルテは目を瞑り、首を横に振る。


「乗り越えてなどいませんよ。」


「え…?」


「これまで、何度か人を手に掛ける事がありました。しかし、今だって、最悪の気分です。」


「そんな……」


スラたんは、解決しない問題を前に、苦しそうな顔をする。


「ですが、それで良いと、お母様が言ってくれました。」


「??」


「人を殺す事で、嫌な気分になるのは、自分が正常だという証だと。

守る為に、敵を殺す。これは戦闘においてどうしても必要な事です。ですが、人を殺す事に変わりはありません。殺す事でしか、守れない時もあるのですから。

ですが、それに対して、嫌悪感や罪悪感を抱くのか、それとも、快楽を感じるのか、何も感じないのか…というのはまた別の話です。

出来るならば、人を殺したくない。殺さずに解決出来るならば、そうしたい。そう考える事が悪い事であるはずがありません。寧ろ、そう考える事こそ、盗賊や神聖騎士団と、我々の違いなのです。」


「………………」


「人を殺すという行為に嫌悪感を持ち、出来る限り穏便に済ませる。私達は殺しをしたいのではなく、あくまでも守りたいのですから、そう考えるのは必要な事です。」


人を殺す事に対し、罪悪感を感じない俺ではあるが、別に人を殺したいとは思っていない。穏便に事が済むならば、その方が圧倒的に良いし、それで解決する事ならば、敢えて殺す選択肢を取ったりはしない。


「今、スラタン様が最悪な気分なのは、正常な人間だという証なのです。ですから、それを手放そうとはしないで下さい。」


「これを……」


「辛いのは分かります。私もそうでしたから。

ですが、ニルも言っていましたよね。スラタン様が殺した相手の事ではなく、守れた命を忘れないようにと。」


そう言って、ピルテが俺とニルの方を見る。


「スラタン様。助かりました。ありがとうございます。」


ニルが直ぐに頭を下げる。


「俺も助かったよ。ありがとう。」


当然、俺もお礼を言う。


「シンヤ君…ニルさん……」


ある程度落ち着いてきたスラたんには、きっと、先の状況で、俺達が殺られる事は無かったと理解出来ているはず。それでも、スラたんが動いてくれた事で、より安全に、確実に敵を仕留められ事に変わりはない。

そして、俺達が騙そうとしてお礼を言っているのではない事を、スラたんも分かってくれているはずだ。


「とてつもなく吐きたい気分だけど……でも、こうして守るしか無い時だって有るんだよね……ううん、ここから先は、そういう場面の方が多くなるよね。

ピルテさん。ハイネさん。ありがとう。気分は最悪だけど……最悪な気分である事を、受け入れる事が出来そうだよ。」


ピルテが、握っていたスラたんの手を放す。


スラたんの震えは止まっていた。


「今後も、気分が悪くなればいつでも言って下さい。」


ピルテがスラたんに優しく微笑む。


「う、うん…もしもの時は皆を頼りにさせてもらうよ。」


「はい!」


これでオールオッケー!とはいかないかもしれないが、スラたんなりの落とし所を作れたはず。

これから先も、恐らくは大丈夫だろう。多少のメンタルケアは必要かもしれないが、それはピルテとハイネに任せた方が良さそうだ。

俺にも出来る事が有るならば、当然助力は惜しまないが……俺とスラたんでは、精神的な部分で違いが大き過ぎる、あまり良い助言や助力が出来るとは思えない。


「ご主人様。」


「…ニル?」


俺の感情の動きを読み取ったニルが、声を掛けてくる。


「私は、ご主人様に何処までも、いつまでも付いていきます。」


何度も聞いたニルの言葉。


スラたんと俺は違う。違って当然だ。違う人間なのだから。

しかし、それで落胆するのは間違っている。俺は俺だ。そして、ニルはそんな俺に付いて来てくれると言っている。落胆する必要など無いと。


「また心配させてしまったな…ありがとう。もう大丈夫だ。」


「はい!」


嬉しそうに笑うニルの頭をポンポンと撫でてやると、擽ったそうに笑う。


「さてと……こいつらをどこに連れて行こうか…」


一通り、話を終えた後、意識を失っている盗賊二人を見下ろす。

全身を縄で縛り、身動きを取れないようにしてある。


「外層に放置していたら、確実に栄養になってしまうわよね。」


「一日どころか、一時間ももたないだろうな。」


今は、後ろに控えてくれているスライム達のお陰でモンスターは寄って来ないが、元々この豊穣の森は植物型モンスターの巣窟そうくつ。スライムの脅威さえ去れば、餌だ餌だ!とばかりに寄ってきて、直ぐに縛られた二人は森に取り込まれてしまうだろう。


「クォーツスライムを見付けた岩場の亀裂。あそこならば、蓋さえしておけばスライムも入って来られないだろうし、どうにかなるかもな。」


「そうね…私とピルテが、薬草の採取と、見張りをしておくわ。」


「スラたんは…近付かないようにしてくれ。刺激が強過ぎるだろうからな。」


「う、うん…分かった。」


いくら心の整理がある程度出来たとはいえ、拷問の類は、また違った苦痛を感じる。優しく微笑んでくれたピルテとハイネが、縛り上げられた男達に拷問する姿は、見せたくない。

二人が吸血鬼族である事は明かしていないし、吸血行為を見られるわけにもいかない。

何をするのか想像出来てしまえるとしても、実際にそれを見なければ、想像止まりだ。それならば、ハイネ達も、スラたんも、無駄な心の傷を負わなくて済む。


俺達は捕まえた男二人を連れて、内層へと戻る。


空は真っ赤になっており、太陽とは逆の空は紫色へ変わっている。

岩場の亀裂へと向かい、スライム達に食われないように亀裂の中の安全を確保し、二人を中へ。その後、土魔法で蓋をしておけば一先ず安心だ。

スライムは核が通れる隙間ならば、ほぼどんな場所でも通れてしまうナメクジのような生き物である為、空気穴やその他亀裂をしっかりと確認しなければならず、思っていたよりも時間が掛かってしまった。

全てを終えてスラたんの家に戻る時には、既に周囲は真っ暗となっていた。


「あの五人は調査隊なんだよね?帰って来ないとしたら、別の調査隊が送られて来ないかな?」


夕食を終えて、落ち着きを取り戻したスラたんが、盗賊達の話を始める。


「まあ、送ってくるだろうな。」


死体については、森のモンスター達が処理してくれる為、証拠は残らないだろうが、調査隊が帰還しない事は把握出来るし、そうなれば、調査隊の調査に来る者達が現れるはずだ。


「大丈夫かな?」


「豊穣の森について詳しく調べたならば、モンスターに殺られたと思ってくれるだろうし、大丈夫だと思うぞ。直ぐに調査隊を送って来たとしても、そう簡単に豊穣の森は抜けられないだろうしな。」


「でも、前に言っていた、黒犬とかいう連中とか、もっと強い連中が来たら、突破されちゃうかもしれないよね…?」


「まあ、その可能性は十分有るだろうな。十中八九、今回送られて来た五人は、主力ではないだろう。その五人で、無理矢理にだとしても、外層を半分まで突っ切れたんだ。主力級の奴らや、黒犬が出張って来たら、内層まで抜けてくるかもしれない。」


「そうなると、その前には、ここを出ないといけないね……急いで研究を進めるよ。」


「俺達も、出来る限り薬草を揃えて来る。サプレシ草を中心にな。なるべく早くここを出よう。」


「…よーし!やるぞー!」


スラたんがガタリと椅子を鳴らして立ち上がると、気合を入れて部屋へと入って行く。スラたんの事だ。寝る間も惜しんで研究してくれるはずだ。俺達も、それを無駄にしないように、薬草の採取を行わなければならない。


「俺とニルは、少し休んだら外層に向かう。ハイネとピルテは、男達から情報を抜き出してくれ。」


「こっちは任せておいて。必要な情報は必ず抜き出しておくわ。当然、薬草もね。」


「頼んだ。」


ハイネとピルテは、立ち上がると、直ぐに岩場に向かう為、家を出る。二人は薬草を届けに来る時や、食事以外は、岩場辺りで過ごすつもりなのだろう。

全員、かなり無理をする生活になってしまうが、数日の事だ。


「ニル。装備の確認をして、少し寝るぞ。スライムを連れて行けるとしても、外層は危険な場所だ。」


「はい。」


結局、休み休みではあったが、薬草採取、珍しいスライム探索を繰り返す事になった。

スラたんの研究がどれくらい進んでいるのかは、日に数度、スラたんの家に戻った時に聞き、必要な薬草や足りなくなりそうな薬草も聞き、採取して戻って来て…を繰り返す。

ハイネとピルテと、家に戻る時間を合わせて、得られた情報を共有し、またそれぞれの役目に戻る…という状況だった。


「捕まえた盗賊の二人は、ハンディーマンの構成員みたいですね。」


二日後、盗賊達の素性が明らかになった。

俺達は、一度それぞれの手を止めて、全員で話し合いをする事にした。


「ハンディーマンって事は、ジャノヤ近郊で活動している盗賊団か。」


「頭領は、黄金のロクス…だったかしら。」


「残り三つの盗賊団は、ジャノヤから更に北の土地で活動しているらしく、一番近いのがハンディーマンみたいですね。」


「他の盗賊団が活動している場所は、細かく把握出来たのか?」


「いいえ。ジャノヤより北という事しか知らないみたいよ。」


「そうか……だが、北に注意していれば良いという事が分かったな。

フヨルデについては?」


「どうやら、ハンディーマンとも強い繋がりを持っているみたいね。かなり資金的な援助をしていて、何度も仕事の依頼をしているみたい。」


「フヨルデ御用達の盗賊団か。ジャノヤ付近で活動しているのだから、当然と言えば当然か。ザレインについては?」


「やはり、フヨルデが絡んでいる様子ですね。ハッキリとは分かりませんが、ハンディーマンもザレインの売買等で、儲けているみたいです。ジャノヤの街は勿論の事、近郊の村や街でもザレインを売り捌いているみたいです。」


「許せないね…」


スラたんとしては、ザレインを使って儲けているハンディーマンも、フヨルデも許し難い相手だろう。


「しかし、それだけ儲けていて、売り捌きまくっているとなると、どこからザレインが流れてくるのか気になるな。」


「どこからって…フヨルデが準備しているのでしょう?」


ハイネは何を今更…と俺を見ているが、そういう事ではない。


「確かに、準備をしているのはフヨルデだが、そもそもザレインをどこから仕入れているかって話だ。

話では、ザレインという植物は、かなり珍しいものなんだろう?それなのに、ジャノヤという大きな街に加えて、周辺の村や街にまで流すとなると、かなりの量になるはずだ。」


「それもそうね…」


「自生している物を集めるというのは無理が有る話だし、現実的に考えれば、ザレインを栽培している場所が有ると考えるのが普通だろうね。

ザレインの栽培はかなり難しく、成功した者はいないと聞いた事が有るけど…それをどうにか出来る手法でも知っているのかもしれないね。

栽培するのはどこへ行っても禁止だし、違法行為だからというのと、栽培しても儲からない事が殆どだから、栽培する人が居なくて手法が見付けられていないだけかもしれないけど…。」


「採取しても儲からない?高価なんだよな?」


「いや、高価さ。余程金に余裕の有る人達にしか手に入らない薬物で、違法。そんな物は、栽培しても売れないんだよ。一般市民の人達は、そんな物に金を払うより、食べ物を買うからね。」


生きる事自体が大変なこの世界では、薬物に対する需要が発生し難いという事だ。一般市民の者達には売れない。では貴族へ売りたい。だが違法だから買う者が少ない…という流れだろう。


「栽培が簡単になる手法が有るとしたら、高価というデメリットが無くなるから、上手く儲ける手立ても出来てくる。そうじゃない事を祈りたいけど…」


栽培しているのだとすれば、スラたんの予想が当たっている可能性が高い。その手法とやらが、誰にでも可能なものではない事を願うばかりだ。


「それについても、何か分かれば、また教えてくれ。」


「分かったわ。」


「ハンディーマンの話に戻るが、奴等は特定の場所に定住しているのか?」


「いえ。ジャノヤ近郊を中心に活動しているみたいだけれど、定住しているという事ではないみたいよ。」


「俺達としては、その方が厄介だな…」


「ええ。でも、捕まえた二人が、何ヶ所かハンディーマンの盗賊達が集まる場所を知っていたわ。」


「それは有難いな。場所は分かるか?」


「ええ。分かるわよ。全てジャノヤ近郊ね。」


「そうなると、ジャノヤ方面行きは決定だな。他にも何か分かれば、その時にまた教えてくれ。」


「ええ。それじゃあ、私達は戻るわね。」

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