第390話 卵

捕まえた男達から、いくつか情報を入手出来た。ハンターズララバイに繋がる情報は入手出来なかったみたいだが、ハンディーマンの拠点がいくつか分かったのは大きい。

取り敢えずは、その拠点へ向かう事になりそうだ。

因みに、捕まえた二人からは、それ以上の情報は手に入らず、結局森の栄養源になってもらう事になった。


その日から、また薬草採取を行う日が過ぎ、盗賊達を捕まえてから五日後。スラたんの研究に目処が立った。


「二日も早く目処が立ったのか?!」


当初の予定よりも、二日早く目処を立ててくれたスラたんに、驚愕してしまう。目の下のクマを見る限り、ほぼ寝ずに研究してくれていたのだろう。


「かなり駆け足だったけれど、何とかね。

多分、今の方針で研究を続けていけば、近いうちに完成すると思う。」


「凄いな…」


「シンヤ君が褒めてくれるなんて、雨でも降るのかな?」


「素直に凄いと思ったからな。元々無理のあるスケジュールだと思っていたから、伸びる事はあっても縮まるとは思っていなかったんだ。」


「ふっふっふっ。これで少しは見直してくれたかな?」


スラたんは胸を張り、腰に手を当てる。


「正直、本当に凄いと思っているよ。これは感謝しないとな。」


「う、うーん…そんなに素直に言われると、僕が凄い嫌な奴みたいになっちゃうじゃないか。」


「え…?」


「違うの?みたいな顔で見ないでくれないかな?!泣くよ?!」


「冗談だっての。それより、直ぐに出られるのか?」


「少しだけ余分に薬草を採取しておきたいから、それだけ採取してだね。」


「疲れているとは思うが、今はこの森を出る事を優先した方が良い。近くまで盗賊の連中が来ている可能性が高いからな。」


「盗賊が来るとなると、この家も荒らされそうだね…」


十年も住んでいた家だし、愛着も湧いているだろう。


「荒らされるのが嫌なら、土魔法で岩の壁でも作って隠しておけば良いだろう?」


「僕はあまり魔法が得意じゃなくてね…」


魔法が使えるゲームだからと言って、魔法を使う者達ばかりではない。実際に脳筋スタイルで、筋力的なステータスを爆上げして、魔法には一切触れない奴も居た。タンク役を担う連中には割と多かったし、別に珍しい事ではない。スラたんの場合、魔法に対して耐性を備えている種類が多いスライムの研究家だ。生活魔法やある程度の魔法は使えても、魔力が高いという程のステータスは持っていないのだろう。


「それならば、私とお母様で家を岩で覆っておきますよ。魔力を偽る魔法も使えますから。」


「それは嬉しいね。ずっとここに居たし、ピュアたんとの出会いもここだから、いつかまた戻って来たいからさ。」


「それじゃあ、俺とニルで必要な薬草を集めて来るよ。スラたんは必要な物をインベントリに突っ込んで、ハイネ達と馬車で待っていてくれ。」


「了解!」


スラたんは急いで準備を始める。


「ニル。少し急ぐぞ。」


「はい!」


俺とニルは家を出て、必要な物を揃えに行く。


既に慣れたピュアスライムを、ニルが肩に乗せて走る。


内層で採れる薬草に関しては、時間を見付けてはハイネとピルテが採取してくれていた為、かなりの数が集まっており、採取の必要は無い。俺とニルで外層に生える薬草も集めてはいたが、珍しいスライムの探索も同時進行していた為、十分量は集まらなかった。それをこれから最速で採取しに行くという事だ。


調査隊が入って来てから五日経っているのだし、既にハンディーマンの手の者が、追加で森の中へ侵入して来ている可能性は十分に有る。しかし、それを警戒し過ぎて、内層でモジモジしていても物事は進まない。現状、まだ見付かっていないのだし、効率重視で動くのが最善だろう。モタモタしていたから見付かった…なんて目も当てられない。


ニルと共に必要な薬草を探しては採取し、必要量になるまで外層を走り回った。スライム達が共に付いて来てくれているお陰で、かなりスムーズに採取が出来る。いつもならば、珍しいスライムの捜索も行っている為時間が掛かるのだが、今回は採取のみ。鑑定魔法を駆使して、次々と必要な物を必要な量だけ集めていく。


「よし。これで全部だ。内層に戻ってジャノヤに向かうぞ。」


「はい!」


全ての採取を終え、俺達が内層へと向けて走り出そうとした時だった。


バギバギバギバギバギッ!!


突如として暗闇の中に吹き荒れる風。


「っ?!」


激し過ぎる風によって、俺とニルは体を吹き飛ばされ、数メートル飛ばされた後、地面に落ちる。植物がクッションになって痛みはほぼ無いが、何が起きたのか理解出来ない。


「ニル?!」


「大丈夫です!」


直ぐにニルの無事を確認したが、ニルも同じ様に無傷のようだ。


風が吹いてきた方向に目を向けると、外層の中だと言うのに、随分と明るい。それもそのはず。外層を覆い尽くしていたはずの大木が、一区画分、根元から折れて倒れている。


「ピィィーーーーー!!」


その時、一度だけ聞いた甲高い鳴き声が、上空から聞こえてくる。


「ロックの仕業か…」


大木が倒れた事で見えるようになった空に、両翼を大きく広げて飛ぶロックが見える。


「これは間違いなく攻撃魔法だな。」


俺達が最初にロックを見た時も、強い風を携えて飛んでいたが、森を吹き飛ばす程では無かった。しかし、今回のは、森を引き裂く程の威力を持っている。つまり、明確な攻撃の意思が感じられる。

とはいえ、俺達も吹き飛ばされはしたが、直接的な攻撃を受けたわけではない。つまり……


「誰かがロックを怒らせた…という事ですか?」


「モンスターであって欲しいところだが…あんな化け物に対して挑発的な行動を取るモンスターなんて、この辺りには居ないだろうな。」


「そうなりますと…盗賊達…でしょうか?」


「そういう嫌な予想は当たるものなんだよな…」


バギバギバギバギバギッ!!


「っ?!」


再度上空から撃ち下ろされる風。ハリケーン並の風だ。


ガンッ!ゴンッ!


話しながらも描いていた防御魔法で、飛んでくる木片を弾くが、飛んでくるのは、どれも当たれば即死級の大きさと質量の物ばかり。上級光魔法、白光の盾を使っているのに、盾ごと吹き飛ばされないか心配になってくる。


「ピィィーーーー!!」


バサバサと上空で両翼を動かすロック。


「何をしたらあんなに怒らせる事が出来るんだよ…」


「ご主人様。このままでは…」


「そうだな。俺達まで被害を受けてしまう。ここは内層に一度戻って…っ?!」


とばっちりを受けるのは御免だし、さっさと退避しようとするが、ロックによって裂かれた森の奥に、人影が見える。


「あの馬鹿共が…」


全部で何人居るのか分からないが、その中の数人で、一つの大きなずた袋を抱えて走っている。

身なりを見るに、盗賊に間違いなさそうだ。それは予想通りと言える。しかし、あろう事か、その盗賊達が持っているずた袋の中から顔を覗かせているのは、淡い緑色の卵。サイズは二メートル近く有る卵で、どう見ても普通のモンスターの卵ではない。

そして、激怒しているロック。

まず間違いなく、ロックの卵だろう。


「ロックの卵を盗み出したのですか?!」


「SSランクモンスターの卵となれば、一生遊んで暮らせるくらいの金は手に入るだろうが…最悪の展開だな。」


「シンヤ君!」


後ろから声を掛けてきたのはスラたん。森の騒ぎを見て、ピュアスライムとの繋がりを辿って駆け付けてくれたらしい。ハイネとピルテも一緒に来てくれた。


「あれはっ!何て馬鹿な事を!この辺り一帯を更地にするつもりなの?!」


盗賊達の持っている卵を見て、ハイネが声を荒らげる。


「まずいよ…まず過ぎる…ロックは子供に対する愛情が非常に強いんだ!盗賊が逃げれば逃げただけ、被害が大きくなるよ!」


スラたんは、この森で十年間過ごして来た。ロックと出会ったのも一度や二度ではないはず。ロックの巣の位置も知っている様子だったし、ロックの観察も行っていたに違いない。子供への愛情が非常に強いというのは、その時に観察出来た事なのだろう。


「卵が巣に入っている事は知っていたけど…まさか盗み出すなんて…自殺行為を通り越しているよ!」


ズガガガガガガガガッ!!


「っ!!」


ゴンッ!ガンッ!


またしても高火力の風魔法が吹き荒れる。


ロックは、卵が割れたりしないように、直接卵を狙ってはいないが、その代わり、卵から少しでも離れた者達は、全身をバラバラに切り刻まれ、まるでゴミのように吹き飛んでいく。


「シンヤさん!」


「くそっ…逃げるにしても、こんな状況では馬が怖がって動かないはずだ。どうにか連中をこの場から離すしか…」


「駄目だよ!あのまま盗賊が街にでも入ったら、街ごと吹き飛ぶよ!」


盗賊達は、今のところ逃げるので手一杯。攻撃されない場所に逃げているだけだが、外にでも向かわれたら大事どころの話ではなくなる。

かと言って、俺達がどうこう出来るレベルでもない。


ロックは、基本的に飛行している為、飛び道具か魔法を使っての攻撃しかダメージを与える方法が無い。

しかし、ロックは常に全身を覆うように風を纏っており、単純な矢だったり、中級程度の魔法は全て弾かれてしまう。もし当たっても、ロックの全身は魔法への耐性が高い為、ダメージは通らない、

聖魂魔法ならばダメージを与える事は可能だろうが、ロックはデカいくせに動きが素早い。適当に魔法を放っても、当たる気が全くしない。というか当たらない。

戦うとなれば、あらゆる卑怯な方法を使って、数日、場合によっては数十日掛けて徐々に弱らせていき、飛べなくなったところで袋叩きにする。それくらいやらなけらば勝てない相手なのだ。

ここでいきなりロックと戦闘を始めたとして、俺達五人でどうにか出来るなんて考えは一切無い。


「そんな事言われても、あれをどうにかするのは無理だぞ?!」


「卵を返せば落ち着いてくれるかもしれない!」


「あの大激怒しているロックがか?!それこそ自殺行為だぞ?!」


盗賊達を俺達が捕まえるなり殺すなりして卵を無事救出し、返したとして……ピィー!とか言って許されるとはとても思えない。返しに行った瞬間、パクリといかれるのがオチだ。


「でも……少なくとも、卵さえ取り返す事が出来れば、外への被害は無くなるはずだよ!」


「………………」


ここで敢えて危険を冒してまで、ロックの卵を奪い返すという選択肢を取るか否か。


ロックの卵を奪った盗賊達が死ぬのは、自業自得以外の何でも無いし、全くもってどうでも良い。寧ろ死んでくれた方が良い。しかし、このまま放置して、万が一、森の外に出られた場合、周囲の街や村への被害はとてつもない物になる。

レンジビが農作物を大量に生産している事からも分かるように、この周辺の村、街、山では、沢山の食物が収穫される。それが壊滅的な打撃を受けたとしたら、かなり広い範囲での飢餓きがが発生する可能性もある。

そして…もし、何かの拍子に卵が割れでもした場合、ブチ切れたロックが、周囲一帯を更地にするかもしれない。

リアさんやサナマリ。レンヤ達やイーグルクロウの皆。とにかく、多くの人に影響が出てしまう。運が悪ければ、怒り狂ったロックの餌食になるかもしれない。

何より、大同盟における戦力、兵糧ひょうろうに関しては、この辺りの街や村を当てにしているはず。そこが壊滅したら、戦争どころではなくなる可能性も十分に有る。


考えを巡らせれば巡らせる程、俺達がどうにかロックを討伐するか、鎮めるのが最も良い方法だと思えてくる。しかし、SSランクのモンスターは、別名天災級と呼ばれるモンスターであり、天災とは、基本的に人に止められるようなものではない。故に天災級なのだ。それを敢えて俺達が止めるのは…


「ピィィーーーー!!!」


バギバギバギバギバギッ!


「っ?!」


ゴンッ!ガンッ!ゴンッ!


迷っている間にも、ロックによる風魔法が炸裂し、また一部、森が吹き飛ばされた。


「………僕が何とかする。」


スラたんがダガーを腰から抜く。


「一人でどうにか出来る話じゃないぞ!」


「でも…悪いのは盗賊達で、ロックは盗られた自分の子供を取り返そうとしているだけだよ。僕にはあれを見過ごす事なんて出来ないよ。」


規模や状況、何もかも違うが、スラたんから見れば、怒り狂ったロックは、祖父の大激怒と被るものが有る。愛するが故の大激怒。見て見ぬふりは出来ないのだろう。


「僕は行くよ。皆は逃げて。何とかしてみせるから。」


スラたんがグッとダガーを握り込む。


「……っ!あーー!!くそっ!!」


どう考えても不利益しか生じない案件。それは分かっているのだが、ここでスラたんを見捨てる事は、どうせ俺には出来ない。


「ニル。」


「はい!」


「卵を運んでいる連中の足止めと、その護衛の排除を頼む。」


「分かりました。」


ニルは取り出した簪で髪をまとめる。


「一人くらいは生かしておきますか?」


「いや。盗賊自体に負ける事は無いだろうが、上に控えているのはロックだ。生かそうとして隙を作るのは避けたい。全力で当たってくれ。但し、卵を持っている連中には、確実な場合以外は手を出さないように。」


「分かりました。」


「ハイネとピルテは隙を見て卵を奪い返す役だ。ニルのタイミングに合わせてくれ。」


「そうなると、表に出ない方が良さそうね。」


「ああ。確実なタイミング以外は出てこないように気を付けてくれ。」


「分かりました。」


「僕の我儘に付き合わせてごめんね…」


俺達が作戦を立て始めたのを見て、スラたんは頭を下げる。だが、一人で行くから逃げてくれ…と言わないということは、俺達を一つのパーティとして見てくれているらしい。


「これで死んだら恨んでやるよ。」


俺はいつものように揶揄からかう口調でスラたんに言ってやる。

天狐と戦った時は、討伐が絶対条件だったが、今回は倒す必要は無い。そこだけが救いだ。


「それなら、死ぬ気で気張らないとね。

僕は…どうしたら良いかな?」


「スラたんは卵を運んでいる連中以外の者達を出来る限り排除してくれ。

俺が何とかロックを抑えてみせる。二十秒…いや、三十秒は稼ぐ。

その間に盗賊達から卵を無傷で奪い返すんだ。」


「自分で言い出した事だからね。必ず奪い返してみせるよ。必ずね。」


「よし。まずは俺が一気に突撃してロックを抑える。後に続いてくれ。猶予は三十秒。一つのミスも許されない。皆、頼んだぞ。」


「はい!」

「ええ!」

「分かりました!」

「うん!」


四人の顔が戦闘時の表情へと変わる。


スラたんに、盗賊達を殺せるのか…それが少し心配ではあるが、この布陣以外で、今の状況を突破出来るとは思えない。


やるしかない。


盗賊の数は二十人強。かなりの数で来ていたらしいが、その殆どはロックの魔法でバラバラにされている。


ズガガガガガガガガッ!


「ピィィーーーー!!!」


ロックが風魔法を使用し、更に盗賊達の人数が減り、合わせて十五人程度へと変わる。


「行くぞ!!」


突風が通り抜け終わった瞬間に叫び、俺はロックの真下へ向かって走り出す。


キィィーーーーン………


左腕に刻まれた紋章が光り出す。


ど初っ端から聖魂魔法の発動だ。


使うのは、光輝防楯こうきぼうじゅんという光魔法。力を借りるのは、ユニコーン。一角獣の聖獣である。

ユニコーンと言われて想像する聖獣そのままと言った姿形をしていて、一言で言えば真っ白な馬。

全身真っ白な体毛で、キラキラと輝く長いたてがみ。そして五十センチ程の真っ白な一角。これぞユニコーンという生き物である。

聖獣の中でも、特に光魔法を得意とする聖魂である。気位の高い生き物で、自分の認めた相手にしか懐かない。但し、一度認めて貰えると、かなり人懐っこい性格をしている事が多く、何かにつけて頭をグリグリと押し付けてくる可愛い奴だ。


そんなユニコーンの力を借りて発動させるシールド、光輝防楯の効果は、かなり破格の性能を持っている。どんな性能かと言うと、直径十メートルにおけるドーム状の盾を発生させ、そのシールドは魔法攻撃も物理攻撃も、完全にシャットアウトしてくれるというものだ。

但し、そこまで破格の性能を持った魔法となれば、当然、使用条件が有る。

シールドの発生時間が…たったの五秒しか無いのだ。


まさにその場しのぎといった時間しか発生しない為、非常に使い所の難しい魔法である。


ただ、最近、聖魂魔法の性能がアップしたお陰で、効果範囲や効果時間が伸び、直径十五メートル、十秒という性能へ変化してくれた。

少しは使い易くなったが、それでも効果時間は短く、依然として使い所は難しい。

しかし、今回は、まさにその力が役に立つ状況である。


俺達は、ロックの魔法の爆心地から離れた位置に居た為、上級光魔法で被害を防げていたが、真下となるとそうはいかない。

ロックは風魔法を使うSSランクモンスターの中でも、強力な風魔法を使うモンスターだ。まず間違いなく、一発でシールドごと吹き飛ばされる。

これに対し、ユニコーンの光輝防楯を張り、何とか魔法を防ぐ。一日に二度しか使えない聖魂魔法を、ここで二回吐き出す。それだけで二十秒は稼げる。

ロックも、卵を割りたくはないだろうから、無闇矢鱈に魔法は放って来ないはず。上手く合わせて聖魂魔法を発動させれば、計三十秒は稼げる……はずだ。


正直、自信満々とは言えない。しかし、何とかそれくらいの時間は作らなければ、卵どころの話ではなくなってしまう。多少の無理はしても、どうにか三十秒は時間を作ってみせる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る