第317話 魔王と魔王妃

魔女達の技術力を持っていれば、ランパルドとやらが、強硬手段に出ても、魔王を黙らせる事も可能だろう。


「で……結局、アタシ達と、シンヤさん達を騙した理由は?」


珍しく、ペトロが強い口調を使っている。


アーテン婆さんの家に行った時、プロメルテもペトロも、随分と懐いていたように見えた。

二人だけでなく、ドンナテ、セイドル、ターナも、アーテン婆さんの事を心から信用していたはずだ。

それが、突然この状況。驚きの次に来るのは、怒り以外に無いだろう。


「………この二人に、これをたくせるか、試させてもらったのさ。」


アーテン婆さんが懐から出したのは、綺麗な赤い宝石の付いた雫型のペンダント。


「これは?」


「…私が魔界を出る際に、魔王妃まおうひ様から受け取ったものさ。」


魔王妃という事は、魔王の妻という事だ。そっちにも繋がりが有るとなると、アーテン婆さんは、かなり魔王と強く繋がっていたはず。


「それを託す…?何か意味の有る物なのか?」


超一流の魔具職人であり、俺達だけでなく、イーグルクロウまで騙したアーテン婆さんが渡そうとするペンダントだ。簡単に触る気にはなれない。


「私やあんた達には何の意味も無いものさ。

魔王様が魔王妃様に送った貴重な品で、私が魔具化した物さ。」


魔具化…と聞くと、余計に触りたくない。


「そう警戒しなくても、本当に何も無いさ。」


「………………」


「それを渡されたところで、俺達に何のメリットも感じないのだが…?」


「いいや。それは違うねえ。もし、黒犬からの襲撃を止めたいと思っているならば、必要になるはずさ。」


「……どういう事だ?」


「私の予想では、ランパルドの連中が魔王様に行ったのは、精神干渉系の魔法による攻撃…それも、強烈な精神干渉系魔法を使って操っていると考えているのさ。」


「つまり、ランパルドが、魔王を操って、黒犬を寄越し、ニルを殺そうとしていると?」


「その子が何なのかは分からないが、少なくとも、私が狙われている理由はそんな所だと思うねえ。」


アーテン婆さんの意図としては、ペンダントを俺達に託し、魔王を精神干渉系魔法から解き放ち、黒犬からの追跡を止めてもらう…というところだろうが…

どの話も眉唾物まゆつばもの。ランパルドという連中が本当に居るのかさえ分からない。その上で俺達を試した…?信じられるはずがない。


「つまり、アタシ達は、アーテン婆さんの追っ手をどうにかする為に利用された…って事だね……」


「否定はしないさ。正確には、魔界をどうにかする為に…だけれどねえ。」


「信じていたのに…」


「魔女を簡単に信じたあんた達が悪いのさ。」


「このっ!」


ペトロの代わりに、アーテン婆さんを殴ろうとしたのは、ドンナテだった。

気持ちは分かる。俺も騙された内の一人だし、長い付き合いのイーグルクロウにとっては、許されない行為だから。

しかし、それでも、俺はドンナテを止めた。


「止めるな!シンヤ!」


「いや、やめておけ。」


アーテン婆さんの後ろに居るベータ。奴がこっちをずっと監視している。アーテン婆さんを守る為なのだろう。

ドンナテが動こうとした時、僅かに反応した。俺がドンナテを止めた事で動くのを止めたが、そのままアーテン婆さんに殴り掛かれば、ドンナテがベータに攻撃されていただろう。

それに、アーテン婆さんは魔具職人でもあるが、魔女だ。アーテン婆さんの話が本当ならば、魔女というのは、大量の魔力を保有する種族だ。その魔女であるアーテン婆さんと、ベータの組み合わせは相性が良過ぎる。

戦闘になり、ベータが前に出て俺達を攻撃しつつ、アーテン婆さんが魔法をドカドカ撃ち込む。ベータは、魔法が効かないから、どれだけ撃ち込んでも、ダメージを受けるのは俺達だけ。

加えて、後ろにはアイトヴァラス。最悪、アーテン婆さん、ベータ、アイトヴァラスを同時に相手しなくてはならない状況になるかもしれない。


「このまま戦闘に突入するのは、危険だ。」


「………………」


無言でアーテン婆さんを睨み付けるドンナテ。


「しかし…何故敢えて騙したんだ?力を見るだけならば、こんなやり方をせずとも、単純に戦ってみるとか、やり方は他にいくらでもあっただろう。」


イーグルクロウから聞いた話では、ベータをここに落とした時、アーテン婆さんも一緒に居て、魔法を使って落としたという事だった。つまり、アーテン婆さんもかなりの魔法使いのはず。実力を見る程度ならば、自分で相手をすれば良い。


「残念ながら、そうもいかなくてねえ。

魔女の中には、魔法を感知する魔具を使える者が居てね。私が魔法を使うと、そいつらに感知されてしまうのさ。」


「魔法を感知する魔具?」


「特定の人物の魔力を記憶して、その魔力が使われた魔法が使用されると、反応するのさ。大雑把な方角くらいしか分からないから、一度使ったくらいでは見付かったりしないけれど、何度も使うと、何処にいるのか把握されてしまう。」


神聖騎士団の使っている通信機器…と、少し似ているような気がする。

大雑把な方角しか分からないとはいえ、原理的に、二度別の場所で魔法を感知し、その交点を出せば、大まかな位置を把握出来る。


「ベータをここに落とす時、一度魔法を使ったからね。感知されているとすれば、二度目の魔法で、私がここに居る事が悟られる。それは避けたいのさ。」


「そもそも、ベータに命令出来るならば、何故敢えて落としたんだ?」


「それは、イーグルクロウの実力を知る為さ。」


「…なるほど。ペトロがベータに触れるのに合わせて起動させ、自分達の責任だと思わせる。そうすれば、この五人の事だ。ベータを止めようとするわな。」


「ベータは贔屓目ひいきめ無しに強いからねえ。この街唯一のSランク冒険者であるイーグルクロウでさえ倒せない相手が、こんな街中の一軒家に保管されているとなれば、街の人々も、神聖騎士団も、黙って見てはいないだろう?」


街の人々は、そんな危険な物を街中に置いておくなと苦情を言いに来るだろう。逆に、神聖騎士団ならば、そんな人形なら、戦争に使えるのでは…となるはずだ。


「偶然ペトロの魔力に反応したように見せて、暴走、そしてそのままイーグルクロウの五人の力を試し、眼鏡にかなわなかったから、地割れに落とした。そして、それを依頼としてギルドに発注し、倒せるだけの実力者を待った…という事か。

そして、アーテン婆さんの最終目的は、そのペンダントを魔王に届けられる者を見付け、魔界をどうにかして欲しい…と。」


「そんなところだねえ。ひっひっひっ。」


アーテン婆さんは、煙草を取り出して紫煙をくゆらせる。


これだけの強さを持ったベータ。だが、暴走するような人形には、神聖騎士団も興味を示す事は無い。


アーテン婆さん単身では当然の事、もし、ここまでの話を、イーグルクロウの五人に、正直に話していたとしても、魔界をどうにか出来るとは思えない。だから黙っていたということだろう。

敢えてこの地下へと落としたのは、既に自分の事を嗅ぎ付けているかもしれない黒犬の連中から、身を隠しつつ、ペンダントを託せる相手と話をする為…だろうか?


「だとしても、イーグルクロウの五人とは仲良くやっていたし、話をしても良かったと思うが…?」


「悪いけれど、こっちは魔界全体を賭けた話だからねえ。下手は打てないのさ。」


「そもそも、何故そこまで魔界の事を気にするんだ?」


「……………」


その質問に対して、アーテン婆さんは、ピクリと煙草を持った手を止める。


「………私の………娘が囚われているからさ。」


「娘?」


「テューラ-アラボル。それが私の娘の名前さ。

逃げる途中、ランパルドの連中に捕まったらしくてねえ…」


「らしい?一緒に逃げて来たわけじゃあないのか?」


「私の姿を見れば分かるだろう。娘と言っても、既にそれなりの歳だ。既に独り立ちしているよ。」


つまり、ランパルドに囚われている娘を助けたい。だが、ランパルド自体を相手にするという事は、それはつまり、魔界自体をどうにかするということに他ならない。

秘密裏に、ランパルドから娘だけを取り返す…という選択肢も無くはないだろうが…難しいだろう。


「それに、魔王妃様とも約束してしまってねえ。」


手に乗せているペンダントを、僅かに目を細めて見詰めるアーテン婆さん。


何を約束したのかは分からないが、魔王から貰った大切なペンダントを渡したとあれば、魔王を助けるとか、そんなところだろう。

全ては、アーテン婆さんの話が本当の話ならば…だが。


「イーグルクロウの五人が、この依頼に付いてくるという事は予想していたんだろう?死ぬかもしれないこの依頼に。」


「恐らく付いて行くだろうとは思っていたさ。」


「本当に死んでも良かったと言うつもりか?魔女に騙された方が悪いと。」


「その通りさ。」


「っ!!」


「落ち着け!ドンナテ!」


「くっ……」


「イーグルクロウはSランク冒険者のパーティ。利用出来るならばするつもりで近付いたのさ。ひっひっひっ。」


今の状況を整理すると、アーテン婆さんは、魔界と、娘を救ってくれる手駒を獲得しようと、イーグルクロウを使って画策かくさくしていた。

そして、そこに、イーグルクロウでさえ一目置くと話していた俺とニルが現れた。

これを使わない手は無いと、俺達に依頼を出し、俺達を地割れの中、この地下大洞窟に入らせた。

ここにアーテン婆さんが居るという事は、どこか別の場所から安全に入ることが出来るのだろう。そして、この場所には未確認モンスター含め、多くの協力なモンスター達が居る。それを乗り越えて、その上、最後のカムフラージュを見抜いて、ここまで来られるかを見ていた…という事だろう。

しかし、俺とニルだけでここまで来られたかと聞かれると、正直難しいと思う。ペトロの索敵能力が最も分かりやすいだろう。ペトロが居なければ、モンスターの索敵さえ出来ずにここまで来る事になる。

恐らく、イーグルクロウの五人が付いてくる事を前提に、この依頼をしたのだろう。

もし、仮にイーグルクロウの五人が付いて来なかった場合は、アーテン婆さんがイーグルクロウを丸め込んでいたのではないだろうか。

そして、ここまで辿り着けた俺とニルを見て、ペンダントとやらを託し、魔界を、娘を救ってくれ…と言いたいのだ。


………あまりにも自分勝手で、心の無い所業だ。


ドンナテ含め、イーグルクロウの五人が、睨み付けるのも分かる。それくらい腹が立つ内容だ。


しかし…どうにもに落ちない。


まず、ベータという人形。

こいつは魔法が効かず、対魔法戦闘用の人形だ。それは間違いない。もし、そのランパルドという連中が本当に居るとしたら、魔族で構成されているのは容易に想像が出来る。

魔族というのは、魔力に優れた種族が大半だという話だったはず。アマゾネスがイレギュラーなだけだ。となれば、魔法戦闘が基本になるし、魔族との戦闘での勝率を測るならば、寧ろ、魔族を模した、魔法戦闘重視の人形を作るべきだ。しかし、どう見てもベータは魔族と戦闘するのに適した人形に見える。

アーテン婆さんが最初に言っていた、魔女達を狩る目的で作ったという話の方がしっくりくる。


もう一つ。それは、今現在の立ち位置だ。比喩的な意味ではなく、実際の、物理的な立ち位置の事だ。

今、俺とニル、イーグルクロウの五人は、通路から出て直ぐの場所に固まっている。

それ程広くは無い空間で、直径十メートル程度の空間の中の端。壁にはランタンがいくつか掛けられており、その中央にアーテン婆さん。そして、その更に奥にベータが立っている。

アーテン婆さんが、俺達とイーグルクロウを利用していたと明かした時、特にイーグルクロウの五人がキレると分かっていたはず。実際ドンナテは殴り掛かろうとした。

そんな一触即発いっしょくそくはつともいえる状況で、何故アーテン婆さんはベータを俺達との間に置かないのか。

もし、本気で俺がアーテン婆さんを殺そうと思えば、不可能ではない。その程度の距離だし、俺の最速での攻撃ならば、ベータが反応するより先に、アーテン婆さんの首を飛ばせる自信がある。

ベータを通して見ていたのか、どこかに隠れて見ていたのか…どちらにせよ、俺とニルの実力は確認しているはず。となれば、この距離では、俺がベータの反応より先に、アーテン婆さんの首を飛ばせるだろうという事は承知しているはず。

それなのに、敢えてアーテン婆さんが前に立つ理由が思い付かない。

まるで殺して欲しいように見えるとさえ言える。もしくは…ベータをこちらから遠ざけようとしているとか…?


俺達を手駒として使おうという悪巧みをしている者の動きとしては、違和感が有る。


これは俺の中で考えたストーリーだが…


アーテン婆さんは、魔王妃から魔王の事や魔界の事を頼まれ、逃げて来た。

しかし、後に娘が囚われている事を知らされて、どうにかしなければと考えた。そこで作ったのがベータ。娘を助ける為の人形だ。しかし、作ったは良いが、ベータだけでランパルド相手に大立ち回りして、娘を助けるのは難しい。相手にも魔具職人として腕の立つ魔女も居るだろうし。

そこで、アーテン婆さんは、この街唯一のSランク冒険者パーティ、イーグルクロウを頼る事にした。

この街で、アーテン婆さんの真の依頼を達成出来るであろう者達は、イーグルクロウしか居なかったから。

しかし、魔界の状況や、魔王の事を誰かに話すのは、危険過ぎる。黒犬の事もあるし、そもそも、魔王の事となれば、最悪魔族全体を敵に回す可能性もある。

そこで、事情を説明しないままに、イーグルクロウの実力を測ろうとした。自分の魔法を使うと感知されてしまう為、丁度良い強さのベータを使う事に。

しかし、残念ながら、ベータを倒せなかったイーグルクロウには、魔界を任せるには役不足。

誰かイーグルクロウよりも適任な者が現れないかと思っている時に、俺とニルが登場。

棚から牡丹餅ぼたもちと、俺達に依頼を出す。

しかし、ベータは危険な物として認識されている為、地上に出すわけにもいかないし、激しい戦闘になれば、黒犬の連中に勘づかれる可能性もある。

そこで、この地下大洞窟を使い、力を試す事にした…が、俺とニルだけでは人数的にも危険が伴う為、イーグルクロウを共に行かせた。

すると、ベータの足を切り取り、アイトヴァラスの住処を通過し、カムフラージュをも見破ってここに辿り着いた。

これはペンダントを託すに値する者達だと確信し、全ての話をするが……イーグルクロウの五人は、あくまでもこの地下大洞窟を攻略する為の補助であり、この先に待っているであろうランパルドとの戦闘には役不足。いや……戦闘に参加させたくない…のかもしれない。

アーテン婆さんの態度としては、イーグルクロウの五人を、かなり怒らせるような態度を取っている。

イーグルクロウの五人の心情としては、ここから更にアーテン婆さんの依頼を受けようとは、間違っても思わないだろう。

つまり、魔族との戦闘に巻き込まないように、遠ざけるような言い方をしている…のかもしれない。

そう考えると………


カチャッ!


俺は、刀を抜いて、それをに向ける。


「えっ?!」


ドンナテは当然驚くが…


俺が見ていたのは、ベータ。


「そういう事か。」


ドンナテに刀を向けた瞬間、ベータがこちらへ飛び掛かろうと動き、それをアーテン婆さんが止めた。


それを見ていたのは、俺だけだったが、これで謎が解けた。


俺は直ぐに納刀し、それに合わせて、ベータの姿勢が戻る。


「ひっひっひっ。勘が良過ぎるのも考えものだねえ。」


ベータに対して下されている命令は、恐らくアーテン婆さんを守る…ではなく、イーグルクロウを守る、だろう。


戦闘をさせているのに、正反対である、守るという命令がされているとは考え難い。どうやって命令しているのか分からないが、恐らく、アーテン婆さんが、ある程度操作出来るのだろう。今も、簡単にベータの行動を止められたという事は、絶対厳守の命令ではないはず。

力を見る為にも、俺とニルは、ベータの守る対象には入っていないと思うが、少なくとも、イーグルクロウの五人は、地下に入ってから、ベータに守られていた事になる。

そう考えてみると、ベータと戦った時。セイドル、ドンナテ、ペトロが吹き飛ばされて壁に激突した時のことだ。鋭い突起に刺さらなかったのは、偶然では無かったのかもしれない。

そう考えると、少なくとも、イーグルクロウの五人は、安全が、ある程度保証されていたという事になる。


俺とニルだけは、死にそうになったとしても、助けられなかった可能性が有ると考えると……怒っても良いのでは…?

いや、アーテン婆さんもここに居るという事は、俺とニルも何かしらの安全が保証されていたと考えるべきだろうか?でも…俺死にかけたよな…?


「どうしていきなり刀を向けてきたの?!」


「あー…すまん。ちょっと確かめたい事があってな。」


ドンナテに、ベータの状況を話そうかとも思ったが、アーテン婆さんは、多分、イーグルクロウを巻き込みたくないから、敢えて自分に注意を向ける言い方をしているのだと思う。いや、安全がある程度保証されているとはいえ、危険な事に変わりはない。そんな橋を渡らせた事を申し訳なく思っているから、自分への罰とでも考えているのかもしれない。

どちらにしても、自分勝手な話だ。しかし、イーグルクロウの五人を危険な場所に送り込みたくないというのは、俺も同意見だ。

一緒にパーティを組んでみて分かったが、イーグルクロウの五人は強い。流石はSランクというだけの事はある。だが、戦争に巻き込まれて生きていられるかと聞かれたら…正直難しいと思う。

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