第316話 主人
「もう体調も戻ってきたし、前に出ても大丈夫だよ?」
ペトロは自分が索敵の為に前に出る事を申し出てくれる。しかし…
「いや。この入り組んだ地形では、ペトロの索敵もあまり意味が無い。何か居ると分かっても見えないからな。それより、突然目の前に現れて攻撃される方が怖い。居るとしたら、相手は十中八九ベータだから、あの攻撃力を止めるには、セイドルの力が絶対に必要になる。」
「アタシの目の前に、いきなり出てきたら、確かに対処しきれないかもしれないね。分かった。周囲の把握だけするよ。」
「ああ。頼む。」
ペトロの索敵能力は、地下に入ってから非常に役立ってくれている。最後まで頼りにさせてもらうが、最前にいる必要は無い。
セイドルを先頭に、入り組んだ地形を進んでいく。
入り組んだとは言うが、迷路のような場所ではなく、ただただ灰黒結晶の柱が、無数に立っているだけ。変に迷ったりはしないが、視界は
そんな場所を歩き、ペトロから聞いていたように、大体一キロ程で奥の壁に到達する。
「ここで行き止まりね。」
「この中に、モンスターは居ないみたいだよ。」
「モンスターが居ないのは嬉しい事だが、ベータも見当たらないな。」
「そうね…ここに来たのかしら?」
「さっき痕跡があったから、来ているのは間違いないと思うよ。」
アイトヴァラスから逃げて、この中に入った後、いくつかベータの痕跡が見付かった。ここを通ったのは間違いない。
アイトヴァラスとベータの挟撃!という事にならなかったのはラッキーだった。アイトヴァラスはベータに対して興味を示さないが、それはアイトヴァラスがベータを攻撃しない絶対的な理由にはならない。
俺達を攻撃する際に巻き込まれる恐れもあるし、あの巨体で吹き飛ばされれば、いくらベータの体が硬いとはいえ、無事では済まないだろう。
となると、ベータの狙いとしては、助けを求めるというよりは、アイトヴァラスの存在を利用して、追っ手から逃れようとした…と考えるべきだろう。
そして、肝心のベータだが、この場所を通ったのは分かっているが、どこに行ったのかは分からない。
なるべく見落としが無いように調べては来たが、ベータの姿を見ないまま、反対側の壁まで来てしまった。
「横穴か何かを、見落としてしまったかしら?」
「これだけ複雑な地形だからね…見落としていても不思議ではないよね。」
「もう一度折り返して、調べ直してみますか?」
「……………………」
「ご主人様?」
皆が折り返そうということで話をまとめようとしていたところ、俺は壁をじーっと見ていた。
「どうかされましたか?」
「いや……この壁、何か変な感じがしないか?」
「変な感じ…というのは?」
「違和感が有るというか…」
俺の言葉に、全員がもう一度壁を見る。
「別に…普通の灰黒結晶よ?」
「そうだな。我も変なところは無いと思うぞ。」
「気の所為じゃあないの?」
「うーん………」
皆にそう言われてしまうと、変ではない気がしてきてしまうが…やはり何か引っ掛かる。
この違和感の正体を突き止めなければ、戻りながら周囲を調べ直しても、集中出来ない。
見た目は周囲の灰黒結晶と全く同じ。変なところは無い。色も同じだし、縦に筋が入っているのも同じ。
つまり、灰黒結晶自体に違和感が有るわけではない。
となると…壁という大きな概念で見た時に、違和感が有るのか…?
皆が俺待ちの時間を作っていることには気が付いていた。それでも、皆は早く行こうとか、もう良いだろう、みたいな事は一切言ってこなかった。
寧ろ、俺がそこまで気にするのだから、何か有るに違いないと、もう一度気にしてくれる。
「……………あっ!そうか!」
「なになに?!何が分かったの?!」
いつの間にか、全員が壁の前で首を傾げていたが、俺の一言に、ペトロが飛び付いてくる。
「この壁。どうしてこんなにフラットなんだ?」
「言われてみると…確かにそう……かしら?」
プロメルテが自信を持って言えないのは、一応、凹凸や突起物もあって、他の壁と同じような造りにはなっているからだ。
しかし、他の壁とは違い、壁全体を見ると、ほぼ直線的に壁が立っている。
他の壁は出たり引っ込んだりしながら、斜めに進んだり、湾曲したりと、歪な形をしているのに。まるで、ここでわざと仕切られたような造りになっているように見えるのだ。
そういう壁なのだ。と言われれば、そうなのかもしれないが、気が付いてしまうと、違和感が拭えない。
「ご主人様!あのアイテムで見てみてはどうでしょうか?!」
「あ!真実の指輪!」
俺は直ぐにインベントリから、イベント報酬で手に入れた真実の指輪を取り出す。
魔法による、視覚的なカムフラージュを無視する指輪だ。
取り出した真実の指輪を装着すると…
「んー?特に何も…………あっ!あそこ!穴が空いているぞ!」
俺が気にしていた正面の壁。真実の指輪を装着した後に見ても、その壁に変化は無かった。違和感の正体を突き止め、絶対に何か有るだろうと思っていたが、何も無かった。
俺の勘違いか、と落胆し、目を逸らすと、側面の壁にさっきまでは見えなかった人一人が通れるくらいの穴が空いていたのだ。
考えてみれば当然の事だ。違和感に気が付いた者は、その違和感の正体である壁を調べる。そこに何か仕掛けが有る、という事では、簡単に突破されてしまう。
しかし、その裏をかいて、自然に出来た壁に仕掛けを施しておけば、注意は正面の壁に向かう為、見付かり難くなるし、調べて何も無いとなれば、人はそこには何も無い、と思ってしまう。
上手く出来たカムフラージュだ。
が、しかし。
「これは……魔法だよな?」
「間違いなく魔法だと思いますよ。」
「ベータは魔法を使えない…よな?」
「全身が対魔法特化の素材で出来ているからね。使おうとしたとしても、直ぐに霧散してしまうと思うわよ。」
「つまり……」
「ここには、私達とベータ以外の何かが居るって事になるね。」
「しかも、こんな手の込んだ仕掛けを作れるような相手となると、多分…人ね。もしくは、それに近い知能を持ったモンスターという事になるわ。
そこまで知能の高いモンスターとなると、相当強力なモンスターになるし、多分SSランクのモンスターだと思うわ。でも、そんな危険な相手だとしたら、こんな詰まらない仕掛けを作る必要は無いはずよね。」
「SSランクのモンスターとなれば、天災クラスだからな。アイトヴァラス含めて、この洞窟内に居るモンスターは、全て片手で捻り潰せるだろうな。」
実際、ここに天狐やリッカが来たら、全てのモンスターが地上に出ようと必死になるだろう。自分の命を守る為に。
しかし、そうしないということは、SSランクのモンスターが居るという線は極めて薄くなる。
「消去法で考えれば、人…って事になるが、こんな場所に人が居ると思うか?」
ここまで、全てが自然に出来た大洞窟だったし、人の居る痕跡等は見付かっていない為、人が居るという考え自体が無かった。
イーグルクロウの五人が嘘を吐いていなければ、この地下大洞窟は
それが…ここに来て人の痕跡らしき物が出てきた。
「居ると思うかどうかではなく、実際にそれらしき痕跡が見付かった事を話し合うべきでは?」
「ドンナテの言う通りね。
こんな場所に人が居るとしたら、間違いなくろくな奴じゃあないはずよ。」
「な、なんで驚かないんだ?」
「何言っているのよ。驚きの塊みたいな人が横に居るのに、今更こんな事で
全員で俺の事を見てくる。
驚きの塊というのは、俺の事らしい…
その俺が、人が居る事に驚いているのですが…?
「
思わず口に出してしまった。
「問題は、ここに人が居る事じゃあなくて、その人が、敵か味方かってところだね。」
「こんな魔法まで使っているのだから、他人に見付かりたくないんでしょう。」
プロメルテが、俺の暴いた壁に矢の先端を触れさせると、波紋のような物が壁に広がり、カムフラージュされている場所だけが揺れる。
「他人に見付かりたく無い人の理由なんて、大体決まってるよねー。」
何かをして、誰かに追われている。何か見付かるとヤバい物を隠している。いくつか考えられるが、どれも大体はろくな理由ではない。
「で、更に問題が有るわね。」
プロメルテが指で示した先には、ベータの痕跡。痕跡がカムフラージュされた壁の中へと繋がっている、なんて
カムフラージュも一応魔法なのだから、ベータには効かない…というか、そもそもベータには視覚が無いからカムフラージュも意味が無いか。
ベータが、ここを目指して来たのか、それとも偶然に辿り着いたのかは分からないが、迷いの無い動きから察するに、前者と考えるのが正しいだろう。
そうなると、俺達はベータがアイトヴァラスに泣き付いたのだと考えていたが、それは
ベータという機械的な存在が、アイトヴァラスよりも頼りにしている存在…となると、気を引き締めて進んだ方が良さそうだ。
「シンヤ。この依頼が無事に終わったら、アーテン婆さんから、たんまりと報酬を受け取らないとな?」
「本当だな。」
ベータだけを相手にする依頼だったはずが、あれよあれよという間に、地下迷路、地下大洞窟、未確認モンスター、ワーム、アイトヴァラス……もう当初の予定などどこへやらだ。
店ごと貰いたい気分だ。
とはいえ、ここまで来て、引き返すわけにもいかない。
「行くか…?」
「行くしかないわよね。」
「だよな…」
行きたくないけれど、行くしかない…地割れを降りてきてから、何度この気持ちを味わった事か…
一応、トラップのような物が無いか確認しながら、壁のカムフラージュの先へと進む。
影のような物で作られたカムフラージュらしく、触れた感覚は無い。
慎重に中へ入ると、狭い通路が湾曲して続いている。
どうやら、仕切りのような壁の奥側に繋がっているようだ。
ゆっくりと足を進めていくと、通路の奥から、光が見えてくる。
この世界の大抵のモンスターは、光を使わない。
一応、数は少ないものの、光属性を持ったモンスターも居る。だが、光というのは、暗闇の中で最も目を引くものであり、光を使うというだけで、他のモンスターから狙われるという事に繋がる。
実際、大洞窟の中に入ってから、光を強くして進んで来た俺達は、何度か光に寄せられたモンスターと戦闘している。
運良くなのか、そもそも光が一切届かない場所だからなのか…光に寄せられるモンスターは少なかったが、それでも
そんな中、光を使うという事は、光を必要としている存在だという事になる。
アイトヴァラス然り、他のモンスター然り、暗闇の中に好んで住み着いているモンスターというのは、基本的に視覚があまり良くない種が多い。
光が無くても、周囲の状況を把握出来るように、嗅覚、触感、聴覚など、他の感覚が発達しているのだ。
つまり、ここで光を使うのは、俺達のような、視覚に頼らなければ、周囲の状況を認識出来ない種族…つまり人である可能性が高くなる。
加えて、通路の先から漏れてくる光は、ユラユラと揺れている。つまり、火を使っている。攻撃以外の意図で火を使うのは、人だ。
ほぼ、この先に居るのが人だと、この時点で全員が結論付けた。そんなタイミングだった。
「来たようだねえ。ひっひっひっ。」
「っ?!」
俺達に向けられたであろう言葉が、通路の奥から聞こえてくる。
独特の語尾。独特の笑い声。
「アーテン婆さん?!」
俺達が通路から顔を出すと、そこにはアーテン婆さんと、ベータが居た。
「な、なんでこんな所に?!それにベータまで?!」
「ひっひっひっ。」
嬉しそうに笑うアーテン婆さん。
「……そりゃあそうだわな。考えてみればおかしな話だ。」
「どういう事?!」
「そもそも、これだけの技術力を持っていながら、自分の命令を効かない人形なんて作るはずがない。
自分の命令を無視して暴れ回る凶悪人形なんて、怖過ぎるからな。」
「最初から仕組まれていたって事?!」
「ひっひっひっ。」
答えの代わりに笑うアーテン婆さん。
「それに、こんなに危険な人形を、誰にでも触れる安易な場所に置いておくなんて、不用心にもほどがある。
イーグルクロウの五人と古い付き合いだって聞いていたから、聞き流していたが、ここまで複雑な物を作れる者が、そんな簡単なミスをするはずがない。」
「アタシ達を騙していたの?!」
「否定はしないけれどねえ。別に騙して殺そうというわけではないよ。」
「こんな場所に送り込んでおいて…か?」
「まあ、死んでしまったならそれまでだけれどねえ。どうしても、試す必要があったのさ。私のベータと戦って生き残れる力を持っているのかどうかをね。」
「そういう、知識欲を抑えられない者達とは相容れないと言っていたのは嘘だったと?」
「嘘じゃあないさ。私が魔界を出てきた理由も、その後追われている事も嘘ではないよ。」
「この状況で、それを信じろと?」
「別に信じて欲しいとは思っていないさ。信じてもらえるともね。」
「………俺達を騙したのは、何故だ?」
「……あんた達、黒犬って連中を知っているかい?」
「黒犬だって?!」
当然知っている。俺達…というか、ニルを狙っている神聖騎士団とは別の勢力だ。強い連中が多く、何度かぶつかっている。毒を使ったりと、やり口は本気で殺しに来ていると感じさせる連中で、その目的は分かっていない。
そんな連中の名前が、まさかアーテン婆さんから出てくるとは思っていなかった。
「黒犬?ブラックウルフの事?」
「いや、違う。暗殺者だ。ニルがそいつらに狙われている。」
「えっ?!なんで?!神聖騎士団の連中?!」
「いいや。違うよ。」
俺の代わりに答えたのは、アーテン婆さんだった。
「黒犬ってのはねえ………現魔王様直属の暗殺部隊の事さ。」
「なっ?!それは本当か?!」
「嘘じゃあないよ。まあ、信じられないかもしれないけれどねえ。
でも、真実さ。私も、その黒犬の連中に狙われているからねえ。」
「ど、どういう事…?」
プロメルテが何を話しているのか分からない、と言いたそうな顔で見てくるが、俺も把握出来ていない。
「黒犬ってのはねえ。魔王様直属の暗殺部隊で、命令を遂行する為には、何でもやる連中の事さ。
魔族をまとめるようとした時、清いやり方だけで全て丸く収まるわけじゃあない。時には汚いやり方を使うしかない事も有る。」
俺達を騙してベータと戦わせようとしたアーテン婆さん。その言葉を信じるかは後々精査するとして、もし、この話が本当ならば、ニルが魔王直属の暗殺部隊に狙われている…という事になる。
「何故ニルが…?」
「それは私にも分からないさ。でも、あんた達が狙われているって話は、聞いていたのさ。」
という事は…変装しているが、俺がカイドーではなく、シンヤという事を知っているという事になる。他の魔女との繋りが有ると言っていたし、どこかで聞いたのだろう。
「……それが本当だとして…アーテン婆さんは、俺達を捕まえて、売り渡す…ってところか?」
「そんな事しても、黒犬に通用するわけがないじゃあないか。あいつらはただ言われた殺しを遂行する為だけに作られた部隊。
「だとしたら…何故、俺達を?」
「前に話した、魔王様がおかしくなったって話、覚えているかい?」
「ああ。」
「その理由は分からないけれどねえ。多分、何か魔王様の身に起きたに違いないのさ。
私は、この魔具を作る腕のお陰で、魔王様と何度か顔を合わせる機会を受ける事があってね。色々と話を聞く事があったのさ。」
「ただの魔族と魔王という関係より強い繋がりを持っていたのか。」
「言っても、私はこの通り、
でも、そんな私でも、魔王様が、簡単に心変わりするような人ではない事くらい知っているつもりさ。」
「というと…?」
「魔王様は、魔族の者達を、下手に危険に晒すような真似をする人じゃあない。それは間違いないよ。
でも、それが起きてしまった。
その裏には、魔王様以外の何か…いいや。誰かが居るはずさ。」
「つまり…今、魔王がおかしくなっているのには、誰かの思惑が絡んでいるということだな?」
「そういう事だねえ。
そして、その裏に潜んでいる連中ってのは…恐らく、ランパルドという連中だと思うねえ。」
「ランパルド?」
「簡単に言ってしまえば、今の魔王様を嫌う連中さ。」
「反魔王組織…ってところか?」
「その認識で間違っていないよ。」
「そんな連中が…?」
「どんな組織にも反対勢力ってのはいるものさ。
それは魔界においても同じ。特に、魔族ってのは血の気の多い種族も多いからねえ。反対勢力に、そんな種族が多く入れば、過激な事をしてもおかしくはないさ。
かく言う魔女も、他の種族との共存の為に、知識欲を抑えられない連中は、そのランパルドに入っているのだけれどねえ。」
アーテン婆さんの魔具職人としての腕は、一流どころか、超一流だ。
魔女全てがそこまでの腕を持っているとは思わないが、少なくとも、多くの研究が成されているはずだ。
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