第276話 コハルとガラク

「コハルが初めてガラク様に出会ったのは、ガラク様が城勤めになった頃の事でした。」


コハルが語り始め、私達はそれに耳を傾ける。


ガラクが城勤めになった頃…というと、かなり昔の話になる。

少なくとも、鬼士隊が鬼士の屋敷を頻繁に襲うようになるより前の話のはず。そんな昔に出会っていたとなると……ご主人様やランカ様に、何かされている可能性まである。

ご主人様の話では、自分の想像の世界に相手を招き入れる…的な能力だったはず。

先程コハルは、記憶を植え付けると言っていたし、何か、ご主人様の記憶に細工をした可能性もある。

もし、その時に、ご主人様に何かしたならば………殺す。

例え誰が何と言おうと、私がこの手で殺す。

戦えない女だろうと、武器が無かろうと、関係無い。


話を聞いて、何かしたと分かれば、絶対に許さない。


「ガラク様は、私の魔眼の事を知っていて、私の元を訪れました。

私の持っている能力に目を付け、復讐の為に必要だと考えたのでしょう。

想投眼そうとうがんというのが、私の持っている魔眼の名前ですが、必要とされていたのは、想操眼そうそうがんと呼ばれる、紋章眼の力の方でした。」


「先程、ガラクに使ったものでござるな…?」


「はい。想投眼は、想像したものを相手に見せるだけですが、想操眼は、相手の記憶や意識を操作する事が可能でして、仲間を増やす為に必要だと。」


「大した能力でござるな。」


もし今の話が本当で、相手の記憶を塗り替えられるのだとしたら、この場に居る者達全員が、その能力の餌食になった瞬間に、鬼士隊の勝ちが決まってしまう。

見た限り、能力の使用には、相手の目を見る必要が有りそうだけど…それも確実な話ではない。


「ガラク様は、復讐したいという気持ちは持っていましたが、実際にどんな復讐をするかは、まだ形に出来ていませんでした。

そこで、私が、この能力を使って、ガラク様の記憶を塗り替え、復讐の手伝いとよそおい、今回の計画を進めたのです。

ガラク様はコハルに利用されただけ。ですから、今、その記憶の改竄かいざんを解いたのです。」


「改竄を……では、ガラク自身の目的は復讐のみだったと言うでござるか…?」


「いいえ。ガラク様に植え付けた最終的な目的は、鬼皇の能力を奪い、その契約の力を持って、島の鬼人族の生殺与奪せいさつよだつ権を握る事。

それを実現しようと動いていました。」


「与奪眼の能力でござるな…」


「はい。そのまま計画が順調に進んだのであれば、コハルが出てくる必要は有りませんでしたが、どうやら、それも頓挫とんざしてしまったようなので。」


話の内容を素直に聞くつもりは無いけれど、どうにも、コハルはガラクを殺されたくないような言い回しをしている。

時間稼ぎ…?それとも、与奪眼の能力が、まだ必要だから…?


私の頭では答えを出せない。


「鬼皇様の能力の事をどこで知ったでござるか?」


「コハルは遊女でございますえ。この島の事で、知り得ない情報はありませんえ。」


遊郭ゆうかくという場所は、それこそお上の者達でさえ足を運ぶ場所。そして、そんな場所では色々な話が飛び交う。本来ならば、話してはならないような内容の話も。

ただ、遊女がそれを他者に漏らす事は無い為、成り立っているだけの事。

それに、コハルには想操眼がある。手に入れられない情報など無いだろう。


「そこで得た情報をガラクに流し、計画を進めてきた…という事でござるか?」


「はい。ですが、ガラク様には、コハルと会った記憶は有りません。情報が漏れては困りますので、鬼士隊の者達にはガラク様を崇拝する意識を植え付けるのと共に、コハルという存在の抹消を行っております。」


「つまり、ガラクに罪は無い…という流れでござるか。」


「はい。」


コハルは真っ直ぐにゴンゾー様の目を見て頷く。

また一つ、チリンと鈴が鳴る。


全ての話が、想操眼というものが有り、説明された能力が本当ならば…という仮定の上での話だけれど、ガラクが操り人形だった…という話には、一応納得出来る。

出来るけれど………私はその話を信じる事が出来ない。


最初、コハルが現れた時、そして、今、目の前で話をしているコハルも、押し殺してはいるものの、怯えたような…恐怖を押さえ付けているような雰囲気を感じる。

そんな女が、本当に今回のような大それた事を出来るのだろうか?

私にはとてもそうは思えない。


もし、コハルの能力が本当だったとしても、それを用いてガラクを操っていたとは考え難い。


コハルの言葉が全て、時間稼ぎだと判断し、私は斬り掛かる準備に入る。


どちらにしても、二人共殺してしまえば、それで終わり。

どちらが首謀者しゅぼうしゃか、という事は関係無い。

コハルの能力を恐れて時間を与えてしまえば、取り返しのつかない事になるかもしれない。


私が戦華に手を掛けた時、ゴンゾー様がもう一つ質問を投げ掛ける。


「……であれば、今回の計画を進めた理由は何でござるか?」


「…単なる復讐…と言っても、信じては貰えないですよね。」


「復讐だけならば、その能力さえあれば、こんな回りくどい事をせずとも、人々を操って、簡単に果たせたでござろう。」


遊郭に居たのは、鬼士隊との繋がりを疑われないようにする為…だとしても、誰でも彼でも操れるのであれば、それこそ来る人来る人を操ってしまえば簡単に島を掌握出来る。

そうしなかったのは、コハルの使う想操眼には、操れる相手に条件が有るから…だと思う。

目を見れば誰でも操れる…というのであれば、ガラクを操る必要すら無いはずだから。

今の状況で、その条件について口を割る事は無さそうだけれど…精神干渉系の魔法と同じだと考えた場合、精神的に弱い者しか操作出来ない…と考えるのが自然。これも憶測だけれど…


それと、ガラクに掛けた記憶の改竄を解いたと言っていたけれど…そもそも、ガラクには復讐心が有ったと言っていたし、起きたところで、元の人格は変わらないはず。

それに、改竄を解いたのではなく、今まさに記憶を改竄したのかもしれない。

コハルの情報が少な過ぎて、判断が難しい。その上、あまりにも強大な能力である為、考えなければならない事が多過ぎて、処理が追いつかない。


やはり、このまま考えさせられてしまうのは、危険。


斬り掛かる切っ掛けとしては十分な話を聞いた。


グッと足に力を込める。


「そうですね……私もガラク様同様、お上の者達に被害を受けた一人でありますので、復讐心は有ります。それを満たす為の作戦でもありましたが、本当の目的は、別に有ります。」


チリン……


コハルが下を向いて、着物の袖から何かを取り出す。

その時、簪に付いた鈴が音を鳴らす。


「これが、その目的です。」


コハルの手に握られていたものを見て、私は、飛び出そうとした体を硬直させる。


「何でござるか?」


「あ、あれは……」


「ニル?何か知っているの?」


「何故こんなところに……」


私は、目にした物に硬直し、思考をフル回転させる。


「まさか、それをここで見る事になるとはな…」


後ろからよく知った声。


「ご主人様!」

「シンヤ!?」


全身に細かな傷が入ったご主人様が、ゆっくりと歩いてくる。

いつもの歩き方と少し違う。多分、どこかに怪我を負っている。

直ぐに駆け出そうとしたけれど、ご主人様が視線でそれを止める。ここでご主人様が来て下さったのは、こちらにとって最高のアドバンテージ。

怪我をしていると悟られれば、そのアドバンテージが消え去ってしまう。


駆け寄りたい気持ちをグッと堪える。


「……シンヤ様。」


「まさか、コハルがその仮面をしているとはな。

見間違いじゃあないようだな。」


「………はい。」


「それに、その手に持っている物は、の魔具だな?」


様々な色の魔石が取り付けられた、掌サイズの魔具。

神聖騎士団の連中が通信機器として使っている魔具。

島の外とは関係の無い島であったはずなのに、まさか既に奴らの手が回っていたとは…


「シンヤ様の仰られる通り、これは大陸に居る神聖騎士団の者達と連絡を取り合う為の魔具。」


「神聖騎士団というと…シンヤ殿達が敵対しているという組織でござるか?」


「ああ。そうだ。

薄々感じてはいたが…まさか本当にあいつらの手が回っていたとはな。」


「薄々感じていたのですか?!」


私は全く頭に無かったのに…一体いつから、ご主人様は神聖騎士団の関与を疑っておられたのか…


「ああ。ニルも感じなかったか?今回のガラクの計画や、そのやり口、人を人とは思わぬ外道。

どこかの誰か達に似ていないか?」


「神聖騎士団…」


確かに、ぼんやりと、鬼士隊の連中のやり方は、神聖騎士団のやり方に似たものがあると感じた事があった。まさか計画に関与しているとは…


「今回の計画の発端は違うかもしれないが、計画の進行や、やり方については、恐らく神聖騎士団の誰かが入れ知恵したのだろうな。」


「流石は…といったところですね。

計画の大筋は、神聖騎士団の者が伝えてきたものです。」


「……どこでそれを手に入れた?」


「………オボロ…と言えば分かりますでしょうか。」


その名前は覚えている。

ムソウ様から聞いた名前の中でも、特に注意が必要な者の名前。

赤鬼と呼ばれ、この島でも有名な男。

そして、ご主人様と同じ天幻流剣術の使い手…


「赤鬼でござるか?!」


「はい。昔、コハルの所に現れたオボロが、これを渡していきました。」


「まさか…この島に戻っていたでござるか?!」


「いえ。ここに居たのは数分間。話によれば、一人でここへ来て、直ぐに大陸に戻るという事でした。」


オボロ…想像以上に危険な相手らしい。コハルの言っている事が本当ならば、オボロという男は、単身で、あの恐ろしい海底トンネルダンジョンを踏破してきた事になる。

強いとは聞いていたけれど…


「それが本当ならば、天狐みたいな奴って事になるな…」


天災級のモンスターと同等か、それ以上の存在なんて…ムソウ様含めた、天狗族の皆が手に負えないというのも頷ける。

ただ、今はオボロという男の強さはどうでも良い。

居ない者の心配をしている時ではない。

問題は、神聖騎士団の狙い。そして、何故コハルがそれに手を貸しているのか。


神聖騎士団の狙いは何となく想像が出来る。

神力、友魔、鬼人族の身体能力…この辺りだと思う。

大陸では、あちこちで戦闘が起きているけれど、ご主人様の力によって、主戦力となる八人の聖騎士の内、死聖騎士、吹聖騎士、愛聖騎士の三人を仕留めた上、焼聖騎士ミグズの片腕を取った。

ご主人様によって、かなり大きな損害を受け、組織の攻撃力が、大きく低下しているはず。

本来であれば、鬼人族の手を借りるまでもなく、世界を制圧する事が可能だったはずが、そうもいかなくなり…というところだと思う。ただ、世界的に見れば、神聖騎士団が大きくリードしているのは間違いないし、他の意図がある可能性も否定は出来ないけれど…


オボロがコハルに接触した時期を考えると、随分前から、鬼人族を予備戦力として考えていたのだと思う。

となると…神聖騎士団の狙いは、コハルを通じて、ガラクを引き込み、与奪眼によって鬼皇の能力を奪う。

現在の鬼皇に代わったガラクが、鬼人族と契約を結び、生殺与奪権を握り、鬼人族を神聖騎士団の兵力として利用…世界的な進行の決定打として使う。

もし、これが成ってしまえば、この島だけでなく、大陸の皆も、神聖騎士団に制圧される…という仕組み。


ただ、オボロのような強者であれば、海底トンネルダンジョンを抜けるのも簡単だけれど、普通の兵士達には難しい。

そこで、どこで知ったのか、想操眼を持つコハルに通信機器を渡し、懐柔かいじゅうする。そして、大陸から通信機器を利用して、計画を進め、いざという時に鬼人族達を兵力とする。

島から大陸に出る際は、海底トンネルダンジョンを通る必要が無く、簡単に出られる事を、一度通ったオボロならば知っている。兵力を島から大陸へ移動させること自体は、難しいことではない。

神聖騎士団……どこまで……


ただ、一つ分からない事がある。それは…


「神聖騎士団の狙いは大体察しがつく。

疑問なのは、コハルが何故、奴らに手を貸すのか。」


「………………」


ご主人様の問に、コハルは無言で返す。


分からないのは、コハルが今回の事に手を貸した動機どうき

魔眼を持っているとはいえ、彼女はただの遊女。

こんな暴動の中心に居るような人物ではない。

恨みが有るとは言っていたし、理由は有ると思う。でも、ご主人様の神力操作能力の向上に手を貸したり、ランカ様とも仲が良かったと聞いている。

本当に神聖騎士団の連中の言うことを聞き、全てその通りに行動しているならば、敵に塩を送るような真似はしないはず。


ご主人様は、コハルの言葉を静かに待つ。

恐らくだけれど、コハルの言葉や態度を見て、私と同じように、何か違和感を感じているからだと思う。

そして、コハルがやっと、口を開く。


「…………ただ……罪をあがなう為に。」


答えになっていない答えを返したコハル。


その目には、覚悟が宿っているように見える。


「ガラク様が負けた事で、神聖騎士団の者達の狙いは、既に潰えました。

計画が成らぬと分かった今、これ以上の死人が出る事は望みません。故に……全ての首謀者である、このコハルの命で終わりにして頂きたいのです。」


「勝手な事を…」


ここまでしておいて、他の者達の命だけは助けてくれ…とは、あまりにも勝手な言い分。


「勝手だと言うことは承知しております。ですが、コハルに操られていた者達に罪はありません。

もし…このことを受け入れて下さるのであれば…これをお渡しします。」


コハルは、手に持った通信機器の魔具を差し出す。


「そんな物が何の役に…」


ゲンジロウ様が、そこまで言って、気が付いた。


「まさか…神聖騎士団とやらは…」


「はい。この計画が成立しなかった場合、この島に攻め入ってくる…という可能性が有ります。」


「「「「っ!!」」」」


私とご主人様は、神聖騎士団が関与していると聞いた時点で、ある程度予想していた。

オボロ一人が居れば、ダンジョンの進行は容易い。となれば、攻め入ってくる事も可能。

既に内戦によってボロボロの鬼人族。戦う余力など残ってはいない。その上で、魔法に耐性の無い鬼人族と、神聖騎士団が戦えば、魔法という力の前に、鬼人族は押し潰されてしまう。

神聖騎士団が、鬼人族の兵力を得る為だけに、あの危険なダンジョンを通って来るかは分からないが…無いとは言い切れない。


「だ、だが、通信機器の魔具がそれ一つとは限らないだろう?!」


「いえ。通信機器はこれ一つです。オボロが現れてからの行動を全て仕入れましたが、直接コハルの元へ来て、そのまま帰りました。他の誰にも会ってはおりません。

元々、強者にしか興味の無い人で、コハルにこれを持ってくる事も、渋々受けた依頼だったそうです。

他の者にも手を回すような、面倒な事はしないと。」


「それを信じろと?」


「調べて頂いても構いません。オボロの事を見た者の名前をお伝えしましょう。」


「そんな時間など無い事を分かっていて…」


「では、信じて頂く他ありません。

ガラクの声や姿を、神聖騎士団は把握しておりませんので、騙す事が可能です。どうされますか?」


壊れていない通信機器の魔具を手に入れる事は、大陸での戦争にとって、大きな意味を持っている。

けれど、それだけの事で、今回の事を水に流せとは……あまりにも……


「良いだろう。」


ゲンジロウ様の居る方向から、聞いた事の無い声が聞こえてくる。


「アマチ様!出て来てはなりません!」


ゲンジロウ様が焦ったように声の主に駆け寄る。


アマチ…ご主人様の話にあった、鬼皇だったはず。


ゲンジロウ様が庇うようにしているけれど、下がろうとはしない。


「もし、そちの言う事が全て本当だとして、ガラクに罪が無いのだとしたら、ちんの名において、命だけは取らぬと約束しよう。」


「鬼皇様?!」


その約束は、あまりにも危険。


「ゲンジロウ。朕達鬼人族は、既に大陸の戦争に巻き込まれている。

ここで勝って終わりではないのだ。先を見ていかなければ、我々鬼人族の生きる道が途絶えてしまう。」


「っ…………」


口惜しい…そんな表情のゲンジロウ様。その気持ちはよく分かる。でも、鬼皇の言った言葉もまた、正しい。

力の無いコハルでも、魔具を叩き付けて、砕くくらいの力はある。

冷静に考えたならば、コハルの言葉を飲み込むのが一番良い。


こんな終わり方は、誰も望んではいなかった。

でも、この後の事も考えるとこれが最善…

首謀者がコハルかどうかは、この際問題ではない。

全員がその事を理解し、ここで終わりにしようとした時だった。


「そんな事が許されるはずが無い!!」


今まで気絶していたガラクが起き上がり、一瞬でアマチの真横まで移動する。

全員が油断した瞬間の出来事で、誰も反応出来なかった。


「はははははは!これぞ一発逆転だなぁぁ!!」


「くそっ!嘘を吐いたのか!!」


「そ、そんなはずは!止めてくださいガラク様!話はついているのです!」


「話がついているだと?!舐めるな!僕は僕の意思でここに居る!勝手に僕の意志を決めるんじゃあない!」


コハルの声色や動きを見るに、ガラクの動きは予想外なのだと思う。


「僕の手駒の分際で!」


「ガラク様!」


「うるさい!うるさいうるさいうるさい!」


「何故こんな事に?!こんなはずでは!お止め下さい!」


焦ってガラクを止めようとするコハル。

ゲンジロウ含め、こちらの者達はアマチを人質に取られて、動けない。

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