第271話 覚醒
ドガマは、ゴンゾー様があっさりと殺したように見えたけれど、弱いわけではなかった…と思う。
神力を使った攻撃もしていたし、剣術自体もかなり高いレベルにあった。ただ、ゴンゾー様の策にハマり、それらが全て無意味に見えるような戦いになっただけのこと。
ドガマは、甘さを捨てたゴンゾー様の事を知らなさ過ぎた。モンスターという純粋な殺意の中で、三年間生き抜いたゴンゾー様にとって、逆境は当たり前。強さの本質を本能で理解している人を、挑発するとは、愚かな行為だと、死ぬ間際に理解したはず。
ただ、ドガマは愚か者ではあったけれど、実力はかなりものだった。もし、私が相手にしていたら、かなり危ない橋を渡ることになっていたと思う。
そんな男よりも高い強度の神力を保有し、ここにドガマを置いていったとしても、後の計画を進められると判断したということから、ガラクもかなりの腕を持っていると推測出来る。
ドガマ以上の相手、しかも、現在は魔眼の力をいくつも奪っている。能力が重複すると考えた場合、かなり危険な相手。今のゴンゾー様でも、勝てない可能性の方が高い。
「そんな相手を前に、このまま行くのは危険だと思います。そこで、一つ、試してみたいことが有るのです。
もし、それが上手くいったならば、ゴンゾー様を縛り付けているものを取り除けるかもしれません。」
「今から…ですか?」
「はい。」
サクラ様の言う事が可能ならば、ガラクとの戦闘前に、ゴンゾー様の力を大きく増強させる事が可能となる。
当然、試してみる価値は有る。
「ただ……」
サクラ様は、そこまで言った後、少しだけ眉を寄せて何とも言えない微妙な表情になる。
「その為には、
「……………」
次は、ゴンゾー様が何とも言えない微妙な表情になる番。
「そんなの、別に関係ないでしょう?」
しかし、そんな二人に、セナがキョトンとして目を向ける。
「「へ?」」
「だって、この三人は、こーんな小さな時から一緒なんだよ?」
セナは膝の位置くらいに掌を持っていく。流石にそんなに小さくは無いと思うけれど…
「それなのに、今更何を気にしているの?そんな事を気にする必要ないじゃないの。」
セナは、本気で言っている。まだまだ長い付き合いとは言えないけれど、それくらいは分かる。
「……ふふふ。そうね。セナの言う通りね。」
サクラ様は、そう言って笑う。
「確かにそうだな。今更…だな。」
「ゴンゾー様。」
「ああ。よろしく頼む。」
「はい。」
セナの言葉を切っ掛けにして、二人が向き合う。
少し…ゴンゾー様の、サクラ様へ対する思いが、気になるところだけれど…
もし、その事について、サクラ様が触れてしまえば…セナの想いは…
私は、ゴンゾー様とサクラ様に聞こえないように、小さな声で、セナに問う。
「セナ。大丈夫…ですか?」
セナは、私の言葉の意味を正確に理解して、寂しそうな…少し困った笑顔を見せる。
「…うん。大丈夫。
今はそんな事言っていられないし。それに…」
セナはもう一度、困った笑顔になる。
「私はサクラが好きなゴンゾーが好き…だから。」
「……そう…ですか。」
四鬼華を集める旅に、ずっと付てきたセナ。
そこには打算など無く、ただ自分の親友を助けたいという純粋な思いだけだった。
これ以上、彼女達の問題に、私が首を突っ込むのは間違っていると思うけれど…やはり切ない。
見返りを求めない愛は美しいものだけれど…美しいから叶うというものではない。
何か言いたいけれど、私に言える事なんて無い。それがまた…苦しい。
「それでは…いきます。」
サクラ様が、一度、目を瞑り開くと、目の中に桜の花に似た模様が浮かび上がり、桜色に光る。
「……やはり、ゴンゾー様の神力は、何かに縛り付けられているみたいです。」
ゴンゾー様の胸部辺りを見ながら、状況を説明して下さるサクラ様。
「これは一体…っ?!」
サクラ様は、何かに触れたらしく、何故か悲しそうな顔をする。
「…………ゴンゾー様。」
「??」
「この力を押さえ付けているのは、恐らく、ゴンゾー様自身…だと思います。」
「自分自身…?」
自分の体に目を落として、不思議そうな顔をしているゴンゾー様。そんなつもりは無いみたい。
実際、今のゴンゾー様は、甘さを捨て、強さを手に入れている。
「……ゴンゾー様は……悪鬼にならぬように、ずっと自分を押さえ付けてきたのですね…?」
「っ?!!」
ゴンゾー様の顔が、驚きに変わる。
「…土足でゴンゾー様の心に踏み入るような真似をして申し訳ございません…」
「いや……」
「そういう事…ね。」
セナは何かを理解する。
「ゴンゾーは昔からそうよね。
最初は自分の身を守る為に、サクラと出会ってからは大切な人の為に、力を振るってきた。
でも、ゴンゾーはいつも、力を振るう時、辛そうな顔をしていたわ。
うちもサクラも、ずっと知っていたわ。」
ゴンゾー様は、悪鬼と呼ばれていた時、多くの暴力に晒されてきた。
だからこそ、暴力の怖さと、醜さを、よく知っている。
怖さと醜さ。それを持っているのは、悪鬼。
つまり……
「暴力を簡単に他者へ振るう者こそ…悪鬼だと…」
人を傷付ける、殺す。そういう事を簡単に出来てしまう者こそ、悪鬼と呼ばれるに相応しい者だと、ゴンゾー様は思っている。
だから、ゴンゾー様は、そうならないように、自分を縛り付けてきた。出来ることならば、傷付けず、殺さずに解決しようとしてきたのだ。
抑え切れない怒りを抱え、無慈悲にドガマを殺したように見えたけれど、それでも、心の片隅には、悪鬼にはなりたくない…と、そう思っている自分が居る。そんな状態だと思う。
「……ここまで来て、まだ自分に蓋をしていた…ということか……」
サクラ様を傷付けられて、蓋は半分開いた。でも、完全に開いたわけではなかった。
言葉遣いを戻し、感情を殺したのも、その蓋を開く為…に違いない。
「……まだ情を捨て切れないとは…情けない…もっと、心を殺さなくては…」
ゴンゾー様は、拳を強く握る。
「違います。ゴンゾー様。」
色が変わる程に強く握られた拳に、サクラ様がそっと触れる。
「心を殺しても、縛り付けているものを解く事は、きっと出来せん。」
「そう…なのか…?」
「そもそも、ゴンゾー様にそんな事は出来ませんよ。」
「………だが、心を持ったまま人を殺すなんて…それはもう悪鬼」
「ゴンゾー様は、絶対に悪鬼になどなりません。」
ゴンゾー様の言葉を、真剣な顔で遮るサクラ様。
「っ?!」
「悪鬼を悪鬼たらしめるのは、心そのものではありません。
力をどのように使うのか、何の為に使うのか…だと思います。
ゴンゾー様は、力を使う時に、誰よりもそれを悲しみ、悔いる事の出来るお方です。そのような方が悪鬼になど、世界がひっくり返ってもなり得ません。
私もセナも、ゴンゾー様をずっと見てきました。ですから、自信を持って断言出来ます。
ゴンゾー様が、本当の意味で悪鬼になる事など、絶対に有り得ません。」
真剣な表情で言うサクラの隣から、セナもゴンゾー様の手に触れる。
「本当にゴンゾーって馬鹿なのね。
悪鬼が見も知らない、身分の低い者達を助けようとすると思う?誰かの為に我を忘れる程に怒ると思う?門前で一年も頭を下げると思う?」
「お、俺は……」
「うちは、ずーーーーっと見てきたのよ。ゴンゾーの事。」
サクラ様は、ゴンゾー様の事を、ずっと信じ続けてきた。
それと同じように、セナは、ゴンゾー様の事を、ずっと近くで見てきた。
この二人の言葉が、ゴンゾー様に届かないはずがない。
「うちとサクラがこう言っているのに、まだ信じられないわけ?」
「……………いや。信じる。俺は俺自身を信じられなくても…二人の事だけは信じられる。」
ゴンゾー様が言葉を発した瞬間。背筋がゾクッとした。
突然真横に、戦闘態勢の四鬼様や、ご主人様のような方が現れたような、
間違いなく、その気配は、ゴンゾー様から溢れ出していた。
「こ、これは…」
ゴンゾー様は、自分の体に起きた変化に気が付いて、私と同じように驚いている。
たった今、ゴンゾー様を縛り付けていたものが、解かれた。それが分かった。
「ゴンゾー?!眼が!」
ゴンゾー様の目を見ると、瞳の中に、紋章が浮かび上がり、青白く光っている。
ダイヤのマークが、中央から四方向に伸びるような紋章で、四つ葉のクローバーならぬ、四つ葉のダイヤのような形。
「す、凄い…です…」
サクラ様は、ゴンゾー様の頭の上辺りに目をやって、ボーッとしている。
本来ならば、何を見ているのか分からない…と言うところだけれど、ゴンゾー様に何が起きたのか、この目でハッキリと見る事が出来た。
ゴンゾー様の体に巻き付くように、
サクラ様のように、ハッキリと視認出来るわけではないけれど、神力がそこに在ると分かる。
「う、うちにも見えるんだけど…ニルも見える?」
「はい…」
推測に過ぎないけれど、神力が爆発的に上昇し、濃くなり過ぎて、視認出来る程になっている…のだと思う。
「それより…ゴンゾー様。その模様…」
「自分では見えないのだが…」
どうにかして自分の目を見ようとしているゴンゾー様。
その瞳の模様は、一度、見た事がある。
ムソウ様が紋章眼について教えて下さった時、鬼皇様ともう一つ、知っている紋章眼が有ると言って教えて下さった模様。
名前は確か、
ムソウ様も能力は知らないと仰られていた。
「あのエロジジイが言っていた紋章眼よね?」
セナも覚えているらしい。
「鬼殺眼?」
「能力までは知らなかったけれど、間違いないと思います。」
「私が見る限り、神力を爆発的に増強させるものだと思いますが…」
実際に見えていて、確認出来る効果は、神力の増強だけ。他には特に何も起きていない。
「それだけだったとしても、十分脅威になると思いますが…」
四鬼の方々が使いこなしている神力でさえ、あれ程の力を発揮しているというのに、視認出来るほどの強度を持った神力となれば、とんでもない力を発揮すると思う。
「分からない事を考えていても、時間を無駄に消費するだけです。
武器が一つ増えたと考えましょう。
ただ、ゴンゾー様は、ガラクに能力を奪われないように…というのも気を付けて下さい。」
「そうだな…分かった。」
「でござる!ですよね?」
重い空気の中に、サクラ様の明るい声が響く。
「サクラ殿…?」
「ゴンゾー様。私や、皆の為に怒って下さるのは、凄く嬉しい事です。」
サクラ様が、両手でゴンゾー様の手を取り、握り締める。
「私達鬼士が、ゴンゾー様にしてきた仕打ちを考えると、鬼士隊の方に加担していてもおかしくない程だと思います。」
「いや!それはサクラ殿には関係の無い」
「あります。」
ゴンゾー様の言葉を途中で切るサクラ様。
「ゴンゾー様の心に触れて、心の奥底に有る、小さくなったとしても、消えはしない憎悪を感じました。
それは間違いなく、この島の者達が与えたものです。私を含め。」
サクラ様が言っているのは、個人的な付き合いの話でなく、下民という立場の事を言っているのだと思う。
奴隷と似た立場の下民。
本来ならば、全てが平民であるはずの制度。それなのに、下民という身分が存在する。
それは、下民という身分を、島の者達が勝手に作り出したから。
表立って一部の者達を
声を大にして、そんな人達が間違っていると叫ぶ人が居たならば、少しは変わっていたのかもしれない。
もしくは、ゴンゾー様と同じように、そういう身分を消し去る為に、動いてくれる人がいれば、もう少し皆が住みやすい島になっていたかもしれない。
でも、そんな人は居なかった。厳密に言えば、シュンライ様やトウジ様等、何人かは動いていたのかもしれないけれど、数えられる程度。島全体から見れば、居ないのと同じ。
つまり、ゴンゾー様が消えない恨みを抱いてしまったのには、島の全ての者達に責任がある。そう言いたいのだと思う。
「私達が他人事ととしてきてしまったから…何も変わらなかったのですから。」
「……………」
「本当にいくら謝罪したところで、許される罪だとは思っていません。」
「サクラ殿…」
「ですが…………敢えて言わせて下さい。」
サクラ様は、ニコリと笑い、ゴンゾー様の顔を見上げる。
「ゴンゾー様も笑って下さい。
ゴンゾー様に
いつものように、ござるござると言って、笑わせて下さい。
優しいままのゴンゾー様で……居てください。」
ドガマとの戦闘で見せた、ゴンゾー様の強さは、驚愕する程のものだった。
でも、セナが怯えていたのは、ゴンゾー様の殺気にだけではなく、ゴンゾー様がどこか遠くへと行ってしまいそうだったから。
それは、怒りのあまり、ゴンゾー様が、自分の身を
結果的には、ゴンゾー様に怪我は無かった。でも、それは結果でしかない。
それが、セナと同じように、サクラ様も怖いのではないだろうか。
その言葉の意味を感じ取ったゴンゾー様は、一度ゆっくりと目を瞑り、魔眼を抑えた、いつもの目でサクラ様を見る。
「承知したでござる。サクラ殿が笑って下さるのであれば、拙者も笑うでござるよ。」
そう言って、ニカッと笑うゴンゾー様。
先程までの、危うく感じる程の殺気は無くなった。
でも、分かる。
二人の言葉を聞いてから、ゴンゾー様の中で大きく、何かが変わった。
怒りは心の中に仕舞い込み、落ち着いた精神状態でありながら、刃を振り下ろす決意を持っている。
それは、ご主人様や、四鬼の方々の持っている空気と全く同じものに感じる。
理不尽な暴力を嫌い、殺す事を嫌い続けてきたゴンゾー様。
だからこそ、それを行う者達を許さず、理不尽な暴力を受けた人達の為に刃を振り下ろす。
その覚悟が、本当の意味で決まったのだと思う。
「あー…やっぱり、サクラには敵わないな…」
セナは、どこか納得したように笑う。
そんな事はない。と言おうとした時だった。
ズズズッ……
上階から、大きな振動を感じる。
「そろそろ行かねばならないでござるな。
ニル殿、セナ。待たせてしまったでござる。」
「……いえ。行きましょう。」
晴れやかな顔をしているゴンゾー様に、言葉を返す。
後のことは、全て片付いてから話せば良い。
パシパシッ!
セナは自分の両頬を軽く叩く。
「うちの仕事もそろそろだね!気合い入れて行くぞー!」
ここで話し合う事ではないと、セナはいつもの調子に戻る。
ここで敢えて明るく振る舞うセナの気持ちを、
私も、前を向く。
「サクラ様。」
「は、はい?」
「サクラ様も、私の後ろから出ないで下さい。」
「え?」
「ここまで、誰にも見付からずに、お一人で来られたのは、奇跡のようなものです。
つまり、このままここに残るのも、戻るのも、危険極まりない行為です。」
サクラ様の能力は、ガラクの狙いの一つ。
敢えてガラクの近くに行くのも危険だけれど、一人で行動させて、捕まったりしては目も当てられない。
そうなるくらいならば、私の近くで、守れる場所に居て下さった方が良いはず。
「あ…帰りの事を考えておりませんでした…」
「ゴンゾーもゴンゾーなら、サクラもサクラね。
どうせそんな事だろうと思ったわ。」
「うっ…」
「大丈夫です。必ず私がお守り致しますので。」
「ニル殿…お願いするでござる。」
「はい!お任せ下さい!」
「すー……ふー……行くでござる!」
大きく息を吸って吐いたゴンゾー様が、上階へと向かう。
ゴンゾー様の顔にも、背中にも、迷いは一切見えない。
五階へと上がる途中、上階から剣戟の音が聞こえてくる。
ガギィィン!
「絶対に通すな!死守するんだ!」
「この声は…」
聞こえてくる声は、ゲンジロウ様のもの。
予想通り、上階に立て篭り、皆で耐えているみたい。
「誰だお前達は?!」
「ちっ!」
上階へ上がると、階段を封鎖していた敵兵が、直ぐにこちらの存在に気が付く。
「ゴンゾー様!目を!」
私が叫ぶと、ゴンゾー様は直ぐに目を伏せる。
目の前にいるのは三人。警戒する程の数ではないかもしれないけれど、城の中ではどこにどれだけの数が居るのか把握するのが難しい。
出来る限り早く片付ける必要がある。
その為にも、定石だけれど、まずは視界を奪う。
バンッ!
「うわっ?!」
「なんだっ?!」
「っ?!」
強烈な閃光が放たれ、三人の視界が潰れる。
「ゴンゾー様!」
「承知したでござる!」
私の声に反応したゴンゾー様が、即座に前に出る。
「ぬおぉぉぉっ!!」
ガシュッ!!
ゴンゾー様が横薙ぎに刀を振る。
目の見えない敵兵がその一撃を避ける事など出来ず、二人が斬撃に切り裂かれる。
「「??」」
腰の辺りで真っ二つにされているのに、視界が奪われている上に、ゴンゾー様の斬撃が鋭すぎて、何が起きているのか理解出来ていないままに、上半身が床へと落ちていく。
ガコッ!
驚いたのは、二人を斬った斬撃が、そのまま少し離れた場所にある柱をも切り裂いていた事だった。
飛ぶ斬撃だけならば、ご主人様もやっていたし、そこまで驚かなかったと思う。しかし、切り裂かれた柱は、三箇所を切り離されている。
つまり、一度の斬撃で三つの斬撃を飛ばしたという事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます