第253話 妖狐族

手足を捻る力によって、薙刀に対して回転の力を与えているようなのだが、恐らく、神力を使って、無理矢理手足を色々な方向へ捻っているのだろう。

例えば、右手は内側へ捻りながら、左腕は外側へ捻る…みたいな事だ。それをもっと複雑にした動きで、薙刀を真円の回転ではなく、上下左右に潰れた楕円の回転にしているらしい。

薙刀が曲がって見えるのは、複雑な動きに対する目の錯覚だ。鉛筆を中心辺りで持って、先端を上下させると、曲がって見える。あれと同じだ。

しかし…やろうと思えば出来ない事はない動きなのかもしれないが…それを剣技として利用するとは…

しかも、ただの突き攻撃ではなく、一度捻った腕や足を、そのまま逆へと回し、それも薙刀に伝えている。

そうなると、薙刀の回転は、一度止まり、反対へと回るはずなのだが、何故か常に一定方向へと回転し続けている。

薙刀と掌の間に、神力の層を作り、無理矢理逆回転の力を伝えているのだろうか…?それとも薙刀の表面に張り付いている水虎の魔法が回転を…?

これ以上の事は、見ているだけではよく分からない。

複雑過ぎる体の動きと、複雑過ぎる神力の動き、そして水虎の魔法が融合した剣技…という事だけは間違いないだろう。


ガガガガガガッ!

「っ?!」


理解不能な薙刀の動きに、ミサの持っていた薙刀が巻き込まれ、激しい音を立てる。まるで粉砕機に入れたようだ。


「て、手がっ?!」


ミサは危険を感じ、薙刀から手を離そうとしたのだろうが、握っていた薙刀が回転し、手が絡まって、上手く離せなくなっているようだ。


ザザザザザザザザザザッ!

「ぎぃゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ランカの薙刀の先端が、手を離せないミサの腕へと到達すると、触れた場所が次々と粉々になるように切り刻まれていく。


自分の腕が粉砕されていく様を見ながら、その痛みに大音量の叫び声をあげるミサ。


乱渦らんかという剣技は、例えるならば竜巻のようなものだ。いくらその動きが見えて予測出来たとしても、竜巻を人の手で止めることなど出来ない。


「ちっ!」


ハラサキがそれを見て直ぐに動こうとする。その瞬間。


パンッ!

「ぐっ?!」


ハラサキが、刹那せつな、ニルから意識を外してしまった。

その隙を逃さなかったニルは、ランカの直ぐ横に閃光玉を投げ付けていた。

ニルの動きを見ていた俺は対処したが、ハラサキには無理だった。

真っ白になる視界に、ランカへ近付く事さえ出来ないはずだ。

それに対し、最も近くに居たランカは、そもそも光を感じない。故に、どれだけ強烈な光に襲われても、普段と変わらないのだ。


ザザザザザザザザザザザザザッ!

「あがあああああああぁぁぁぁ!!」


白い光の中で、ミサの叫び声だけが響き渡る。


光が止み、目を開くと、ランカの薙刀はミサ肩口に到達していた。腕が片方ミンチにされている。

刃が肩口まで到達し終わると、水虎が付与した水が、ミサの体へと移動し、全身に巻き付いていく。


ベキベキベキベキベキッ!


水はミサの頭の先から足先まで螺旋状に巻き付いていくと、全身を捻りあげていき、ミサの体がしぼられた雑巾ぞうきんのようになってしまった。


「か………ぁ…………」


本来曲がらない方向に関節が曲がり、全身の骨が折れている。まだ息が有るとは…いや、痛みで既に意識は無いだろう。反射的に声が出ているだけだ。もう死んでいるのと同じだ。


「クソッ!どこだっ!」


さて、もう一人、目をくらまされたハラサキだが……ニルが足音を消して近付いている。


「あなた達は、借り物の力に頼り過ぎました。

いくら魔眼の性能が良いとしても、腕力と同じで、それだけで勝てるわけではありません。」


ランカが言ったように、魔眼の力も、言うなれば四鬼華による神力増強剤と同じようなもの。

いくら強い力を持っていても、それを使いこなす努力をして、苦労を重ねて、初めてその真価を発揮するのだ。

パッと手渡された力に頼り過ぎた。これならば魔眼を与えられていない状態で戦った方が勝算があったかもしれない。

実際、魔眼を使うまでは、かなり良い勝負をしていたし、魔眼を使ってからも、剣技だけで言えば、ランカ達が押されていた。

それはミサとハラサキの剣術が卓越していたからに他ならない。

しかし、魔眼に頼った動きをしたせいで、隙が生まれ、それに気付いたランカが確実に仕留められる技とタイミングで攻撃した。そして、ニルも対処の仕方を考え付くだけの時間を得られたのだ。

ガラクという男にだまされ、あおられ、力を分け与えられた事で、むしろ弱くなったとも言える。


ランカの言葉に、視界が取れないハラサキが刀を構える。


「力を求めなければならない状況に追い込んだのはお前達だろう!!」


今まで冷静だったハラサキが声を荒げる。


「あなた達のは、ただの暴力です。」


ハラサキの背後へと回り込んだニルが声を掛ける。


「っ?!」


急に聞こえてきたニルの声に、振り返り、刀を振ろうとするが、もう遅い、


ガシュッ!

「ぐっ!!!」


首元に、深々と突き刺さる小太刀。


ランカが声を掛けた事で、ニルはより容易にハラサキの背後を取れたようだ。


「奴隷である私が言うのですから、間違いありませんよ。」


ニルは、特殊な防護魔法によって、直接的な暴力は受けなかった。しかし、ニルの周りでは、直接的な暴力など日常茶飯事にちじょうさはんじだった事だろう。

それに、彼女が自分で言っていたように、防護魔法にも穴は有る。

食事を与えなかったり、不衛生な場所に放置されたり……聞いた話では、真冬の寒空の下、雪の中に放置された事もあったとか。

直接的、間接的暴力の中で生きてきたニルは、ある意味暴力のスペシャリストだ。被害者側の。

そのニルが、鬼士隊のは、革命でも大義でもなく、ただの暴力だと言い切ったのだ。

これ程、信憑性しんぴょうせいの高い言葉は、他に見当たらないだろう。


「ごふっ……」


背後から突き刺された小太刀に目をやり、口から血を吐くハラサキ。

目をカッと見開き、ニルに顔を向けようとする。


ザシュッ!


ニルが突き刺した小太刀を乱暴に引き抜くと、ホースから飛び出した水のように、ピューピューと血が首元から吹き出す。


ブンッ!


後ろに居たニルに対して、弱々しく刀を振るハラサキ。


「ゴポッ……復讐を……ふ……く……」


ドサッ…


ハラサキは二、三歩、ニルから離れるように後退りしたが、そのまま倒れ込み、ピクピクと体を微動させ、数秒後に完全に動きを止める。


「………………」

「………………」


ランカもニルも、随分と傷だらけになってしまった。

特にランカは、先程の乱渦という剣技が、体への負担を強いるらしく、万全とは言えない。


しかし、これで残すのはガラクだけとなった。


「さて。これでお前の仲間は、全て消え去ったな。」


「…………………」


白い仮面の下にある目が、俺の事を見据えている。


「……せっかく私が力を与えたというのに、ここまで簡単に殺られてしまうとは。やはり、他人というのは使えないものですね。」


冷ややかな目で、死んだミサとハラサキを見下ろすガラク。


「あなたの側近でしょう?何故そのような冷たい言い草なのですか?」


「はて…?側近…?私がいつそんな事を言いましたか?」


「………ガラク……」


ランカの憤怒が伝わってくる。


ミサもハラサキも、言動の端々に、復讐心を感じた。

お上とやらの所業によって、被害を受けた者達だったのだろう。

やり方は間違っていたかもしれないが、その種を植え付けたのは、こちら側の者達。気持ちが理解出来ないわけではない。

俺と似たようなものなのだから。


しかし、そんな者達の気持ちを利用した挙句あげく、この反応。

真っ直ぐなランカとしては、何よりも許せない男だろう。


「あなたには人の心は無いのですか?!」


ランカが苛立ちを隠さずに声を張り上げる。


「人の心……?」


ガラクが俺達の方をギロリと睨み付ける。


「それを奪ったのは、そっちでしょう。」


そう言って、ガラクが白い仮面に手を伸ばし、ゆっくりと外す。


犬や猫のような形をした鼻。その下には、獣じみた口。

一目では分からないが…狐……だろうか。


一目で分からなかったのは、鼻と口だけが特徴的だからではない。


頬、額、あご、耳……顔のありとあらゆる場所に傷跡が有り、顔と認識出来る部分の方が少ない程だった。

さながらフランケンシュタインとでも言えば分かるだろうか。

何がどうなったら、あのような顔になるのか…多少痛め付けられた程度では、ここまでぐちゃぐちゃにはならない。

こんな世界だし、顔に傷を持つ者は、元の世界よりずっと多い。

それでも、ここまで傷跡だらけの顔は、初めて見た。


「こんなことをされて、それでも尚、私に人の心を求めるのですか?」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



私が、この世に生を受けた時、両親は、私を幼い内に殺そうと思ったらしい。


妖狐族。


それが私の血の名前だった。


生を受けた私の顔は、鼻と口が狐のような形をしており、その後の人生が困難な事になると、母は感じたらしい。

それも、ただの困難ではなく、極めて困難な人生となると。


しかし、自分の腹を痛めて産んだ子を、どうして殺せるだろうか。

愛した女との間に出来た子供をどうして殺せるだろうか。

母と父は、私を殺そうとする度に、泣き続ける私に刃ではなく、手を差し伸べた。


自分達に殺す事は出来ないと理解した母と父は、私の事を隠し、育てようと決心した。


そして、私に名を与えた。ガラク…と。


私の家は、落ち目とはいえ、鬼士の家で、それなりの生活を送っていた為、周囲の目に、私が晒される事は無かった。

それに、落ち目であるが故に、家には信頼出来る使用人が数人だけ。そんな中で私は育った。


小さい頃の私は、母と父の愛情を受けて、に育った。

自分の顔と両親の顔が違う事には疑問を持っていたが、あまり気にはしていなかった。


私の生活の範囲は、屋敷の中だけだった。

外にはろくに出られず、何より、父が用意した真っ白な仮面を、常に被っておくように言われていた。

外す事が許されたのは、母と父の両方が居る、寝室だけ。


それでも、食べるものには困っていなかったし、それなりの人生を送っていたと思う。


そして私が生まれてから数年後。


母が私の弟か妹を身篭みごもった。


母と父は大層喜び、あまり笑わない父が、デレデレとだらしなく笑いながら、母の大きくなってきた腹を触っているのを何度も見た。


自分にのみ注がれている愛情が、取られてしまう気がして、少しだけ寂しかったが、母と父の喜ぶ姿と、自分に兄弟が出来るという事実に、私も嬉しさの方が勝っていた。


そして、ある日。


母が腹の痛みを訴え、何人か屋敷の外から人が来た。


父がソワソワと屋敷の中を歩き回り、私も落ち着かなかった。


暫くすると……


「おぎゃー!おぎゃー!」


母の居る部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


父は襖に足をぶつけながら部屋を飛び出し、私もそれに付いて走った。


汗だくで疲れ果てた母が、それでも愛おしそうに抱えていたのは、妹だった。


父は涙を流しながら喜び、母はそれを見て笑っていた。


でも、私はその場所に近付く事が出来なかった。


妹の顔は、私とは違ったから。


私は……子供は皆、私と同じ顔をしていて、大きくなると母や父のように変わるのだと、どこかで思っていた。


だが、違った。


私は異質な存在なのだと、子供ながらに認識した瞬間だった。


それでも、私に対する両親の愛情は薄れる事無く注がれ、私も直ぐに妹を可愛がるようになった。


小さな手。青い髪。青い瞳。ムチムチとした手足。

可愛さの塊に見えた。


名前はツユクサ。


名前の通り、小さくて可愛い女の子。


私は屋敷の中で生活するしかなく、暇しかなかった為、事ある毎に妹を抱いては可愛がった。

妹も、私の仮面が気になるのか、よく仮面に手を伸ばしては引っ張ったりして笑っていた。


私はそんな妹を、両親以上に大切に思っていたのだと思う。


そうして時が過ぎていくと、妹も言葉を覚え、成長していき、可愛がった成果なのか、私になついていた。


ツユクサは、私とは違い、活発な子で、いつも母と父の真ん中で笑いを生んでいた。


そんな光景を、私は少し離れた所で見ている。


すると、ツユクサがそんな私に気が付いて、手を取り引っ張って、母と父の元へと連れていく。


それがいつもの事となっていた。


幸せだったのだと思う。


少なくとも、私の人生の中では、その時が、幸せな時だった。


そんな、私の人生における絶頂期。

屋敷にある者達が訪れてきた。


見ただけで高価だと分かる服装をした、傲慢ごうまんな態度の連中だ。


私は直ぐに屋敷の奥の奥、その更に奥の部屋の、しかも押し入れの中へと隠された。


静かで真っ暗な空間の中、じっとしていると、微かに父の怒鳴り声が聞こえてくる。

何を言っているのかまでは分からないけれど、何やら、先程来た連中と言い争いをしている様子だった。


暫くそんな時間が続き、静かになったと思ったら、やっと私は押し入れの中から出された。


「…こんな場所に押し込んで、悪かったな。」


父は悲しそうに笑い、私を抱き締めた。


何が起きているのか理解出来ず、不思議に思っていたが、その後、直ぐに私はその理由を知る事になる。


屋敷に居ても、母と父による教育のお陰で、それなりの教養きょうようを身に付けていたし、難しい話をされても、それなりに理解出来るようにはなっていた。

そこで、母と父は、ツユクサが寝静まった後、私だけを呼び出し、夜中に、ある場所へと連れて行った。

連れて行ったと言っても、屋敷の中、私が隠れていた押し入れの部屋。その床下だったのだが。


長年その屋敷で住んでいて、そこに地下室が有るということは全く知らなかった。


地下室には、何やら古い資料が保管されていたが、どれも管理が行き届いていた。

多分、母が定期的にその部屋へ入っていたのだと思う。


「ガラク。今からお前に大切な話をする。理解出来るかは分からないが、ちゃんと聞いてくれ。」


「??」


「ガラク。大切な話なの。あなたの顔に関する話なのよ。」


「………分かった。」


私は、自分の顔が、何故このような形なのか。ずっと疑問に思っていたし、その答えが分かるならば、聞かないわけにはいかなかった。


そして、そこで両親が語ってくれた事は、信じ難いものだった。


私の生まれた屋敷は、元々、母の先祖が住んでいた屋敷であり、大元を辿ると、四鬼華の伝説という話の中で出てくる四鬼の一人という事だった。


その時、この屋敷に住む者達は、手狭てぜまになる程の人数が居たらしく、とても賑やかで活気に溢れた屋敷だったとの事。

今からでは想像も出来ない事だけれど、地下室に保管されている資料の中に、当時の事が記されているものがあり、確実な話らしい。

つまり、私の家系は、四鬼の家系である。という事だった。


しかし、話はそこで終わらない。


その後も、四鬼は世代を変えつつも、私の家系の者達が何人か引き継ぎ、数代後の四鬼となった時の事。


当時の四鬼である先祖が、任務の為に街を出て深い森に入った時の事だった。


森の中で一人の女性を見付ける。


変わった鼻と口を持つ女性だったが、灰色の髪と目をしている美しい女性だったとか。


先祖である四鬼は、その女性に声を掛け、話をしたところ、昔からこの島に住んでいる、妖狐族の女性だと分かった。


先祖はその女性を好いて、仲良くなろうとしたが、女性は街に入る事を嫌がり、なかなか射止める事が出来なかったらしい。妖狐族は、昔、鬼人族に酷い事をされた事もあり、警戒心をなかなか緩めて貰えなかった。しかし、先祖は足繁あししげく深い森へ通い、ついにその女性をめとる事となる。


街を嫌がっていた女性だったが、一つだけ約束をして、街へ入る事となった。


約束というのは、自分が妖狐族である事を、誰にも明かさない。というものだった。


先祖は鬼人族の中に異種族が混じるのが恥ずかしいのだろうと思い、約束したのだが……その日から、その女性は、自分の顔を白い仮面で隠し、二人で居る時以外は外さなくなった。


折角の美しい顔が見られず惜しいと言うのだが、女性は決して顔を縦には振らなかった。


しかし、それを除けば、女性は優しく、一途で、品性もある最高の妻だった為、先祖は満足していた。


そして、ある日、二人の間に子供が生まれる事になる。


子供の顔は、鬼人族に寄った事で、妖狐族の特徴の無い子となり、二人は喜び、より家族としての絆が深まっていった。


そして、更に、二人の間に、第二子が生まれた。


しかし、第二子である娘は、妖狐族の血を色濃く受け継いでおり、顔も母に似て


その日から、女性は娘にも白い仮面を被せるようになった。


何故そのような事をするのかと、女性に問うと、女性はこう言った。


「私達妖狐族には、自分達でも扱い切れない強い力を宿しております。

それを悪用されない為、妖狐族は森の奥深くに住んでいるのです。それを知られれば、私達が酷い目に会うことは目に見えております。ですので、決して他言はしないで下さい。」


先祖も、妖狐族についてはそれなりに知っていた。妻となる女性の事を知らないではあまりにも不誠実。

しかし、妖狐族については、あまり知られておらず、詳しい事までは分かっていなかった。

何か特別な力を持った種族だということくらいは認識していたが、女性がそんな力を使う所など見た事が無かったし、どうせ噂だと切り捨てていたのだ。


しかし、女性からその事を聞いた先祖は、そうだったのか…と、理解した。


理解した上で、先祖は、最もやってはならない事をしてしまう。

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