第241話 第三段階

小屋を出た俺達は、相手の目を掻い潜り、西へと向かって進行を開始する。


ゴンゾーとはダンジョンで一緒に戦ってきた。息を合わせるのは簡単だ。


ただ、ゴンゾーにも、俺達にも手に負えない状況が発生した場合、一時的な撤退を余儀よぎなくされる可能性がある。

どうしても危険な状況になれば、紛れ込んでいるはずのテジムが何とかしてくれるとは思うが…あまり頼り過ぎても良くないだろう。

順調に全てが終わる事を願うばかりだ。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



一方その頃、サクラは…


「ゴホッゴホッ!」


「大丈夫ですか?」


「は、はい…ゴホッ!」


サダという男に言われて、体の弱い女性を支えていたけれど、随分と辛そう。

今は休憩の時間で、ここは武器庫。

中身は全部鬼士隊の連中が持ち去った後だと思う。


休憩場として、儀式用の建物以外も使うみたい。


最初は儀式用の建物ばかりを移動するのかと思っていたけれど、広くて目立たない場所ならば、どこでも良いらしい。やはり、私の予想は宛には出来ない。


休憩する度に、着物の生地を隠してきたけれど…兄上が見付けられる可能性は本当に極僅か。

そもそも、その場に兄上が向かわない可能性の方が高い。


至る所から剣戟の音や、怒声、悲鳴が聞こえてくる状況で、私を探し回る事なんて、四鬼の立場が許さないはず………


駄目駄目!!弱気になっては!


皆と、最後まで諦めないって約束したのだから、気持ちで負けては駄目。


でも…この武器庫には、生地を隠せそうな場所が見当たらない。

それに、着物の裏地も無限に有るわけではない。

あまり着物がペラペラになれば、誰かに気が付かれてしまうかもしれない。


もし、私が着物の生地を隠している事がバレたりしたら……


想像するだけで寒気がしてきてしまう。


「ゴホッゴホッ!」


私は体の弱い女性の背をさすりながら、何かこの状況を打開する策が無いかを考える。


一応、考え付いた事は試した。


例えば、凄く恥ずかしいけれど…お花をみに…つまり、かわやへ行くと言って、一人になれるようにしてみたけれど、鬼士隊の者が普通に付いてきた。

抵抗さえしなければ、それなりに扱ってくれるみたいで、女性が付いてきたけれど、逃げ出す事は勿論もちろん、一人で何かする事は出来そうになかった。

縛られてはいないものの、捕まっているのだから当然なのだけれど…


他にも試してみたけれど、私の考え付く範囲の事では、現状を打破だはするのは難しいみたい。


私が支えている女性を休ませるという名目めいもくで、どうにか出来ないかと考えたけれど、移動の邪魔になるならば、いっその事……などと言われる可能性もあるし、直ぐにその考えは捨てた。


現状出来ることは、休憩の度に隠せそうならば生地を隠し、何か重要な情報でも聞けないかと耳を澄ます事くらい。


ここまで移動してくる間に分かったことは…


まず、ガラクが全体の指揮をしている事。

どこからともなく現れた者に、何かを指示しているのを何度か見た。話の端々にゲンジロウ様や、兄上、ランカ様の名前が出てきていたから間違いないと思う。


他にも分かったことは有る。

多分だけれど、今の戦場の状況は、ガラクにとって予想外という事。


正門や横門を突破された、と伝えに来た者が居たけれど…そうですか。の一言で終わった。

指示を終えた後、意外と早かったですね…と漏らしていたのを聞いたけれど、焦った様子は無かった。


少し前に、城の方面から緑色の煙が上がり、その後に大きな爆音と光、そして兄上だと思うけれど、雷が落ちたような音が響いていたけれど、それを見ても特に反応を示していなかった。

まるで、戦場に興味が無いみたいに見える。


そして何より……ガラクは、仲間の死を聞いても、そうですか。の一言しか発さない。


タイラ家や、ササキ家当主ソウタ。ヒサナ等、聞いた事のある名前が出てきて、討死うちじにされたと報告しに来た者達が居た。

わざわざ報告しに来たという事は、鬼士隊の中でも、それなりに重要な立ち位置の者だったはずなのに…


その理由を知ったのは、武器庫での休憩がそろそろ終わりになる頃だった。


「ダンノ様、ショウド様が討死なされました。」


「そうですか。」


またしても、討死の報告。


私は耳をそばだてる。


確か…ダンノというのは、ゲンジロウ様と縁の深い方だったはず。私の記憶が正しければだけれど…家に篭ってばかりで、あまり人に詳しくないから、違うかもしれないけれど…

もう一人のショウドという人は覚えている。

兄上の四鬼選定戦の時に居た人。ギラギラした鋭い目をした男性で、兄上が警戒していた相手だった。

その二人も、鬼士隊に参加していたなんて…


「しかし、ダンノ様が、命と引き換えにゲンジロウの左腕を。」


「それは素晴らしい。」


珍しく感情の乗った声を出すガラク。


ゲンジロウ様の左腕を取った…という事だと思う。思わず反応しそうになってしまった。


まさか…あのゲンジロウ様が……


「ここで一人退場させられたのは大きいですね。」


「はい。」


ガラクの言葉に、それを聞いていた鬼士隊の者達がニヤリと笑っている。


仲間の死の事については、何も感じないのだろうか………敵だとしても、人が死んだという話題は心を落ち込ませるのに、この人達は、何も感じないの…?


私には、そこに居る者達が、皆悪鬼に見える。


「しかし…」


「何かありましたか?」


「ランカが城内から現れ、前線を押し返されております。」


「やはり、どこかに抜け道があったのですね。」


「申し訳ありません…それがどこなのかは分かりませんでした…」


「良いのですよ。それは問題ではありませんからね。」


問題では無い…?

先程の雷光は、恐らく兄上のもの。位置的に見て、城内からランカ様が現れたのなら、挟み撃ち状態だと思う。

そうなると、鬼士隊の人達は窮地きゅうちに立たされていると思うのだけれど…


不思議に思って聞いていると…


「最終的には、全員殺される予定ですからね。

壁の前まで迫った時点で、目的は達成されていますので、もう彼等は必要ありません。

そんな彼等が、ゲンジロウを排斥はいせきしたとなれば、嬉しい誤算です。」


絶句する言葉が聞こえてきた。


剣戟の音や、人々の声から察するに、壁の方で戦っている人々は、百や二百ではないはず。

その人達が、全て死ぬ予定…?


「どういう事ですか?!」


あまりにも酷い内容に、私は思わず口を出してしまった。


「………サクラ様。盗み聞きとは感心しませんよ?」


「そんな事はどうでも良いのです!あまりにも酷いではありませんか!」


いくら酷いといっても、私がこうして口出ししただけで何かが変わるとは思っていない。

だから、こんな反抗的な態度を見せるのは、下策中の下策。そんな事は分かっているけれど…何も言わずにはいられなかった。


「今戦っているのは、皆仲間ではないのですか?!それを元々死ぬ予定だったなんて!」


「貴様、神人様に向かって…」


私の言葉に、一人の男性が、黄緑色のさやに手を当て、鯉口こいぐちを切る。


「お止めなさい。ハラサキ。」


「しかし…」


ハラサキと呼ばれたのは、常にガラクの側に居る三人の内の一人で、黒髪短髪に、黄緑色の目をした中肉中背の男性で、ガラクの側近…だと思う。

残りの二人は、ミサと呼ばれる、肩くらいの長さの茶髪と、茶色の瞳を持った女性。

髪を剃り、黒い瞳、何故か上裸で筋肉が盛り上がった、ドガマと呼ばれる男性が側近としてついている。


「相変わらず、恐れ知らずの女性ですね。貴方は。」


そう言って私の方へ仮面の奥の目を向けてくるガラク。


「っ?!」


ゾクリと背筋が凍った。


初めて会った時は、おおい隠されていた悪意が、今はそのままでぶつかってくる。

これが本当に人なのか…と、思ってしまうような、暗く深い闇に吸い込まれそうな瞳。


「貴方の勇気に免じて、今回だけは答えて差し上げましょう。」


そう言って、私の方へと一歩近付いてくるガラク。


思わず一歩下がりそうになったけれど、何とか踏みとどまった。


「仲間の死をいたまないのが気に入らないようですが…そもそも、彼等は真の仲間ではないのですから、悼む必要もないのです。」


「何を…」


「簡単な事です。

私達鬼士隊の目的は、身分を、より確固たるものとする事で、人々の心の中から、地位や権力に対する欲を取り除くのです。

人が罪を犯すのは、欲が有るからに他なりません。

その欲が無ければ、罪を犯す事も無くなる。簡単な法則です。」


「……………」


「今この島を支配している、お上と呼ばれる者達は、欲にまみれ、に染まり切っています。

そんな者達から全てを解放することが目的とも言い換える事が出来ますね。」


「解放…」


私は、四鬼の妹という立場もあり、あまり島の政治には関わらないように気を付けてきた。

兄上が政に関わらないのに、妹の私が関わっていたら、邪推じゃすいされてしまうから。

それ故に、お上の事や、欲がどうのという話はよく分からない。けれど、ガラクの言っていることが極論だということは何となく分かる。


「では、そのとは、具体的に何でしょうか?

欲そのものでしょうか?いいえ。違います。

人は欲が有るからこそ、栄えることが出来るのです。

つまり、悪というのは、欲を満たす為に連中が取る行動なのです。

要は、自己中心的な考え方で、やり方で、欲を満たす。それが悪なのですよ。」


「それは…」


ガラクの言っていることに間違いは無い…と思う。

欲の制御が出来るか否かによって、善か悪かは決まると思う。でも…ガラク達が今やっている事こそ、その自己中心的なやり方ではないのだろうか。


「そして、街に繰り出した者達、戦場に出ている者達は、全て、その自己中心的な考え方によって集まってきた者達なのです。

崇高なる新時代には不必要な存在なのですよ。

まあ、そういう私も、個人的な感情が無いわけではないのですが。」


「個人的な感情が有るならば、他の者達と違いなど無いでしょう!」


「いいえ。全然違います。

ここに居る者達は、全員、神の意志によってここに居る。」


ガラクは、自分の事を神人だと言っている。どう見ても普通の鬼人族だし、やっている事を見れば、むしろ悪鬼にしか見えない。


「理解出来ませんか?それならそれで構いません。

私達は私達の信念に従って動くだけですので。理解して欲しいとも、理解してもらえるとも、思っておりませんので。」


そんな自分勝手な!と言おうと思ったけれど、ガラクの瞳を見て、それはやめておいた。

この人にとって、自分の信じる道以外は、全て邪道でしかない。それが何となく分かってしまったから。

本当に、ガラクは、誰にも、何も、求めていない。

それに気が付いた時、私は何も言えなくなってしまった。


「そろそろ行きましょうか。」


変わらない声色でそう言ったガラクに、黙って従うしか私達に出来ることは無かった。


ガラクの言った、個人的な感情という言葉に、今回の襲撃に関する、何か別の意味が有るのでは?とは思っていたけれど、それを聞く事は出来そうになかった。


誰かに伝えたいけれど、私が目立つ動きをしてしまうと、他の魔眼保有者の方々に迷惑を掛けてしまうかもしれない。


「どうすれば……」


武器庫を出て、歩き始めようとした時だった。


「サクラ様。」


魔眼保有者の一人が、他の誰にも聞こえないような小さな声で、後ろから私に話し掛けてくる。

太く低い声の男性。


「…はい?」


私も、小さな声で返事をする。後ろは振り向いていない。


「私はホリノと申します。そのまま振り向かず聞いてください。」


「…はい。」


「城に居る、タナシタという方を知っておりますか?」


「……はい。」


タナシタ様は、鬼皇様の側近を務めていらっしゃるお方。政に明るくない私でも知っている。


「私は、現在、そのタナシタと連絡を取る事が出来ます。」


「っ?!」


あまりにも突然に、打開策が湧いて出てきた。

思わず後ろを振り向きそうになったけれど、どうにか堪える事が出来た。


「そ、それを何故私に…?」


「…タナシタからの指示で、サクラ様と連携し、ガラクの目的を探って欲しい…と。」


「私と…ですか?」


自分で言うのも何だけれど、この状況で頼られるような何かを持っているとは思えない。

何故私と…?


「理由までは分かりませんが、私は指示に従うだけなので、お話させて頂きました。」


「……………」


何かの罠かな?

でも…私を罠に掛けても、仕方ないと思うし…うーん……こういう時、兄上やゴンゾー様ならば…

そう考えて、答えを出した。


何もせずに大人しくしているより、少しでも可能性の有る方に賭ける。それが罠かもしれないとしても、飛び込んでみなければ分からない。


「分かりました。共に情報を集めてみましょう。」


「ありがとうございます。

それでは早速なのですが、先程、ガラクと話した内容について、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「はい。」


体調の悪い女性を支えつつだけれど、内容をホリノ様にお伝えする。

支えている女性は、聞こえていない振りをしてくれている上に、周囲の警戒もしてくれていて、鬼士隊の者が近寄って来ると、私の着物を軽く引っ張って教えて下さった。


「……分かりました。それでは一先ず、その事を向こうへ伝えてみます。」


「はい。」


「もし何か分かれば、次の移動時にお願いします。

休憩の時には、なるべく離れて座りましょう。」


「分かりました。」


休憩の時だと、鬼士隊の者達が、目を光らせているし、怪しい行動は取れない。

けれど、移動時ならば、皆の足音に声が紛れるし、鬼士隊の者達も歩いている為、監視の目も緩くなる……という事なのかな?


ホリノ様は、それだけ言うと、私達から離れていった。


思いがけず手に入れた外との連絡方法だけれど、私がどうにかして、忍の方々に知らせる方法を探すより、可能性はずっと高いはず。

それに、ホリノ様は凄く落ち着いた声を出していた。こういう事に慣れているみたいだったし、私が気が付かない事にも気が付いて下さるはず。少しだけ希望が見えてきた。


それからは、なるべく目立たないように、鬼士隊の話を聞く事に徹した。ほとんどが取るに足らない話ばかりだったけれど、少しずつ、彼等の事が見えてきた。


この本陣に居る者達は、鬼士隊の中でも、最も高位に位置する者達として扱われている事。

本陣の周りには、いくつもの隊が、取り囲むように配置されていて、それが共に移動している事。

本陣に近い部隊ほど、そのくらいが高い事。

鬼士隊の中で、位というのは絶対的なもので、下の者は上の者に逆らってはならない事等が、私の知り得た事だった。


位についてはどうでも良いけれど、本陣付近の配置が分かったというのは、大きな収穫のはず。


私達は、そうして色々と情報を集めながら、城の、タナシタ様へと情報を流し続けていた。でも、やはり、私が関わる必要は無かった気もする。ホリノ様だけで良かったのでは…?

いいえ。何度も連絡を取り合って下さり、ホリノ様は敵ではないとわかりましたし、城にいらっしゃるタナシタ様も、集めた情報から、作戦を練って下さっているはず。

もう少しの辛抱しんぼう。もう少しの…


そして、儀式用の建物に入って休憩となった時の事。


「神人様。」


「どうされましたか?」


「そろそろ頃合かと。」


ハラサキが頭を下げて、そんな事をガラクに伝える。


「そうですね……分かりました。それでは、第三段階へと移りましょう。」


第三段階…?


何の話だろうか。とてつもなく嫌な予感がする。


ガラクが立ち上がり、私達の方へと向かって来て、声を上げる。


「皆様、長い時間連れ回してしまって申し訳ございませんでした。」


そう言ったガラクが、仮面の下で笑った気がした。


「しかし、それもここまでです。これより、我々は本当の革命を始めます。」


本当の革命…?駄目…話が読めない。


「手始めに……………」


ガラクが一度目をつむり、ゆっくりと開くと、瞳が灰色に光り、三角の模様が浮び上がる。


「皆様には、死んでいただきます。」


変わらぬ声色で言い放つガラク。


あまりにも自然な物言いに、私達は一瞬、内容を理解出来なかった。


死んで……?どういうこと…?殺すなら、何故私達を集めたの…?


「ああ。大丈夫ですよ。本当に死ぬという意味ではありませんからね。」


何をしようとしているのか分からないけれど…それが私達にとって、とても危険な事だということだけは分かる。


「さあ。始めましょう!」


ガラクが先頭に居た魔眼保有者の男性の首を掴む。


「ぐっ!」


そして、ガラクが灰色に光る目を男性の目に近付けると…


「ぐあああああああぁぁぁぁぁ!!」


男性が絶叫し、バタバタと暴れる。

しかし、その抵抗は隣にいた鬼士隊の男によって抑え込まれてしまう。


「あぁぁぁぁぁ……ぁ……」


ドサッ……


首を掴まれていた男性が、地面に倒れ込み、動かなくなってしまう。


「ひぃっ?!」


それを見た他の魔眼保有者が、怯えた声を上げるけれど、鬼士隊の連中に取り囲まれている為、私達が逃げ出す事は出来ない。


倒れた男性を見ると、息はしているみたいだけれど、口をだらしなく開き、目を見開いた状態で固まってしまっている。


まるで、魂が抜けたような…そんな状態。


「やはり、自我を保っている事は出来ないみたいですね。まあ、仕方ありませんね。」


ガラクが倒れた男性の顔を覗き込み、無感情に言い放つ。


何が起きたのかは分からない。でも、今すぐに逃げないと、私達も同じようにされてしまう。


「逃げないと…でも…どうしたら…」

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