第十九章 大動乱 (3)
第240話 人族の実力
「ご主人様!」
ニルの声に、俺は刀を抜き取りながら、大きく後ろへと飛び退く。
バババンッ!
ザザザザザザザザッ!
「ぐあぁぁっ!」
「なんだこれは!?」
上空で爆発音が鳴り響き、星型の硬い胞子が無数に降ってくる。
見たことも無い攻撃に、敵兵は防御もままならず、全身に星型の胞子を浴びている。
「ニル!」
「行きます!」
ニルは黒花の盾の裏に装着した魔具を発動させ、シャドウテンタクルを俺の方へと伸ばしてくる。
左腕に絡めたシャドウテンタクルを強く引くと、後ろに居たニルが上空へと飛び上がる。
ニルの手には、既に闇手裏剣が握られている。
シャドウテンタクルを放つタイミングで、既に闇手裏剣の魔法を完成させていたようだ。同時に二つの魔法を使えるのは魔具のもう一つの良いところだ。
ただ、やはり、普通に魔法陣で描くよりもシャドウテンタクルの長さが短い。問題にならない程度ではあるが、気を付けなければならないだろう。
ビュッ!
ニルが闇手裏剣を投げると、複数個の闇手裏剣が地表へと向かって飛んでいく。
闇手裏剣は、無傷だった者三人に見事突き刺さる。
ニルが投げたのは四枚で、三人に命中とは、随分と使い慣れたようだ。
シューッ!
今回、闇手裏剣が発動させた効果は、黒い煙のようになって周囲に広がるというものだった。
それ程大量に煙を発生させるわけではない為、視界を完全に奪う事は出来ないし、場所が外なので、風で簡単に流れてしまう。
外れの類だが…ランダム要素にそこまで期待はしていないし、最初から無いものとして考えているから、どうということは無い。
ザシュッ!ガシュッ!
ニルの炸裂瓶と、闇手裏剣によって傷付いた者達の中へと走り込み、急所を確実に貫いていく。
全員即死の為、
ニルは大丈夫かと目を向けると、着地する位置に居た男が、槍をニルへ向けて突き出しているのが見える。
ニルはそれに気が付いているし、焦った様子も無く、左手に持った盾を相手に向ける。
カキィン!
それが当たり前とでも言いたげに、ニルは相手の突き出してきていた槍先を横へと弾く。
空中で、しかも落下しながら、相手の突き出してきていた槍を弾くというのは、かなり難しいはず。
踏ん張る事は出来ないし、相手は基本的な身体能力が高い鬼人族。ニルの腕力だけで弾ける攻撃だとは思えない。
しかし、結果はニルが簡単に攻撃を弾いたのだ。
相手の攻撃に合わせて、突き出していた盾を、曲線的に引きながら、盾の曲面を活かして槍先を滑らせ、そのまま弾いたらしい。
ランカの道場を出てから、何度かニルの盾の使い方を見たが、やはり今までとは全然違う。
安定感と言えば良いのか……盾だけで勝てるのではないか?と思えてくる。
ザクッ!
ニルは槍を弾いた相手の頭に、戦華の切っ先を突き刺し、着地。直ぐに男の頭から戦華を抜き取ると、パキパキと音を立てて刃が補強されていく。
怪我を負わせた者達は、俺が大体処理した。
ここに長居していると、わざわざランカやラト達が派手に暴れてくれているのが無駄になってしまう。
「ニル!行くぞ!」
「はい!」
俺とニルは、周囲の敵兵を適当に蹴散らしながら、少し先に見える建物の方へと走る。
「毒煙瓶を
ニルが腰袋から取り出した瓶を投げ捨てると、瓶が割れて、中に封入されていたチハキキノコの胞子が風で巻き上がる。
「なんだこれは?!」
「うっ!ぐ…ごはぁっ!」
「近寄るな!吸い込むな!毒だ!」
後ろを追ってきていた敵兵数人だったが、胞子を吸い込んだ者が血を吐き出しながら倒れていくのを見て、足を止める。
「ニル!一気に距離を取るぞ!」
「はい!」
俺がニルの腰に手を回し、持ち上げると同時に、ニルが食料倉庫らしき建物の屋根に、魔具で発動させたシャドウテンタクルを引っ掛ける、
シャドウテンタクルに引っ張られた俺達は、倉庫の屋根の、更に上へと体を飛ばす。
「今だ!」
俺の声に反応して、ニルがシャドウテンタクルを外す。それと同時に完成させた、中級風魔法、ウィンドエクスプロージョンが発動し、俺とニルの体が一気に吹き飛んでいく。
これで敵兵からは逃げ切れるだろう。
「この島に来てからというもの、飛んでばかりだな。」
「ふふふ。言われてみるとそうですね。」
こんな状況で
「そんな事を考えている場合じゃあないな。
ニル。あの倉庫にシャドウテンタクルを引っ掛けてくれ。」
「分かりました。」
俺がウィンドエクスプロージョンで飛んだ先には、武器庫のような建物が有る。
指示した通りに、ニルがシャドウテンタクルを屋根に引っ掛けると、落下スピードが落ち、地面にゆっくりと着地。
「ここまでは追ってこないと思うが…一応、少し離れるぞ。」
「はい。」
俺とニルは、周囲の警戒をしながら、中層を南西側へ向かって走る。
所々に、敵兵の小隊が配置されているらしく、隠れながら移動する。
小隊とは言ったが、人数が大体三十人から六十人という、元の世界で言うところの小隊と同じような規模であった為の言葉だ。
あくまでも人数だけで、訓練された小隊というよりは、寄せ集め…というイメージが正しいだろう。
主戦力となる者達は、壁付近に集まっているし、別働隊を警戒している…程度のものだろうか。
そんな奴らの目を盗んで進むのは、それ程難しくは無かった。
俺とニルは、適当な所で食料庫として使われている建物へと近付く。落ち着いて話が出来る場所を確保したい。
「んー!美味い美味い!」
「いやー。この役は楽で良いな。美味い飯も食えるし。」
食料庫の中には、五人程鬼士隊の男達が入っていて、食料を漁っているようだ。
戦争には
それにしても、未だ三つ目の壁の前では、激しい戦闘が続いており、死者も多数出ている状況で、よく食料漁りなど出来るな、と
食料庫に取り付けられている扉は閉められ、木窓は開け放たれている状態。周囲どころか、窓にすら注意を払っていない状況だし、入るのは簡単だ。
他の建物は見張りがついていたり、巡回している者も居るようだし、面倒だが中の五人を処理しよう。
気付かれないように、中へと侵入。
中は所々に吊るされているロウソクに火が灯されていて、薄暗い。
右手側に食料を漁っている者が一人。棚に腰掛けて食料を食っているのが一人。
左手側には向き合って話をしているのが二人。床に座り、棚に背を預けてうつらうつらし、眠そうなのが一人。
ニルを見ると、右手側の二人を殺ると手振りで伝えてくれる。
任せて大丈夫だろう。
となれば、俺は左手側の三人だ。
ニルと別れ、影になっている棚の裏を音を立てないように進んでいく。
まずはうつらうつらしている男からだ。
背後に回り込み、喋っている二人の目がこちらを向いていない事を確認し、口元と、頭に手を置き、一気に捻る。
ゴキュッ!
首の骨が折れる音と感触が伝わってくると、男の手足がダラリと垂れ下がり、永眠する。
体が倒れないように、そっと棚に立て掛けてから、一度ニルの方を見る。
どうやら、ニルも上手く一人を処理出来たようだ。
もう一人に近付いているのが見える。
次は話をしている二人だが…
ニルと合わせて同時に処理した方が良いかな…と、考えていると、話の区切りがついたらしく、一人がニルの居る方向へと歩き始める。このまま行けばニルか、死体が見付かってしまう。
直ぐに残った一人の元へと近寄り、刀を抜く。
スラッ…
その音に気が付いたのか、こちらを向こうとするが…
ザシュッ!
真水刀の刃が、首と胴を綺麗に切り離す。
ゴンッ!
頭が床に落ちて、鈍い音を出す。
「ん?」
ニルの方へと向かっていた男が、音に気付き、こちらを向こうとする。
ブンッ!!
ガシュッ!ガンッ!
「…はへ?」
振り向いた男の額に、中程まで突き刺さる真水刀。
後頭部から飛び出た刃が、柱の一つに突き刺さる。
何が起きたのか理解出来ないまま、男の眼球は裏返り、絶命する。
しかし、刀が頭を貫通し、柱に刺さっている為、男の体が倒れる事は無い。
「ご主人様。」
「そっちも終わったか。」
「はい。」
ニルも二人を仕留めてくれたようだ。
刀を抜き取り、男の死体をゆっくり床に倒した後、殺した者達が、何か持っていないか確認したが、食い物以外は何も持っていなかった。
「この辺りに、敵の本陣が有るようには見えませんね。」
「そうだな…何の手掛けりも無いから、手当り次第に探し回るしかないのが辛いところだな。」
「魔眼保有者の方々が共に居るとなりますと、激しい戦闘が起きている東から南にかけての領域には居ない…と考えても良いのでしょうか?」
「そうだな。魔眼保有者を殺さないという制約は無さそうだが、折角集めた者達を、無駄に殺す気は無いだろうし、その考えで良いと思うぞ。
俺達が探すのは、大まかに言って、中層の四分の三だな。」
「
「そうだな……ただ、かなりの人数が集まっているだろうし、目立つ場所に
「そうですね…」
実際に中層をある程度移動してみて分かったが、階段や石垣は、それなりに設置されているものの、入り組んでいるという感じではない。
荷物を運ぶ為に、広いスペースを確保してある場所も多く、思っていたより視界が通る。
だからこそ、ニルと落ち着いて話すのも、こうして建物内に侵入する必要が有ったわけだし。
そうなると、大人数が、見晴らしの良い場所に集められて、留まっていると、かなり目立つはず。
そんな事をしたならば、ここですよー!と教えているようなものだし、そんな馬鹿な事はしないだろう。
「常に動いているという情報は入っていますので…移動しつつも、どこかに隠れているのでしょうか?」
「だろうな。移動して、隠れて、を繰り返しているのだろうな。ただ、隠れると言っても、場所はそれなりに限られてくる。
こんな倉庫のような場所には、大人数を収容する事は出来ないだろうしな。」
「そうなりますと…鬼士隊の者達が中身を出した武器庫か、儀式用の建物。後は…会議に使う為の建物が有力でしょうか。」
「そうだな。武器庫は警備が着いているし、儀式用の建物は少し派手な造りだ。外から見ても分かるだろう。会議用の建物というのは分からないが、もし隠れているなら、誰かが建物の警備に着いているだろうし、分かるはずだ。」
「このまま探し回って」
「おい!そいつを早く斬れ!」
急に外から大きな声が聞こえてくる。
「何だ?」
俺とニルは扉を少しだけ開けて、外の様子を
ギィン!
ズシャッ!
「ぐあぁぁっ!」
「誰かと戦っている様ですね。」
「忍が見付かったのか…?」
少し様子を見ていると…
「邪魔でござる!」
ザシュッ!
「ぬぐぁぁ!」
「あの喋り方は…ゴンゾーか。」
「まず間違いなく、そうだと思います。」
扉の隙間の先に、ゴンゾーが
敵兵は全部で八人。
「……ニル。右の三人を頼む。俺は左の三人を殺る。」
「お任せ下さい。」
「………行くぞ!」
バンッ!
食料庫の扉を開き、左右に別れて敵兵の中へと走り込む。
ザシュッザシュッザシュッ!
ゴンゾーに注意を傾けていた敵兵の背中から斬り掛かり、一気に制圧する。
直ぐにニルとゴンゾーを見るが、どちらも上手く倒せたようだ。
「シンヤ殿!ニル殿!」
「しーっ!大声出すな!」
「おっと…申し訳ござらん…」
パッと嬉しそうな顔をしたゴンゾーに向かって、人差し指を立てて言うと、しゅんと顔を暗くする。
「一先ずここを離れるぞ。」
「承知したでござる。」
「はい。」
三人でその場を離れ、西方面へと移動する。
少し進むと、倉庫番の者が泊まる場所なのか、小さな…本当に小さな小屋が有り、その中へ入る。
大きさで言えば、プレハブ小屋程度のものだ。
「助かったでござる。隠れて居たのでござるが、見つかってしまったでござるよ。」
一息着くと、ゴンゾーが頬をポリポリ掻きながら苦笑いで言ってくる。
「それは良いが…シデンと一緒に居ると聞いていたが、別れたのか?」
「拙者にサクラ殿を頼むと言って、敵兵の殲滅に向かったでござる。」
「そうか……四鬼だし、心配は要らないだろうが…」
「大丈夫でござるよ。シデン殿は強いでござるからな。
それより…」
ゴンゾーは
「これを見付けたでござるよ。」
得意気にそう言ってくるが、その布切れが何を意味しているのかさっぱり分からんのだが…
「………ゴンゾー様。それが何かを説明して頂かないと、私もご主人様も、何を言いたいのかさっぱり分かりませんよ。」
「お、おお!そうでござったな!」
「だから声がデカい!」
「も、申し訳ござらん…」
わざとやっているのか?わざとなのか?
と、聞きそうになった。
「これは、サクラ殿の着物の切れ端でござる。」
「サクラの?!どういう事だ?!」
普通に考えたら、生地の切れ端が見付かったと言う事は……
「違うでござる!サクラ殿は恐らく無事でござる!
これは儀式用の建物の舞台。その床板の間に隠されていたでござる。」
「隠されて…?」
「そうでござる。サクラ殿が、シデン殿ならば気がついてくれるだろうと隠したものに違いないでござる。」
「確かに、あの超シスコンの兄ならば、妹の服を全て記憶している可能性は有るよな…」
「シス…?それはよく分からないでござるが、実際にサクラ殿の着物は、全て記憶しているらしいでござるよ。」
「うげぇ…」
イケメンのくせに気色の悪い奴だな…
「それより、今はこっちの話だな。
儀式用の建物に隠されていたということは、俺達の読みは間違っていなかったらしいな。」
「はい。既に居なかったとなると、今は移動中でしょうか?」
「どうだろか…その生地がどれくらい前に隠された物なのかによるが…」
「拙者達は南側から入ってきたでござるから、南側からここまでには居ないでござる。」
「そうなると、ここから時計回りに調べていけば良さそうだな。」
時間は掛かるが、それ以外に方法は無さそうだ。
しかし…ゴンゾーの姿を見るに、随分と無茶をしてきたらしい。
全身に傷を作り、返り血と土に
「シンヤ殿とニル殿は、何故ここに居るでござるか?」
「それはだな…」
鬼皇の話までしても良いものか悩んだが、ゴンゾーならば問題は無いだろう。
アマチは
ゴンゾーならば、自分の身を守る事も出来るし、簡単に情報を漏らす事も無いだろう。
それに、このまま敵の本陣に乗り込むつもりならば、知っておいた方が良い、と判断した。
「鬼皇様の魔眼には、そのような能力が有ったのでござるな…」
「他言無用だぞ。」
「当然でござる。まだ死にたくは無いでござるからな。
そうなると、ガラクの狙いは、鬼皇様の力を無効化する事…にしては、無茶苦茶な事をしているでござるな。」
「そこなんだ。どうにも
まだ何かある…と考えているのだが、それが何かまでは分からない。
ただ、城へ向かおうとしている事は間違いないし、城へ入られたら危険だということに違いはない。そうなる前に、俺達で止めようと、ここへ来たわけだ。」
「そうでござったか。」
「ここでゴンゾーに会えたのはラッキーだった。
ゴンゾーに魔眼保有者達の事を任せて、俺とニルは敵兵を、そして、ガラクを相手に出来る。」
俺とニルだけならば、ニルに魔眼保有者を任せて、俺が敵を食い止めようと考えていたが、また別の選択肢が増えた。
「拙者はとにかく、サクラ殿を戦場から引き離したいでござる。
そう言えば…セナはどうしたでござるか?」
「ラトの護衛付きで、少し頼んでいる事があってな。」
「ラト殿が共に居るのであれば、大丈夫でござるか…
拙者も自分の役割をきっちり果たすでござる。」
「待て待て。焦るな。」
立ち上がろうとしたゴンゾーを座らせる。
「しかし、こうしている間にも、サクラ殿が…」
「分かっている。ただ、傷薬やその他にも使えそうな物を渡しておこうと思ってな。」
「それは嬉しいでござるが…良いでござるか?」
「それで勝率が一パーセントでも上がるなら、そうするべきだろう?」
「有難いでござる。」
アイテムを分けている間、少しだとしても、ゴンゾーに休んでもらおう。
自分では分かっていないみたいだが、かなり体力的にカツカツの状態だ。このまま戦闘が続けば、どこかで倒れるだろう。
「一応使い方も教えておくぞ。」
休憩も兼ねて、使い方を伝授。ニル程華麗に使えなくとも、戦術の幅は広がるはずだ。
「本陣を見付けるまでは、一緒に行動しよう。
本陣を見付けたら、俺とニルが先に出て、敵の目を引き付ける。その間に魔眼保有者と接触、出来ることならばそのまま逃げて欲しい。」
「そうでござるな…それが理想的ではあるでござるが、戦闘が苦手な人が多いはずでござる。上手くいけば良いでござるが…」
「もし無理だった場合は、近くの建物まででも良い。そこまでどうにか耐えてくれ。」
「拙者は、魔眼保有者の皆を助けるのが役目という事でござるな。承知したでござる。」
「よし。それじゃあ行こうか。」
それぞれの役割を確認し、俺達は小屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます