第223話 ユラの戦い
既に空は暗くなり始めていた為、近くの家の中にあった明かりを借りて地図を照らす。
そして、アタシは、広げた地図の一部に人差し指を置いて喋り始める。
「今アタシ達が居るのは…ここ。
屋敷からは、ここを通って…ここを通って…」
今までの動きを皆に説明しながら、情報を共有する。
「つまり、北地区の三分の一程度は制圧した事になる。」
「まだ…三分の一…」
「いいえ。違う。もう三分の一制圧出来たの。
師匠が居ない状況で、ここまで迅速に制圧出来たのは、皆のお陰。」
「そう…だよね!うん!そうだよ!」
アタシの言葉に、皆少しだけ笑顔になる。
ここで気持ちが切れてしまうと、残り三分の二を制圧するまで、皆の気力が続かなくなってしまう。
「それで、ここからの話だけど、街の人達は、もうほとんど残っていないと思う。」
いつの間にか、周囲からは人の悲鳴は聞こえなくなり、剣戟の音も随分と
「もちろん、逃げ遅れた人や、隠れている人達も居ると思うから、捜索と制圧は引き続き行うけど、もっと広がって制圧していこうかと思っているの。」
「大丈夫かな…?」
広がれば、援護がその分遅くなる。それを心配しているみたい。
「私の見た限りでは、大丈夫だと思う。皆戦闘には慣れてきたし、相手にそこまで強いのは居ないから。」
「そうなると…私達がそれぞれ指示を出しながら残りの場所を回る…って事よね?」
「うん。だからここに呼んだの。ここに居る人達を中心にして、五人を一つの班。そして、三つの班毎に別れる。
これで広く展開して制圧していく。どうかな?」
「……そうね。それが良いと思う。」
「私も賛成。でも、もし危険な相手に会ったりとか、危険な状況になったら、直ぐに撤退して、屋敷に戻る。この条件を付けた方が良いと思う。」
「そうね…無理する子が出てくると思うから、皆に徹底させましょう。」
「定期的に交代出来る体制を作っておいた方が良いわよね。」
「そうね…このままずっと戦い続けるなんて、出来ないだろうし。」
皆に相談して良かった。アタシ一人では出てこない案が次々出てくる。
それから数分話し合い、戦闘する班とは別に、連絡係を決めたりした。
そして、短い休憩を終わりにして、アタシ達は決めた内容を全員に共有し、行動に移した。
皆の要望で、アタシは総まとめ役、兼、何かあった時のお助け役に任命された。
という事で、アタシはランカ様の屋敷へ戻る為、数人で街中を歩いていた。
「………あれ…?」
ふと、アタシは気になる人影を見付けた。
「あれって……」
どこかで見た事がある後ろ姿。何度かランカ様と、薬の仕入れで出向いた先の店主だったような…
「でも…この先には何も無いし、外にも繋がっていないのに…」
薬屋の店主が向かっている先は、東地区の方角。しかもコソコソと……怪し過ぎ。
「ごめん!二人付いてきて!」
「えっ?!ちょっと?!ユラ?!
あーもう!あなた達ユラを追って!こっちのことは私がやっておくから!」
「「は、はい!」」
アタシはそれだけ言って、走り出す。
まとめ役ももちろん大事だけど、薬屋の主人を放置していてはいけない気がする。
走り出したアタシに、二人付いてきてくれたけど、何が何だか分かっていない様子。薬屋の主人を見失わないところまで近付いて、二人に状況を説明する。
「東地区の薬屋ですか?」
「こんな所でコソコソしているのは、どうもおかしいと思わない?」
「確かに変ですね…何をしているのでしょうか?」
「怪しいからといって斬るわけにもいかないし、何をしているか様子を見てから決めようかとね。」
「でも、このまま進めば東地区に入ってしまいますよ?」
「そうね……」
どうしようか考えていると、薬屋の主人の前に、別の人影が現れる。
白い仮面を被った男。女性のように長い青髪をしているため、一瞬女性かと思ったけど、男と女では骨格が違うから直ぐに男だと分かる。
しかし、分かったは良いけれど、これはかなり危険な状況かもしれない。
この仮面の男。多分………かなり強い。
アタシが相手をして勝てるかどうか…横に居る二人には荷が重いはず。このまま戦闘にでもなれば、死人が出る可能性もある。
「………二人は少し離れていて。」
「「え…?」」
アタシの言葉に驚いていたけれど、アタシの真剣な顔を見て、二人は素直に引いてくれた。
これで、少なくとも彼女達の命は守れるはず。
普通に立ち話をしている二人。もう薬屋の主人が向こう側の者である事は疑う余地は無い。
ただ、今出て行くより、何を話しているのか聞き取れれば、街の制圧に大きく貢献出来る情報が掴めるかもしれない。
アタシはそう考えて、ゆっくりと二人に近づいていく。
何を言っているのか分からなかった小さな声。
けれど、近付いていくと、少しずつ言葉が明瞭に聞こえるようになっていく。
「そうか。四鬼は全員、城に向かったのだな。」
「はい。既に正門も横門も突破されたみたいです。」
薬屋の主人はペコペコして、白い仮面を被った男はどこか偉そうだ。
「そうなると、ササキ家の連中も殺られたか。」
「はい。数人を残し、全滅です。」
ササキ家?!ササキ家って……遠方に行った、あのササキ家…?
当主はソウタ様。
ランカ様に付いて城へ入った時、何度か顔を合わせた事がある。遠方での生活の合間に、城へ顔を出して報告を行っていた。
特別仲が良いという相手では無かったけれど、アタシのような付き人にも声を掛けて下さったりと、凄く優しい人だった印象がある。
少し顔は怖かったけれど、ランカ様と話をしているところを見るに、こんな事に手を貸すような
「ちっ。ゲンジロウの能力を知っていたから正門を任されたというのに、使えん奴らだ。
こんな事ならば、手間を掛けてまで引き
「確か、あそこの若い衆の一人が、魔眼持ちの嫁を
「そうだ。その嫁に手を出さぬという約束で、ここに呼び寄せたのだ。
そこまでさせておいて、これ程容易に突破されるとはな。」
つまり…ササキ家が絡んでいるのは、そのお嫁さんを守る為…?
なにそれ!ただの
「両方突破されたとなれば、こちらもそろそろ次の段階に入るべきだろう。」
「はい。街に広がった者達を集め、城に」
ガタッ…
「何者だっ!?」
しまった…話に聞き入って、足元にあった瓦礫が音を立ててしまった。
「出てこい!」
「…………」
アタシは、言われた通り、物陰から出て、二人の前に出る。
「…ランカの門下生か。話を聞かれていたとはな。」
「ひっ?!」
仮面の男が薬屋の主人を緑色の瞳で睨み付ける。
「も、申し訳ございません!」
「…まあ良い。ランカの弟子なら、どちらにしても全員殺すつもりだったからな。殺してしまえば関係無い。」
「あんた達。ここから城に流れ込む気なのね。」
「そこまで聞いていたか。残念だったな。それを誰かに伝える事は叶わない。」
スラリと刀を抜く仮面の男。
普通の刀よりも、刃の幅が極端に狭く、細長い。
こんな刀を使う者は、アタシの知る限り、たった一人だけ。
ニカク。
それがこの男の名前だ。
昔、ランカ様が捕まえた男。
とても顔が整っている男で、鬼士の間でも美男子で有名だったとか。
小さな頃からチヤホヤされてきたせいか、彼は自尊心が強く、色々な女性に手を出していたらしい。
そして、彼は最も手を出してはならない相手に手を出そうとした。
そう。師匠に手を出そうとしたのだ。
師匠は盲目であり、鬼士としては軽く見られていた時分があったけれど、女性としては、美しく、所作も上品であり、
それも四鬼になってからはパッタリと途絶えてしまった。自分よりも高い地位になってしまった相手に、娶りたいと言うのは、失礼になってしまう為、皆口を閉じたのだ。
しかし、そんなある日、師匠の元に、ニカクがやって来て、こう言った。
「お前を俺の嫁にしてやる!喜べ!」
アタシもその場に居たから、この時の事はかなり印象に残っている。
無礼を通り越して、演劇か何かなのだろうかと疑ったくらいだったから。
確かに、顔は整っていたし、女性が喜びそうな顔をしていたけれど、アタシとしては、無いわー。の一言だった。
そして、そんなニカクに師匠が一言。
「あなたのように
願い下げですので、お帰り下さい。」
大人な対応に見せて、言う事は言う。いつもの師匠だった。
「この俺が不細工だと?!貴様!」
「私は目が見えません。あなたの顔の
私が見るのは、人の内面。あなたはその点で誰よりも不細工なのです。」
相手が誰であろうと物怖じせずに言い切る師匠は、その頃から健在だった。
「あなたに嫁ぐくらいならば、悪鬼に嫁いだほうが万倍ましでしょうね。私はそのような苦労はしたくありませんので、お引き取り下さい。」
師匠は背筋を伸ばし、言い放つ。
予想外な回答だったのか、オドオドするニカク。
これが、街によくある
その日は帰ったものの、定期的にやって来ては、師匠に追い返されていくニカク。
しかも、改心するどころか、何度も追い返される事に腹を立て始めた様子だった。
そんなある日。
「貴様!俺の何がそんなに不細工だと言うのだ!?」
遂にニカクの
「強いて言うならば…全て。ですね。」
尚も容赦の無い師匠の言葉。
ニカクはそれを聞き、何かを言い返そうとしたが、振り返り屋敷を出て行く。
「……師匠。よろしかったのですか?」
いくら相手が
「ええ。これで良いのですよ。わざとですからね。」
「え…?」
師匠がそこから話してくれた事は……
ニカクは、あのような性格である為、言い寄った女性の中には、師匠と同じように断る者も居たらしい。
しかし、不思議な事に、ニカクの誘いを断った女性達は、暫くすると、皆行方不明となってしまったらしい。
「……誰も捕まえなかったのですか?」
「証拠がありませんでしたから、捕まえてもシラを切り通されたらそれまでです。」
「それで、師匠が
師匠。師匠が負けるとは毛程も思いませんが、師匠も女性です。あまり無茶はしないで下さい。」
「ふふふ。ありがとう。」
「あ!偉そうな事を…申し訳ございません!」
「いいえ。あなたのそういう所は、とても良いところですよ。」
何はともあれ、師匠の読み通り、ニカクは本性を現した。
師匠とアタシが所用で屋敷を出た時の事。
ニカクと数人の男達に襲われた。
ニカクの持っている武器は、あまり見ない細身の長い刀。
「俺のものにならないなら、もう要らない。いや。無い方が良い。」
ドス黒い感情が、ニカクから溢れ出していた。
師匠ではないけれど、それくらいの事は分かる。
「つくづく不細工な方ですね。」
「貴様……死ねぇ!」
と、言う感じで襲ってきたニカクは、師匠の手によって顔面に大きな傷を負い、捕縛。
調べによって行方不明だった女性達の遺体が見付かり、街から追放された。
師匠は死刑を懇願していたけれど、残念ながら、そうはならず、
「ニカク……」
「…ん?俺の事を知っているのか?」
アタシは師匠の横に居た、ただの付き人。この男が覚えているはずがない。
覚えていて欲しいとも思わないけれど…
しかし、師匠と戦った時より、体が一回り大きくなっている。
恐らく、師匠に捕まった後、自分を鍛え続けていたのだろう。自尊心の塊だった彼にとって、女性に負けた事は、許されない屈辱だったのだと思う。
動機が何にしろ、あの時より強くなっているのは間違いないはず。
「よく見たらそこそこ可愛い女じゃないか。どうだ?俺の妻にならないか?」
この男。中身は全く変わっていない。不細工なままだ。
「相変わらず…不細工ね。」
「……貴様……」
「師匠程内面を見通せないけど、それくらいは分かるよ。」
アタシは手に持っていた薙刀を構える。
ニカクは、先の話を他の人に伝えられないと言っていたけれど、少なくとも薬屋の主人が鬼士隊と手を取っている事は、後ろに居る二人が見ている。
既に一人は皆に知らせる為に走っているはず。
そして、アタシがこの男に勝つ事が出来れば、街の鬼士隊達を城へ向かわせる事なく処理出来る。
勝てるかどうか分からない相手だけれど、負けるわけにはいかない。
「まあ良い。どこに居るか分からないランカの前に、まずはお前達だ。」
どうやら、師匠は上手く行動しているみたい。色々と情報を提供してくれて助かるわ。
「死んでもらうぞ。」
ヒュッ!!
「っ?!」
キンッ!
予想よりずっと速い刺突攻撃。
細長い形状の刀から、刺突攻撃を主体とした流派だとは思っていたけれど、その予想が当たっていたのに、弾くのでやっとだった。
「ほう。なかなかやるな。」
「これくらい余裕よ。」
焦りを悟らせてはダメ。相手に余裕を与えたら、押し込まれてしまう。
「……………」
「………………」
「はぁっ!」
アタシが先に動き、腕を狙った一撃を放つ。これで倒す気は無い。あくまでも、相手の攻撃を誘う狙い。
「シッ!」
口から空気を細く短く出したニカク。同時に刀を持った腕が、何度も前後する。
キンッカンッギンッ!
攻撃を誘ったのは良いけれど、刺突攻撃が速くて、なかなか
「くっ!」
「シッ!シッ!」
キンッカンッ!
このままでは、いずれ押し切られてしまう。
「はぁぁっ!」
ガキィィン!
薙刀の刃先を回転させ、細長い刀を強く弾く。
しかし、ニカクは体勢を崩すことなく、直ぐに立て直す。
認めたくないけれど、ニカクは強い。
互角…いいえ。多分、ニカクの方が僅かに実力では上。それに、薙刀とは相性が悪過ぎる。
素早く点で攻めてくる攻撃は、大きな動きを必要とする薙刀では、手数が違い過ぎる。
こうなると…アタシが全力で戦って、相打ちに持っていくのがやっと…だと思う。
こんな事ならば、鎌も持ってくるべきだった。
ニルと練習してきた鎌と小盾ならば、勝機もあったのに…
いえ。無いものを望んでも仕方ない。今はどうにかしてこの男を止めなければ。
「はぁぁっ!」
ギンッ!
「やぁぁ!」
キンッカンッ!
何度かニカクに薙刀を振るけれど、単純な攻撃ではいくら打ち込んでも意味が無い。
相手の思考の上を行く攻撃をしなければ…でも、アタシにそんな事が出来るのだろうか…
そう一瞬だけ不安になった時だった。
ザクッ!
嫌な音と、左の二の腕に感じる激しい痛み。
「っ!!」
咄嗟に後ろへ跳ぶ。
気を抜いてしまった。
アタシがほんの一瞬、不安になったのを見透かされたかのように、ニカクの切っ先が、二の腕を貫いた。
左腕から血が溢れ出して、カーッと熱くなった感じがする。
「惜しい。もう少し内側を狙ったんだがな。」
ビュッ!
ニカクが細長い刀を振ると、地面にアタシの血が飛ぶ。
大丈夫…貫かれる前に、体を動かし、骨や筋肉を守った。
血は出ているけれど、傷は見た目程酷くないはず。
それにしても…本当にアタシは馬鹿だ。
こんな事で傷を負ってしまうなんて。
自分に自信が無いのは昔からだった。
自信が無いから、練習を怠れなかった。
怠れば、直ぐに皆に置いていかれてしまうから。
師匠にはそれも見透かされていて、何度か注意されたけれど、簡単に直せるようなものではなかった。
「ふぅー……」
大きく息を吐く。
でも、そうじゃない。ニルとあの夜話し合って、そうじゃないと教えて貰った。
自分自身との戦い。不安は皆、誰しもが持っているもの。
それと戦い続け、勝ち続ける。それこそが四鬼へと至る道。そう教わったばかりなのに。
ブンッ!
アタシは、残った右腕で薙刀を構える。腕に絡めれば、持てないことはない。持てないことはないなら、戦えないことは無い。
「その腕で戦う気か?今ならまだ嫁にしてやっても良いぞ?」
「師匠にも言われたでしょう?あんたの嫁になるくらいなら、悪鬼の嫁になる方がましよ。」
「……ちっ。師匠が師匠なら、弟子も弟子だな。
それなら、死んでもらうとしよう。」
左腕の負傷。武器の相性、色々とあるけれど、それすらも跳ね除けられないようならば、四鬼なんて雲の上のまた上。
でも、アタシはニルとも、師匠とも約束した。強くなってみせるって。
「ニル。アタシなら出来るよね。」
「当然です!ユラなら出来ます!」
居ないはずのニルの声が聞こえた気がする。
ここに居なくても、アタシの力になってくれるなんて、本当にニルは最高の友達だ。
「シッ!」
鋭い突き攻撃。左腕を使えない今のアタシには、
ならば、どんな攻撃でも関係無いくらい、隙間なく攻撃を続けてしまえば良い。
ブンブンッ!
アタシは薙刀を、まるで曲芸かのように振り回し、体もクルクルと回転させる。
そう。師匠が見せて下さった柔剣術、
自分でやっていて分かるけれど、あれ程上手く剣技を再現出来ていない。でも、今はこれしかない。
師匠に聞いたのは、この転々乱波は、神力を上手く操作出来れば片手の、しかも指先だけで自在に武器を操れるらしい。
アタシはそこまで上手く神力を扱えないけれど、何とか薙刀を振り回せる。これなら、常に薙刀が攻撃をしている状態だから、避けるとか捌くとかは関係無い。
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