第184話 氷華

「鬼士隊の連中は氷華を目薬にするためにここへ来た…という事ですよね?」


「そうだな。どんな効果かは…分からないが…

リッカはその薬を嫌っているみたいだが、何が嫌なんだ?」


「あの薬は、寿命を縮めるもの。リッカがこんなに我慢してここに居るのに、そんな事されたら怒りが込み上げてくる。」


リッカは人を傷付けないようにここに居るのだ。自分の力を制御出来ず、周りを極寒に変えてしまうから。それが理由でこんな所に一人、寂しく篭っていたのだ。


なのに、自分で寿命を縮める薬を使うなんて、リッカには許せなかったのだろう。

眉を寄せて怒っているが、先程のように風が吹き出す事はなく、安定している。


「それは連中が言っていた事なのか?」


「リッカは、この山で起きた事なら大体分かる。だから、間違いない。」


『リッカは、この山の全体に聖魂魔法の影響を与えているから、この山の中で起きた事なら、感知出来るみたいだよ。』


「とんでもない能力だな…

という事は、俺達が入って来た事も知っていたのか?」


「うん。知ってた。来て欲しくなくて吹雪にもした。」


「あの吹雪はリッカの仕業だったのか。」


「うん…ごめん…」


鬼士隊の連中が来た時に何があったのかは知らないが、ろくな事ではないだろう。

同じような事が起きるかもしれないと思われていたなら、近付かせないようにするのは、仕方ない事だ。


「雪を降らせたから、大変な事になった…」


『多分、あの崩落の事だと思う。』


「あれは予期せぬ事だったのか。」


「うん…進むのが大変になるように、上空を冷やして雪を降らせただけ…ごめん…」


「理由が理由だし…うちはリッカの事許すよ。」


上空を冷やしてって…本当に途方も無い力だな。

確かに死にそうにはなったが…綺麗な顔でしゅんとしていると強く責める気にもなれない。

それに、元はと言えば、純粋な心を持っているはずの聖魂に、何かした鬼士隊のせいで、リッカが人を遠ざけたのだ。

リッカのせいではない…と言う事までは出来ないが、セナが許せるのであれば、大きな怪我を負っていない俺達が、これ以上言う必要も無いだろう。


「怪我……した…?」


「大した事ないよ。もう治ったし大丈夫。」


本当は大怪我だったのだが…セナはリッカに気を使わせないように笑顔を見せる。


「セナがそう言うなら、俺達からは何も言う事は無いよ。」


「うん……」


「それで、その仮面を被った奴らは、氷華を持っていったのか?」


「分からない。リッカが知っていた場所の花は渡してないけど…あの花は沢山生えるから、もしかしたら、どこかで手に入れたかも。」


沢山生える…?闇華同様に群生するのか。


「昔、リッカの仲間と契約した、四鬼という者がここに来なかったか?」


「うん。来たよ。」


あっさり肯定するリッカ。四鬼華の伝説は本当の事らしい。


「仮面の連中より強い奴だったのに、氷華を見付けられなかったって聞いたが…」


「ずっと昔はそんなに沢山は生えてなかった。でも、増えて増えて、色々な場所に生えるようになった。」


つまり、四鬼が来た時は、限定的な場所にしか生えていなかったから見付けられなかったが、鬼士隊の連中が来た時は、他の場所にも生えていた…という事か。


「でも、話を聞いて、リッカが一纏めにしてある。」


本来ならもっと簡単に手に入った物だったが、ある日、鬼士隊の連中がリッカと出会い、氷華の事について知ったリッカが花を移動させたと。

それにしても、よくリッカに会って会話が出来たものだな…と、思ったが、セナやニルはリッカが凄い力を持った相手だと気付いていなかったし、鬼士隊の連中も、同じように気が付かずに話をしたのか。


「仮面の連中とはどんな話をしたんだ?」


「……あの日は、何人か人が近寄って来ていたから、警告する為に外に出た。」


リッカの話は色々と端折はしょられていて理解が難しかったが、ラトの補足と合わせて聞いてみると、こういう事だった。


正確な時期は分からないが、恐らくそれ程昔ではない時の事。

リッカは山の中に数人の人が入って来る事に気が付いた。


その者達は、時間を掛けて山を登ってきたらしい。

危険な場所だし、リッカに近付きすぎて何かの拍子に力が暴れるといけないから、リッカはその者達に忠告しに行ったらしい。

アンガクを助けた事もあったし、あまり警戒していなかったらしく、山の中腹辺りに居た仮面の連中の前に姿を見せた。

仮面の連中はこんな山奥に美女が一人出てきたというのに、深く考えず、リッカを招き入れ、色々と話をしたらしい。

気の良い人達だと思ったリッカは、忠告をする前に、話せる事に浮かれて会話を楽しんでしまった。


その話の中で、氷華について色々と聞いたという事だ。


四鬼華は抽出し、点眼すると特別な効果が有る事。

しかし、その代償に寿命を少し縮める事。


リッカはその話を聞いて怒りが込み上げ、力を暴走させそうになったが、何とか抑えていたらしい。


しかし、仮面の連中は……


リッカを襲った。


これは憶測おくそくだが、人族の姿であるにしても、リッカは間違いなく美人だ。こんな所に一人で女性が居るという事を深く考えない連中なのだから、人族がここに居る理由についても深く考えなかったに違いない。

恐らく、この山に捨てられた貧しい者…とか考えたのだろう。もしかしたら、この過酷な山の中で精神をやってしまっていたのかもしれない。

どちらにせよ、この世界で最も手を出してはいけない相手に、彼らは手を出そうとした。


人型であり、尚且つ女性だが、リッカは雪女であり、聖魂。元々はSSランク相当のモンスターだ。

それこそ小指一つ動かさずとも、彼らを殺すなど朝飯前。

だが…リッカの心は、その時はまだ純粋だった。


気の良い人達だと思っていたのに、突然数人にたかられて、服に手を掛けられる。


今のリッカを見れば、その時のリッカの感情は理解出来る。


きっとだっただろう。


SSランク相当のモンスターが何を…と思うかもしれないが…ベルトニレイが話をしてくれた中にも、似たような話はあった。

故に、完全に暴走してしまった聖魂が現れたのだ…


その時に、リッカは人のみにくい一面に触れ、人に対して怯えを抱いてしまった。


「酷い…」


「許せません!」


セナとニルは女性だから、余計に腹が立つだろう。


「それで、特に俺に対して警戒心が強かったのか。」


「うん…」


そりゃ警戒心も強くなるはずだ。特に男性に対しては嫌な感情しかないだろう。


「確かに人には欲があるからな。

だが、それを周りにぶつけるような事をするのは獣…いや、同列にしたらラトに失礼だな。悪鬼あっきにも劣る存在になる。」


「うんうん。そうだね。

確かにうちらにも欲はあるよ。でも、それと同時に知性もある。だから、人は欲を抑える事が出来るの。

リッカがここで一人居たのも、外に出たいっていう欲を抑えたからでしょ?それと同じ。」


「でも…あの男達は…」


「そうですね…確かにそういう者達も居ます。ですが、それは極小数です。ですから、あまり私達を嫌わないで下さい。」


「そうだな。同じ男として謝るよ。だが…」


「大丈夫…シンヤはそんな事ないって分かるから。」


「……そうか。その後はどうなったんだ?」


リッカは、仮面の者達に襲われ、抑えていた力が暴走し、半分凍らせてしまったらしい。そんな奴ら永久凍結しても問題無いと思うが、リッカにとって、人は人だったらしく、殺せなかったとの事。幸い、未遂で終わったのだが、リッカはその者達を麓まで運び、放置。その後どうなったかは分からないらしい。


花の効果を知ったリッカは、直ぐに山の中に生えている氷華を別の場所へ移動させたらしい。


「そんな奴らメッタメタのメッキメキにすれば良かったのよ!うちが居たら二度とこの山から出られないようにしてやるのに!」


「セナ。少し落ち着け。」


「ふー!ふー!」


拳を握って鼻息を荒らげるセナ。気持ちは分かるが、過去の話。今更どうする事も出来ない。


「経緯は分かった。だが、俺達は絶対に悪用しないとここで誓うよ。だから、その場所に案内してくれないか?」


「……分かった。」


そう言うと、リッカはくるりと体を反転させ、一際氷柱の多い奥の壁へと歩いていく。

そして、片手を水平に挙げて掌を壁に向けると…


ヒュォォォォオオオ!


リッカの周囲から挙げた腕、そして手の先から壁に向かって風が吹き出す。


ジュォォォォォ…


風が壁に当たると、壁を覆っていた氷が一気に溶けていく。


氷の壁に遮られていて分からなかったが、壁の中心に金属製の扉があったらしい。


「この先に隠してある。」


「思ったより近かったな…」


「山のどこに隠すより、ここが一番安心出来る。」


リッカに守られている部屋なら、誰が来ても突破出来ないだろう。リッカとしては一番近くにあるから安心かもしれないが、それが最も安全でもあったわけだ。


早速氷華を拝みに行こうかと足を前に出した時、リッカが振り向き、俺の目を見詰める。


「シンヤ。」


「どうした?」


「リッカがここに居ると、皆困る?」


「そんな事は無いぞ。寧ろ居てくれないと困る人達も居るくらいだからな。」


「リッカは…もう無意識に人を傷付けないって。」


「ベルトニレイがそう言ったのか?」


「うん。」


「それは良かったな。これでどこにでも行ける。」


「そう…だけど……」


リッカは一度目を伏せて、何か考えた後、もう一度俺の目を見る。


「………リッカ。光の人の島に行くのは止めとく。」


恐らく、ベルトニレイから、自分達の島に来て一緒に暮らそうと言われたのだろう。


「……ここに一人で居るつもりか?」


ずっと一人だったのならば、辛いと感じる事もなかったかもしれないが…それは寂しい事だと思う。


「でも、多分、全部の花を摘み取っても、また増える。」


つまり、氷華の守護者になる…という事か。あまりにも献身けんしん的過ぎる。そんな事は、上でふんぞり返っているであろう連中に任せておけば良いのに…


「リッカが守ってくれれば、確かに安心だとは思うが…薄情な言い方かもしれないが、それを使うのも、欲するのも、その人の勝手だ。リッカが責任を感じる必要はないし、それで死んだとしても、そいつの責任だと思うぞ。」


結局、何をしても人の欲を消し去ることは出来ない。

そして、その欲が争いを生む。

それはリッカが関与しても、しなくても、あまり変わらない。

本当にここに咲く氷華を、人が欲したとしたら、リッカが想像出来ない程に汚く、酷い手を使ってくるだろう。

それに晒される可能性を考えると、ベルトニレイの所へ行った方が絶対に良い。


「でも……」


「リッカ。この山に、もっと簡単に登れる道って作れる?」


「……??」


セナの言葉に、首を傾げるリッカ。


「作れる。」


「それをここみたいに隠す事は出来る?」


「うん。」


「それなら…うちがたまに来るよ。

四鬼華が揃って、病を治せたら、サクラって人も連れて来たいし。」


「セナ。」


俺はあまり良い手ではないと、セナを止めようとするが…


「シンヤさん。うちも含めて、この島の人は、知らない間にリッカに守られていたんだよ。」


セナは真剣な顔で言う。


「どれだけ長い間かは分からないけど、想像も出来ないくらい昔から。

そんなリッカに、うちら鬼人族が何か言えると思う?

リッカがしたいようにさせてあげたい。

本当に危険になったら、責任を持って、うちがリッカの事を何とかするから。」


雪神様。


そう言われてうやまわれる程の存在に、何かを言うのは間違っている…か。

俺にとって聖魂はもっと近くて、友達感覚だったが、セナ達にとっては少し違う。貯蔵庫の事や、村の事も考えると、居なくてはならない存在でもある…


「人を傷付けないなら、他の場所へ連れ出す事も出来るでしょ?別にずっとここに居る必要はないし、今までより自由に動けるなら、寂しさも…」


自分の言っていることが都合の良い事だと分かっているのだろう。途中で話を切ってしまうセナ。


リッカを思えば、ベルトニレイ達に預ける方がきっと幸せになる。しかし、この周辺の人々の事を考えると…

どちらかを取ればどちらかが損をする状態か。


「リッカは本当にそれで良いのか?」


「うん。それに、今はシンヤとも繋がってるから。」


「………最良の案が、最善の案ではないって事か…」


リッカ自身のことだし、俺が決めることではない。


『ベルトニレイは、好きにさせてあげてくれって。』


これ程の力を持った相手に、心配するのは傲慢ごうまんというものか…


「分かった。でも、何かあれば、俺やラトやベルトニレイに知らせるんだぞ?」


「うん。分かった。」


そう言って奥への扉に向かうリッカ。


その心の中には、別の意図を感じていた。


ここに残る。その選択をした理由は、この周辺に対する配慮を考えて、というのも嘘ではない。

しかし、それ以外の理由が有る。そんな気がしてならなかった。

しかし、それをリッカが語らないという事は、話したくないという事だろう。

それを無理に聞き出すのは、俺が納得する為だけの行為でしかない。その我儘わがままを押し通すのは、彼女を襲った者達と同じ部類の者になってしまう行為だ。俺はそんな事はしたくない。

ただ、推測としては……やけに上等な白装束を着ている事や、人の言葉を操る事と何か関係が有るのではないだろうか。


ギィィ…


金属製の扉が、リッカの手によって開かれていく。


リッカの後ろに続いて奥へ入ると、中には想像よりもずっと美しい光景が広がっていた。


元々は何かをまつっていた部屋だったのだろうか、中央に祭壇さいだんがあり、左右に太く大きな柱が一本ずつ。

部屋の大きさは先の部屋の半分程度しかないが、それが逆に神聖な空気を作り出している気がする。


壁や柱には、同じように細かく精密な装飾が施されていて、それだけでも十分な造形美を持ち合わせている。


そんな部屋を埋め尽くすように、透明な氷で出来た花が咲いている。


花の形は、シクラメンが一番近いだろうか。シクラメンよりは少し背が低いが、葉の形も似ている。


ビッシリと部屋の床に生えている氷華。全部でどれだけあるか分からない程に咲いている。


部屋を開けた事で、空気が流れたのか、ライトで照らし出された部屋の中を、小さな氷の粒が舞ってキラキラとしている。


「わぁ…これは綺麗な花ね…」


「透明でキラキラしていますね。」


どこから生えているのかと、床面を見てみると、床面は完全に凍り付いていて、隙間無く氷が張っている。


「この花は、氷から生えるの。」


リッカが床に見える、まだ芽を出したばかりの花を見て言う。


他にも小さめの花はいくつかあり、それらを見ると、普通の花のように芽が出て、つぼみが成って、花が咲く…という工程のようだ。


「花は枯れるのか?」


「枯れるよ。花弁が落ちて、氷に溶け込んでいくのを見た事がある。でも、また直ぐに芽が出てくる。」


「氷なのに、花と同じように成長して枯れるなんて、不思議な感じがするわ。」


「これは普通に採取しても大丈夫なのか?」


「うん。」


俺は一本、根元から氷華を折って採取してみる。


一応鑑定魔法を使ってみるが…


【氷華…非常に希少で、オウカ島にしか存在しない花。熱に弱く、火に当たると霧散する。四鬼華の伝説に出てくる花の一種で、四種集めると万能薬が精製出来ると言われている。】


説明文はほとんど闇華と変わらない。


触った感じ、冷たくて普通の氷と変わらないように感じるが…暫く待ってみても、氷が溶ける事は無い。


「この氷は、普通の氷と違うから、一日掛けてゆっくり溶けていくよ。強い熱を加えると直ぐに溶けちゃうけど。」


「面白い特性だな…闇華よりずっと扱いやすいな。」


光を当てただけで消えてしまう花より余程良い。


「花は全部採取しても大丈夫か?」


「うん。でも…」


「悪い事に使ったり、他人に渡したりはしないよ。約束する。」


「…なら良い。明日にはまた同じように生えてくるから。」


「凄い生命力ですね…」


「四鬼が探しに来た時は、単純に見付からなかったというだけの事だったみたいだな。」


リッカに許しを得た俺達は、氷華を全て採取、インベントリに保管する。


「これで二種類目。あと二つだな。」


「順調…だよね?」


「間違いなくな。大丈夫。これなら間に合うはずだ。」


『でも、ここから降りるのに時間が掛かるねー。』


「それは、リッカが道を作る。セナとの約束だから。」


「さっき言ってたが…どうやって作るんだ?」


「簡単。階段を作れば良い。」


いや、うん。それは分かるが、その手段が無いよねって話なんだが…魔法で作るにしても、ここから地上まで一体何メートルあると思っているのか…千や二千ではないはずだが…


「その前に!リッカ。寒くないのは分かるけど、うちが見てるだけで寒いから、色々と作ってあげる!」


セナは人差し指を立ててリッカの顔を覗き込む。


「必要無いけど…」


「うちが気になるの!ニル!手伝って!」


「ふふふ。分かりました。」


作ると言っても、大層な物を作るわけではない。

靴下とか手袋とかマフラーとか…簡単に作れる物を生地から縫うだけ。ニルが居ればサクッと終わる作業だ。

今の状態で寒くないならば、着込むと暑いのではないかと心配していたが、別に大丈夫らしい。

セナとニルがリッカに触れた時、冷たい!と騒いでいたから、体温自体が低いのだろう。


その後、既にやる事は終わっているのに、セナとニルが、なかなか動こうとしない。


「今日は遅いし、ここで一夜明かしてからにしようか。」


俺がそう言うまで、ニルとセナは動く気が無かったのだと思う。


リッカの話を聞いたら、このまま別れるという選択肢は、二人の中には無かったのだろう。

既に、セナもニルも、リッカを雪女としてではなく、一人の女性として見ている。いや、最初からそうだったか。

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