第177話 セナの腕

プロで名匠だから、感覚で作っていくのかと思っていたが、寧ろその逆だった。

予想外ではあったが、プロだからこそ、基本をしっかりしていると思うと、納得出来る。

俺みたいなアマチュアだと、とりあえず作ってみよう!になるが、それが逆に遠回りという事なのだろう。


「基本がしっかりしていないプロはプロにあらず…か。」


俺の呟きなど耳に入っていないのか、かなり集中して紙を睨み付けている。


「…ここをこうして……いえ、駄目ね。これだと弱すぎる。ならここをこうしたら…?」


ブツブツ言いながら、何度も頭の中で出来上がりを想像しては、修正しているようだ。


「ニル。ラト。暇だったらここに居る必要は無いぞ?」


「私はここに居たいです。」


『僕は……遊んでくる!』


ニルは真剣に紙を見詰めるセナを見詰め、ラトは外へと走り出して行った。


「うーん…ざっとこんなものかな。」


そう言ってセナが紙を持ち上げたのは、それから数十分後の事だった。


「これ以上は作ってみないと分からないわ。

形が特殊過ぎて、うちの経験には無い物だから、何度か作ってみて、修正していくわ。」


持ち上げた紙を見たが、ビックリした。

A4程のサイズの紙に、ビッシリと文字が書き込まれている。


「凄いな…」


「これでも足りないわ。本当なら、ここで全ての問題点を想像出来るのが理想なんだけど…うちもまだまだね。」


想像だけでそれが出来るとか、それこそ最早常識外れだろう…と思うのは俺だけだろうか。


「よし!形は決まったし、次は素材ね!」


そう言ったセナが、奥にある両開きの扉を開く。


「こっちも埃が……って、それもそうか…工房よりは少しマシね。」


何度か素材を入れる為に開けたのか、工房よりは埃が少ない。


「本当ならここも掃除したいけど…今はまず、素材選びをしよう。」


「良かったら、私が掃除しておきますよ?」


「本当に?!ありがとう!ニル!」


「いえ!見学料ですのでお気になさらず!お任せ下さい!」


「な、なんか照れるなぁ…」


ニルに掃除をさせた事は無いが、まあハイスペックニルさんならば、掃除くらい完璧にこなせるだろう。


ニルが倉庫内を掃除してくれている横で、セナは色々と置いてある素材を見比べている。


「どういう素材が良いんだ?」


「そうね…取り敢えず、硬い。これは絶対に必要な条件。その上で、衝撃に強くて、摩耗も少ない素材。つまり、粘り気のある物が好ましいかな。

そうなると…ここに有る物だと、鉱石より金属の方が好ましいかな。」


「足の裏に装着する物だからな。それは理解出来るぞ。」


「あと必要なのは、寒さに強い金属だね。」


「寒さに強い?」


「金属っていうのは、冷えて硬くなると、もろくなるものもあるの。キンキンに冷えた時に、棘の部分がポキッと折れ易くなる…なんて怖いでしょ?」


「想像したくないな…」


金属に限らず、どんな物質でも基本的にキンキンに冷やすと、バラバラに砕ける。液体窒素に入れて冷やした物を次々と砕いてしまう…みたいな動画を見た事がある。


液体窒素程は冷えないだろうが、冷えれば脆くなる金属も多いはずだ。

その辺の知識は、セナの専門だ。俺の知識なんてセナに比べれば微々たるものだろう。


「冷えても粘り気が残る金属っていうと…この辺かなー…」


セナはいくつかの金属を見ているが、鑑定魔法を使わないと、俺には何が何か分からない。


「そうねぇ…これとこれかな。」


「二種類使うのか?」


「ええ。この二種を使うと、より強靭な金属になるの。普通はあまりやらない手法みたいだけど、父上が見付けたの。」


「凄いな…」


セナの父は、独自に合金の特性に気付き、自分でそれを開発した事になる。一つの分野を切り開いたという事だ。


「配合率までは調べられなかったから、うちがそれを調べて、完成させたの。今回はこの二つでいくわ。」


セナの手に乗っている金属を鑑定魔法で調べてみる。


片方は地球でもよく見た鉄。


もう一つが…


【クーティウム…オウカ島、針氷峰でよく手に入る金属。冷却に対して耐性が高い。】


「この金属が冷却に強いから、混ぜ込むって事か?」


「ええ。クーティウムは冷却に強いけど、硬さがあまり無いの。でも、鉄と混ぜると、その特性を持ったまま、硬くなるの。

早速作ってみるね。」


そう言って魔具の炉に火を付ける。


その瞬間から、セナの顔付きが変わった気がして、ついつい俺達も声を出せなくなる。


それからどれだけの時間、セナの作業を見ていたか分からないが、セナが黙々もくもくと作業する姿を見続けた。


「ふぅー!これで、とりあえずの形が出来たわ。」


休憩を挟みつつ、半日程で試作一号が完成する。


鍛冶屋の事はあまり知らないけれど、包丁一本作るのに、二日とか掛かったはず。

仕上げとかを省いているし、形状が全然違うから比較するのは間違っているだろうが…魔法を駆使しながら効率良く作業出来るセナだからこそ、この時間で出来た事は、俺の目から見ても明らかだった。


「これが試作一号?」


セナから受け取った試作品は、仕上げこそしていないが、俺から見ると既に完成された物に見える。


脱着する為の部分は、足を上下で挟んで止めるような形にしてあり、鎖を使ってどんな形にも対応出来るようになっているようだ。


「やっぱり一度で完成させるのは難しいわね。全然駄目。」


「え?そんな風には見えないが…?」


「駄目駄目。これじゃあ直ぐに棘の部分が折れちゃう。脱着部分に気を回し過ぎたわ。

シンヤさんに言った素材の癖っていうの覚えてる?」


「ああ。流れがあるって話だな。」


「そう。この棘と本体を繋げる部分で、それが上手くいかなかったの。だから、直ぐに折れちゃうと思うわ。」


そう言って、セナがハンマーを持ち出し、棘の部分を何度か軽く叩くと…


パキンッ!


言っていたように、棘部が簡単に折れてしまう。


「ね?これじゃあ使えないわ。」


「確かに…だが、全体の形はこれで良いだろう?」


「うーん…どうかな…足の上下で挟み込むより、前後で挟み込む形の方が足への負担が少ない気もするし…次はその形で作ってみるわ。」


作ると決めたら、妥協だきょうを一切許さない…という事なのか、満足出来る仕上がりまでには、まだまだ時間が掛かりそうだ。


見ていて色々と学べる事も多いから、俺としては面白いのだが…ここはセナに任せて、俺達は俺達の出来る事をしておこう。


アイゼンの他にも、ピッケルやカラビナ等の必要になりそうな道具についてセナに伝え、俺とニルは工房を出る。


「私達は何をしますか?」


「暖房の魔具を作るのと、周辺地理とモンスターの確認…後は、鬼士隊の痕跡が無いかを調べておきたい。」


「闇華の有った常闇の森には痕跡がありませんでしたよね。本当に四鬼華を探しているのでしょうか…?」


「もう既に手に入れて保管している可能性も有る。闇華も、氷華も…どちらも人が寄り付く場所には咲いていないし、人目を避けようと思えば避けられる。

だが、もしここに来ていれば、痕跡が何か残っているかもしれない。目を皿のようにして探すしかないな。」


「分かりました。」


道具の作成はセナに任せ、俺とニル、そして走り回って遊んでいたラトを連れて、針氷峰のふもと付近まで行ってみる。


「間近で見ると、遠目に見る何倍も危険そうな山だな…」


遠目に見ていても断崖絶壁に見えたが、近くで見ると、寧ろ反り返っているようにさえ見えてくる。


「うー…寒いですね…」


ニルが言葉を放つと、同時に白い息が空気に溶けていく。


『僕は平気だけど、シンヤ達は大変そうだね。』


一応俺とニルも厚着はしているが、ラトのモフモフには敵わない。


「痕跡を探そうと思っていたが…難しそうだな…」


麓付近まで来ると、雪が薄く降り積もり、地面は凍って固くなっている。

凍った土には足跡は残らないし、残ったとしても、その上から雪が積もって痕跡は消えてしまう。

針氷峰に近付けば近付く程、雪の積もる量は増え、より一層痕跡を見付けるのは難しくなる。


「駄目だな…」


追跡のプロとかならば分かるのかもしれないが、俺には分からない。


「仕方ない。痕跡については諦めて、地理とモンスターについて調べておこう。」


「はい。」


『僕はモンスターを見てくるよ。』


「出来れば何体か狩ってくれると助かる。心配は要らないだろうけど、無理はしないでくれよ。」


『うん!分かったー!』


ラトは返事をしながら薄く積もった雪の上を走っていく。


「俺とニルは地理を調べよう。範囲が広いから、詳細を紙に書いていく。ニルは地形を絵にして書いてくれ。」


「はい!分かりました!」


そもそもが過酷な環境の為、モンスターや小動物の類はほとんど見えない。


ビュォッ!


時折、山に当たった風が吹き下ろしてくる。寒さというよりは、冷た過ぎて痛く感じる。


「これを三合目まで毎日登っていると考えると…凄いことですね。」


「なかなか真似出来る事じゃあないだろうな。」


「ですが…こんな場所に、本当に花が咲くのでしょうか?」


「闇華は、暗闇でしか咲かない花だったし、氷華は寒いところでしか咲かない花…と考えるのが普通だろうな。」


「闇華は不思議な性質でしたが、一応花としての形態は保っていました。根もありましたし……ですが、今回は…こんな氷の上に根を張れるのでしょうか?」


「どうだろうな…四鬼華自体が普通じゃないからな。こんな場所に咲いていても不思議は無い気もするな。」


上を見上げると、変わらず氷と雪に覆われた巨大な山がそびえている。


「今はとにかく、周囲の状況を確認して情報を集めよう。」


「はい!」


こうして、俺達は周囲の状況確認と、防寒魔具作りに精を出し、セナは道具の作成を急いでくれた。


結局、全ての準備が整うまでには、一週間の時を要した。


「これでどう?」


「おお!凄いな!完璧だ!」


セナが作ってくれた道具を確認してみると、予想以上にしっかりした物を作ってくれていた。


アイゼン、ピッケル、カラビナ等、全ての道具が完璧に作られている上に、他にもいくつか必要になりそうな物も揃えてくれている。


「自分でも、これを一週間で作ったなんて、信じられないわ…」


セナが自分でも驚く程のスピードらしい。


一日のほとんどの時間を工房で過ごしていたし、かなり頑張ってくれた。


「助かったよ。これでどうにか針氷峰に登れそうだ。」


「ピッケル?と、カラビナ?はそれ程難しくなくて助かったわ。やっぱり、このアイゼン…だったかな?これが曲者だったわ。」


「そんなものを作らせてすまなかったな。」


「ううん。お陰様で良い体験が出来たわ。

これからの仕事に上手く応用出来るかもしれないし、楽しかったわ。」


「何か面白い物が出来たみたいだな。」


そう言ってアンガクが現れる。


「ああ。セナの腕は間違いなく超一流だな。」


「や、やめてよシンヤさん!」


さっきまでキリッとして格好良かったセナなのに、真っ赤になって照れている。

こういう職人としてのセナと、女性としてのセナ、そのギャップが大きいのも、彼女の魅力の一つだろう。


「これで準備は完了か?」


「ああ。防寒具も完成したし、俺達に出来ることは全てやったつもりだ。」


「……行くか?」


針氷峰に向かって欲しくなさそうに聞いてくるアンガク。

あの険しい山に送り込むなんて、本当は気が進まないのだろう。自分がもしかしたら…と言った事が原因になっているとなれば余計にその思いは強いだろう。


「セナ。今回はここで待っているつもりは……」


ほぼ毎日針氷峰に入っているアンガクが、そこまで気にする程の場所なのに、わざわざ付いてくる必要は無い。安全なここで待っていてくれても…と、考えていたが、セナの顔に迷いは無かった。


「うちも行くよ。道具のメンテナンスもあるし、他にもうちが出来る事はあるはずだからね。」


「危険だと分かっているよな?」


「うん…でも、サクラの為なら、それくらいやるよ。ううん。うちがやりたいの。」


セナの顔は大真面目。強く言えば引き下がるかもしれないが、セナの言っている事も正しい。

山中に行けば、予想外な環境や状況に晒される可能性は十分に有るし、そんな時に道具に異常が出たら、俺達にはどうにも出来ず、大きな事故に繋がるかもしれない。

俺達にはセナの手が必要だ。


「…分かった。だが、山の中では俺の指示に従ってくれ。」


「分かってるわ。うちも死にたくはないからね。」


「…話は決まったみたいだな。どうする?俺は今からでも行けるが。」


「俺達の準備は大丈夫だ。」


「うちも大丈夫。」


「よし。それなら今から案内しよう。

先に言っておくが、一歩間違えたら死ぬ場所だ。絶対に気を抜くなよ。」


そう言って、自分の左の首筋に残る傷跡をパシパシと叩くアンガク。

実体験だから説得力が違う。


「肝にめいじておくよ。」


こうして俺達は、やっと、針氷峰へ挑む事になった。


「三合目までは、割と緩やかな斜面が続く道筋がある。そこを通っていくんだが…あくまでも他の道よりはマシという程度だ。十分危険だから気を付けてくれ。」


「分かった。」


「それじゃあ行こう。」


アンガクを先頭にして、遂に針氷峰へと入っていく。


アンガクの後ろにニル。その後ろにセナ。俺。ラトの順番だ。

セナに何かあった時に直ぐにカバー出来る並びにしたつもりだ。一番素早く身軽なラトが最もセナのカバーには向いているように感じるかもしれないが、ラトが最後尾なのは保険だ。

ハイキング程度の登山も、小さな頃に数度行った程度の俺は、クライミングなんて初体験。いくらステータスが高くても、セナをカバーし切れる自信は無い。


その点、ラトはほぼ垂直な壁を走って登る運動能力を持っているし、最悪の場合、ラトがカバーしてくれる…はずだ。

ラトもカバーし切れない状況になったなら…いや、そんな事は起きないように祈っておくとしよう。


「よっ。ほっ。」


アンガクは軽快に針氷峰の山肌を登っていく。


アンガクの示してくれる道は、多少の段差はあれどクライミングしなければならないような高い壁は無く、割と楽に通っていける。

とはいえ、それも、元々運動能力の高い鬼人族の体があってこそ…だが。

元の世界の俺が同じ道を通れと言われたら、間違いなく拒否していただろう。


「はぁ……はぁ……」


いくら鬼人族の体とはいえ、セナは女性で、鍛えているわけではない。息を荒らげながら、必死にニルの背中を追っている。


少し登っただけで、周囲の気温はグングン下がり、防寒服を作っていなければこごえていただろうと思える寒さとなっていた。


「大丈夫か?」


セナに対してそう聞く為に吐いた言葉も、白くなる。


「大丈夫。」


セナは俺の言葉に、振り返らずそれだけを返し、絶対に弱音は吐かなかった。


「そろそろ三合目だ!」


前からアンガクの声が聞こえてくる。


最後は胸の辺りまで高さの有る段差を越え、少し平たい地形の部分に出る。何とか三合目までを、全員無事に踏破出来た。


「ここで三合目か…」


村の方を見ると、既に家々が小さい。


「俺が案内出来るのはここまでだ。」


「助かったよ。ここからは自力で何とかしてみる。」


「ここからもう少し奥へ回り込むと、凹凸の激しい壁面がある。そこからなら他の道より登りやすいはずだ。」


「分かった。」


「気を付けてくれよ。」


「ああ。」


アンガクに差し出された手を握り、握手した後、アンガクは山を下りていく。


「問題はここからですね。」


針氷峰を見上げると、今までのような比較的なだらかな道は無く、白から薄水色をした、高く長い垂直な氷の壁。

手を掛ける部分が無くはないが、本当に人が登れるのか?と聞きたくなる。


「アンガクですら通った事の無い領域だからな…とりあえず、アンガクの言っていた場所を見てみるか。」


「はい。」


ニルを先頭に、山肌に沿うように移動して行くと、壁面に激しい凹凸が付いている場所が見えてくる。


「恐らくここですね。」


「だろうな。」


アンガクの言っていたように、他よりは登りやすいだろう。しかし…


「登る順番を変えた方が良さそうだな。」


ここまでと同じく、ニルを先頭にして登っていこうかと思っていたが、垂直な壁の切れ目がハッキリ見えない程に高い。

凹凸も、少ない部分がいくつか有るし…


「ラト。一気に上まで行けるか?」


『うーん……流石の僕でもこれを登るのは難しいかな…』


ラトが無理だという高さと険しさ。それだけでどれ程の物か分かるだろう。


「分かった。それなら、まずは俺が登る。上から縄を下ろすから、それと腰に付けておいたカラビナをしっかり結んでくれ。どこかに固定するか、踏ん張れそうなら俺が引き上げる。

セナが先に登って、その後ニル。ラトの順番だな。

何かあれば、ニルとラトが下から、上から俺が対処するから、セナは落ち着いて登ってくれ。」


「分かったわ。」


そもそも、何故魔法を使って、常闇の森の縦穴のように登っていかないのか。これについては、素人しろうとの俺でもそれが危険な行為だと分かるからだ。


山肌は氷漬けにはなっているものの、あくまでも氷や雪で出来ている。下手に魔法を使い、衝撃を与えた時、壁面が崩落したら…聖魂魔法並の大規模災害が起きたら……想像しただけでゾッとする。


基本的には魔法厳禁で登っていくしかない。


「それじゃあ行ってみますか…」


俺は腰にロープを取り付ける。このロープも、本来なら特殊な素材か何かで出来ているのだろうけれど…よく分からない。


セナが作ってくれた、アイゼンを靴に装着し、ピッケルも準備した。

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