第175話 闇華
「ここから上に登るか。」
皆が元来た道を帰ろうとしている時に、縦穴の上を見上げて俺がそう伝える。
「え?ここを登るの?」
「魔法を使えば登れない事は無いでござるが…」
「土魔法で階段を作っていけば、上まで戻れるだろう?次に来る時に使えるし、一石二鳥だ。」
「ここから上まで…シンヤさん…魔力も恐ろしいくらいあるのね…?」
「初級魔法で繋げていくだけだし、全員でやれば行けそうだなーって。」
「鬼士隊の連中に利用されないでござろうか?」
「鬼士隊の連中が四鬼華を嗅ぎ回っているという事は分かっているが、ここに来たという
「確かに痕跡は無かったでござるな…探しているという割には、動きが無さ過ぎるでござる。ここは街から最も近い場所で、闇華を探しに四鬼が来た、という事は有名な話でござるのに…」
「でも、鬼士が四鬼華を探しているって話は本当だぞ?信頼出来る仲間から聞いたからな。」
「疑ってはいないさ。ただ、四鬼華を探している目的は何なのか、それを知る必要がある。」
「それは拙者に任せてほしいでござる。必ず突き止めてみせるでござるよ。」
「俺達もゴンゾー様と連携して探りを入れてみる。嫌な予感がするからな。」
「頼んだ。鬼士隊の事は任せるとして…今はこの暗闇からさっさと抜け出そう。」
「そうでござるな。こんな
鬼士隊の連中は、今後もここには来ないと判断して、俺達は縦穴の内側に足場を作りながら上まで登った。
作業自体は難しいものではなかったので、少なからず時間は掛かったものの、まだ月が出ているうちに地表へと顔を出す事が出来た。
「ふぅー!やっと出られたー!」
セナは開放感から、両腕を空に向けて伸ばし、背伸びをする。
「シンヤ殿。闇華を一本貰えぬでござるか?」
「シデンやゲンジロウに見せるのか?」
「そうでござる。伝えておいた方が良さそうでござるからな。」
「分かった。用意しよう。」
話をする上で、現物が有るかどうかで、
一応、四鬼華の伝説を追っている事は、シデンにも、ゲンジロウにも伝えてある。
鬼士隊の連中を探るのも大切だが、これも大切な事だと、理解してくれた。結果的には、四鬼華を追うことで鬼士隊の連中の事も追えそうだし、問題は無いだろう。
俺達はこのまま別の四鬼華を追って島を移動するから、その俺達に代わって、ゴンゾーが報告してくれる。
初級闇魔法、ダークネス。ただ暗闇を作り出すだけの魔法で、あまり使い所は無い魔法だと思っていたが、ここに来て重宝するとは…
とにかく、ダークネスを使って、闇華を木箱へと移し、ゴンゾーに渡す。
「助かるでござる。」
「ゴンゾー様。闇華は光に当てたら消えてしまう。ただ、枯れたら消えないから、蓋を開けるなら一日後の方が良い。」
「承知したでござる。シデン様やゲンジロウ様に見せて、色々と説明するでござる。
シンヤ殿、ニル殿、ラト殿。セナを頼むでござる。」
「ああ。怪我一つさせないよ。」
「お任せ下さい。」
『任せてー!』
「それでは、拙者は日が出る前に戻るでござる。」
「俺も戻るとするよ。」
「タイガも助かったよ。また何かあれば頼むよ。」
「おう。」
こうして、ゴンゾーとタイガは街へと戻って行った。
「それにしても…自分の手で摘んでおいてだけど、ただの伝説だと思っていた闇華を手に入れる日が来るとはねー。正直今でも信じられないわ。」
「伝説とか
「へへへ…そうだよね…」
何故か嬉しそうに笑うセナ。
最初は何故か分からなかったが、直ぐに気が付いた。
ゴンゾーの名前の由来となった、『ゴンゾーと
御伽噺に真実が混じっていて、ゴンゾーが本当に実在して、悪鬼を倒したのだとして……
セナの中では、悪鬼が鬼士隊で、それを倒すゴンゾーってところか。御伽噺に真実が混ざっているなら、御伽噺が真実になる事もまた、有り得る事だ。
御伽噺と実際のゴンゾーには、確かに被るところがあるが…セナは意外とロマンチストなのだな。
「ゴンゾー様が、悪鬼を打ち倒せると良いですね。」
ニルも気が付いたらしく、セナに小さな声でそう言う。
「べ、別に!そんな事言ってないでしょ?!」
「ふふふ。」
セナのその返しは、別に言ってはいないけど、思っているという意味合いに聞こえる。
「もう!ニル!」
それに気が付いたセナが、顔を真っ赤にして怒ったように見せる。
サクラが思っていたように、多分、セナもゴンゾーの事が好きなのだろう。それが一連の流れから読み取れる。
俺達が関わる事でないことは分かっているのだが、気にはなる。
また機会があれば色々と聞いてみても良いかもしれない。
「日が昇るまで休んで、それから出発しよう。」
「次は北か、南か、どちらに向かわれるのですか?」
「そうね……南の方が良いと思うわ。」
「南と言うと…確か
「ええ。」
「そっちを選ぶ理由は?」
「簡単よ。北に咲く
「なるほど。」
いきなり土地勘があるセナが居てくれて助かった。
知らずに北に向かっていたら、時間のロスが凄いことになっていただろう。
「氷華はどんな場所に生えているんだ?名前からして寒そうな場所な気はしているが。」
「言い伝えでは、南にある山々の中で、最も高い
「超ヤバそうな名前だな。」
「名前の通り、遠くから見ても分かる
普通は登ろうなんて考えないわ。」
「だよな…」
この世界には登山用グッズなんて物は存在しない。あったとしても、かなり特殊な環境下でしか使われない物で、どこでも手に入る物ではない。
セナの言っていた針氷峰の近くに行けば手に入るかもしれないが…最悪自分達で作る事になるかもしれない。
一応暖房の魔具は作られているが、これも生活する上で必要となる物ばかりで、雪山を登る為に作られている物は見た事が無い。
ダンジョン内で暖房手袋は作ったが、全身揃える必要が有るだろう。
「何故四鬼華の伝説を追う者が今まであまり居なかったのか、理由が分かるな。」
「皆、死にたくはないからね。」
「だとしても…」
「行くしかないわ。サクラを助ける為なら、命くらいいくらでも賭けるわ。」
セナでなければ、こんな過酷な旅に耐えられないかもしれない。恐らく、残りの二つもかなり過酷な場所に生息しているはずだ。
普通なら命がいくつあっても足りない程の場所に。
それを見越して、ゴンゾーはセナを推したのだろう。
本当に…サクラとセナとゴンゾー、この三人の信頼関係は尊敬に値する。
しかも、それが鬼士、平民、そして下民という、身分の異なる者達の中に有るのだから、本当に凄い事だ。
この島の皆が、三人のように手を取り合えば、無駄ないざこざや争いも起きないだろうに。
常闇の森から少し離れた所で火を起こし、日の出まで仮眠を取る。
常闇の森を囲っている周囲の山々の上から日が出た所で、俺達は行動を開始した。
「歩きで行くと、針氷峰まではどれくらい掛かるんだ?」
「そうね…一ヶ月弱ってところかしら。」
「うげ…」
ざっくり計算して、この島が全周約二千五百キロメートル。東西南北で四等分したとして、各移動距離は六百キロメートル。外周を円弧状に進むわけではないにしても、大体そのくらいは歩かなければならない。
人の足で歩いて行こうとしたら、一日大体三十キロメートルくらい。となると、二十日間は掛かる計算になる。
山道やら何やら考えると、一ヶ月くらいは掛かるだろう。
「そんなに掛けてられないな。」
一応、イベント告知があった時、期間は五ヶ月とあったが、当然そんなに時間を掛けるつもりは無い。
半年近くもこの島に滞在していたら、大陸側で、神聖騎士団の連中がどう動くか分かったものじゃない。
恐らく、四鬼華の伝説というクエストは、渡人に対するクエスト。条件としてインベントリ必須の時点で分かると思うが…
ここに来た先駆者のプレイヤー達が行ったかどうかは分からないが、伝説扱いされている所を見るに、多分このイベントクエストには辿り着けなかったのではないだろうか。
それはともかく、いくら渡人のステータスが高いとはいえ、距離が距離。一周するだけで四ヶ月。採取するのに計一ヶ月となれば、まあ
いや、ここに辿り着けた者達向けのクエストだとして、その者達が採取するだけで、計一ヶ月となると…予想以上に過酷なクエストかもしれないな…
ただ、俺達には普通のプレイヤー達とは大きく違う点が一つある。それは、ラトの存在だ。
「ラト。俺達を乗せて走れるか?」
『全然余裕だよ!ただ、全力では走れないけど…』
「全力で走る必要は無いよ。」
『それなら簡単だよ!』
ラトは、約半日、車と変わらないスピードで走り続ける事が出来る。これはダンジョンに入る前に聞いていたし、ここでは存分に頼らせてもらうとしよう。
半日走らせる程、鬼ではないし、休み休み行くつもりだが、六百キロメートルくらいなら、一日かそこらで走破出来てしまう距離だ。
「ほ、本当に大丈夫?重くないの?」
俺達はラトに
インベントリ内に有る馬車も考えたが、山道を車のスピードで走るラトに取り付けたら一日も経たずにバラバラになるだろう。
それに、ラトも走り難いだろうし。
『全然平気!軽い軽い!』
「軽いから安心しろってさ。」
「大丈夫ですよ。私にしっかり掴まって下さい。」
俺、ニル、セナの順番で座り、俺が目の前に風魔法を展開して風避けを作る。
「ニルもしっかり掴まれよ。」
「は、はい!」
ニルは俺の腰に手を回す。
「ラト。」
『行くよー!』
タッ!
ラトが地面を蹴ると、周囲の景色が次々と後ろへと飛んでいく。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
セナの叫び声が後ろから聞こえてくる。
暫くは南西に向けて走れば良いらしいし、ナビは必要無い。慣れるまでは俺が指示を出しながら進もう。
それにしても、本当に速い。
木々の間を
車と同じスピードで走っているが、車の数倍はある機動力。ジグザグに走るのも、障害物を飛び越えるのも難なくこなす。
『久しぶりに走れて楽しい!』
「散歩に連れて行こうと思ってたが、これで叶えられたな。」
『うん!どんどん行くよー!』
「よし!行けぇー!」
「うわああああああぁぁ!」
後ろから再度セナの叫び声。
ニルの腹部辺りにセナの手形が残らないと良いが…
そんな感じで数時間走った所で、木々の切れ間に出る。
大きな岩がゴロゴロしていて、川が通った場所だ。
「ラト。ここで休憩しよう。」
俺の声に足を止めるラト。
ハッハッと息をしているが、疲れているわけではない。
『僕はまだいけるよ?』
「分かっているが、限界まで走る必要は無い。休み休み行こう。
それに……セナが限界だ。」
叫び疲れたのか、それとも恐怖感に疲れたのか、随分ぐったりしている。
『ご、ごめん…』
俺の言葉に、その姿を見たラトが、配慮が足りなかったとクーンと声を出して反省する。
「うちが慣れてないだけだから気にしないで!大丈夫大丈夫!全然元気だし!慣れてきたから次からは大丈夫!……多分……」
最後の一言が無ければ強がりも立派に通せただろうに…正直者だな。
「ラトのお陰で一気に進めるんだ。そう落ち込まないでくれ。
セナには何か対処法を考えるから。」
『分かったー…ごめんね?』
ラトはクーンともう一度鳴きながら、背を降りたセナに頭を擦り付ける。
「うちは大丈夫だから!そうだ!うちが
『ほんと?!』
ラトはその言葉にクルクル回りながら喜ぶ。
「よーし!ここまで運んでくれたお礼に完璧に仕上げてみせるわ!」
『わーい!』
セナとラトが
朝食には遅く、昼飯には早いから…ブランチだな。
「ご主人様。」
「どうした?」
ニルが食事の準備を俺と進めながら、質問を投げ掛けてくる。
「その…セナ様……セナは、ゴンゾー様の事を…」
「だろうな。俺から見ても分かるくらいだから、多分昔からずっとだろうな。」
「………その、変な質問かもしれませんが、セナはそれでも良いのでしょうか?」
ニルの言いたい事はつまり、こういう事だ。
ゴンゾーの事が好きなのに、それを隠している。
多分、ゴンゾーにその気持ちを伝える事は無いだろう。
そんな煮え切らない事で、セナは満足なのだろうか?
という事だと思う。
ニルはこういう話が得意ではないし、どう言葉にして良いのか分からず、変な質問になったのだろう。
「どうだろうな…?
俺もその手の話は得意分野ではない…というか苦手だからよく分からないな。
ただ、それを伝える事で、色々な事が壊れてしまうのを恐れている…のだと思う。」
「サクラ様はサクラ様で、自分の気持ちを伝えられず、セナはセナで伝えられず…何と言うか…とても切ないです。」
胸の辺りに拳を置いて眉を寄せるニル。
ゴンゾーの気持ちを知っているし、多分、セナも、ゴンゾーがサクラを好いている事に気が付いている。
あれだけの苦労を三人で乗り越えて来たのだから、全員に幸せになって欲しい。だが、こればかりは他人が決める事でもないし、簡単に触れて良い事でもない。切ない…という表現がまさに的確だろう。
「そうだな…だからこそ、俺達はサクラに薬を届けないとな。
このままお別れなんてさせたら、きっと全てが壊れてしまう。それだけは食い止めないとな。」
「…はい!絶対中途半端な終わらせ方はさせません!」
「ああ。」
どちらにも肩入れしてしまう状況だが、それすら出来なくなってしまうのが一番悲しい結末だ。
そんな事は誰も望んではいない。
ラトと戯れるセナを一度見てから、食事の準備に手を戻す。
それから、俺達は軽い食事を取り、休憩を挟んだ後、再度針氷峰に向けて出発した。
セナが怖くないように対処法を考えるとは言ったが、少し慣れたのか、叫ぶ事はなく、対処法も必要なさそうだ。まだ少し怖いみたいだが、それももう少し慣れるまでの我慢だろう。
こうして、日が沈む頃には、目的地である針氷峰を目にする事が出来た。
「あれが針氷峰か。」
セナの言葉通り…と言いたいところだが、実物はそれ以上だった。
下から見ると、細長い形状の山で、山の壁面はほぼ垂直。上の方は真っ白に雪を被っており、下の方も氷が張っている。
少し前から気温もグッと下がり、肌寒い。
「この辺りは寒冷地でね。一年中寒いの。そのせいでほとんど街も村もほぼ無いわ。」
寒ければ食物も育たないし、わざわざそんな過酷な場所に住む人も少ないだろう。
「ただ、寒いという事が利点になる事もあるの。
例えば食料の保存とかね。ここには大きな食料庫とかが設置されていて、災害時とかに利用しているって話。
街に住んでいるとあまり知らない事みたいだけどね。」
この島の冷蔵庫といったところか。他にも、
他にも利用価値は有りそうだが、今はそれを議論している場合ではない。
「周囲に村か町はあるか?」
「ここからだと…近くにオゼ村が有るわ。このまま西に進んで行くと有ったはず。」
「よし。とりあえずそこまで行くか。何か情報が得られるかもしれないからな。」
「道案内するわ。」
『分かった!』
セナの指示に従って進んで行くと、程なくして村らしき場所が見えてくる。
ここまで来ると寒いと感じる程の気温になっていて、植物はほとんど生えていない。
たまに地面に小さな草が生えているくらいのものだ。
村の周囲は平坦な地形で、かなり見通しが良い。
村の周囲には押したら壊れそうな木の
わざわざここまで襲いに来る連中も居ないのだろう。
村の少し手前でラトから降りて、近付いて行くと、一人の男性がこちらに向かって歩いてくる。
「ちょっと目立ち過ぎたか?」
「この辺りには人が来ないから、どっちにしても目立つわ。話せば分かってくれる人達だから大丈夫よ。うちは一度来た事があるし、話をしてみる。」
「頼む。」
男が俺達の方に来ると、手には
緑髪を坊主にして、緑色の瞳。ガタイが良く、寒さ対策のために着ている厚手の服と相まって更に大きく見える。当然、額には二本の角。
左の首筋に、離れていても目立つ程の大きな傷跡が有る。
その男の後ろには、柵の内側を埋めるように住民達が集まっていて、固唾を飲んで見守っている。
「……あんたら……」
俺達の事を探ろうとしたのか、眉を寄せて近付いてきたが、セナの顔を見た途端、驚いた顔をする。
「あんた……セナさんか?!」
「覚えててくれたの?アンガク。」
「久しぶりだな!」
「そうね。今回は別の件で来たんだけど、入っても良いかな?」
「あったりまえだ!
おーい!セナさんだ!」
アンガクと呼ばれた男が振り返り、村人達に声を掛ける。
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