第87話 ワーム
「私が上手くワームの動きを止め、ご主人様が斬る。これが理想の形ですね。」
「確かにそれが理想的だが…他の個体が出てくる可能性もあるし、俺達が知らない特殊な能力を持っている可能性もある。」
「うー…考えなければならない事が沢山あり過ぎますー!」
ニルは気が付いていないかもしれないが、俺と共に行動し始めた頃は、いつも俺の指示を待ち続けていて、自分で考える事は基本的にしなかった。
それが、ここ最近になって、自分で考え、悩み、そして行動することが増えてきた。
大まかな道筋や、今後に関わる大きな決断の際には一切介入しないが、戦闘や、普段の生活の中では随分と自分で動く事が多くなった。
それがどうした?と思うかもしれないが、これは俺としてはとても嬉しい変化だった。
こうして話し合いが出来れば、俺の気が付かなかった事に気が付いてくれるかもしれないし、もっと良い案が浮かぶ可能性もある。単純に考えれば、頭が二つになるのだから、二倍色々と考える事が出来るのだ。まあそんな単純な話ではないが、一人で考えるより余程効率が良い。
それと、指示を待っているのは、奴隷としての性質みたいなものだ。その殻を破り、一人の人間として考えて行動出来る。そう変わってくれたことが素直に嬉しいのだ。
「はは。今まではあまり強敵というモンスターには会っていなかったからな。こういう時こそ冒険者の腕の見せどころだ。」
「…はい!」
俺とニルはそこから一時間近く、色々な状況に対する策を細かく決めていった。
「よし。対策はこれで十分だ。あとは実際にワームを見ながらだな。」
「はい。危険だと判断した場合は、即時撤退、対策を練り直して、もう一度…ですね。」
「そうだ。焦ったりしたら足元をすくわれるからな。それじゃあ行くぞ。」
「はい!」
ザンティが見守る中、俺とニルは目の前に広がるワーム達の生息域に、足を踏み入れた。
「静かですね…」
「嫌な静けさだな…」
本当にモンスターが生息しているのかと疑いたくなるほどに、周囲からは、ほとんど物音がしない。稀に起きる地震によって、地面に落ちている小さな小石がカタカタと揺れる程度。
山間の道は迷路のように右に左にと入り組んでいて、突然横からワームが飛び出して来るかもしれないと緊張感ばかりが高まっていく。
「また地震か…」
活火山が近い事もあってか、地震は多い。加えて、サラマンダーの生息地程ではないが、この辺りも十分に暑い。
「…ご主人様…」
地震に足を止めた俺とニルの正面。暗い谷間の奥に、何かうぞうぞと
「あれが…ワームか…」
見た目はまさにヘビとミミズの中間の様な姿をしていて、円柱状の体躯に青黒く、バラの花弁の様な形をした鱗が口元からビッシリと隙間なく生え揃っている。
目はなく、体の直径より一回り大きな、二メートル近い口。その中には俺の
「凶悪な見た目だな…」
ガリガリ…ガリガリ…
「さっきから何をしているのでしょうか?」
ワームが体を動かす度に聞こえてくる、硬質な物が削れる音。
気になって、少し観察していると、音の正体が分かった。
「固まった溶岩を食ってんのか…」
「山肌を削り取りながら食べていますね。」
口を大きく開けて、山肌を器用に削り取り、破片を口の中に入れていくワーム。何を餌にしているのかとは思っていたが、まさか石を食っているとは…
黒い山々は、よく見るとワームが山肌を削り取った跡がグルグルと山頂まで続いている。
奥の方には尖っていない、もったりとした形の山が見える。つまり、本来はもったりとした形なのだが、ワーム達が山を削り食べ、あの形にしているということだ。
理由は分からないが…習性なのだろう。
「山を食う様なモンスターと戦うことになるとは…我ながら凄いことをやっているな…」
「モンスターには悪意が無いので、まだ気分はマシです。」
「…それもそうだな。」
モンスターは食べるため、子を守るため、ナワバリから排除するため、身を守るため、様々な理由で人を襲うが、そこに悪意はない。どれも生存に必要になる行為だ。そう、神聖騎士団とは違って。
「とはいえ、単体としての恐ろしさは
「はい!」
カチャ…
薄明刀を抜き、魔法陣を描く。まだワームはこちらに気が付いていない様だ。
まずは足止めの魔法からのスタートだ。ダメージが無くても、動きを止めるタイプの魔法なら、すんなりとカタをつけられるかもしれない。
複雑な魔法陣を描き切ると、黄緑色の光を放つ。
上級木魔法、
ただ、逆に人間の様な小さい対象に対しては効果が薄く、動きを封じるより押し潰す効果の方が目立ってしまう。押し潰すだけならばもっと他に良い魔法がいくらでもある。
地面から急に生えた木は、ワームの体に巻き付き、地面に固定しようと動く。
「行くぞ!」
「はい!」
俺を先頭に、一気にワームへと接近する。
「ギャァァァァァ!!」
体をうねらせているが、それだけで解ける程上級魔法は甘くはない。
バキバキバキバキッ!
ワームを束縛しようとしていた木が崩れ落ちていく。暴れただけでは解けないと思ったのか、口を使い始めた。
「岩を噛み砕けるんだから、木材如きじゃ止まらないか…だが。」
パキッ!
右足に強く力を入れると、地面が鳴く。
「一太刀貰うぞ!!」
ザンッ!!
尻尾に近い部分は未だ地面に固定されていたため、狙うのは容易。一太刀で断ち切れる太さでは無いが、刀身の長さ分の傷は負わせられた。
切断された鱗が地面に落ちていく。
「ギャァァァァァ!!」
ワームは、自分を拘束している魔法よりも、俺を優先して攻撃を仕掛けてくる。太く長い牙が、俺を目掛けて迫って来ている。
「簡単にご主人様に触れられると思わないでください!」
ゴンッ!
山肌から突き出した石壁が、ワームの横っ面に当たると、ガラガラと崩れていく。耐久性が違いすぎて当たっただけで石壁の方が崩れたのだ。だが、俺への攻撃を中断させるだけの衝撃はあったらしい。
ガキィィン!
後方にいたニルが、最近覚えたウォールロックを使い、その後直ぐに胴を蒼花火で斬り付ける。しかし、やはり刃は通らなかったらしい。
高い金属音がして、パチパチと蒼い火花が地面に落ちていくところが見える。
「ダメですか!」
先に刃が通らない予想もしていた為、ニルは驚く事もなく直ぐに後ろへと下がる。
「ギャァァァ!」
ワームは、俺達が最初の魔法から
その上、俺とニルで、前後に挟み込めたことで、相手はどちらか一方にしか攻撃できず、必ずどちらかに背を向ける状況を作り出せている。この上なく順調な滑り出しだ。
「ギャァァァァァ!!」
傷を負わせた俺の方を優先すると決めたのか、再度俺に向かって大口を開ける。
「それで本当に良いのか?」
ドゴォォォォン!
周囲の山肌が崩れる程の爆発音と衝撃。
当然俺からそれは見えていたし、斬り付けたことで発生した火花が着火剤になることも分かっていた。
「ギャァァァァァァァァ!」
俺が斬り付けるよりずっと大きなダメージを与えられたらしく、激しくのたうち回るワーム。
鱗の破片が飛び散っているが、ニルは冷静に黒盾で弾いている。
「ギャァァァ!!」
「魔法だ!下がれ!」
暴れ回るワームの口元に、魔法陣が形成されていく。
ワームが魔法を使うという情報は無かったが、情報が無いということは、使うかどうか定かではないという意味であり、使わないという意味ではない。
そうなれば、当然魔法を使うかもしれないと、予想はしていた。その対策も考えてある。
ニルはぐっと後ろへ大きく下がり、山肌に身を隠す。湾曲した通路が上手く盾になってくれるはずだ。
逆に俺は魔法陣が完成する前に、一度斬り付けた場所にもう一度刀を振り下ろす。先程とは違って落ち着いて刀を振れる。
「はぁぁっ!」
ザンッ!!
全力で振り切った霹靂は、想像していなかった破壊力を発揮した。
本来は届かないはずの、刀身より長い斬撃をワームに与えたのだ。簡単に言えば、ワームの胴を真っ二つにしてしまった。その上、山肌にまで斬撃の跡が残っている。
「ギャァァァァァ!!」
ゴゴゴゴゴッ!!
暴れるワームの口元から大きな岩がいくつも生成されて色々な方向へと飛んでいく。
ワームは、注意を俺だけに向けて、俺は魔法を回避、もしくは防御、それが無理ならニル同様に山肌まで逃げる作戦だった…のだが、思わぬダメージを与えてしまった。
ワームの魔法で生成された岩は黒い山肌に突き刺さり、地面にも突き刺さる。俺のスピードならば簡単に避けられるし、そもそもワームには、俺をじっと狙っている余裕が無さそうだ。
岩を避けながら切り離した場所を見ると、
切り離された尻尾側は、地面に固定されながらも、グネグネと未だ動き回っている。
「な…なんだったんだ…?」
自分がやった事なのに、信じられない。何が起きたのかは全く理解不能だが、予想より大きなダメージを与えられたのだから、今はラッキーくらいに思っておこう。考察や検証は後回しだ。
「ご主人様!」
魔法が打ち止めになったタイミングで、ニルが声を張り上げる。
腰袋から取り出した丸い瓶と、そこに描かれている星型の印。
ここに来る道中になんとか形にしたアイテムで、瓶の中にはボムキノコと、炸裂キノコの胞子が封入されている。
炸裂キノコとは…
【炸裂キノコ…胞子が金属の様に硬く、星型をしている。破裂すると周囲に飛び散る。】
というものだ。
とても危険なキノコに感じるが、意外とそうでもなく、破裂時の勢いがあまり無い為、キノコの状態では殺傷力は無い。
そこで、殺傷力を上げるための加工を施したというわけだ。
ボムキノコの胞子を同時に封入することで、破裂時の勢いが増し、飛び散っていく星形の胞子が
瓶の蓋に取り付けられた布に、蒼花火の火花で着火し、放り投げるニル。
俺はワームの魔法で作り出された岩の裏に隠れる。
「ギャァァァ!」
体を切断されたワームはやっと体が自由になり、自分を傷つけた俺に向かって
バババンッ!
ダダダダダダダダダッ!
軽い爆発音が聞こえると、周囲に一センチ程度の星形胞子が無数に飛んできて突き刺さる。
本来であれば、この程度の攻撃はワームに効くはずも無いが、先ほどニルが仕掛けた中瓶の爆発瓶によって傷付けられた部位は傷だらけ状態。その部位には確実にダメージが入る。
「ギャァァァァァァァァ!」
予想通りだったらしく、ワームの叫び声が聞こえてくる。
「はぁぁぁ!!」
ザシュッ!
爆発直後に飛び出たニルが、ワームの傷付いた部位に蒼花火で更に追い打ちを掛ける。
ガリリリリリ!
ワームが、ニルに目掛けて切れた胴を振り回すが、ニルを捉える事は出来なかった。
「ギャァッ!」
俺に背を向けたワーム。これで終わりにしよう。
隠れていた岩に足を掛け、ワームの頭部目掛けて跳躍する。
「はっ!」
空中で勢いよく振り下ろした薄明刀は、見事にワームの頭部に垂直に当たり、顔を綺麗に割る。
またしても、刀身より長い斬撃が繰り出されたみたいだが…
「ギャァァァ!」
「また来た!」
倒したと思ったら新手が出てくる設定にでもなっているのかと疑いたくなる。
今倒した個体は、最初の不意打ちがかなり上手く決まったから終始俺達のペースで攻められただけで、真正面からやり合うのは危険すぎる。
「撤退だ!逃げるぞ!」
「はい!」
ガンガンッ!
ニルが蒼花火を黒盾に打ち付けて火花を散らすと、毒煙爆発玉に火を着けて放り投げる。
ボンボンっ!
山の谷間という事もあって、毒煙は良い感じで新手のワームの行く手をを遮ってくれる。毒が効くかは分からないし、視覚の無いワームに通用するかは分からないが、警戒くらいはしてくれる…はずだ。最悪もう一度地面に縛り付ける。
一応、樹縛縫の魔法陣を描きつつ撤退するが、どうやら追ってきてはいないらしい。
俺達を見ていたザンティも前を走っているし、条件達成と考えて良いだろう。
「んー!どわっはっは!見事見事!」
ワーム達の住んでいる領域を脱した俺達に、手を叩いて
さっきのシリアスな感じはどこへやらだ。
「俺達の戦い方とは違うが、あれ程一方的にワームを仕留められるのは、巨人族でもそうはいないぞ!」
「その賞賛は素直に受け取っておくよ。」
「どわっはっは!人族にこんな奴がいるなんてなぁ!」
「さっきの話は良いのか?」
「良くはねぇよ!良くはねぇが…まあなるようにならぁ!」
思わずコケそうになった。考えていないようで考えているようで考えていない…のか?もうよく分からん。
「どわっはっはっは!んーし!さっさと帰るぞー!」
結局、ザンティは黒雲山に戻るまで、例の話に触れることは無かった。
「戻ったぞー!」
ザンティがミルナレに大声で知らせると、黒雲山の
「どうだったの?」
「文句無しだな!どわっはっは!間違いなく強いぞ。シンヤ達は。」
「……そう。」
少し暗い顔をするミルナレ。彼女としても、複雑な思いがあるのだろう。
「互いに万全な状態で行う為にも、今日はもう休んで、明日取り決め通りにやる事にしよう。どうだ?」
「俺達はそれで構わない。」
「んし!そんじゃアンティとカンティには俺が伝えて来るとしよう。今日は向こうに行く日だしな。」
ザンティはこの黒雲山と、集落を定期的に行き来して情報を交換しているとの事だ。食料が食料なだけに、怪我人が絶えず、黒雲山の人数管理をする上でも、情報交換は定期的に必要なんだそうだ。
もっと安全に狩れる獲物にすれば良いのにと思ったが、彼らの
こうして、俺とニルは、その日初めて黒雲山の横穴へと入る事になった。
「赤ん坊もいるから、あんまり騒ぐんじゃないよ。」
「はい。分かっております。」
横穴の中には、話にあった通り、巨人族の老人、妊婦、赤子が暮らしていた。集落に初めて入った時とは違い、皆興味はあれど、ドタドタと近寄ってくる事はなかった。
ミルナレさんを含め、総勢で二十人。それでもスペースは少しの余裕が残っており、随分と広い空間となっている。
壁面は荒く削られているが、土魔法で補強されており、頑丈そうな作りだ。
「……明日、もしもあの子達が二人を認めたとしても、ここにはこういう者達も居ることを忘れないでくれないかい?」
内部を見た俺とニルに、ミルナレさんが直接的な言葉を掛けてくる。
「あの人は色々とまだ悩んでいるみたいだけれど、あたしは息子達の判断を信じるつもりさ。」
「………ああ。まだどうなるかは分からないが、もしアンティとカンティが俺達を認めてくれて、共に戦うことになっても、この光景を忘れないと誓うよ。」
「……助かるよ。」
ミルナレさんは、それだけ言うと、皆の世話をし始める。
「…やり切れないですね。」
巨人族に掛かる負担を減らす、とは約束出来ない。それをニルは言っているのだ。出来ることならばアマゾネスや巨人族のような少数種族には危険の少ない役割を…と思ってしまう。
「……だが、それはどこの種族でも同じ事だ。
どこか一つを立ててしまえば、必ずシワ寄せはどこかの種族に回る。
多少の配慮は進言出来るかもしれないが、それで神聖騎士団に負けてしまっては元も子もない。」
「そう…ですね……」
「被害を減らす為に俺達が出来ることは、同盟に加入してくれる種族を増やすこと。それしかない。」
「…はい。」
首に掛けたネックレスに手をやると、カチャと音がする。
出来る事をする…それが解決に辿り着く唯一の方法だと信じて。
「ご主人様。私たちは休みましょう。」
「そうだな…」
邪魔にならないように壁際に寄って座る。ミルナレの言葉通り、この光景を忘れないように、眠るまでの間ずっと中の光景を見詰め続けた。
ーー・--・--・--・--・--・--
その頃、黒雲山近郊、神聖騎士団陣営、その中でも最も大きな
「
「あら。いつもジェイクと呼んでと言っているでしょう?ブライアン。」
「も、申し訳ございません…ジェイク様。」
紫色の女性用鎧に身を包む愛聖騎士と呼ばれた者が、目の前に跪いている金騎士の頬を軽く触れるように撫で下げていく。言葉に詰まった金騎士に小さな笑いを返し、頬を流れた指先が顎に到達すると、クイッと顔を持ち上げる。
「…良いわぁ…あなたのこの傷…とても…
金騎士は、黒い前髪の下に、美しいブラウンの瞳。その中央を、斜めに横断している大きな傷跡。そんな外見を持った犬の獣人族の男。誰が見ても美形だと言われる程に美しいその顔に、
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