第76話 シャルナ

白い女性に付いて森の奥へ進んでいくと、境界線付近で見ていた木々とは全く違う木々が周辺に現れる。


横に大きな広葉樹に、赤、黄、緑の様々な色と形をした実がなっている。

リンゴやミカン、モモなどの果物の良い香りが漂ってきていて、恐ろしく美味そうな良い香りがする。


他にも、見えるものがある。視覚的な阻害効果もあったのか、境界線の外から見ても何も見えなかったのに、島のド真ん中にそびええ立つほぼ垂直なデカい山が見える。


「ど、どうなっているのでしょうか…?」


「さっぱりだ。大人しく言う事を聞いていて良かった…って事だけは確かだがな。」


「……こちらへ。」


白い女性の案内の元、木々の間を抜けていくと、中央にある大きな山の麓に辿り着く。


断崖絶壁に垂直な割れ目があり、その割れ目から一筋の水がジョボジョボと流れ出していて、それがきよらかな泉を作り出している。


泉の前で止まった白い女性がこちらへ振り返る。


「さて。それではお話をしましょうか。」


「………」


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。ここに入れた時点である程度信用していますからね。言葉遣いも普段通りで構いませんよ。」


「…それはありがたいな。」


「それでは、何から話しましょうか……まずは自己紹介からですかね。

私の名はベルトニレイ。この島にいる皆を守っている者です。

あなた達の名前はフーとクーから聞いています。」


ベルトニレイの周りを旋回せんかいするフーとクー。

ベルトニレイが腕を軽く持ち上げると、森の方へと飛んでいく。


「ここにいる皆…と言ったが、フーとクー以外にも住んでいる者が居るのか?」


「沢山いますよ。今は隠れていますが。」


「…フーとクーは一体何なんだ?あんな生物は見た事が無い。」


「……あの子達は、フェニックス。不死鳥と呼ばれる聖獣の幼体ようたいです。」


「聖獣…?」


ニル達は聞いた事の無い単語に首を傾げている。


「あなたは疑問に思わないのですね…シンヤ。」


「フェニックスについて、聞いた事があってな…」


「それは有り得ません。」


俺の言葉をバッサリと切り捨てるベルトニレイ。


「精霊、聖獣、妖精。それらの情報は数百年前に私が徹底的に消し去りました。今のこの世にそれらに繋がる情報や物は一切無いはずです。」


「それは…」


「……やはり渡人は少し他の人とは違う、という事ですかね。」


「っ?!」


俺はフーとクーにも渡人である事は伝えていない。当然、ベルトニレイもその事は聞いていないはずだ。


「警戒しなくても大丈夫ですよ。私は他者の魔力を見る事が出来ましてね。渡人の魔力は特殊ですから、分かるのですよ。」


「……この島に居て、渡人を見た事があるのか?」


「この島に居ても、世界のことは見えていますからね。」


千里眼的な何かだろうか?ベルトニレイの力ならそれくらい余裕…という事だろうか?嘘を吐く理由も無い。恐らく本当に見えている。


「…この島で皆を守っていると言っていたが、詳しく教えてくれないか?」


「…そうですね。お話しましょう。」


そういって、無表情のままベルトニレイが語ったことは…


この島には、精霊、聖獣、妖精等の人とは少し違った生き物、それらをまとめて、他の種族からは、聖魂せいこんと呼ばれていたらしい。名の由来は、彼女達は基本的に年を取らず、老衰ろうすいで死ぬことが無いかららしい。不老と呼ばれる存在であり、それは魂として生きる事と似ている。というところから来ているという事だ。

聖魂達は、大陸に住んでいる他の種族とは異なった魔法を使うらしい。便宜上べんぎじょう、聖魂魔法とでも呼ぼう。普通の魔法とは異なり、特殊な効果を持った魔法だったり、威力の高い魔法らしい。森の境界線もベルトニレイによる聖魂魔法とのことだ。

この聖魂魔法は、聖魂以外には決して扱うことが出来ないらしい。逆に言えば、その聖魂魔法を使える者達を集めた島。それがこのシャルナ島という事になる。


何故他の種族とは隔絶かくぜつされたこの島に聖魂を集めているのか。それは、その他全ての生き物から守っているのだ。

何故守る必要があるのかはアマゾネス達の例を見れば分かるだろうが…ベルトニレイから聞いた話では…

それははるか昔のこと。まだ精霊達が大陸に住んでいた時の事だ。

聖魂達は、争いを好まず、嘘を吐かず、とても純粋な者達ばかりらしい。それは大陸に居る時から変わらず、その純真じゅんしんな心こそが聖魂である証でもあった。

しかし、聖魂達の特殊な力を争いに利用するために、他の種族同士が争い始め、当然ながら、聖魂達にも多くの犠牲者が出たらしい。

元来がんらい、精霊達は嘘を吐かず、純粋な生き物だったが、他の種族からの非情な行いのせいで酷くその精神を汚された。

するとある時、聖魂の中のある一体が、暴走を始めたらしい。

自身の命を削り切り、全ての物を破壊し、存在が消滅するまで。


それを見たベルトニレイは、このまま他の種族と関われば、聖魂全てにとって悪影響となると確信し、この島に全ての聖魂達を移したらしい。

島全体が完全な不可視となる、という聖魂魔法を施し、島の外周にあの見た目からしてヤバそうなデビルツリーを植え、境界線まで設けた。万全の準備をしたのだ。

因みに、デビルツリーに鑑定魔法を使って、文字化けしてしまったのは、デビルツリーが聖魂魔法によって作られた物だから…だと結論付けた。聖魂魔法は、普通の魔法とは違う力であるため普通の魔法である鑑定魔法では鑑定出来ない対象として認識された。と考えるのが最もしっくりくる。あくまで色々な話を聞いての憶測…だが、ベルトニレイにも明確な理由は分からないらしい。


ベルトニレイは、純粋な聖魂達の事を考え、元々あまり他者の前に姿を現さないようにと指示していたらしく、自分達の痕跡を全て消すことはそれ程難しくは無かったらしい。

それから数百年の時が流れたことによって、他種族の者達は聖魂の事を忘れ、完全に孤立し、存在すら認識されない者達となったのだ。


「とんでもない種族だな…」


「本当にとんでもないのは、そんな純真無垢じゅんしんむくな聖魂達を食い物にしようとした我々他の種族…だと思います。」


「…ニルの言う通りだな。俺達が謝ったところで何も変わらないとは思うが…すまなかった。」


ベルトニレイに頭を下げると、無表情だった顔が僅かにほころんだ気がした。


「シンヤ達の謝罪しゃざいで私達の生活が変わる事はありませんが…嬉しく思います。」


争いや、戦争には、必ずわりを食う人達が居る。それはどんな世界でも同じなのだろう。


「この島と、島に住む聖魂については分かった。それで…聞いていた話からするに、ベルトニレイは聖魂達のまとめ役なのか?」


「そうですね。聖魂の中で最も長く生きていますし、姿形が無いので物理的に殺される事はありませんので。」


「姿形が無い?」


「この姿は、あなた達が認識し易いようにしているだけの事です。」


「適当に作っただけの姿って事か?」


「はい。あなた達の姿に合わせて、作り出しました。」


最初に見た時はただの光にしか見えなかったが、あれが本来の姿なのだろうか。


「長く生きていると言っていたが、どれくらい生きているんだ?」


「どうでしょうか…既に数える事をやめてしまって久しいので。」


「なるほど。数える事を止めるくらいには長く生きているって事か。

ベルトニレイが俺達をまねき入れる事を、気が進まないと言った理由は分かった。だが、それなら何故俺達を招き入れたんだ?

俺達はベルトニレイが言うところの、だろう?」


「そうですね。理由はいくつかありますが、もっとも大きな理由は、フーとクーの事を知ってしまったからです。」


一瞬にして俺達の間に緊張が走る。

その言い方はつまり、知ってはいけないことを知ってしまった者を外に出すわけにはいかないと言っているようなものだ。


「生きて出すつもりは無い……ということか?」


「……どうでしょうか。それはあなた達次第です。

フーとクーの事を知った時点で、私達聖魂の事を外に伝えられてしまう可能性が生まれてしまいました。現時点では、命を奪うか、このシャルナに閉じ込めておこうかと思っています。」


「…………」


戦っても勝てる気がしないが、殺されるとなれば黙って殺されてやるつもりはない。だが、ベルトニレイは、どうなるかは俺達次第とも言った。


「現時点ってことは、変わることもあると取っても構わないのか?」


「はい。フーとクーに気に入られたあなた達には、ある程度の信用は既に置いていますからね。でなければここに招き入れたりはしません。

つまり、あなた達が本当に信頼出来る存在だと確信出来た場合は、その限りではありません。」


「……分かった。何をすればいい?」


「あなた達の事を見せてもらうだけのことです。信用できるかの判断は私がします。」


「その判断を下すまでには、どれくらい掛かるんだ?」


「それもあなた達次第です。」


ベルトニレイが信頼出来ると判断を下すまでこの島に滞在しろという事なのだろう。信用できると判断が下されるまでどれ程掛かるかは分からない。明日かもしれないし、死ぬまで信頼してもらえないかもしれない。だが、今は従っておく以外の選択肢は思いつかない。


「分かった。」


「それでは、判断できるまでは境界線の内側に居てください。食べえる物や飲み物については心配いりません。」


それからベルトニレイの指示に従って、泉の近くにある、山の側面に空けられた洞穴ほらあなに滞在することになった。ここならば雨風もしのげるし、生活するには困らない。


「俺達の事を話したりしなくても良いのか?」


「それは明日にしましょう。私にもやらねばならない事が出来ましたので。」


ベルトニレイの視線が向いた先にはバート。かなり眠そうにしている。


「……そうだな。そうさせてもらうよ。」


「はい。」


ベルトニレイはそのままどこかへと行ってしまう。なんとも掴みどころの無い存在だ。


「ご主人様。」


「……ああ。洞穴の中に準備して今日は寝よう。アロリアさんとバートは先に寝てくれ。焚き火と見張りは俺達でやっておくから。」


「それは…」


「バートのその姿を見て、これ以上起こしておこうとは思えないよ。」


アロリアさんの手を握り、こっくりこっくりと頭を上下させている。器用なものだ。


「あ…ありがとうございます。」


素直に聞いてくれたアロリアさんは、寝床だけ準備して、バートを寝かしつける。

アロリアさんも疲れていたのか直ぐに眠りに落ちた様子だ。


「ご主人様。」


一通り準備を終えた所でニルが紅茶を淹れてくれた。

焚き火の前に座り、湯気と香りが上るカップを手に取ると、横にニルが腰かける。最初の頃を考えると随分と慣れてくれたものだ。


「ベルトニレイの話は理解できたか?」


「全て理解できたかは分かりませんが、概ねは。」


この世界では新種のモンスターが発見されたり、不思議な事が起きたりは日常茶飯事にちじょうさはんじ。自分の知らない存在が世界に居たと言われた時の反応は元いた世界よりずっと寛容かんようだろう。


「俺達の今後の目的は、ベルトニレイの信用を受ける事になるな。」


「信用してもらえたとして、ここから出られるのでしょうか?」


「出られないならば、閉じ込めておくとか、殺すという発想には至らないはずだ。ここに全員を連れて来たのだから、ここから出て大陸に移動する手段もあるはずだ。フーとクーも出られると言っていたしな。」


「信頼してもらえた場合、その手段を教えてもらえるという事ですか。そうなると、問題はどうやって信用してもらうか…それと、期間ですね。」


「そうだな…」


先行さきゆきが不安だが、俺達の事を話したり、色々とやってみるしかないか…


その日から、ベルトニレイや他の聖魂との生活が始まった。


翌日、最初にベルトニレイが起床した俺達の元にやって来た。

昨日言っていたように、俺達の事を知る為に。


フーとクーにほとんど話していたし、それ程話す事は無かったが、俺とニルの旅の理由等を話したりした。

俺達がやっている事は、見方を変えれば大戦争の準備だ。その事で信用を失うかもしれないとは思ったが、黙っているべきではないと判断して話した。


ベルトニレイの反応は思っていたよりも薄く、それを聞いても特に変わらなかった。


一通り説明が終わった後、昨日は聞けなかった事をベルトニレイに聞いた。


この境界線の内側は、本来ベルトニレイの魔法によって視覚的にも妨害されているはず。それなのに何故フーとクーが見えたのか、もう一つはフーとクーの声が、何故俺にだけ聞こえたのか。


これについては、一つの答えで事足りた。


「それは、シンヤが渡人であるからです。」


ベルトニレイが言うには、この世界では聖魂魔法に適正があるのは、聖魂だけであるが、唯一そのことわりから外れる者達が居る。

それが、、要するに俺の事だ。


境界線を築いている魔法は、聖魂魔法であり、聖魂魔法に対する適正がある者には少し効果が薄いという事らしい。

聖魂魔法に適正のある俺は、少し離れた所からでもフーとクーの事を認識出来て、声も聞こえたとの事らしい。

効果が薄いとはいえ、強制的に森の外へ向かって歩かされる効果は普通にあつた。あれだけの効果があれば、十分過ぎるだろう。


「そうなると、俺も聖魂魔法が使えるのか?」


「それは無理です。適正はありますが、それは聖魂魔法を使えるという事にはならないのです。」


「適性があるだけで、使用は不可という事か。知らないうちに聖魂魔法を使われているなんて事にはならないと分かっただけでありがたいな。」


「私はそんな事はしませんよ。」


「気を悪くさせたのなら謝るよ。大陸の連中はそういう奴らばかりで、慎重にならなければ死んでしまうからな。」


「…………」


「話は変わるが、昨日やることが出来たと言っていたが、何をしていたんだ?」


「外の三人をこちらへ近付けさせないように聖魂魔法を掛け直しました。シンヤだけでなく、そちらの三人まで境界線の向こうからフーとクーの姿を見て、話も出来たとなると、魔法自体が弱まっていたという事ですからね。」


「なるほど…」


「特に一人はこの領域に絶対に気付かせるわけにはいかない者に見えましたので、早急に行いました。」


ナイサールのことだろうな…


「他にも聞きたいことがあれば、都度つど聞いてください。私はいつも泉の周辺にいますので。」


「分かった。」


ベルトニレイはそういって泉の方へと歩いていく。


「食事の心配は無くなりましたが…私達はここから出られるのでしょうか…?」


アロリアさんがバートの頭を撫でながら心配そうに聞いてくる。大丈夫だと言ってやりたいが…その言葉は出てこなかった。


その日から、聖魂達との生活が始まった。


最初はフーとクーが飛んできて、よく話をするようになり、皆とより仲良くなった。特に、朝一で行う訓練が気になるのか、始まる前に近くの木の枝に来ては俺達の訓練を見ている。


次に姿を見せてくれたのは、全身が水で出来た生き物だった。スライムとは違い核も無いし、形も完全な自由自在。分裂しても関係無いし、霧状にもなれる。

基本的にはバートと同年代くらいの人型になっている事が多いが、体を構成している水は常に流動している為、本当に輪郭だけといった感じだ。

それに、発声器官も無いらしく、基本的にはジェスチャーで意思疎通を取っている。


フーとクーに聞いたその子の名前はプーレイ。

水精すいせいと呼ばれる精霊の一種で、性格は悪戯いたずら好きでお茶目。あまり人見知りはしないタイプだ。

洞穴に来て二日目にはフーとクーと共に現れた。

プーレイのお気に入りはバートらしく、よく悪戯を仕掛けてはバートと追いかけっこをしている。バートは真剣に追いかけているみたいだが、一度も捕まえられたところを見たことが無い。


四日目に現れたのは、妖精達。

個体ごとの名前は存在しないらしく、妖精というくくりで呼ばれているらしい。聖魂達の中で最も数が多い者達で、俺の親指程度の大きさで、姿は人型。その背に透明なトンボを思わせる羽が四枚生えている。

葉っぱを服に改造して着ていて、ニルは可愛いとご執心しゅうしんだ。

妖精達は喋ることが出来る…というか喋りすぎて五月蠅うるさい。噂好きで、とにかく喋る奴らだ。ただ、食事を持ってきてくれたり、色々と島の事や領域内の事を話してくれて助かっている部分も大きい連中だった。


こうして俺達は、次々と興味を持って近付いてくれた聖魂達と仲良くなり、一ヶ月もするとシャルナの住人と化していた。

と言っても、ここまで早く溶け込めたのは、他の三人の力がほとんどだった。


ニルは持ち前の優しさで、バートは子供ゆえの無邪気むじゃきさで、アロリアさんは一児の母という慈愛じあいで次々と聖魂達を籠絡ろうらくしていった。

籠絡と言うと聞こえは悪いが、俺にはそう見えた。

次々と籠絡されていった聖魂達は、洞穴付近に住み着く様になり、随分とにぎやかな場所になった。


そんなある日のこと。久しぶりにベルトニレイが洞穴を訪れた。


「………」


「あれ?ベルトニレイ?どうしたんだ?」


洞穴でいつもの様に聖魂達と戯れていた俺達を、ジーッと外に立って見ているベルトニレイ。何か悪い事をしてしまったのかと思ってしまう。


「…まさかここまで早く皆と打ち解けるとは思っていませんでした。正直、驚嘆きょうたんしています。」


俺達の周りには洞穴からはみ出る程に聖魂達が集まっている。


「他者との接触を嫌う子達まで居るではありませんか…」


「そうなのか?」


「……これは認めざるを得ませんね。」


「本当かっ?!」


「聖魂の者達がこれ程までに懐くということは、それだけあなた達の心が綺麗だという証です。この子達は純粋であるが故に、本当に心の綺麗な者達にしか懐きません。」


「そうだったのか…ということは、俺達の事を信用してくれるのか?」


「そうですね………っ?!」


いつも無表情なベルトニレイの顔が険しくなり、島の外を見詰めている。


「どうした?」


「この島に向かってくる一団がいます。」


「なに?!この島は簡単には見付けられないんじゃなかったのか?!」


「ですが、来ている事は間違いありません…」

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