第17話 専属契約
「ブルータルウルフの毛皮の断面。あれは剣で切られた傷だ。鋭く滑らか。あの素早いモンスター相手に、その辺の奴が付けられる傷じゃない。
チャムの持ってきた素材にも同じ様な断面があった。その後に入ってきたのは見たことも無いフードを被った男。
その辺を繋ぎ合わせて考えればお前の腕がどれくらいのものかは大体分かる。」
フードを取られ、顔を近付けられる。
近い近い!
「ぬかったな?」
「……はぁ…だから女性は苦手なんだ。」
フードを戻して一歩下がる。距離感おかしいぞこの女!やはり痴女なのか?!
「くっはははは!そう言うな!
それと、これがブルータルウルフの素材の買取料金だ。二十万ダイスある。」
「にじゅっ?!」
さすがに多過ぎる。
「解体の腕も超一流とは恐れ入るな。あたしが見てもプロ並の解体技術だ。見本にしてギルドに飾っておこうかと迷った程だ。」
「恥ずかしすぎるからやめてくれ……話が終わったなら戻るぞ。チャムの三人を待たせてるんだ。」
「あ!ちょっと待て!」
背中を向けた俺に慌てて声を掛けるイーサ。
「まだ何かあるのか?」
「もう一つ伝えなきゃならない事があるんだが…チャムの奴らが居るならちょうど良い、あいつらに案内してもらって商業ギルドに顔を出してこい。」
「商業ギルドに?」
「プカからの願いでもある。」
「プカさんの?どういう事だ?」
「行けばわかる。」
「……?分かった。行ってみるよ。」
部屋を出てカウンターの方へと戻ると、受付嬢達が一斉にこちらを向く。
「い、生きてるよ…」
「傷一つ無いわね…」
ヒソヒソ声が聞こえてくる。どうやらイーサの奴はこのノリで訓練場に何人か連れ込んだ事があるらしい。
なんて女だ…あの痴女め…
「おい!大丈夫か?!」
「無事で良かったにゃー!」
「だす。」
「殴られなかったのか?」
「イーサとは少し喋っただけだ。」
「イーサ…?」
「あ、いや。ギルドマスター。それより、街を案内してくれないか?」
「おう!俺達に任せとけ!ってその前に…」
ディニズが俺の肩に腕を回して声を落とす。
「解体が凄くて、いつもより全然報酬多かったんだが…」
「今回は上手く解体出来たからな。ラッキーだったな。」
ふふふ。ボロは出さないぜ。
「……まあ、それで良いか……それで、まずは宿か?」
「いや、その前に一つ寄りたい所がある。商業ギルドに顔を出したいんだが、案内してもらえるか?」
「商業ギルドに?」
「ギルドマスターに顔を出してこいって言われてな。」
「分かった。道すがら街の説明をしながら買い食いでもして行こう。シンヤもまだ食えるだろ?」
「当然!」
「よっしゃ!行くぞ!」
ディニズが俺の肩に腕を回して嬉しそうに笑う。
その後、俺達は冒険者ギルドを出て大通りを歩く。
「まずはこの街について説明するぞ。」
「頼む。」
「この街は見てわかる通り、俺達のような獣人族の多い街だ。
東西と南北に二つの大きな通りが通っていて、主要な施設は大体この大通り沿いに全て置かれている。
俺達が入ってきた門が北門。別名、平民門と呼ばれている。」
「平民門?」
「街の北側に平民の家が多くて、平民の出入りが最も多い門だからにゃ。」
「なるほど。」
こういう
「次に貴族の邸宅が多く、貴族の出入りが最も多いのが東門。ここは貴族門とも呼ばれている。東門から出た先にはデルス台地が広がっていて、元々モンスターが少ない。ここ三、四年は更にモンスターが減ったらしくてな。より貴族の別宅が多くなって、貴族以外には用のない門だな。」
「行きたくねぇ…」
「逆に西門は奴隷門と呼ばれているにゃ。」
「……」
もう想像出来てしまう。
「奴隷門は、最も奴隷達の出入りが激しくて、この辺りは貧困層の集まる場所になっている。」
「治安が悪いって事だな。」
「ここも用が無い限りはあまり寄らない方が良いぞ。」
「そうするよ。」
「最後が南門だす。」
「商業門と呼ばれている門で、商人達が多く住む場所だ。店やなんかはここが最も多い。一番賑わう場所だな。」
「南門に向かっていけば、大抵の物は手に入るにゃ。」
「商業ギルドも南側にあるだす。」
「なるほどねぇ。」
「街の説明はこの辺かな。次にこの街の情勢についてだ。
大まかに説明すると、まずは貴族。貴族の連中は基本的には冒険者や貧困層には関わらない。逆もまた
「逆に商人達は貴族の連中と太い繋がりを持っている奴らも多いにゃ。」
「商人は売れる所に売るからな。商人と揉めると貴族が出てきたりするから気をつけろよ。」
「分かった。
奴隷ってのはどんな扱いを受けてんだ?」
「奴隷は基本的には労働力だな。人権も身分証も持てない連中だ。中には酷い扱いをする奴もいるが、ほとんどは労働力として働かせて生きられるだけの飯を与える。
奴隷には、奴隷紋と呼ばれる
「救済措置は無いのか?」
「あるにはある。身請けした者が奴隷ではなく人として扱ってくれた場合だ。
だが、そんな事はまず有り得ない。そんな事をしていたら周りから白い目で見られるからな。」
「そうか…」
奴隷というシステムに馴染めていないからか、少し嫌な気分になってしまう。
「次は商人。商人には、貴族を相手にする貴族派と、平民、つまり俺達のような冒険者ともよく取引をする平民派がある。」
「ドルトーさんは平民派になるのか?」
「その通りだ。見た目に豪勢な奴らは大体貴族派だ。見れば分かる。」
「つまり、そういう奴らには関わらない方が良いって事だな。」
「そうなるな。その辺の事はこの街だけじゃなくて世界的に見ても同じ様なものだから覚えておいた方が良いぞ。渡人さん。」
「脳に刻み込んどくよ。」
こういう事は知らないと馬鹿にされて情報収集の際に軽く見られてしまう。素材をいくらか渡して教えて貰えるなら安いものだ。
「他に聞きたいことは?」
「今のところは無いな。」
「そんじゃ買い食いだな!」
「待ちかねたにゃー!」
大通りを走り回るイシテリア。呆れた顔で見ているディニズ。どうやらいつもの事らしい。
大通りを南へと向かいながら買い食いを楽しんでいると、冒険者ギルドとは逆に色々な張り紙がしてある大きな建物が見えてくる。
「あれが商業ギルドにゃ!」
近付いていくと商業ギルドから多くの商人達が出入りしているのが見える。
「中には売店もあるから簡単な物ならここだけで揃うにゃ。」
「へぇ。知らなかったな。」
「私達はこの辺で待ってるにゃ。」
「分かった。ちゃっちゃと用事を済ませてくるよ。」
三人と一時離れて商業ギルドへと入る。
「お邪魔しまーす……」
木の扉を開いて顔を覗かせると、中には商人らしき人達が沢山。作りは冒険者ギルドに似ているが、荷物が多い人が多く、ロビーはかなり広く作られている。
「シンヤさん?」
「ドルトーさん?」
顔を出した俺に声を掛けて来たのは門前で別れたドルトーさんだった。街で商人をやる為には商業ギルドへの登録は不可欠。ドルトーさんが居るのは当たり前だ。
「こんな所へどうされましたか?」
「ちょっと用事がありましてね。ドルトーさんは報告ですか?」
「はい。報告までが仕事ですからね。私はそろそろ出ますけれど…話をするなら一番奥の受付に行くと良いですよ。」
「え?」
「それでは私はこれで。」
「あ、はい。それではまた。」
一度お辞儀をして出ていくドルトーさん。
「なんだったんだ?一番奥に行けとか行ってたな。一番奥…一番奥………っ?!」
一番奥に立っている女性は、
胸はあまり大きく無く、細い眼鏡の下には髪と同じ色の瞳を持ったキツい目。美人だが、その分どこか近寄り難い印象を与えてしまうタイプの女性だ。
そして、そう思うのは俺だけでは無いらしく、その人の周りには変に人が居ない。
「なんだろう…今日こんなのばっかりだな…
でも、ドルトーさんの事だから勧めた理由があるだろうし、素直に従っておいた方が良いよな…」
恐る恐る一番奥のカウンターへと向かう。
「あの……」
「…………」
「あのー……」
無視っ?!泣くよっ?!
「あの。すみません。」
「っ!私ですか?」
僅かに眉を上げて俺に目を移した女性は、自分を指差して言う。最奥にわざわざ来ているのだから彼女以外に人は居ない。
なんだろう。俺知らないうちに何か悪い事したのかな……帰ろうかな…
「申し訳ございません。カウンターに立っていて話し掛けられのはこれが初めてでして。」
凛とした声だが、イーサとはまた違うタイプの声だ。イーサの方が
というか、受付に居て話し掛けられた事がないとは…なかなか凄いな…新人さんなのだろうか?
「どのようなご要件でしょうか?」
「あー…冒険者ギルドのマスターにここへ行けと言われてきたのだが…」
登録証を見せながら答えると、また少しだけ眉を上げて俺の登録証を手に取る。
「……少々お待ち下さい。」
「あ、はい。」
なんか待たされてばかりでもあるな…
奥に入っていく女性。俺の事を見ている受付嬢達と商人達。目立ちたくないのに何故こんなに目立っているのだ…?
「お待たせしました。こちらへどうぞ。」
またしても別室コース。今日はそういう日なのか?どういう日だよ。
「はい。」
イーサとはまた別の怖さがあるが…女性の後ろに付いて行く。
ガチャン…
「お座り下さい。」
勧められたソファーに座ると、対面して女性が座る。
「ん?」
「申し遅れました。私、商業ギルドの副ギルドマスターを努めさせて頂いています。ヒュリナと申します。」
「副マスター?!」
「はい。」
新人さんとか思ってたが、凄い人だった…
しかし、副マスターならばそれなりに長くここに居るはず。それなのに、カウンターに立ち、声を掛けられない……色々とまずいのでは…?
「仰りたい事は分かっております…副マスターでありながら、無愛想で近寄り難い。ですよね。自覚しております。」
「え?!いやー……」
顔に出したつもりは無かったのだが…
「本当の事なので、気を使って頂かなくても結構ですよ。」
「そそそれより!イーサがここに行けと言った理由は…?」
「そうでしたね。それではその話を早速致しましょうか。」
「お願いします。」
「カイドー様には、ある技術に関する権利が与えられております。その説明をしてほしいという、イーサ様からの依頼でございます。」
「技術の権利?」
「順を追って説明いたします。
まず、数日前に、ポポルの町の商業ギルドにて、ホーンラビットの角が薬効を高めるという効果があり、このホーンラビットの角を用いた薬剤の作成における権利の申請がありました。」
「え?!」
「当然この発見は素晴らしいものであり、その事実を発見したカイドー様に権利が与えられる事になりました。登録証明の情報を身分証に追加する旨が通達されたのですが、その時既にポポルを発っていた為、カイドー様の目的地である、このデルスマークの商業ギルドにて情報を追加するようにと連絡が来ました。」
「……」
俺はポポルの街で商業ギルドに足を運んだ記憶は無いし、申請についても初耳だ。話の内容的に、
イーサの話ではプカさんの願いだと言っていた。つまり、俺が薬効を高める話をした後、俺に黙ってプカさんが商業ギルドに申請したのだろう。恐らくシルビーさんも。
「あの二人は……」
「先ほどお借りしました登録証へ、情報を追加しておきました。」
「良かった。ありがとう。」
「…………」
「??」
何か言いたそうにしているヒュリナさん。
「なにか?」
「……あの…」
「はい?」
「その権利がどれほどの物かは、よくわかっているつもりです。その上で……私達商業ギルドと専属契約を結んでは頂けないでしょうか。」
「……えっと。素人質問で申し訳ありませんが、専属契約というのは…?」
「っ!!これは失礼いたしました!」
ヒュリナさんの顔が一気に青ざめる。俺も社畜だったから分かるが、自分達の専門分野での話を客とする時。知っていて当然の様に使った言葉を、客が知らないと、人によっては馬鹿にされたと感じ機嫌を損ねてしまう可能性がある。
専属契約というシステムについて、なんとなく想像出来るが、プカさんとシルビーさんからのプレゼントだ。よく分からないのに、はいどうぞとは言えない。
「御説明させていただきます。
専属契約というのは、カイドー様がお持ちになっている権利を、我々商業ギルドにのみ使う事を許し、その代わりに、我々商業ギルドは、カイドー様に売り上げの一部と、色々な支援を約束するというものです。」
「権利は俺から離れないのか?」
「勿論でございます。」
「いくつか質問しても良いかな?」
「なんなりと。」
「売り上げの一部というのは実際にはどの程度なんだ?」
「契約を結ぶ際に、話し合って決められる事が多いですが、一般的には売り上げの五パーセント程度ですね。」
「なるほど。」
デルスマークに来るまでに、ドルトーさんに色々と聞いた。その中に似たような話があったが、報酬はそれぐらいだったな。
「もう一つ、商業ギルドからの支援ってのは具体的には何があるんだ?」
「商業ギルド、または商業ギルドに連なる店舗での割引、素材調達や施設の無料貸し出し等が支援に当たります。他にもありますが、我々に関する事であれば融通出来ると思って下さって結構です。」
「随分と太っ腹だな。」
「…ハッキリ言いまして、カイドー様の持つ権利は、それだけしても惜しいとは思わない程の物ですから。」
「そんな事を俺に伝えて良いのか?他の奴の所に行っちゃうかもしれないだろ?」
「そうですね…何故かは分かりませんが…カイドー様には損をしたとしても、正直にお話した方が良いと思いましたので。」
「…さすがは副マスターだな。」
「え?」
「そこまでされて無下には出来ないって事だ。」
「では?!」
初めてヒュリナさんの表情に僅かな変化が現れる。
「専属契約を結んでも良い。」
「本当ですか?!」
本日初めてのヒュリナスマイル。ちょっと眩しくて直視出来ないが…
「それでは報酬の話に移りましょう!」
「報酬かぁ…」
「??」
「ヒュリナさんが決めてくれて良いよ。」
「はぇ?!」
驚き過ぎて口をぱっくり開けている。
「変な声出たな。」
「そ、それは出ますよ!カイドー様にとって一番大切な部分ですよ?!」
「んー…分かってるけど…」
インベントリには大抵の事では困らない額のお金が入っているし、売ればかなりの額になる素材もかなり入っている。はっきり言ってお金には困っていない。
「やっぱりヒュリナさんが決めて。ただ、一つ要望があるんだけど。」
「要望ですか?」
「この権利で作られた薬効の高い薬は、なるべく安く売って欲しい。」
「高くではなくて安くですか?」
「傷薬を始めとして、多くの薬は冒険者がよく使うと思う。そんな一番必要な人達の手に届かない値段に設定するのは…」
「そう言う事ですか…分かりました。普通の傷薬と同等というのは難しいですが、手の届かない程の高値にならないように約束します。」
「儲けが少なくなる頼みなのに。ここで簡単に決めて良いのか?」
「マスターからはこの商談を一任されておりますから。その後の市場での物流についても、私共の方でしっかりと調節していきます。」
「ヒュリナさんは思った通り優秀なんだね。」
「ありがとうございます。」
「それを約束してくれるなら報酬はヒュリナさんに任せるよ。」
「…分かりました。それでは、売り上げの一割にしましょう。」
「……あれ?一般的には五パーセントだったよね?」
「はい。」
「…増えてるよね?」
「そうですね。」
「…なんで?」
「…何故でしょうか?」
「まさかの疑問形?!」
俺、遊ばれてる…?
「無欲過ぎて心配…だからでしょうか。」
「無欲というわけではないんだが…」
「少なくともお金にあまり興味が無さそうですが?」
「否定はしない。」
「私が受け持った以上、カイドー様にも損をさせる取引はしたくありませんので。」
「商人に向いているのか、向いていないのか分からない人だなぁ…分かった。ヒュリナさんに任せると言った以上、どんな報酬内容でも従うよ。」
「ありがとうございます。
これは私からのお願いなのですが…」
「??」
「もし次に何か発見や発明があれば、また私にお願いしますね。」
「……ははは。ヒュリナさんは間違いなく商人に向いているな。ここまでして貰って断れそうには無いよ。」
「ふふふ。ありがとうございます。」
「…ヒュリナさん。そうやって笑っていれば、カウンターに立っていても皆寄ってきてくれると思うけどな…」
「えっ?」
思わぬ話題の転換に頭が付いていけていないらしい。
「無愛想は承知してるとか言ってたけど、何も無いのに笑ったり話したりするのが苦手というだけの事だよね?」
「そ、そうなのでしょうか…?」
「綺麗な顔立ちだし、髪型でも変えてみたら?皆気になって話し掛けてくれると思うよ。」
「髪型…ですか?」
自分の髪を触るヒュリナさん。
「頭の上で髪を縛ってみたりしたら良いかもね。」
「……そうですかね?」
真剣な顔で悩んでいるヒュリナさん。無愛想というより真面目過ぎるだけなのだろうと思う。
「契約は今から何かするのか?」
「あ、いえ。準備がありますので、明日以降また来て頂けると…」
「分かった。それなら明日朝一で来るよ。」
「承知致しました。それではカイドー様。明日お待ちしております。」
「シンヤで良いよ。仲の良い人はそう呼ぶから。」
「分かりました。シンヤ様。」
部屋から出てロビーに向かう途中。
「もう良いです!他を当たらせて頂きます!」
激しい女性の叫び声と共に真横の扉が開き、勢い良く飛び出して来た人影が俺に当たる。
「あ!ごめんなさい!」
咄嗟に謝った女性は、ウェーブの掛かった長い白髪、白い肌に薄い唇と青色の瞳。白く尖った耳と尻尾。白猫の獣人だろう。大きめの胸が目立つ青色のヒラヒラドレスを着ている、いかにも貴族と言った装いだった。
「いえ。大丈夫です。」
貴族と関わるのは嫌だったので、一言だけ掛けてロビーに向かう。
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