第五十五話 大団円?

「いやー、王都に戻ってみたら全部解決してるとは! キリハ様が転生してくれて良かった! 本当に良かった! 本当に感謝感激飴あられですよ! あ、飴ちゃん食べます? グランディア領に自生してたサトウダイコンから作ったんですよ? いま農業生産する計画も進行中です!」

「お前はいったい何処へ向かっているんだ?」


 キリハに少し遅れてグランディア領から王都へ到着したジェラルドは、到着したらすでに戦闘パートが終わっていると知って狂喜乱舞した。

 ひとしきり「さすがキリハ様、さすキリ!」と褒め称えると、すべての悩みから解き放たれた仏陀のような微笑みを浮かべはじめた。


「これでこの国も安泰です。魔王ヴァナルアーダが籠絡される可能性は薄いと分かっていましたが、あの邪悪なユリアナの存在が彼の人間嫌いを加速させる要因でしたからね。彼の心も解きほぐしてくれて、これで今後二百年は大陸も安泰です」

「ほんとにそうかねぇ」


 飴ちゃんを舐めながら、キリハは浮かれているジェラルドに冷や水を浴びせる。


「あたしは、まだ一波乱ありそうな気がするんだけどね」

「問題の有りそうな貴族は軒並み力を失って、王国も魔族との関係改善に舵を切って、一週間後には調印祝賀会のパーティも行われるんですよ? 何か不安材料でもあるんですか?」

「勘だよ、勘。上手く行ってるときほど、何処かで誰かが悪巧みをしてるもんさ。鉄火場に生きてきた極道の勘ってやつさ」

「……そこで女の勘って言えないキリハ様に、普通の女の子なんて不可能なのでは?」

「ほっとけ。まぁ、不安材料もあるっちゃある。あのクソ女の行方が分かんないって不安がな」

「戦場で死んだのでは? どれほど男の籠絡が得意だろうと、純粋な暴力の前には無力な女性にすぎないでしょう?」

「無力かも知れないが、毒を持ってる」


 キリハはガリッ、と飴を砕いた。

 本当ならあの戦場にはもっと早く到着して、こっそりユリアナを始末する気だった。のこのこ戦場に出てくるなんて、殺してくれと言ってるようなものだ。期待に応えてやろうと思ったのだが……予想以上に状況が進んでいたので、無理やり割り込まざるを得なかった。

 世の中、なかなか思う通りには運ばないものだ。


「ま、準備だけはしとかないとね。あの女が姿を消して、ようやくこっちが先手を取れる状況になったんだ。これまでの鬱憤を晴らす絶好の機会だ」

「……楽しそうですね?」

「あたしはこう見えて、守るより攻めるのが好きなんだ」

「…………」


 見た目のまんまじゃないですか、とはジェラルドも言わなかった。流石にそれくらいを黙っとくくらいの分別は付いてきた。


「じゃあ、やるか。お前はこういうのを……なんて言ってたっけ?」

「ざまぁ、ですか?」

「そう、それそれ。じゃあ『ざまぁ作戦』の始まりといくか」


 キリハはわくわく顔になって、ジェラルドにあれこれを指示を出す。

 彼女の出したあれやこれやを聞くにつれ、ジェラルドの顔が盛大に引き攣っていく。


「……そこまでやりますか?」

「生意気な糞ガキを権力と暴力で叩きのめすのは最高の娯楽だろ?」


 ヤクザそのものな発言をしてニヤニヤ笑うキリハを見て、ジェラルドは寒気と怖気にぶるっと身体を震わした。


 ※    ※    ※


「…………ありえない」


 目が冷めたユリアナは、現在の状況を知って呆然と呟いた。

 すでに魔族との戦は決着が付いており、それどころか講和と関係改善にまで話が進んでいる。おまけに一週間後には魔王をはじめとする魔族の要人を招いた祝賀パーティが王城で行われるという。

 そしてそれを強力に推進したのは、悪役令嬢であるはずのキリハレーネだった……。


「ありえない……ありえないわよこんなの! 認められるわけがないわ!!」


 ユリアナは髪をかき乱して叫んだ。

 自分はヒロインだ。自分はこの世界の主人公のはずだ。すべては自分の思い通りになるはずだ。

 こんなのはおかしい。自分の思い通りにならない世界なんておかしい。


「いかがいたしましょう、聖女様……」


 大司教が怯えた顔をしている。

 気絶した自分を助けてくれた命の恩人ともいえる彼に対し、ユリアナは容赦なく彼を蹴り倒し、その頬を思い切り踏み躙った。


「わひぃぃいいいいいいっっ!??」

「いかがする? いかがするもなにもないでしょうが! こんなの認められるわけがないでしょうが!!」

「わぶっ!? わびっ!? わぎゃひぃんっ!??」

「あんたの手駒を集めなさい。生き残った貴族の連中もね。それと……わたしを守れもしなかった役立たずのバカ王子はまだ生きているんでしょうね?」

「わっ、わおん……い、生きています……ただ右腕を失っており、精神も不安定で……」

「生きていればいいわ。あれをひとまず神輿にするわよ」

「み、神輿……?」

「次の王様が必要でしょう? 腕がなくなろうが脚がなくなろうが、椅子に座らせられるなら何だっていいわ」

「そ、それはつまりクーデターを……」

「クーデター? 馬鹿言わないでよ。間違いを正すだけじゃない」

「…………」

「そうよ……私の思い通りにならないなんて間違ってるのよ……」


 間違っているのは私じゃない。この世界が間違っているのだ。

 間違いは修正しなければならない。


「私の思い通りにならないなんて、絶対におかしいのよ……」


 ユリアナは笑う。被るべき猫も仮面も無くなった彼女の笑みは、どこまでも薄っぺらいものだった。


 ※   ※   ※


 魔族との講和と関係改善を祝うパーティは、予定通り行われることになった。

 客人の為に用意された王家所有の屋敷で、魔王ヴァナルアーダは腹心の双子に何度も自分の姿を確認していた。


「エーラ。どこか余の格好におかしいところはあるか?」

「……いいえ。いつものように完璧でございます、陛下」

「エーメ、お前はどう思う?」

「……トッテモ、カッコイイト、オモイマス、ヘイカ」

「そうか……エーラ。やはりどこか余の格好に……」


 こんな感じだ。

 ヴァナルアーダに対する忠誠においては右に出るものは居ないと豪語するクルルエーラとクルルエーメだが、終わりのないループに付き合うのもそろそろ限界だった。

 不安げにしつこく確認する魔王陛下をやんわりと忠告した。


「陛下、あまりしつこい殿方は嫌われてしまいますよ?」

「む……そうか。しかしだな……」

「あまりしつこいと、リディリィアーネ様にも笑われてしまいますよ?」

「……分かった」


 ヴァナルアーダは納得いかない顔で口を閉ざした。

 まるで初デートを前にそわそわする子供みたいな魔王様の姿に、わたしは陛下の母親じゃないんだけどなぁ……と、クルルエーラは遠い目になった。

 まぁ、しょうがあるまい。事実、魔王陛下にとっては初めてのデートなのだ。

 もうじき、キリハレーネ・グランディア女公爵がこの屋敷を訪れることになっている。その後、ヴァナルアーダが彼女のペアとして、王城のパーティに赴く予定である。

 ヴァナルアーダがそわそわするのは、クルルエーラとしても理解できる。エーラも、キリハの強さには憧憬を禁じ得ない。あんなに美しく強い女性は魔族にもいない。あれほど強い女性に『惚れた』と告げられて舞い上がらない魔族の男がいるだろうか? いや、いないと断言できる。

 とはいえ、理解と納得は別物だ。

 早々に考えるのをやめた妹と違い、生真面目なクルルエーラは正直に対応せざるを得ないのだから、いい加減にして欲しいと思ってもバチは当たらない。


「……そういえばリディリィアーネは、やはり到着しないのか?」

「はい。騎獣で踏破するのはともかく、馬車では北方の道は厳しいかと」

「そうか……街道のことも、これから王国と話をせねばならんな」

「御意」


 パーティには、魔王の妹であるリディリィアーネも招待されている。だが、魔禍病の特効薬が流通するようになっても、寝たきりが続いた王妹殿下だ。移動には馬車を使わざるを得ず、今日のパーティに間に合うかはギリギリのところだった。

 そしてどうやら悪い予想ばかりがよく当たるようで、彼女の馬車はやはり間に合いそうになかった。


「アーネは本来活発な性格だ。キリハ殿とも話が合うと思ったのだが……後日会ってもらえるように頼んでおかなくてはな」

「それがよろしゅうございます」


 魔王の血筋だけあって、リディリィアーネも本来は魔物との戦闘に自ら飛び込んでゆく一流の戦士だ。魔禍病が癒えれば、きっと生来の闊達さを取り戻すだろう。


「陛下、キリハレーネ様がいらっしゃいました」

「う、うむ。お通ししてくれ」


 待ち人の到来が告げられ、ヴァナルアーダが居住まいを正す。

 ややして入ってきたキリハに、魔王一同は目を見張った。


「こんばんは、アーダの大将」


 異国風の装いも驚きだが、やはりその存在感は圧倒的だった。

 美しく飾られた強者の風格に、魔族たちは武者震いとともに感動する。


「うむ……キリハ殿、今夜はよろしく頼む」

「こっちこそよろしく頼むよ、大将」


 笑い掛けてくるキリハに、魔王様は「はうっ!?」と胸を抑えた。

 致命傷だったらしい。


「? どうした、大将?」

「い、いや、なんでもない……では参ろうか、キリハ殿」


 ぷるぷる震える身体に活を入れ、ヴァナルアーダは精一杯に胸を張ってキリハとともに屋敷を出発した。

 主を載せた馬車が屋敷を出ていくと、クルルエーラは「ぷっ」と我慢していた笑いを吹き出した。


「まさか、あの陛下があんな風にいっぱいいっぱいになる姿を見るなんて……世の中何が起こるかわからないものだわ。そう思うでしょう、エーメ?」

「……トッテモ、カッコイイト、オモイマス、ヘイカ」

「……エーメ。もう陛下は出発したわよ?」

「………………はっ!? 自分は今まで何を!?」

「ようやく戻ってきたわね……陛下はすでにパーティへ出発したわよ?」

「あ、そうか? もうキリハ様も来られたのか?」

「ええ。陛下がガチガチに緊張しながらエスコートしていったわ」

「あの陛下がねぇ……でもキリハ様の『惚れた』って、あれは陛下に惚れたってより、陛下の心意気に惚れた、って意味だろ?」

「そんなことは陛下だって分かっているわ。だからこそ、男としての陛下をアピールしなきゃいけないじゃない」

「男としての陛下ねぇ……言っちゃなんだが、陛下は戦士としても将としても優秀だが、男として優秀かっていわれると……」

「いいじゃない。シスコンと言われていた陛下がようやくリディリィアーネ殿下以外の女性に興味を持ったんですから、臣下として喜ぶべきよ」


 魔王様、まさかのシスコン。カッコイイのに女の気配がないのも当然であった。

 デートの最中に妹の電話を優先するような男は誰だって勘弁であろう。


「大丈夫かなぁ、陛下……」

「心配ですね……」


 この手の問題には、てんで信頼感のない魔王陛下であった。

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