第五十四話 ヤクザ女公爵の得意技
「……もう一度言ってくれないか?」
「何度でも言いましょう、国王陛下。此処で手打ちにしないなら、あたしは魔族に味方する」
王城の謁見の間。
玉座に座るパトリック王に、キリハは胸を張って告げた。
キリハは魔王ヴァナルアーダを一騎打ちで打ち負かし、魔族たちをその場で待機させると、ヒエンに跨って王都へ向かった。細々とした挨拶を済ませて登城すると、キリハはニコニコ顔で迎えられた。
キリハの活躍はすでに物見や斥候から伝わっていたのだろう。王都を救った竜を従える英雄に、城の者たちはとても丁寧に対応した。
すぐに国王との謁見も整えられて対面したのだが……キリハが言い放ったのは、誰もが耳を疑うような内容だった。
「そもそも魔族たちが立ち上がったのは、王国側が約定を破ったのが原因。飢えれば襲う、窮すれば抗う、それは当然のことだ。王国は魔族を飢えさせず窮させない義務と責任がある」
「…………」
「無論、兵を挙げた魔族の側にも責任はある。いま王国から正式な謝罪をされれば、魔族は兵を引くと言っている。それだけでなく、無償で王国内の魔物の討伐に協力するとも言っている」
謁見の間がざわついた。同席している少なくない貴族たちだ。
魔物の討伐はどれほど戦力があっても困ることはない。領地によっては、地形的に私兵団や傭兵を使うより、手練の狩人を少人数で動かした方が良い土地もある。
自分たちの戦力が目減りしないで済むなら、貴族たちにとっても十分に見返りがある。
「その場合は、冒険者ギルドが魔族の身元を引き受けると名乗り出てくれている。素材の売却取り分は依頼した貴族、冒険者ギルド、討伐した魔族で三等分だな」
「……王国への見返りがないが?」
「そこはあたしが請け負うよ。魔族の一部をあたしの領地に招く予定だ。そこで魔禍病の薬の素材を育てさせればいい。国が供給する負担が減るだろう?」
「魔族を移住させる、と?」
「あたしの領地には潰れちまった村がいくつもあるからね。土地が有り余ってるから問題ないよ」
「…………」
「まさか、首輪がなくなるから認められない、なんてことは言わないよな、慈悲深いパトリック陛下? せっかく魔王陛下も喧嘩両成敗で納得してるっていうのに」
「……女公爵。いかに王都を救った英雄といえど、いささか不敬ではないか?」
「おっと、こりゃ失敬」
まったく悪びれていないキリハの返事に、注意した宰相も苦い顔をする。
そもそも、敬語を使っていないのもキリハの脅しのひとつだ。
「今すぐ敵になる覚悟は出来てるぞ?」
と態度で示しているのだ。
ふてぶてしいまでの恫喝であった。
「畏れながら、陛下」
「……何かな、アールスレイム侯爵?」
「キリハレーネ嬢……失敬、グランディア女公爵の提案は王国の利となるところ大です。そもそも魔族の待遇改善は陛下も叡慮なさっておられたこと。これを機に、王国の悪しき因習は刷新すべきと愚行いたします」
「…………」
パトリックは侯爵でなく、素知らぬ顔のキリハを睨んだ。睨まれたキリハは肩を竦めるだけだが、それで侯爵と彼女がつながっているのはすぐに知れる。
アールスレイム侯爵は、キリハレーネを姉と慕いヒエンを愛でるメガネ委員長の侯爵令嬢こと、リッタニアの父親である。
侯爵は海千山千の宰相をやり込めて娘の窮地を救ってくれたキリハに感謝しており、その手管に感心もしていた。その彼女に事前に根回しされれば、これくらいの援護射撃はお安い御用である。
また、侯爵の領地も、広すぎるために私兵団や既存の冒険者たちでも魔物の討伐に手が足らない状況にある。優先的に魔族の精鋭が派遣されるのなら、領内統治の問題もいくらか解決して至れり尽くせりだ。
理だけでは人は動かない。また、利を求めない人間は信用ならない。
キリハはしっかりと理と利を用いて侯爵を説得していた。
「陛下、畏れながら私も侯爵閣下に同意します」
「我が領地も、大軍は動かしにくい土地でして……」
少なくない貴族たちが侯爵に続く。
パトリックは涼しい顔をするキリハを睨んでいたが、やがて首を振って騎士団長に問いかけた。
「オーランド……勝てるか?」
「それを某に言わせるのですか、陛下?」
「……詮無いことを聞いたな。魔族の精鋭一万に、紅蓮竜を従えたキリハレーネ……考えるだけ無駄なことだな」
「おやおや、気弱だね? 勝負は水物だ。やってみたら意外に勝てるかもよ?」
「王都を灰にするのと引き替えにか? 勝ったとしても何も残らないのでは話にならないではないか」
茶化すキリハに、パトリックは鼻を鳴らした。
もともと、魔族とは互いの被害を最小限にして講和するしかなかったのだ。キリハの提案は当初の想定以上に上手い落とし所だ。拒否する理由はない。
ないが、すべてがキリハの思い通りのようで、それがパトリックには大いに気に入らなかった。
「……魔王陛下も、それでよろしいのか?」
「無論」
キリハの背後に無言で佇んでいたヴァナルアーダが、パトリックに問われて静かに頷く。
「余はキリハ殿に敗北し、その進退をすべて預けている。余に不満はない」
ヴァナルアーダは堂々と答える。負けたと言うが、それはキリハにであって、王国に対してではないということだろう。
もっとも、王国も負けたとは言えない。所詮、魔族に叩き潰されたのは連合軍を名乗る跳ねっ返りの私兵たちと、悪徳宗教の手先である聖堂騎士団だけなのだ。王国政府からすれば、むしろ潰してくれてありがとうと礼を言いたいくらいだ。
パトリックは最後にもう一度涼しい顔をするキリハを睨み、やがて肩の力を抜いて息を吐いた。
「あい分かった。此度のことは喧嘩両成敗ということにしよう」
「お待ち下さい陛下! 我々は魔族に被害を受けたのですぞ!?」
「そうです! 我々の損害はどう補填されるというのですか!?」
「……そなたらの受けた損害、か」
国王の決定に待ったをかけたのは、ぼろぼろの姿の貴族たちだ。連合軍を形成していた貴族たちの生き残りである。
ユリアナの魔力暴走による混乱によって、幸運にも生き残ったらしい。
いっそ死んでれば手間が省けたのにと内心愚痴りながら、パトリックは面倒臭そうに彼らに問いかけた。
「被害というが、その被害は無駄な被害ではないか? もともと第一軍と第二軍は籠城しようとしていた。そうしていれば、そなたらの兵たちも被害など受けなかったであろう?」
「わ、我々は王国の勇気と誇り高さを示そうと……」
「そもそも、王立軍が出陣しないなら自分たちだけで撃退する、などと気炎を上げていたのはそなたらではないか。そなたらは自分たちの判断で出撃し、そしてズタボロに負けて帰ってきたのだ。自業自得ではないか。国が補填する必然性など見当たらないな」
「それでも我らが勇敢に戦って被害を受けたのは確かです!」
「なら、魔王陛下に直接訴えればよかろう。『あなた方にコテンパンに打ちのめされた被害の補填を要求する』と。余なら笑止千万と笑い捨てるがな。負け犬の遠吠え以外の何物でもない」
『…………』
連合軍の貴族たちが押し黙った。
結局、彼らは勝ってなどいない。ただ負けただけだ。
負けた方が勝った方に損害賠償を要求する?
そんな馬鹿な話が通るわけがない。
「敗者に語るべき言葉などない。これ以上醜態を晒すな。踏み潰したくなる」
もともと腐ったリンゴとして排除する予定だった連中だ。パトリックに慈悲はない。
結局、キリハの提案(という名の脅し)はすべて受け入れられ、パトリックとヴァナルアーダの間で停戦と講和、そしてこれからの関係改善に関する条約の調印が行われることになった。
結果だけ見れば、王国は大した被害も受けず万々歳である。
「まったく腹ただしい女よ」
不満顔で愚痴るパトリックだが、言葉と裏腹に妙に嬉しそうだったと、宰相は後に語っている。
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