第四十一話 元締めの元って何の元なんだろう?

「姐御、おはようございます」

「おう」

「姐御、先日は差し入れありがとうございました」

「気に入ってくれたようだね? 差し入れした甲斐があったよ」


 キリハが下町を歩いていると、強面の男たちが丁寧に挨拶をする。ヴィンゼンドの部下たちだから本来は『叔母御』なんて呼ばれるところだが、キリハはまとめて『姐御』と呼ばせている。

 だって、中身はともかく、いまはせっかくの花も恥じらう十七歳なのた。オバさんなどと呼ばれるのはご遠慮したいお年頃である。

 キリハが訪れたのは、下町の孤児院だった。

 裏庭へ回ると、でかいドラゴンの背中に昇ったり尻尾を滑り台にする子供たちが笑い声を上げていた。


「すっかり子供たちの人気者だね」

『おお、来たか姉御! 子供と遊ぶなど初めての経験だが、これはこれで面白い! ドラゴンは生まれたときから独りなのでな。子供などという未熟な存在がこれほど面白い生き物だとは思わなかった!』


 木登り感覚で角に登る子供たちを見上げながら、ヒエンがご機嫌に笑う。

 怪我をさせないようにと言っておいたが、これなら大丈夫だろう。


「よう、元気か?」


 目的の子供を見つけると、キリハは軽く声を掛ける。

『ハーメルン』に二束三文で刺客にされたカイン少年であった。


「……助けてくれて。ありがとう」

「助けてくれって頼まれたからな。妹は元気か?」


 キリハが問うと、カインはヒエンの方を指さした。

 食堂でキリハと出会った女の子も、同年代の子供たちと一緒にヒエンと戯れていた。


「おれたちの仲間も、ここに入った。メシは不味いけど、もう凍えることもない」

「そっちはヴィンゼンドに礼を言うんだね。ここはヤツが出資する孤児院なんだから」


 王都の闇ギルドを牛耳るヴィンゼンドだが、彼は意外にも下町や貧民街の孤児院に個人的に寄付するという善行を行っていた。

 珍しいことではない。

 キリハの前世の知り合いも、教会や施設に多額の寄付をする者が多かった。どれほど悪どくても、いや、あくどい商売をしているからこそバランスを取ろうとする。

 暗黒街のボスと呼ばれたかのアル・カポネも人気取りのためとはいえ積極的に炊き出しを行っていたし、歴史あるマフィアの構成員は信仰心に厚い者が多い。

 善行と悪行は対立するものではなく両立出来るものだ。善と悪で人間が線引できるなら、世界はとっくの昔に平和になっている。

 善悪で線引できないからこそ人間は厄介で、だからこそ、面白い。


「……姐御! おれを姐御の下で働かせてくれ!」

「…………」

「おれたちを助けてくれた姐御に恩返しをしたいんだ! おれを姐御の手下にしてくれ! 何だってやる! なんだって命がけでイダッ!?」

「阿呆が。ガキがナマ言ってんじゃないよ」


 いきなり土下座しだしたカイン少年に拳骨を見舞い、キリハは腰に手を当てて鼻を鳴らした。


「あんたみたいなガキンチョがあたしの子分になりたいなんて、十年早いよ。今のお前に何が出来るんだ? ガキンチョのお前が、どうやってあたしの役に立つっていうんだ?」

「それは……」

「五年」

「え?」

「五年待ってやる。それまでに、一端の男になっておきな。妹や弟分を守れるくらいの、一端の男にね」


 キリハが『出来るか?』という目で問いかけると、カイン少年は力強く頷いた。

 少年の決意を見届けると、キリハは『頑張りなよ』と気軽に彼の肩を叩いて建物の中へ向かった。


「……あんな子供まで、ヤクザ令嬢の魔の手に……」

「あたしにショタのケはないよ? いいじゃないか、五年待つんだから」

「でも、なんで五年なんです? 最初は十年早いって言ったのに?」

「十年先のことを考えて努力出来るやつなんて稀だ。けど五年先ならまぁまぁ想像できるだろ? あんたも言ったじゃないか?『人間の想像力はすごい力を持っている』って」

「ええ、その通りです」

「逆に言えば、想像力が及ばなければ人間の力なんて屁みたいなもんてことじゃないか? だから発奮させるなら想像できる範囲のことでなけりゃいけないのさ」

「…………」


 説明している内に、キリハは建物の一番奥の部屋に入っていった。

 部屋の中にはヴィンゼンドをはじめとした主だった闇ギルドの幹部が揃っており、入ってきたキリハに対して立ち上がって頭を下げた。


「お待ちしていました、キリハの姐御」

『お待ちしていました、姐御』

「おう。じゃ、儲け話をしようか」


 上座に座ったキリハが冗談めかして言うと、ヴィンゼンドたちは無言で頷いた。

 ほんの数日で、キリハは王都の裏社会での地位を確たるものにしてしまった。闇ギルドの盟主だったヴィンゼンドを筆頭に、大なり小なり組織を率いる者たちはキリハの器に心酔してしまったのだ。

 黙っていても圧迫感を感じる歴戦の男たちに囲まれ、しかしキリハは実に自然体だった。その姿はまさしく、裏社会の女ボスである。


「う、うう……なんでこんなことに……!?」


 ちょっとだけシナリオを修正してもらうはずだったのに、これじゃあまるっきり任侠映画かマフィア映画だ。

 血が嫌いだから乙女ゲーの世界を基にして世界を造ったのに……。


「う、うう……胃が痛い……!」


 血腥い雰囲気に胃が痛み始めたジェラルドは、震える手で懐から胃薬を取り出すのだった。

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