第三十話 英雄爆誕
騎士団と冒険者たちはよく戦った。
魔の森から津波のように飛び出してくる魔物の群れは命の危機を無視して突っ込んでくる。確実に命を奪うまで暴れ続けるのだ。そんなスタンピードに対してすでに一時間以上戦い続けている。脱落者も増え、もともと薄かった防衛線は濡れ紙同然。あとほんのひと押しで脆くも崩れ去るだろう。
だが、その最後のひと押しに対して、彼らは頑強に抵抗した。
それは一重に、自ら囮を買って出たキリハの覚悟を思えばこそだった。
十分に距離が離れた丘の向こうで何が起こっているのかはわからないが、それでも絶望的な戦いが繰り広げられているのはわかった。先ほどなどは天に向かって炎の竜巻が昇った。その天変地異の如き光景を見せられ、彼らも彼女の死を悟らざるを得なかった。
そこからは、もう意地だった。最強の具現、無敵の死神にたった一人(+α)で立ち向かった少女に恥じない戦いをせねば、あの世で合わせる顔がない。
「……どうした、タマナシ騎士団ども……もう終わりかよ……」
「……抜かすな、野蛮な冒険者め……貴様らこそ鍛え方が足りんぞ……」
もう何度、スタンピードの波を打ち破ったか。
すでに彼らの武器も防具もボロボロで、無傷な者など何処にもいない。未だに立っている者がいるという事が奇跡のようだった。
だが、さすがにもう限界だ。
魔の森から飛び出してくる何波目かの魔物の群れを見据え、オーランド騎士団長は折れて役立たずになった大剣を放り捨てた。
「……ご苦労だった。もう伝令も王都へ到着しただろう。時間稼ぎの役目は果たし終えた。此処で逃げても文句は言われまい。我々は十分以上に役目を果たしたのだからな」
『…………』
「どうする? 逃げるか?」
『クソ食らえ!!』
普段諍い合っていた騎士団と冒険者が異口同音に叫び返した。
オーランドは苦笑する。分かりきったことを訊いたことを問い掛けてしまった。
「では、もう一花咲かせようとしようぞ!」
『おお~~~~っ!!』
折れた剣、折れた槍を構え直す者。役立たずになった武器を放り捨て拳を握る者。
誰一人として逃げ出す者はいない。これほどの戦士たちと最後に戦えたことを、オーランドは誇りに思った。彼らも、隣に立つ戦友を誇っているだろう。
死ぬのには丁度よい日だ。
死にかけた者、死んだ者、死を待つ者、皆が皆迫りくる死を笑って見据えた。
――故に。
黒い波となって襲いかかる魔物の群れが炎に飲み込まれ消し炭になるのを、彼らは余さず目に焼き付けることになった。
――GURUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNN!!
雄叫びとともに炎が降る。また魔物の群れが炎に飲まれて消えた。
圧倒的な猛火は、空を舞う紅蓮竜が降らせたものだ。
だが、空を見上げた戦士たちは、赤い鱗の竜ではなく、竜の背に跨る人影を凝視した。
「ヒエン! 次はあそこだ!」
『分かったぞ、我が主!』
キリハが指し示した一角を、ドラゴンが炎を吐き焼き尽くす。
明らかに、キリハが紅蓮竜を従えている。
最強にして無敵の代名詞たる竜を操る人間。それはほとんどお伽噺の存在だ。伝説だからこそ憧れ、作り話だからこそ無邪気に笑うその存在。
「……竜騎士……」
ワイバーンの如き亜竜ではない。
成竜を従える、真正の竜騎士。
「………………ぉ」
「ぉお…………」
『ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっつ!!』
雄叫びが上がる。
騎士も冒険者も、感動と興奮を表すのに、それ以外のやり方を思いつかなかった。
真に素晴らしいものを見た時、人はただ泣きながら叫ぶ以外には何も出来ないのだと、彼らのすべてが思い知った。
そして、それから数分の後。
狂乱した魔物の群れはすでに黒い消し炭となって消え去った。魔の森から新たな群れが飛び出してくる気配もない。
スタンピードを焼き尽くしたドラゴンはぐるりと旋回し、騎士と冒険者たちが見守る中ゆっくりと着地した。
キリハが背から飛び降りると、ドラゴンは「ぐるる」と甘えるような声を出して鼻先をキリハに近づけた。
『どうだ? 我はスゴイだろう?』
「ああ、すごいね。さすがはあたしのヒエンだ」
『当然だ! 我は紅蓮竜ヒエンなのだからな!』
ふんすふんすと鼻息を荒くするヒエンをキリハが撫でてやる。
鼻先を撫でられ、ヒエンは擽ったそうに目を細めた。
そうしてひとしきりヒエンを褒め称えてやると、キリハはこちらを伺う騎士と冒険者たちへ笑い掛けた。
「――よう、待たせてすまなかったね」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』
『姫姐さんバンザーイ!!』
『竜騎士キリハ殿バンザーイ!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』
興奮の坩堝にあった連中に苦笑していると、オーランド騎士団長が駆け寄り、膝を付いて深々とキリハに頭を垂れた。
「キリハ殿……いえ、キリハレーネ・ヴィラ・グランディア様。これまでのご無礼、どうかお許しください」
「おいおい、いきなり他人行儀だね?」
「成竜を従えたお方の怒りを思えば、某に出来るのはただこうして伏してお頼みする以外にありません。第一王子を抑えるべきだった愚息の不始末、そしてそんな愚息を育ててしまった某の不手際、出来ますればこの首でお許しいただければ……」
「要らんよ、首なんて」
「では指では? あなたは第一王子にも指でケジメを付けさせようとしたと伺っています。お許しいただければ今すぐ左手の小指をここで切り落とします」
「……本気みたいだね」
剣士にとって左手は重要だ。右手の役割は剣の軌道を操るハンドル操作みたいなもので、極論添えているだけでも問題ない。
剣を支える左手の、それも柄尻を引き締める左手の小指を落とすというのは、剣を捨てると言っているに等しい。
「まぁ、確かに指は手頃ではあるんだけど」
「……どんだけ指が好きなんですか、アンタ……」
ジェラルドが呆れた声を漏らす。
ちなみに彼はヒエンの尻尾の下敷きになっている。尻尾にしがみついていたのだが、ヒエンがジェラルドを気遣う気持ちが欠片もないので着地と同時に尻尾に押しつぶされていた。
「……なら、代わりにお願い事をしようかな」
「はっ。何なりと」
「あいつらにビールを奢ってやってくれないか? あたしが奢るって言っちまったんだが、今は質素倹約中なんでね。出費は抑えたいのさ」
「……それは構いませんが」
「それと、そこのヒエンにもね」
「……分かりました。一杯と言わず何杯でも、いえ、樽で奢らせてもらいます」
「ありがとさん、助かるよ」
照れ笑いを浮かべるキリハに、オーランドは目を閉じて再び頭を下げた。
――器が違う。これはドラゴンも誑されるわけだ……。
自分が騎士団長でなければ、あと十歳若ければ、家も家族も捨ててこの少女に仕えたかも知れない。
キリハレーネ・ヴィラ・グランディア。
これまでは第一王子の婚約者と言うだけの名ばかり公爵令嬢だった。だが王子との婚約破棄からこちら、一気にその存在感を強めている。
これまで仮面を被っていたのか、突然何かに目覚めたのか、それは分かりようもない。オーランドに分かっているのは、この少女がこれから台風の目になるであろうという、確かな予感だけだった。
「さぁ、お前ら! 王都に凱旋だ! 飲み代は騎士団長が持ってくれるぞ!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!』
――やれやれ、早まったかな?
自分を破産させかねない戦士たちの熱気に苦笑しつつ、オーランドは王への報告内容を考えはじめた。
英雄が現れたという報告の内容を。
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