第二十五話  狩り勝負開始

「……任務外で参加できる者のほとんど、王都の騎士団のおよそ半数の1,000人が参加するそうです。冒険者の方は王都ギルドに所属するほぼすべてのおよそ500人が狩り勝負に参加すると」

「そう。もっと増えても良かったのに」


 飼っている男の報告を聞き、ユリアナはつまらなそうに答えた。


「しかしながら、こんなに大事にしてしまって良かったのですか? 冒険者たちが味方に付けば、キリハレーネが勝利してしまう可能性もありますが?」

「いいのよ。大事になればなるほどいいわ。その方があの女を確実に潰せるようになるんだから」

「……それはどういう……?」

「騎士が千人に冒険者が五百人だったかしら? その殆どが死んだら、この騒ぎの発端になったあの女はどうなるかしらね?」

「っ!? まさか……あの魔道具はこの時のために……?」

「そうよ。まぁ、あの女が死んでしまっても構わないわ。騎士と冒険者は万が一あの女が生き延びた場合の保険ね。王都の騎士団と腕利きの冒険者たちが大勢死ぬんだのだもの。誰かに責任を取ってもらわないと皆納得しないでしょうからね」


 ニヤニヤと得意げに笑うユリアナだが、男は到底笑うことなど出来なかった。

 ユリアナの言っていることは、要するにたった一人の女性を陥れる為に千五百近くの人間を利用するということだ。しかも死んでも構わない……いや、死んでくれた方が好都合だと考えている。

 

「あの女が勝とうと負けようとどうでもいいわ。この状況になった時点であの女の破滅は決定したも同然よ。あとは、あの魔道具を確実に作動させるだけ……そっちの準備も出来ているわね?」

「は、はい……適当な孤児に小銭を与え、狩り勝負の会場近くに潜ませています。思い切り笛を吹くだけです。難しいことではないはずです」

「そう。けど、確実にそのガキは消しておいてね?」


 何の罪もない、利用されただけの子供を殺せ……そう告げる声には何の重さもない。使い終わったチリ紙をしっかり捨てておけという、その程度の軽さの、当然のことを告げる声だ。

 他人の命に何の価値も見出さない傲慢さ。

 異常者と呼ぶのは簡単だが、そんな言葉では表しきれない邪悪さがユリアナにはあった。

 ユリアナは、邪悪な健常者だ。

 酷薄な人間、共感性のない人間の無機的な精神にはない、普通の生々しいおぞましさ……。


「それじゃあ、またご褒美をあげるわね。ほら、返事は?」

「わんわん、わおぉおおん!!」


 恐ろしい、おぞましい……そう思いながらも、男はユリアナの足元に縋る。

 ユリアナに縋る以外の未来を、男はすでに捨ててしまっているのだから……。


 ※   ※   ※


 そして、狩り勝負当日。

 王都の郊外には、魔物が生息する『魔の森』と呼ばれる場所が存在する。

 仮にも一国の首府を魔物の生息地の近くに置くなど信じがたくもあるが、むしろ定期的に魔の森の魔物を討伐しないと、魔の森の領域は広がっていく。人間が安心して生活領域を確保するためには、積極的に魔の森を管理しなくてはならないのだ。

 定期的な魔物の間引きは騎士団にとっても冒険者にとってもお馴染みの仕事だ。そのお馴染みの仕事の出来で競い合うのは、互いの誇りの優劣を白黒付けるのに最適と言える。

 言えるのだが、


「……なぁんか、変な感じだねぇ」


 また一匹獲物を狩り終えたキリハは、名刀ヨシカネの峰で肩を叩きながら眉根を寄せる。

 周囲には、キリハの檄に応えた冒険者も数人集まっている。

 冒険者たちの狩りは、待ち伏せと釣り伏せだ。少数のパーティごとに行うから待ちと釣りが主になるのは当然だ。

 いまも釣ってきた大蜥蜴を叩きのめしたのだが、冒険者たちもキリハの言葉に小さく頷いた。


「姫姐さんの言う通り、変な感じだ。どうも魔物たちの動き方がいつもと違う気がする……」

「魔物たちの動きに迷いがあるというか、何か別のことに気を取られてるっていうか……」

「獲物を襲う必死さがないような……」


 冒険者たちが顔を見合わせる。何か変だとは思うのだが、その原因がいまひとつ曖昧なのでもやもやと気持ちを持て余していた。


「……一度、引くか」

「いいのか、姫姐さん? いま引くと勝負に影響が出るが?」

「勘を信じない方が問題だ。嫌な予感を抱えたまま続ける方が不味い。大きな失敗をするかも知れないからね」


 冒険者たちが頷く。危険に身を置く者にとって、勘というのはもっとも頼りにすべき命綱だ。


「他の連中とも意見を出し合って――」

「痛ぅっ!?」


 冒険者の一人が呻いて側頭部を押さえた。つるりとした肌につぶらな瞳の海豚の獣人だ。

 海棲哺乳類が陸上で生活していてよいのかと疑問は尽きないが、キリハは耳を押さえた彼に向き直った。


「どうした、イルカの」

「いま、変な音が……」

「音?」


 キリハが小首を傾げつつ他の冒険者を見回すが、彼らも訝しげな表情だ。変な音を聴いた者は海豚獣人の彼だけらしい。


「ただの音じゃない……魔力を介した音だ。オレたち海豚族の耳は魔力の震えも捉える。普通の人間には聞こえない音だ」

「魔力の音、ねぇ……」


 今ひとつピンとこないので、キリハをはじめとした冒険者たちが疑問顔になる。

 そこへ、


「大変ですキリハ様――」

「おらぁああっっ!!」

「くたばれこらぁあああっ!!」


 突然出現した気配へ、冒険者たちが即座に反応して攻撃する。

 だが攻撃していた対象が執事服の若者だと分かると、気の抜けた声で肩を竦めた。


「なんだ、姫姐さんのとこの執事かよ」

「びっくりさせるなよ、ジェラの字」

「背中に立たれるとついつい反撃しちまうだろうが」

「う、うう……ひどい、ひどいよう……」

「そんなことよりどうした、ジェラルド?」

「そんなこと!? 僕が理由もなくボコボコにされたのがそんなこと!?」

「あたしの拳も喰らいたくなかったらさっさと次に進め」

「ひぃっ!? た、確かにそんなことですよね、ええ、僕の怪我なんてたいしたことないですよね……実は、暴走した魔物の群れが騎士団を襲いながら王都方面に」

「早く言え馬鹿!」

「やっぱりなぐるぁ!?」


 涙目の執事を引きずって、キリハたちは他の冒険者たちと合流すべく走り出した。

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