第二十二話  哭かぬなら、哭かせてやろう、悪役令嬢

「へぇ? これがそうなの?」

「はい。ユリアナ様がお望みの品です」


 深夜の、とある場所。

 ユリアナは一人の男から『ある物』を受け取っていた。

 オカリナ、に似た笛だ。何かの魔道具なのか、表面には奇妙な紋様がびっしりと刻まれている。


「くれぐれも扱いには気を付けてください。万が一にも王都で発動したら……」

「分かっているわ。わたしの記憶とも一致してる。扱いに注意しなければならないことも重々承知よ……それより、わたしのお願いを聞いてくれたお礼をしないといけないわね?」


 ユリアナの口にした『お礼』の言葉に、男は目を輝かせて頬を紅潮させた。彼はすばやく仰向けになると、期待した瞳でユリアナを見上げる。


「ふふ……可愛いわ。本当に素直で可愛い『犬』だこと」

「わんわん!」

「ふふ、可愛い犬にはご褒美を上げないとね」


 薄ら笑いを浮かべたユリアナは、靴を脱ぎ靴下を脱ぐと、その素足で男の顔を踏み付けた。


「わぉぉぉおおおおんっ!!」

「ふふ、わたしをも満足させてくれたから、今夜は素足でしてあげるわ。嬉しいでしょ?」

「わんわんわんっ!!」

「ふふふ、なんて惨めで可愛いのかしら」


 ユリアナは見下した笑みを浮かべながら、男の顔をグリグリと踏み躙る。

 男はユリアナのなされるがまま、彼女の足が蠢く度にびくんびくんと感激に震えていた。

 ……この男は、王国の役人だった。

 貴族の分家、準貴族と呼ばれる騎士爵家の出だが、己の才覚で出世し、巡察官という地方自治を監察する役職にまで上り詰めた能吏であった。

 妻と子にも恵まれ、人並み以上の幸福と充実感を得ていた筈だった。

 だが、今では王国の押収物を横流しする汚職に手を染め、妻と子は冷淡になった彼を捨てて実家に戻ってしまった。

 もはや彼には何もない。何もないからこそ、ユリアナに服従するしかない。彼女から与えられるものだけが、彼に残されたすべてなのだ。

 ……犬がもし喋れるなら、今の彼を見て『同じにするな』と声を大にして言っただろう。男の度を超した服従は、あらゆる誇りを失った負け犬以下の奴隷の姿だ。


(ふふ……堕ちた男の惨めっぷりは笑っちゃうわ。役立たずになったユニオンたちも、そろそろこの男みたいにしてやろうかしら。役立たずは役立たずなりにわたしを喜ばせてくれないと、生きる価値なんてないもの)


 ユリアナは、すでにこの男のような奴隷を何人も抱えている。

 男たちは、ユリアナに気に入られようとまず贈り物をする。だが、ユリアナはその贈り物を受け取らない。それよりも、言葉巧みに男たちの大事なものを自分から捨てさせようとする。

「贈り物より、あなたの心遣いが見れる方が嬉しいですわ」

 などと言われた男たちは、いろいろなものを捨てて彼女へ奉仕する。

 時間、友人、家族……そうして捨てて捨てて捨て切ったら、男たちには何も残らない。ただ一つ、ユリアナに尽くす事を除いては。


「ふふふ……さて、あとは切っ掛けだけね。ちょうど断罪パーティでコケにされたオルドランドがいるから、あれを捨て駒にしましょうか。ゲーム通りのハーレムエンドはすでに破綻している以上、攻略対象もそれほどの価値はないし。せいぜい、あのムカつく女を退場させるのに役に立ってもらいましょう」

「わんわんわん! あおぉ~~んっ!!」


 男が鳴く。だが彼にはもちろん、ユリアナの言葉の意味など分からないし、分かろうとする意思もない。

 彼にはもう、自由意思など存在しないのだから。

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