第二十一話 マリア様が見てない
「……ちなみに、宰相の秘密はいつ分かったんです?」
「ダンスした時にね。どうも服の下の感触がおかしかったんでもしやって思ったんだけど、大正解だったね」
「……まぁ、確かに国王の右腕と謳われる宰相閣下が女性下着を身に着けてる変態なんて知られたら、地位も名声もぶっ飛んじゃいますからね……」
「しかも下着ドロだからね。面白いほど簡単に言いなりになってくれた。終わってみたら一番楽な仕事だったね。いやー、助かったよ。さすがはこの世界の神。実にいい仕事をしてくれた」
からからとキリハが笑う。
ご機嫌そうな彼女とは対称的に、ジェラルドはこの世の憂鬱を一身に背負ったような陰気な顔をしていた。
「……その神様におっさんのストリップを見せ付けたことに対して何かないんですか?」
「いいじゃないか? いつか親は子供の隠し事に向き合わなきゃならん。それがどれほど目を背けたくなることでも、ね」
「うう……知らなくていい真実もあるんですよ……」
ジェラルドは自分が目にしたおぞましい真実を忘れようと務めるが、生憎と彼の最高級品の脳細胞はしっかりとすべてを記憶してしまっている。記憶してしまっている以上、神の座に戻っても忘れることは出来ないだろう。
忘れられないということは、ときに忘れること以上に残酷だ。
「さて、そろそろお嬢様たちが来る頃だね」
部屋の時計を見てキリハが言う。
すべての問題を片付け終わり、リッタニア、ミラミニア、エノラが改めて三人揃ってお礼を言いに来ることになっているのだ。
そして時間どおりに、三人のお嬢様たちがやってきた。
応接室で対面すると、先ずリッタニアが頭を下げ、続いてミラミニアとエノラも頭を下げた。
「ありがとうございました、キリハレーネさん。おかげで無事、綺麗な立場で婚約を解消することが出来ました」
「大したことじゃない。あんたたちの覚悟に応えただけのことさ」
「その覚悟のことなのですが」
「うん?」
「出来れば、私たちと『姉妹』の契りを交わしていただけませんか?」
「姉妹?」
「ええ。困ったときには姉妹のように助け合う、消して見捨てない、そういう契りです」
「……今後、あんたたちが困ることはそうそうないだろう。何か助けてほしい状況に陥るのは、圧倒的にあたしの方が多い。それを分かった上で、あたしと契りを交わしたいと?」
「はい」
「どうして急にそんな話になったんだい?」
「私たちはあなたに”惚れた“のです、キリハレーネ・ヴィラ・グランディア様」
リッタニアが笑って答えると、ミラミニアとエノラも同意するように頷いた。
「あなたの才知、行動力、抜け目なさ、何よりも己の力で道を切り開くという断固たる意志の力……あなたの魅力に惹かれたのです。女だてらに己の能力だけで世を渡って行くその姿に、私たちは勇気と力を貰いました。一言でいえば、感動したのです。この感動を、しっかりとしたカタチにしたいのです」
「……こりゃ参ったね。本気みたいだ」
三人の眼を見て、キリハは苦笑した。
これは受けねばなるまい。
これを受けねば、女が廃るというものだ。
「いいよ。契りを交わそう。けど、あたしは姉妹の契りの儀式なんてさっぱりだよ? 盃でも交わすのかい?」
「盃? それはどういう儀式なのです?」
「あー……すっごい東の方の儀式なんだけどね。盃に酒を注いで、それを互いに飲み合うのさ。兄弟盃って言ってね、対等の兄弟なら五分五分ずつ、兄貴が六分で弟分が四分、みたいな感じでね」
「……いいですね。なら、そのやり方でいきましょう」
「へぇ? いいのかい?」
「私たちはキリハレーネ様を『姉』と慕おうというのです。ならば姉の勝手知ったる流儀で契りを交わすのが一番でしょう」
「……ふふっ、いいね。それじゃ、やろうか」
そう言うと、キリハは応接室の戸棚から徳利と盃を取り出した。
前世の職業病というべきか。市場で見つけて衝動買いしたものだが、こういうカタチで役に立つとは思わなかった。
「酒はないし、お互い二十歳前だからね。水で代用しよう」
徳利と盃を物珍しそうに眺める三人に簡単な説明をする。本来なら詳細な仕来りがあるが、八百万の神も居ない異世界だ。簡略的なもので構わないだろう。
まずキリハが盃に注いだ水を六分呑む。
それをリッタニアに渡して、彼女が残り四分を飲み干す。
それを三回行った後で、リッタニアたちが飲み干した盃を胸元へ収める。それを見届けたキリハは居住まいを直して厳粛な顔になった。
「――今日この時より、あたしたちは姉妹になった。妹たち、よろしく頼む」
『よろしくおねがいします、キリハレーネ姉様』
「――キリハだ。姉妹になった以上、遠慮は無用だよ」
『はい、キリハ姉様』
(……やれやれ、この世界でも背負うことになるのか)
内心苦笑するキリハだが、悪い気分ではない。
キリハはこの世界で出来た三人の『妹』たちを微笑みながら眺める。
……一方。
「う、うう……僕の世界がどんどん侵食されていく……」
応接室の外で聞き耳を立てていたジェラルドは、「乙女ゲーなんだからもっと乙女チックにやってくれよ……」と、よよよと泣き崩れるのであった。
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