悪役令嬢になったウチのお嬢様がヤクザ令嬢だった件。

翅田大介/電撃文庫・電撃の新文芸

第1巻悪役令嬢になったウチのお嬢様がヤクザ令嬢だった件。

プロローグ  外しちゃいけない断罪イベント

「キリハレーネ・ヴィラ・グランディア! 貴様との婚約は今日この場で破棄させてもらう!」


 王立学園の創立記念パーティは、生徒会長でもある第一王子のこんな宣言で幕を開けた。

 ヴィラルダ王国第一王子、アルフレッド・ヴィレウ・ヴィラルダ。

 金髪碧眼で引き締まった長身の、まさに『理想の王子様』の結晶の如き美少年である。


「で、殿下……何故ですの? 何故、わたくしとの婚約を破棄などと……」


 王子様に婚約破棄を告げられて睨み付けられるのは、豪奢な赤いドレスの少女だ。

 気の強そうな切れ上がり気味の双眸。そしてドリル状の縦ロールな金髪。

 もしここに現代日本のサブカルチャーに触れた者がいたなら、十人が十人とも同じ言葉を彼女に送るだろう。

 そう――『悪役令嬢』、と。


「何故、だと? 俺が貴様の卑劣で陰険な行いを知らないとでも思っていたか? 貴様がユリアナにしたことはすべて知っている!」


 アルフレッドはそう言うと、守るように自分の背中に控えさせていた少女を衆目に晒した。

 亜麻色の髪に、紅玉(ルビー)を思わせる瞳。派手さは控えめだが神秘的で清純な印象を与える美少女である。


「殿下……あまり声を荒げては……」

「……済まない、ユリアナ。怯えさせてしまったね。だが、心優しい君が怒りを抱けぬ以上、俺がその分も怒らなければならない。それが伴侶となるべき者の努めだ」

「で、殿下……恥ずかしいです……」


 王子に抱き寄せられ、赤面するユリアナ。男慣れしていない初心な反応にアルフレッドが微笑む。

 希少性の高い光と闇の二重属性の魔力と高い学力で、平民ながら王立学園への入学が許可された特待生、ユリアナ・リズリット。

 最近、第一王子やその側近たちと親しくしているとの噂は本当であったのかと、パーティに参加する生徒たちが納得顔になる。

 そして、婚約者である第一王子に近づく平民の少女に対し、グランディア公爵令嬢が嫌がらせをしているとの噂もおそらくは……。


「……キリハレーネ。貴様は心優しいユリアナが我慢しているのを良いことに、何度も何度も卑劣な嫌がらせを行った!」

「殿下! 殿下はそんな平民の少女の言葉を真に受けて、公爵令嬢であるわたくしを疑うと仰るのですか!?」

「……ユリアナは何も言っていない。彼女は俺たちに心配をかけまいと、自分が受けた非道の行いのすべてに口を噤んでいた……だが、積み重なった疲労によって顔色を曇らすことが多くなった。だから我々が自分たちで調べたのだ」


 アルフレッドの言葉に、ユリアナを守るように佇んでいた男子生徒たちがずいっと歩み出る。次代の王の側近候補である、アルフレッドの学友たちだ。

 現宰相の息子で、怜悧なキレ者の印象を与えるユニオン・ヴィル・クレセント。

 騎士団長の息子で、引き締まった長身の美丈夫、オルドランド・ヴィル・グリーダ。

 武門の家の出ながら若き芸術家として名を馳せる異才、エリアルド・ヴィル・ローレル。

 そしてこの国最大の商会の御曹司で、ユリアナ同様の特待生、イリウス・ブライド。

 分野は違えど有能という点に置いて一致している彼らは、アルフレッド同様の厳しい視線をキリハレーネへ向けている。


「……我々が調べただけでも、教材の盗取、制服への損害、悪質な誹謗中傷は数え切れず……証言もあれば証拠もあります。知らぬ存ぜぬなど通用しませんよ、グランディア公爵令嬢」


 次代の宰相候補であるユニオンがキリハレーネの罪を並べ立てる。最後の『公爵令嬢』には、隠しきれない侮蔑と嫌味が込められていた。

 さもありなん。

 グランディア公爵家は、没落著しい名ばかり公爵家だ。そんな家の令嬢が第一王子の婚約者に選ばれたのも、外戚にしても問題にならない影響力の無さが故。消極的な政治力学の産物なのだ。


「な、なんですの……たかだか平民の小娘が何だというのです!? わたくしは第一王子殿下の婚約者にして公爵令嬢、キリハレーネ・ヴィラ・グランディア! 平民の小娘に躾をしてやって、なんの不都合があるというのですか!?」

「いい加減にしろっ!! 貴様の如き卑怯で愚昧な女に、未来の王妃などという地位を与えるワケにはいかん! 貴様との婚約は破棄する! グランディア公爵家への援助も打ち切る! もはや貴様にかけられる慈悲は一切ないものと知れ!」


 アルフレッドの容赦のない怒号に、キリハレーネは「ひぃっ!」と悲鳴をあげる。

 王家からの援助が打ち切られれば、グランディア公爵家は王立学園の授業料にも事欠く借金貴族でしかない。事実上、学園からの放逐を言い渡されたも同然だ。


「…………」


 彼女はパーティ会場を見回す。

 学園の生徒たちは、この一連の出来事をどこか当然のように受け入れ始めていた。

 アルフレッドたちを非難する声があっても可笑しくないのだが……所詮、貴族の宮廷闘争は弱肉強食だ。そしてキリハレーネは名ばかり公爵家という貴族社会の弱者。

 落ち目の弱者は棒で叩くのが貴族というものである。

 キリハレーネの味方は皆無だった。

 ようやく、自分が見捨てられたと理解したのだろう。キリハレーネは両手を床に付き顔を俯けた。

 名ばかりの公爵令嬢の実情に相応しい、なんともうらぶれた姿であった。


(……ああ、いい気味だわ)


 そんな惨めなキリハレーネを眺め、心底愉快な気分で胸を弾ませる人物がいた。

 誰であろう、アルフレッド第一王子に抱き寄せられる少女、ユリアナ・リズリットその人である。


(くく……男に捨てられた女の惨めな姿ほど、胸がスッとする見世物はないわ。悪役令嬢の没落なんて一大イベント。やっぱりゲームより現実に眺める方が何倍も楽しい)


 表面上は同情的な視線を向けつつ、ユリアナは胸中で喝采を上げ、打ちひしがれた悪役令嬢(キリハレーネ)を嘲笑した。

 そう、ユリアナ・リズリットは転生者である。

 ユリアナは物心ついてしばらくして、自分が前世でプレイしていたお気に入りの乙女ゲーム『この愛おしい世界に慈しみを』――通称『このいと』の主人公に転生したことを理解した。

 彼女は歓喜した。

 何しろ、前世の彼女は、男を寝取っては悔しがる女の顔を眺めて悦に入るという、確信犯的サークラ女だった。彼女に滅茶苦茶にされた人間関係は数えるのも一苦労だ。ちなみに乙女ゲーは、オタクサークルに潜入した際に触れてハマった口である。

 そんな彼女だから、婚約者のいる男性を奪う中世ファンタジー風乙女ゲーの主人公(ヒロイン)は、まさに天職と言っていい。王立学園に入学した彼女は、知識チートと前世の籠絡テクニックを駆使し、いとも容易く逆ハーレムを達成した。


(けど、これは現実。シナリオから外れたら自作自演も視野に入れてたけど……なのにこの悪役令嬢、ゲームまんまのお馬鹿さんで笑っちゃったわ。これでもう、没落一直線ね)


 この後キリハレーネが辿る行動は愉快そのものだ。

 学園から追い出されたキリハレーネはご禁制の品を使って王都を滅ぼそうと企み、それが見つかり投獄される。それでもなお諦めの悪い彼女は、禁忌の魔導書を用いて悪魔を呼び出そうとして、その悪魔に魂を喰われて廃人同然となるのだ。そして誰からも顧みられることなく、醜く窶れ果てて衰弱死してしまう。

 実に惨めったらしい、人生の負け組に相応しい最期だ。実に素晴らしい。


「…………」


 蹲っていたキリハレーネが立ち上がる。

 そして、俯けていた顔をゆっくりと持ち上げた。


(さぁ、負け犬の遠吠えをあげなさ――)

「――殿下のお言葉、確かに承りました。あたしとの婚約を破棄したい――そのお言葉に間違いはありませんね?」


 凛、と空気が引き締まる。

 静かで淡々とした、けれどよく響く声。

 会場のざわめきがぴたり、と鎮まる。会場の誰もが息を呑み、そして同じ疑問を抱いた。

 ――この女性は、いったい誰だ……?

 気の強そうな切れ上がり気味の双眸。だがそこに浮かんでいるのは、会場を照らすシャンデリアよりもなお綺羅びやかな意思の煌めきだ。

 学園の生徒たちがよく見知った、幼稚な虚栄心が目立つ馬鹿女と同一人物には思えない。

 それは婚約者のアルフレッドも同様だ。


「……あ? あ、ああ……間違いない……」

「そうですか。分かりました」


 王子から動揺混じりの答えを受け取ると、キリハレーネは胸元に手をやった。彼女の豊満な胸が作り出す谷間に会場内の男たちが目を見開き凝視するが……胸の谷間から抜き出された物を見て、今度は『ぎょっ』と大きく目を見開いた。

 キリハレーネが自分の胸元から抜き出したのは、鞘に収まった短剣だった。

 トチ狂って凶行に及ぼうというのか、と皆が顔を強張らせる。

 だが、キリハレーネはそんな彼らの警戒など知らぬげに、取り出した短剣をアルフレッドに向かって放り投げた。

 からからと床を滑った短剣が、アルフレッドのつま先に当たって止まる。


「……何のつもりだ?」

「ケジメをつけて貰おうと思いまして」

「……ケジメ?」

「家と家の約束を反故にしようというのですからケジメは必要でしょう? ケジメは指を詰めると相場が決まってます」

「………………は?」

「聞こえませんでした? 指を落とせと言ったんです」

『…………は?』


 会場がし……ん、と静まり返る。

 驚愕か?

 それもある。

 困惑か?

 それももちろん理由の一つだ。

 だが何よりも最大の理由は……。


「ちなみに初めてのときは関節で切り落とすのが良いですよ? 素人は骨を断ち切るのに難儀しますからね。あたしも鬼じゃないですから、初心者にそこまでは求めません」

『…………』


 これだ。

 にっこり笑うキリハレーネだ。

 彼女はマジだ。冗談ではなく、本気でこの国の第一王子の指を要求している。

 聴衆たちは軒並み気を呑まれ、指を要求されるアルフレッドは顔を青褪めさせた。


(なっ……何なのこの女っ!?)


 アルフレッドの背中に隠れつつ、ユリアナは引き攣りそうになる表情を取り繕うのに必死だった。

 こんなセリフはゲームには登場しない。

 当たり前だ。

 いったい何処の世界に、王子様の指を詰めさせる乙女ゲームがあるというのか。


(これじゃまるで……まるでヤクザみたいじゃない……!)


 キリハレーネ・ヴィラ・グランディア。

 彼女が悪役令嬢改め、ヤクザ令嬢と呼ぶべき存在に変貌した理由を語るには、このパーティより三日ほど時を遡ることになる……。


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