第26話 強情だな
「お湯がつくれない!?」
「ああ、だから一瞬結界を解くみたいな―」
俺達は火属性魔法が無効化されるとすぐに諦め、エルスとクラリスを連れ戻した。
「あ、あのぉ…こ、この結界は森で火事が起こらないようにする為にあるので一瞬解くって言うのは出来なくて……ごめんなさい!」
なるほど。確かに森で火事が起こってしまってはあっという間に燃え広がってしまう。
案外火属性魔法無効結界ってのは役に立っているのかもな。
「そうか……ならどうすれば……」
「ふふん!まあまあ、私に任せてくださいよワタルさん!つまりは火属性魔法を使わずに温めればいいんですよね?」
「……そうだな」
あざとく笑ったエルスは突如ライターを取り出す。
どうせ人外のイカれた意見しか出さないのだからあまり気は進まないが一応聞いてはやるか……。
「そう!結局のところ火属性魔法を使わずにライターで木材を燃やしてお湯を作ればいいんです」
正論だよ、チクショォォッ!!!
クソッ!何故こんな簡単な事に気が付かなかったのか……。魔法を覚えて楽も一緒に覚えちまったのか?
「なるほど……。僕に次ぐ天才のようだ…」
コイツと一緒だからかッ!?
「どうしたんだい?『コイツと一緒だから脳が劣化してきちまった……』みたいな顔をして。滑稽だね」
滑稽なハクヤに言われるのも癪だがこればかりは仕方のない話だ。少しぐらい多めに見てやって――
「大丈夫さ。いつかは君も僕達の高みへ来れるようになるよ。それまで精々必死に頑張ることだね」
……いつか埋めてやる。
俺はささやかな殺意を抑えライターを手に持つのだった。
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「さて、まずは俺らが初めに入ってみるか」
「フッ……バスボールの準備は完璧さ」
ライターはやはり便利な道具で、あっという間に大きな岩で囲まれた中を埋め尽くすだけのお湯が出来上がる。
「分かりました。なら、出たら呼んでくださいね!あと、イブちゃんは預かります」
エルスにイブを預け、俺とハクヤはようやく森の中での入浴へ………。
さっさと服を脱ぎ、まずは肩までつかって湯加減を確かめる。
「ああ……疲れがとれる……」
「そうだね…。おっと、しかしまだコレがあるじゃないか」
ハクヤは少女の描かれた袋を破ると中から謎の球体を取り出した。
「……危なく無いよな?」
ヒューマンとは弱い生き物で始めて見たものや珍しいものには不信感を抱くものだ。
ちなみに、この場合ハクヤの物だと言うことも理由に含まれる。
「お湯に入れれば分かるさ」
ハクヤがバスボールをお湯へ放り投げた瞬間だった。バスボールが着水した部分で泡が立ち始める。
「おいおいッ!ヤバいんじゃないのか!?」
「落ち着きたまえ。これがバスボールというものだよ?」
「そ、そうか……」
しかし、そんな俺の心配とは裏腹にバスボールはお湯に溶けその心地良い香りが辺りに充満する。
「へえ……これはなかなか」
後で入手先ぐらい聞いておくか。袋からしてこの近くではないだろう。
ハクヤには疑ってしまって悪かったな…。
おや?何か浮かんで……
「ヒッ!?」
……小さい人?精霊か?それにしては何かがおかしいような……。
「ふむ、かぶりだね」
「おい!そんな握って……その精霊大丈夫なのか……?」
「精霊?ああ…違うさ。これは小さく作られた人形だよ。ちなみにこの子はリトルプリンスシリーズのボディーブローちゃんだね」
なんか人殴りそうな名前してんな。
「それにしても精密な作りだな。こんな小さくて細い人形見た事ないぞ」
「当たり前の事さ。この人形は日本人が命をかけて作っているからね」
「お、おう……そりゃ凄いな」
どうやらハクヤの地元では人形と作るために人が命を賭けているらしい。物騒な場所だな。
ハクヤの地元には近付かないと決めたところでやっと心が落ち着いて来る。
「……こうしてると疲れがとれるな」
「そうだね。ほら、香りに誘われ、動物も集まってきているじゃないか」
気が付くと続々と森に住んでいる動物達が集まって来ている。
ウサギに……シカに……キツネやタヌキ。
そして……バーニングピッグ。
……バーニングピッグ。
ん?バーニングピッグ……?
「おおおおおいっ!ハ、ハクヤ……?あれってバーニングピッグじゃないのか?逃げるなら今のうちに…」
「心配せずとも火種無しで襲ってくる事などないさ。安心したまえ」
ハクヤの余裕ある笑みは変わらない。ビビリのハクヤがここまで慌ててないんだ。別に危険では無いということか……。
「なら別に気にしな―――」
バリバリバリバリッ!!グチャッ……
その骨でも砕いたかのような強烈かつ物騒音は俺が風呂から飛び出す理由を的確に作り出した。
「……襲ってくる事など無いとは?」
「……まだ僕達は襲われてないだろう?」
なるほど、一理……あるわけねえだろ。
「早く出ろよ!死にたいのかッ!?」
「勇者である僕に撤退の2文字は無いね」
……変に強情だな。
そうした間にバーニングピッグは周りの動物を狩り尽くしてしまったようでその目は次に狙うであろうハクヤへと向けられている。
「狙われてんだよ!急げッ!」
ハクヤは1ミリたりとも動こうとしない。
バーニングピッグの大きな牙がギラリと輝り飛び跳ねたかと思うと、その牙はハクヤへと向き跳びかかる。
「まずッ――」
「フロル・リバインド!」
何処からか聞こえたその声と共に空中にいたバーニングピッグは突如伸びてきた花や木の枝に絡め取られる。
「何だ……?」
「だ、大丈夫ですかぁぁぁっ!!」
クラリスが焦った表情で走ってくる。
「ああ…それより今のって……」
「拘束しました!早く今のうちに!」
「わ、分かった。おい、ハクヤいくぞッ!」
未だに涼し気な顔をして湯に浸かっているハクヤへと声をかけるがまだ動かない。
「おい……どうし――」
「……腰が抜けたようだね。引っ張って貰えないだろうか?」
………。
「置いていってもいいか?」
「駄目ですよぉぉぉぉぉ!!」
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テントの元まで戻って来た俺達は静かに着替える事にした。
「なぁクラリス?どうして俺達がピンチだって分かったんだ?覗いてたりしたか」
「し、してませんよぉ……。た、ただ私はこの森の守護精霊なので大体のモンスターの存在は感じ取れるんです……」
てことはクラリスがいなかったら……。
「マジで助かった……。おい、ビビリ雑魚勇者もお礼ぐらい言っとけって」
「実はあの状態から吹き飛ばそうとしていたが助かったよ」
どの口が言うんだよ。
「そ、それなら私がいなくてもよかったですね………」
信じなくていいぞっ!!
「もう!ワタルさん達のせいで入り逃しちゃったじゃないですか!」
おっと、エルスはご立腹みたいだな。
その後、着替え終わった俺達はジャンケンによってテントを決め寝る体制を取る。
そしてその時、一人になった俺の頭の中では少し気になったことがぐるぐると回っていた。
それはクラリスへ質問したときに返ってきた言葉。
「……最近目覚めた……ねぇ…」
精霊の睡眠は年単位だと聞く。ならそれまではどうしていたのだろうか?
……いや、こんな事明日には出発する俺達が気にしても意味ないよな。
疑問を無理やり頭から取っ払った俺は今日の疲れからかそのまま深い眠りへと誘われるのだった。
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