愛の数だけ
「思えば、同じぐらいの年の頃のあなたとそっくりだったわね」
満面の柔らかな笑みを浮かべるマリアナと、その後ろに半分隠れるマリエルが写ったそれの隣にある、マリアナとケイトが写った写真を見て懐かしそうに笑う。
「お嬢様の深い深いご慈悲の心は、大奥様譲りのものなのですねー」
「オーバーよ。私には誰彼構わずなんて出来ないもの」
にこやかに褒め称えるイライザへ、ケイトは少し顔を曇らせて、かぶりを振りつつそう言った。
「それで、足を滑らせて海に落ちた所を助けた、余所の人間の家に嫁入りする、ってなったときは、みんなご飯が喉を通らなかったり店が開かなかったり大変だったわ」
「え、父が足を?」
「昔はそんな風には見えないでしょう? 意外なのは分かるわ」
家族の事以外は完璧超人だったケヴィンとは思えないエピソードに、目を丸くするケイトへマリエルはそう言って深々と頷いた。
そのタイミングで、アイリスがティーポットを手に台所から帰ってきた。
「来る途中、崖を下りた所に観光船の船着き場があったでしょう。そこからチャーター便で出たんだけれど、帽子が飛ばされてそれを取ろうとして落ちたらしいの。
流れが複雑だからあっという間に沖へ流されちゃって、それを偶然見付けた釣り船の船頭をしていた姉に助けられたとき、どうもケヴィンさんが一目惚れしたらしいわ」
「そんな昔のあの人に恋愛感情とかあったんですね。てっきり何かの計算で結婚したものかと」
「容赦ないわね」
「ほんの5年ぐらい前までそんな感じでしたから」
冷ややかに感じるケヴィンの態度を思い出し、ケイトは思い出したくもなさそうに顔をしかめてそう言った。
「まあ、当時の彼を擁護する気はないけど、経営者一本槍だったせいで不器用だったのよ。
初めての恋愛でどうしたらいいか分からなかったみたいで、デートに誘う手間賃だって毎週貢ぎ物みたいに物を持ってきていたわね」
「それでいいと思ってたんですかね」
「思っていたんでしょうね」
やれやれ、と言った様子で2人がため息を同時に吐いたところで、お茶とお菓子を用意していたイライザとアイリスが、同時に半開きの扉に視線を向けた。
2人は顔を見合わせたが、2度3度頷いただけでケイトには言わずに作業へもどる。
「でもまあ姉さんは、感情が理解出来ない分を物とか契約書でなんとか埋めようとしていて可愛い、って言ってたのよね」
「可愛い、ですか……」
「何言ってるんだろう、って思ってたけれど、求婚のときに赤いバラを1本贈る風習を姉から聞いて、それをどこかで勘違いしたか1万本もヨットに積んできたからその通りだったんでしょうね」
「なんでそんなに……」
「1万本もあれば君への愛の大きさが分かりやすいだろう? って本人が言ってたわ。数字しか見てなかった彼らしい話ね」
「なるほど……」
「姉さんはお腹がよじれるぐらい大笑いしてプロポーズを受けてたわ」
ドン引きするケイトに、マリエルはクスクスと笑いつつ、その真意をケヴィンの声真似をしつつ伝えた。
「……まあ、姉が亡くなって随分たってから、数字や契約が全てじゃないと気が付いたらしいけれど」
「――もう少し早く、母が生きているうちに気が付いてくれれば良かったのだけれど……」
ケイトは自分の手元を見下ろしながら、少し拗ねるような言い方をした。
「姉さんの優しさに甘えすぎたのよ。ケイトちゃんの分まで取っちゃってね」
棘のある呆れた様な物言いをするマリエルは、メイド2人が見やっていた扉にちらっと目線を向けた。
「ところで、ケイトちゃんは本当に姉さんそっくりね。村のみんなもギョッとしてたでしょう」
「していたかしら?」
「そうですね。漁師の方が海に落ちたり、腰を抜かして酒瓶を取り落としたりなど、幽霊でもみたかのように驚かれているご様子でした」
「それは悪い事をしたようね」
「話がおかしな方向に行く前に、私からみんなに伝えておくわ」
「お願いします」
思った通りの答えが返ってきて、マリエルはその様子を想像して苦笑いしながらそう言うと、一端席を立って電話で自治会長へと事実を伝えた。
それからしばし思い出話をしたところで、アイリスがホテルのチェックインの時間が近い事を告げ、挨拶もそこそこにケイト達は中央島南部の州都へと出発しようとしたが、
「……」
「あの、お嬢様。側車の方にですね」
「万が一のことがございますから」
ケイトがそそくさとバイク部分の後部に座って、座席にしがみついてしまった。
「そのときは、イライザがなんとかしてくれるんでしょう?」
「はい。それはもちろん」
「頼りにしているわ」
「はいー。ではしっかり腰にお掴まりください」
「イライザ……」
期待に満ちた目で頼まれたイライザは、にへっと笑いながら前に座り、あれだけ反対していた事をいとも簡単に覆してしまった。
上機嫌なケイトとイライザをバイク側に、不承不承な様子のアイリスを側車に乗せ、サイドカーは来た道を走り去って行った。
「偶然後から来たんだから、別に隠れる必要無かったんじゃないんです?」
3人を見送ったマリエルは、くるりと後ろを振り向いて、半開きの玄関ドアの内側にいる人物に呼びかけた。
「いやあ、まだちょっと直接顔を合わせづらくてね? いろいろ苦労掛けてしまったし」
「親子なのになんでそうなるんですか。まったく」
情けなさげに苦笑いするその人物はケイトの父・ケヴィンで、お茶会の最中はマリエルの養子の部屋に護衛の使用人達と共に隠れ、ドアの隙間から娘の様子を覗っていた。
新聞の報道で見る、組織の長としての風格は今の彼には全く無く、家に娘の女友達が遊びに来た、休日の気まずそうな父親そのものだった。
「――しかしまあ、もう僕がいなくてもケイトは平気な様だね」
遠ざかっていくバイクの排気音を聞きながら、ケヴィンは物寂しい心情を漏らした。
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