墓参り

 西諸島州中央島北部。目が覚める程に白い岩盤が露出する、海沿いの崖上に通された上り坂の道を、ケイト、イライザ、アイリスを乗せたサイドカーが走っていた。


 バイク部分には前にイライザ、後ろにアイリスが乗っていて、


「……」


 サイドカーの側車部分には、憮然とした表情で花束を手にするケイトが乗っていた。


 彼女達の視界の左側を、高さが最大でも3メートル程の硬葉樹の雑木林が高速で流れていく。


 首都はすでに肌寒くなっていたが、西諸島州は海流の関係で非常に温暖なためむしろ暑くすらあり、まだ夏向きの服装でも問題ない気温になっている。


「ねえイライザ!」

「はい!」

「やっぱり後ろに乗っちゃだめなのかしら!」

「はい!」

「万が一の事がございますので!」

「そう……」


 この日何度目かの同じ質問を飛ばしたケイトへ、メイド2人は過去と全く同じ答えを返した。


 ケイトとアイリスの服装はいつものメイド服に兵士用のヘルメットとゴーグルだが、ケイトはフルフェイスのものを被り、白い革ジャケットとパンツを着用していた。


「……」


 ケイトがそうまで乗りたがる理由は、アイリスがイライザの腰に手を回し、抱きつく様に乗っている事が羨ましいからだった。


 チラチラとそんな羨ましげな視線を向けられ、メイド2人は内心でかなり心苦しい思いをしていた。


 まもなく坂を登り切ろういうタイミングで、正面に真っ白い灯台が正面にせり上がるように見えてきた。


 角のように突き出した、少し下って水平になる岬の先に立つそれは、あまり高さがないもののどっしりとした佇まいで、風が強い日であっても非常に安心感を感じさせてくれるものだった。


 近くに平屋で石造りの灯台守小屋があるのだが、灯台の根元まで雑木林が続いていて確認出来なかった。


 道が林の中に入っていく手前でサイドカーを停め、タープの中で白いワンピースと麦わら帽子に着替えるとアイリスを番に残して先へと進む。


「ここが……、お母様が育った所……」


 防風林に囲われた灯台と同じ白い灯台守小屋と、その背後にそびえる灯台を見つめるケイトは、感慨深そうにそうつぶやいた。


 灯台守小屋は平屋の頑丈な石造りのもので、冬場の強い南風に耐えられる構造になっている。


 それらは、銀板写真で何度も見たケイトの母・マリアナの生家であったが、娘を連れてくる前に彼女は没してしまったため、ケイトが実物を見たのはこれが初めての事だった。


 ケイトはその脇にある細い土の道を抜けて、水平線上に浮かぶ本土を望む崖沿いに出た。


 そこには、シンプルなデザインの白い墓石がひっそりと海を背に立っていて、ケイトの母・マリアナの名前と生没年月日が記されていた。


 ケイトの暮らす屋敷の敷地内にもあるが、それは墓石が置かれているだけで棺桶はこちらに入っている。


 花束を墓に供えたケイトが、目を閉じて亡き母へ祈りを捧げていると、


「……」


 ふいに人の気配を感じたイライザが後ろを振り返った。


「どうしたの?」


 ちょうど目を開けたケイトは、イライザの視線の先を追いかけつつそう訊ねる。


「――マリアナ……!?」


 茂みの方から恐る恐る、といった様子で顔を出した女性が、ケイトの顔を見て幽霊でも見たかのような驚愕の表情を見せた。


「マリアナは母ですが……」

「……ああっ、ごめんなさい。ケイトちゃん、よね?」

「ええっと、もしかしてマリエルおばさん?」


 怪訝そうなケイトへマリエルと呼ばれた女性が訊ねると同時に、一度だけ首都の屋敷へやって来た彼女の事をケイトは思い出す。


「そうそう。大きくなったわね。ケイトちゃん」

「お久しぶりです」


 こんなだったのにねえ、とマリエルは手のひらで自分の腰の高さを示し、礼儀正しく挨拶を返したケイトにしみじみといった様子でそういう。


「お墓参りに来たの?」

「それもあるんですが、原材料の仕入れ先探しと研修の下見です」

「なるほど。もう立派な経営者なのね」

「そこまでじゃないですよ。まだ」


 手放しの称賛を受け、ケイトは少し気恥ずかしそうに微笑んでそう言った。


「ところでその、お時間って今ありますか。少々お茶をしたいんですが」

「ええ。いくらでもあるわ」


 せっかくの機会だからマリアナの話を聞こう、と考えたケイトの問いにマリエルは快諾し、作業着の胸ポケットから小屋の鍵を取りだした。


 3人が出入口に着くと、イライザの指示でサイドカーを家の前まで持ってきたアイリスと合流した。


 白い塗装の扉を開くと、玄関はなくいきなりソファーセットとラジオ、電話機が乗っているラックだけが置かれた居間となっていた。


 その奥に右側が閉まりきっていない2つ寝室の扉があり、左奥にはL字に張り出した形になっている水回りへとつながる扉があった。


 この家に住んでいるのはマリエルとその養子の青年だけで、彼は西諸島州北島連絡船の船員として勤務中のため不在だった。


「お爺さま達は住まれていないんでしたっけ」

「両方とも年だから町の方で暮らしているわ。一昨年ぐらいまでは一緒だったんだけど」


 マリエルが自らお茶を煎れようとしたが、それをアイリスがかって出て、信用していないわけではない、と断ってから持参したティーセットと水を台所へ持ち込んだ。


「なんだかすいません」

「まあ、いろいろ怖い目にあっているもの。不安でも仕方ないわ」

「私が、というよりはメイド達が心配してまして」

「お嬢様に何があれば、我々に生きている意味が無くなってしまいますので」

「そ、そうなの」

「まあ、ほとんどは」


 長いソファーに座るケイトの後ろに佇むイライザの発言は、冗談という様子は全くなくケイトも否定しなかったため、マリエルは微笑みを浮かべつつも少々困惑していた。


「母はどういう人だったんでしょうか?」

「多分あなたのイメージ通りね。おっちょこちょいな所があったけれど、困っている人全員に手を差し伸べるような人だったわ」


 有り体に言えばみんなのアイドルっていう感じ、と言うマリエルは、視線を棚の上に置かれた写真立てへと向けた。


 そこには、あまり似ていない姉妹の、幼い頃のツーショットの銀板写真が入っていた。

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