7
メイドの杞憂 1
「替え持ってきたぜ」
「ありがとうございます……」
ケイトが疲労で熱を出して寝込んでいた最中、
「ってなんて顔してんだ。お前」
サマンサがケイトの下着などを籠にいれて寝室の前にやって来たが、それを受け取ったイライザはデフォルメされた負けそうなクマ様な顔をしていた。
「……」
「スマ……すいません、どうも敬語って慣れないもんで」
「……左様ですか」
「なんだお前、寝てねえのか?」
「そうでしょうね……」
いつもはやんわりと注意するイライザだが、彼女は微妙にかみ合わない反応をするだけだった。
その状態を鑑みて、ケイトの寝室にはアイリスもいたが、彼女も彼女で不安げな様子を表情には出していないものの、自分の髪を何度も触っていた。
「どんな具合なんだよ、お嬢、――様は」
「はい……。お医者様からは、そこまで差し迫った様態ではない、と伺っております」
「なら別にいいだろ。そんなに心配しなくても」
説明している間にもイライザは足をソワソワさせ、背後のベッドで荒い息をして眠っているケイトを何度も見やった。
「そうなのですが……、ですが……」
主人を害する敵を排除するために見せた、視線だけで射殺せる様な鬼気迫る雰囲気は微塵もなく、サマンサは彼女が自分よりも小さくなった様に感じた。
「あー……。おい、ちょっと廊下出ろ。イライザ」
「いえ、私がここを離れるわけには……」
「なんだ? アイツが信用できねえか?」
「そんな事は……」
「アイリス、ちょっと護衛代理してくれ」
「……? はい」
「ですが……」
「良いから来い。ちょっとドア閉めるだけだっつの」
あんまり大声にならない様にそう言ったサマンサは、半ば無理やりイライザを廊下に引っ張り出した。
「お前さあ、いつものあの腹立つぐらいのニヤケ顔はどうしたんだよ? んな情けねえ顔しやがって。そんなんじゃお嬢様の気が休まらねえだろ」
「……戻っても?」
「だめだ」
イライザはすぐにドアノブに手をかけようとしたが、サマンサはそれを払って彼女を睨みつける。
「重々承知してはおります。しかし、お嬢様に万が一の事があれば、と考えるとどうにも……」
ウジウジした様子で自分を抱きしめるイライザの様子に、サマンサは深々とため息を1つ吐いて腕組みをする。
「いいか? 弱ってるときってのはただでさえ不安なもんなんだよ。そんなんで看病されたらどんな気持ちになるか分かるか?」
「それは、まあ……」
「じゃあ、いつも通り敵をぶっ殺すぐらいの勢いでいたらどうだよ」
「――私は、お嬢様を害する者ならば、必ずこの手で捻り潰す所存でございます」
「お、おう。いきなり物騒だな……」
「ですが、お嬢様を害する病は、お医者様ではない私ではどうにもなりません……。もしこれが不治の病であれば、私はただ死にゆくお嬢様を傍観する事になるのでは、と……」
俯き加減のイライザの言葉に混じる震えが徐々に大きくなり、その闘犬の様な凜々しい瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。
「お前それ、心配しすぎなだけじゃねえか。そのときに考えれば良いだろんなもん」
サマンサはもう一度ため息を深々と吐いてから、特に気を遣ってということもなく少し冷ややかにそう言い切った。
「……なる、ほど」
「失礼。イライザさん」
「はい、なんでしょう」
鼻を赤くしたイライザが顔を上げて、その事に後ればせながら気が付いたところで、アイリスがドアを僅かに開けて、ケイトが熱に浮かされてイライザの名前を呼んでいることを伝えた。
「分かりました。もうよろしいでしょうか?」
「おう」
居ても立ってもいられない、といった様子でサマンサに尋ねたイライザは、彼女の答えを聞いて素早くケイトの元に駆けつけていった。
うんうん、とうわごとを言っているケイトの手を握り、いつも通りの明るさでどこまでも優しく微笑むイライザを見て、
「やーれやれ」
サマンサは頭の後ろで手を組み、親友のメイド・セシリアが待つランドリーへと向かって行った。
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