意外な援軍

「ど、どうすんですか」

「お姉ちゃん……っ」


 はうわわ、とガタガタ震えるレイチェルに、ジュディはポロポロ涙を流しながらしがみつく。


 向こうから発砲音がして、車体に当たったり、その横を銃弾が散発的に跳ねる音が聞こえる。


「イライザどう? 全員何とかなりそう?」

「はい。少々手間取って5分程度ですが」

「あ、そう。SMGサブマシンガンもって来てて良かったわね」

「はい」


 この期に及んでまだまだ冷静なケイトと、銃だけ出して撃ち返すイライザの2人は、業務連絡の様に淡々とそう話した。


 その後、イライザはアタッシュケースからSMGと、その弾倉が刺さった弾倉入れ付きベストを取りだして装着していく。


 ほとんど空になったケースを立てて、反対側からの銃撃からケイトを守る盾にした。


「一応この後ろにいなさい。これ防弾仕様だがら」


 ケイトに言われた姉妹は、シャカシャカと四つん這いで指示通りに移動した。


 装備が整い、さあ突撃、と前の方から顔をひょこっと出したイライザは、


「おや。お嬢様、どうやら私の出る幕ではない様です」


 すぐに引っ込めて後ろにいるケイトへ、少し柔らかい調子でそう言った。


 『ウォーム・ファミリー』の車列の後ろに、他のマフィアの車両が10台ほど並び、中からアサルトライフルで武装した私兵部隊が展開されていた。


「おい貴様ら! ここが誰のシマだと分かってやってんのかゴラ!」


 その最後尾の車両から、黒いスーツの護衛を連れた、短い金髪を逆立てたスーツにサングラス若い男が降りてきて、『ウォーム・ファミリー』へ向かって啖呵たんかを切る。


 よく通るその声に、『ウォーム・ファミリー』構成員は銃撃を止めて振り返った。


「ウチと全面戦争してえなら撃ってこい! その気がねえならとっとと失せやがれ! このドブネズミ共が!」


 大規模抗争は避けたい『ウォーム・ファミリー』の現場指揮役は、若い男に中指を立てつつも構成員に撤退を命じる。


「もう大丈夫でしょう」


 一目散に撤退していく『ウォーム・ファミリー』を見て、イライザは主にケイトへ向けてそう言って微笑んだ。


「彼らが『アルゴス・ファミリー』ね」


 イライザの隣にやって来て、車体の陰から顔を出したケイトは、まだ周囲への警戒を解かない『アルゴス・ファミリー』構成員達を見ながらイライザへ問う。


「左様でございます」


 それを言い当てた主人へ、半分以上いつもの雰囲気でそう答えたイライザは、装備を外し始めた。


「よ、良かったぁ……」

「悪い事なんかするもんじゃないわね……」


 緊張の糸が切れたボギー姉妹は、ぱったり、と引っくり返って安堵あんどの息を漏らした。


 完全に『ウォーム・ファミリー』が撤退してから、


「おい、嬢ちゃん達。大事ねえか?」


 気の抜けたままの姉妹と、優雅にティータイム中ケイトと、その傍らのイライザに若い男はそう訊ねる。


「はい……。助かりましたエリックさん……」

「ありがとうございますです……。はい……」


 ゆるゆると起き上がった姉妹は、かしこまってエリックと呼んだ若い男に、へいへい、とお礼を言った。


「俺達がちゃんと見てねえせいですまねえな。車は何とか都合つけてやんよ」


 かけらも威圧感のない態度で、自嘲気味に謝るエリックへ、レイチェルは畏れ多い様子を見せて、いえいえそんな……、と言った。


「そっちは……。大丈夫そうだな」

「おかげさまで。助かったわ。ありがとう」


 続いてケイト達の方に視線を移すエリックは、あまりにも余裕綽々よゆうしゃくしゃくな様子に拍子抜けした様子を見せる。


「おう……。ところで、この辺じゃ見かけねえ顔だが、旅行者かなに――」


 困惑しつつも、ひとまず世間話的な会話をしようとしたエリックは、ケイトの横にいたイライザの顔を見て固まった。


「……若?」

「いや、大した事じゃねえ」

「はあ……」


 目を見開いて凝視するエリックに、傍らにいる側近の女性護衛が心配して訊くが、やや頻繁にまばたきをする彼は、咳払いをしてそう答えた。


「なあそこのメイド」

「はい?」


 エリックはやたら恐々とした様子で、ケイトをにこやかに見守っていたイライザへ声をかける。


「あんたその、エレイン、だよな……?」


 両眉を上げているエリックは、イライザに目を奪われている様子で訊く。


「はて。人違いではございませんか?」


 完全に知らない様子で答えて柔らかに微笑ほほえむと、イライザはすぐに視線をケイトに戻した。


「ああ、そうか。すまない……」


 確信めいて訊いたがそう言われてしまい、エリックは首をひねりながら去って行った。


 ケイトはそんなイライザへ、いいの? といった様子で目線を送ると、イライザは少し懐かしげな表情を見せつつ首を縦に振った。


「もうここまで来たら、直接来て貰った方が早いわね」

「はい」


 運賃払っておくから呼んでちょうだい、と指示を出して、イライザから財布を受け取ると、ケイトは姉妹に料金を訊いて渡した。


「まい――、ってちょっと多すぎませんか!?」

「多少は私達のせいではあるのだし、迷惑料よ。まあチップだとでも思っておいて」


 運賃の30倍ほどの高額をポンと渡され、レイチェルはひっくり返りかける。


「お姉ちゃんこれで借金返せるよ!」

「そういうこと言わないの。でも、返しに行っても今回の事で何されるか……」


 ぱあっ、と明るい表情をするジュディは、そう注意された後の姉の言葉に、急速にしょんぼりした顔になった。


「なら、一緒に行ってあげましょうか?」


 そんな困り果てている姉妹に、ケイトは軽い調子でそう提案した。


「いやいやいや!」

「いくらメイドさんが強いって言っても、そんな無茶な……」


 2人して泡を食った様にそう言い、手をぱたつかせて言う。


「まあ見てなさい。下手に手出しなんか出来ないから」


 フードの下の妙に自信たっぷりなケイトの笑みに、理解が追いついていない様子だったが、そこまで言うなら、と姉妹はお願いした。


 まもなく、イライザが無線で呼び出した自家用車がやってきた。

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