急襲
「あっ、お嬢様お嬢様ー」
「何? 振り返って何か分かったの?」
「いえー。私、今朝クッキー作ったのですよー。今もって参りますね!」
特に許可も得たわけではないのに、イライザは先走ってバタバタと書庫を出て行った。
「……何も考えて無かったわね、アレ……」
開け放たれたドアを
キッチンはちょうど半周したところにあり、普通なら往復で4分はかかるが、イライザは一分半ぐらいで木皿にクッキーを入れて戻ってきた。
「ただいま戻りましたー」
「本当足だけは速いわよね……」
「お褒めにあずかり――」
「褒めてないから」
「ありゃあ」
息切れも一切していない事に舌を巻きつつも、ケイトはバッサリと切り捨てた。
楽しそうにガクリ、とオーバーなリアクションをしたイライザは、本の傍らにそっと皿を置いた。
「あと、ここでは食べない事にしてるから」
「食べかすの心配なら無用です。1口サイズに作っておりますのでー」
皿の中に入っているクッキーは、口が小さめのケイトにはちょうど良い、コインサイズ
に作られていた。
「そういう事じゃないの」
「味は
「そういう事でもないの」
「では、どういった理由なので?」
「言わなきゃ分からない?」
「はいー」
あんまりにも気が利かないイライザに、ケイトはいい加減イラついてきていた。
「と、に、か、く、今食べないものは食べないから。あとちょっと黙ってて? 命令よ」
「承知いたしました」
少し残念そうに微笑みながら、イライザはそう答えると、ロバートに皿を持って行く様に頼んで手渡し、彼女は気をつけをして自らの口を塞ぐ。
ぺこり、と一礼した彼は、足早にキッチンへと向かった。
「……」
ダメ元で言ってはみたが、思いのほかあっさり言うことを聞いて、ケイトは再び拍子抜けしていた。
とはいえ、静かになった事は彼女としては喜ばしく、やっと集中出来る、と思いつつ本を開いたのだが、
「イライザ、もう少しカーテン開けて」
「……」
「イライザ?」
イライザが一言も発さずに、窓際へと移動した事を不審に思って振り返った。
すると、彼女は赤い顔をしてプルプルと震え、肘でカーテンを開けようと四苦八苦していた。
「ちょっとちょっと! 息を止めろ、とまでは言ってないわよ!?」
慌てて立ち上がったケイトは、その口を塞ぐ手を引っぺがした。
「左様でございましたかー」
「流石に言わなくても分かって頂戴……」
そんな馬鹿な事をしていると思っていなかったケイトは、心臓をバクバクいわせながら、呆れかえった様子でため息を吐いた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「今度からちゃんと常識で物を考えてよね、全くもう……」
今度こそ落ち着いて読書が出来る、とケイトは再び席に着いた。
改めてケイトの指示に従って、イライザはカーテンに手をかけた。
「――ッ!」
ふと屋敷の門を見た彼女は、
「今度は何――」
「失礼いたします」
またウザ絡みか、と思ってイライザの顔を見たケイトは、そこからいつもの笑顔が消えていたのを見て戸惑いを見せる。
「どうし――」
間髪を入れずに、主人を素早くお姫様抱っこをしたイライザは、机を飛び越えて書庫から飛び出し、すぐ横の柱の陰に隠れる。
「耳と目塞いでください!」
「えっえっ!? ――きゃッ!?」
直後、窓を突き破って飛び込んできた
イライザが見た物は、門を破壊してドリフトの要領で玄関に横付けされた、どこの所属でもない重装甲車だった。
それから武装した集団が続々と降りて来て、そのうちの1人がランチャーで書庫の小さな窓へと打ち込んだのが、先程の榴弾だった。
装甲車の後ろに連なっていたピックアップトラックが、屋敷の裏や側面に回り込み、各所から襲撃をかけ始めた。
屋敷のあちこちで銃声が響く中、イライザはスカートを股の辺りまでたくし上げ、右腿のレッグホルスターから50口径を抜いた。
「こちらイライザ。お嬢様を警護中。状況報告求む」
弾を装填して胸の高さに構えつつ、逆の方にある無線機を取り出し、イライザはイヤホンを耳に挿すと使用人達へ無線を飛ばす。
『こちらアイリス。キッチンでケーシーと共に交戦中。数は10』
『こちらチェルシー! 浴室前掃き出し窓から5!』
『こちらザック! 正面から15! シャッターは作動済み!』
『あわわ……。リネン室横から5! ――ああっ、セシリアですぅ』
『こちらネイサン! 非戦闘員避難誘導中! 5人全員無事を確認!』
一斉に使用人達から返答が帰ってきて、状況を把握したイライザは、
「了解! 各自人命優先で規定通りに!」
『ラジャ!』
そう指示して無線を切った。
屋敷の内部からも銃声が響き渡り始め、工事現場のような騒がしさとなった。
「なになにッ!? 何なの!? 説明して!!」
驚きやら恐怖やらでパニックになって、ケイトはイライザに詰め寄る。
「後でご説明いたしますから」
ですので、どうかお静かに、と言いながら、いつもの人懐こい笑みでハンドサインを交えてイライザはそう言う。
姿勢を低くする様に言う彼女は、時折頭だけ出して廊下の左右の様子を覗う。
「それ、本物なの……?」
「はい」
「撃ったら弾が出るの……?」
「はい」
「……人が、死ぬの?」
「はい」
「間違い……、なく……?」
「はい」
「手加減は……?」
「出来ませんね。この銃では」
ぎゅう、っとスカートを握りしめ、顔をどんどん青ざめさせて訊くケイトに、イライザはいたって冷静な様子で答える。
「話し合いで、どうにかならない?」
「……」
「イライザ……?」
「失礼。――お嬢様は、そういうお方でしたね」
「えっ……?」
「やってみましょう」
主人の土台無理な提案を聞いたイライザは、緊迫した状況に似つかわしくない、懐かしそうな微笑みを見せてそう答えた。
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