メイド・イン・ソルジャー

赤魂緋鯉

お嬢様とメイド

「おっはようございますお嬢様ー!」


 とある高級住宅街の端にある、屋敷に仕えるメイドのイライザは、満面の爽やか笑顔でヒモ引き式のカーテンを開け、主人の少女・ケイトの寝室に朝日を入れた。


「……今日は起きるまで寝かせて、って言ったわよね……」


 眉間にこれでもかとシワを寄せて、ケイトは指示をすっかり忘れていたイライザへ、静かに怒りをあらわにする。


「ああ、そういえばそうでしたね」

「ちょっと……」


 申し訳ありません、と素直に謝ったイライザは素早くヒモを引いて、金糸をふんだんに使った厚手のカーテンを閉め直した。


「閉めなくて良いわよ……。もう目が覚めちゃったわ……」

「はあ」


 渋い顔のまま、キングサイズの豪奢ごうしゃな天蓋付きベッド上を、ケイトはのそのそとイライザがいる方へと移動する。


 素早く彼女のスリッパをその足元に並べると、イライザはチェルシーというメイドが持ってきたケイトの服を受け取った。


 クリーム色のシンプルなブラウスの下に、濃いめのグレーのロングスカートを合わせ、仕上げにベージュのカーディガン、というシックな組み合わせだった。


 それを手に、寝室の入り口から見て左奥にある、化粧の間へ向かう主人に続く。


「ちょっと引き締めたいから、コルセットもお願いできる?」

「おまかせを。少しゆるめでよろしいですか?」

「ええ」


 パタパタとせわしない様子だったイライザだが、着付けとなると、非常に無駄のない動きを見せる。


「着付けだけは気が利くわよね。あなたは」

「おお、おめいただき――」

「褒めてないから。それ以外はダメって意味よ」


 褒められたと思って、撫でられる犬みたいな目をしたイライザに、ケイトは冷たくそう言ってバッサリ切り捨てた。


「あれま」


 別にショックを受けた様子もなく、イライザは残念そうにニコニコしている。


「……反省しているの?」

「はい! 山よりも高く谷よりも深く!」

「言ってるだけよね。いつもだけれど」

「努力はしているつもりではございますよー。――絞め具合いかがですか?」

「その方向性が間違ってるんじゃないの? ――もう少しキツくて良いわ」

「なるほど、その考えはありませんでした。流石さすがはお嬢様です。――いかがです?」

「イヤミなの? ――それで良いわ」

「滅相もございません。――承知しました」

「どうだか」

「あ、お嬢様お嬢様。朝食はいつも通り、トーストと新鮮な果物ご用意しておりますよ」

「はいはい。それは良いから手を動かしなさい」

「承知しましたー」


 ケイトの言葉には所々いちいちとげがあったが、イライザはケロリとしてそう返事をし、主人のウェーブがかった長い金髪を結い始めた。


 化粧水を塗ってから、マイルドな香水を軽く振りかけたケイトは、おもむろに立ち上がって1階の中庭へと向かう。

 当然、イライザはその後ろをついていく。


 横に長い屋敷の中庭はサンルームになっていて、やや冷えた屋外とは違い、柔らかな温もりのある空気に満たされていた。

 庭園に植わる草木や花々も外のものに比べ、鮮やかな色をしている。


 その中心部にある、金属製の白いガゼボのテーブルにケイトがつくと、近くにいたメイドのイザベルとデボラ、執事長のクリスがキッチンへと向かって行った。


「お茶はアールグレイでお願いね」


 もう1人いるメイドのアイリスに、ケイトは指示を出したのだが、


「はいはいはい! お任せあれ!」


 イライザが勝手に引き受けて、自分達がやってきた方とは逆サイドにある、キッチンへ向かう扉の向こうに駆け足で消えていった。


「……アイリス、ヘルプに行って貰える?」

「承知いたしました」


 しわを寄せた眉間に指を当て、かぶりを振りつつアイリスへそう言って、イライザの後を追わせた。


 数分後、


「おっおっ、なかなかバランスが難しいですねっ」


 片手にティーセットが乗った盆を乗せ、カタカタと震わせながら、イライザは大理石で舗装された通路を戻ってきた。

 ちなみにアイリスは、その横で万が一のときカバー出来る様に構えている。


「遅いわよ」


 テーブルにはすでに朝食が来ていて、憮然ぶぜんとした表情でそんなイライザをにらみながら急かす。


「いやあ、申し訳ありません」


 盆の上を凝視しながら、気持ち速歩きしつつ、イライザはフラフラとガゼボに近づく。


「いまさら急いでどうするのよ。遅くても良いから持ってくるのに集中なさい」

「はいっ! ――うわっとっと」

「ちょっ!」


 返事をするために目線を外したせいで、思い切りバランスを崩してしまった。


「あっぶなかったですねぇ!」


 だが、なんとかスプーン一つ落とさずに持ちこたえた。


「それ一点物なんだから気を付けてよね。もう……」


 ケイトと使用人4人共々、深々と息を吐いて胸をなで下ろす。


 そこから残り数メートルはかなり慎重に進んで、やっとテーブルにたどり着いた。


「ねえイライザ、前から言ってるけれど、できないならやらなくて良いのよ」

「お気遣いありがとうございますー。しかし、いずれ出来る様になって見せますので!」

「それまでに損害が凄いことになりそうね……」


 やる気と向上心だけは満々のイライザに、ケイトは怒りを通り越して呆れていた。

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