剣と鞘のつくりかた 《宿世の章》

橘都

第1話 (1)



 二人は、なにも劇的に出逢ったわけではなかった。

 二人にとっても、世間的に見ても、それはよくあることだった。


 デットはその日、砂漠の中の憩いの地ナカタカの町に逗留してから、幾度目かの夕食を“穴熊”でとるべく、食事処には見えない質素な建物の扉を開いた。

 凝った外装のない、看板すらないその店を、町の案内人は観光客にはあえて教えない。興味本意で来られては迷惑と、店主が固い意思を町の元締めに発しているからだ。

“穴熊”という名も、建物に看板がなく、それどころか元々店名すらないために、客たちが仕方なくそう言うようになっただけのことだった。デットがそこを初めて訪れたのは、本当に偶然が重なったにすぎない。

 まだ青年といった外見のデットは、店に入った途端に静かだった外の空気から一転、賑やかしく男たちが飲み騒ぐ喧騒にいつも通り居心地のよさを感じながら、最近定位置となりつつある席が空いているのを見つけて座った。

 大木を割って作られた無骨ないくつかの大卓のほうには、体格のよい男たちがそれぞれに飲食し大声で笑い騒いでいる。デットはそちらではなく、店主たちが調理をする前に作りつけられている長卓のほうを好んだ。この店に来る男たちは大勢で騒ぐ者が多く、長卓の個席の方はまばらに埋まっているだけだった。

 デットは食事の前の酒を先に頼んだ。一人で静かに飲むことを選んだが、喧しいほどの喧騒を背後に感じるのは悪くはない。勝手に男たちの会話が耳に飛び込んできて、聞いていて飽きない。

 客のほとんどが体格のいい男たちの中で、デットは長身だが、見るからに戦士と言った風貌ではない。戦士が多く訪れるこの店にデットがいても、男たちはまったく気にかけはしなかった。デットは外見上個性的ではあるが、周囲に溶け込むような雰囲気や空気感というものを持っているからだった。

 デットがしばらく一人酒を楽しんでいると、ここ数日気になっている存在が店に現れたことに気づいた。

 豪快に笑い酒をくらう男たちの隙間をやっとのことですり抜けた少年が、デットが座っている近くの長卓席に乗り上がるように座った。

 一般の者ならば店に入っただけで怖気づいて慌てて踵を返すほどの独特の店内に気後れせずに侵入した少年は、長卓の内側で忙しく立ち働く店主を無表情に見つめていた。

 この少年が店に現れるのは、夕食どきを迎えて店内が最高潮となるころだ。その時刻は一般家庭の夕食どきには遅く、いつも少年はなにも注文をしない。食事をしにきているのではないのだ。

 少年に気づいたこの店の主人は、仏頂面の年季の入った眉間の皺をさらに深くし、無言で水の入った杯を少年の前に置いた。少年はデットに届かぬほどの小さな声で短く礼を言い、杯に一度だけ口をつけると、すぐに長卓の上に置いた。

 他の客に呼ばれた店主が離れると、少年は顔は前に向けたまま少し目を伏せ、ただじっと座っていた。店主と少年の間に、なにか約束事があるようだと、デットは少年の観察をして思っていた。

 少年はひょろりと縦にだけ成長しているようで、手足は長いのに中身が伴っていない。金に近い薄色の短髪を隠すように巻布で覆い、ごく一般的な質素な衣服を身につけているが、育ちのよさなのか本人の資質なのか、少年は見目がよく、清潔感を見る者に与えている。目立たぬようにはしているのだろうが、醸し出るものは隠しきれてはおらず、少年を気にしている者は店内に幾人かはいるのだろう。

「可愛らしい戦士だな。なんの用でこんなところにいる?」

 流行りの衣服を着た若い男が少年に声をかけたのは、明らかに顔立ちの整った少年に興味を持ってのものだった。しばらく前に店に入ってきた、男としての魅力を自己演出しているような、見た目は悪くはない若者だ。

 この店は戦士の斡旋屋も兼ねている。少年に声をかけた若い男も、他の多くの男たちも、腰に剣を下げていた。デットのほうは、一般的な長さの短剣を腰に括りつけているだけだ。

 若い男の無遠慮な声かけに、少年は薄く透き通った翠の瞳を若い男に見据え、

「あなたには関係のないことだ」

 と、素っ気なくも、はきとした声音で告げ、また前を向いた。デットが初めて聞く少年の声は、まだ大人になり切れていない、少し幼さを感じさせるものだった。

「そんな邪険にすることはないだろう? 仕事の依頼だったら、俺が受けてやろうか?」

 他の店ですでに酒をやってきたのか、若い男は薄笑いを浮かべながら、さらに少年に絡んだ。

 この店では長卓の個席に座る者には無闇に声をかけないことは暗黙の了解であるが、そんなことは若い男にはわからないものなのだろう。

 若い男の目は、誇り高き傭兵のものとは思えない、野卑なものだ。中性的で女性にも見えるほどの少年に、執拗に興味を持っているらしい。面倒なことにならねばいいがと、デットは自分の酒杯を傾けながら思った。

 そんなデットの内心に構わず、少年は馴れ馴れしい若い男に冷めた視線を向け、言わなくてもいい言葉を吐いた。

「弱い者に務まるものではない。おれに構わないで」

 案の定、少年の言葉にいきり立った様子の若い男は、

「誰に向かって言ってる! お前の命など一捻りでなくなるぞ!」

 いきなり乱暴に少年の片腕を掴み上げ、勢いよく椅子から引きずり落とした。

 デットは座っていた席から一呼吸のうちにその場へ行くと、少年の腕をつかむ若い男の腕を己の手でつかみ、反対の手で腰につけていた短剣の抜身の刃を若い男の喉元に突きつけた。

 短剣の磨かれた刃が、店内を照らす灯りを反射し、美しい光を放った。

「弱い者に暴力を振るうような奴を“弱い者”と言うのさ。知らないのか?」

 そう言葉を発しながら、デットは若い男の腕をつかむ手の力をさらに強めた。少年が腕の痛みに顔を歪ませながら自分の腕を取り戻したのを横目で確認する。

 騒ついていた店内は、いつの間にか静まりかえっていた。



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