二度と握れない青い春

橋本龍太郎

第1話 脚本家

 くしゃみと同時に目が覚めた。

昨晩の妥協した原稿用紙が、まだ机の上にある。

眠りに就く前に、朝目が覚めるとその原稿用紙に誰もが舌を巻くような物語が、

完成している事を願ってベッドに入った自分を思い出し情けなくなった。

寝ぼけ眼で歯ブラシを咥えながら煙草のヤニで黄ばんだ壁に掛けられている

カレンダーに視線を送った。

日付が4月8日だった。

大人になると、学生の頃にあった曜日感覚や時間の経過というものが皆目となる。

それは、僕が売れない脚本家で毎日家から出ることもなく、ゴールの見えない

本を書いている事が原因なのかもしれない。

それに、家から出ないのは家を出てもそれといって何か出来るお金を持ち合わせていないのが、原因だった。

 昼過ぎに、インスタントラーメンを啜る僕の携帯電話に一通のメールが送信されてきた。

「今井さん、お久しぶりです。

 急で申し訳無いのですが、もしお時間があるのでしたら是非、うちの劇団の

 脚本をお願い出来ないでしょうか?

 お気持ち程度のお給料しかお渡しできないのですが、よろしくお願いします。」

連絡をくれた相手は、僕が以前に一人で暗鬱な気持ちの夜に何となく立ち寄ったバーで働いていた入山という男だ。

そこで、入山が劇団を立ち上げて役者をしていると話してくれて、意気投合し時々こうして仕事をくれる。

仕事の無い僕にとってはとても頼りがいのある男だ。

僕は、直ぐに入山に返信をした。

「久しぶり。勿論、書かせてもらいます。

 いつも、ありがとう。」

こうして、無頼漢の日常に少しだけ忙しさという光がやってきた。

入山は、起承転結がしっかりとしていて東野圭吾の仮面山荘事件のように最後に見ている観客をはっとさせるような本を書いて欲しいというのだ。

内心では、そんな本を書けているのなら疾っくの昔にスポーツカーにでも乗っていると思った。

入山から仕事の依頼を受けてから二週間が過ぎたが、原稿用紙は白紙のままだった。

原稿用紙どころか、僕の頭の中までもが白紙だった。

仕事に乗り気でないという事ではない。

仕事の無い僕に時々こうして仕事をくれる入山には、本当に感謝をしている。

しかし、最近よく考える事がある。

それは、中学時代の僕にとって一番の青春時代。

中学生の頃に、僕は仲の良かった親友三人と将来について語り明かした。

二十歳では、こんな大人になっているという妄想や、何歳でどんな人と結婚をしているなどと、冬のコンビニの前でインスタントラーメンという庶民的なもので暖を取りながら朝を迎えたりしていた。

中三の時には、高校受験という人生で一番最初の大きな分岐点から三人で逃げて塾をサボり大きな公園の池の辺りで、天地がひっくり返り水面に揺れる夕日に向かって礫を投げ捨てたりもした。

それが、高校に入学すると僕達はみんな別々の高校へと進学した。

時々、遊んだりはしていたけれど中学生の頃のように会う機会は格段に減っていった。

中学生の頃は、僕達はきっと全員がお互いの時間を共有して生きていると思っていた。

しかし、高校生になると同時にそんな事はこの世には無いという現実を突きつけられたような気がした。

この世の人間は、誰もが自分自身の中で自分だけの時間しか流れていない。

そして、他人の時間が何故かとても有意義なものに見えて仕方がない。

その人もその人の時間の中で苦しんだり踠いたりしている事は、理解している。

それでも、自分と比べると・・・

などと考えてしまう。

当時の十五歳の僕が、二十五歳になった今の僕を見ると落胆するに違いない。

あの時の僕が、思い描いていた僕はもっと立派な大人になっている筈だったから。

時計の針は、巻き戻る事はない。

そして、僕のペンも動く事はなかった。

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