13 黒龍の指輪
ああ、なんて平和な日だろう。
山小屋の縁側で
天気は上々。お天道様がゆっくりと昇り始めて幾時間か、佑はこうして座り込んで随分と老け込んだ趣味に没頭していた。
お茶には全く知識が無いものの、飲むのは大好きだ。出来れば渋いのがいい。
目の前ではスズメが二羽、てんてんとスキップしていた。ちゅんちゅん、と可愛らしい声で鳴いている。お互いを
仲がいいのか悪いのか、君たちはどうしたことだね。ふふふ、と笑う気味の悪い三十五歳である。
すると突然、スズメ達が飛び立った。
来訪者の予感だ。ううむ、いい雰囲気だったのに。佑は重い腰を上げると、庭先に出ていった。
「ああ、佑くん。いらっしゃいましたか。先日の依頼の件、完了しましたからお持ちしましたよ」
「あっ、わざわざどうもすみません。内藤さんに出張って貰わんでも引取りに伺ったのに」
「いやいや、いいんです。あんな上質なものを扱わせて貰ったんですから、これくらいは」
この方は馴染みの武器防具店店主の内藤さんだ。
若い頃からお世話になっている、その道うん十年の超ベテランである。先日のデラハーゲルの素材を加工してもらうよう依頼したので、仕上がったそれを届けに来てくれたという訳だ。年輩である。遠いのによくも御足労下さったものだと思う。
ちなみにかの騒動は、竜災害のひとつと認定されて竜森新川大戦と呼ばれ、周知された。そしてデラハーゲルの素材は、満場一致で佑が引き取るべきだとギルドでの決定があったそうで、解体専門員達が山小屋に素材を届けてくれたのだった。
「しかしね佑くん。あんな一級品の鱗が沢山、それこそ山ほどあったのに!竜皮をなめして服にするだけってこれ本気ですか」
「え?ええ、本気ですよ。あの上質な竜皮で肌着を作れば相当な防御力になりますからね」
「いや、しかしそれに鱗を接着しても良いし…」
「いやいや、重くなるのはダメなんですよ。軽くなければ最速を活かせないので」
「いやいやいや、では脛当てや篭手などは」
「いーいですから!それやっちゃうと個性死んじゃいますから!残りの鱗は全て差し上げますよ」
「それこそとんでもない!幾らになると思ってるのですか、デラハーゲルのしかも上質な…」
不毛なやり取りが続く午後である。
「はぁ、はぁ…では、これでいいのですね、本当ですね」
「はぁ、はぁ…いいのですよ。俺が良いと言っているのです」
一悶着が終わると、内藤さんは新し目の小型のインベントリから竜皮の肌着を取り出した。
「まあ、とは言え出来の方はと言うと、自分で言うのもアレですが会心の出来です。はっきり言って最高です。控えめに言って120%です。この竜皮の密度は非常に高くて、ちょっとやそっとの事じゃ傷つきません。加えて対突、対斬に強く、火、雷、水に耐性があります」
「完璧ですね。欲しいものを網羅している。いやあ内藤さんに依頼して良かったです」
「いえいえ、こちらこそ。あの上質な獲物に触れる時にね、手先が、指先が、喜ぶんですよ。いえ、悦ぶんです。ああ、至高の時でした」
目がトび始める内藤さんだ。
これはまずい。話が始まれば一時間ではきかないぞ。慌てて会話の矛先をズラしに掛かる。
「あー、ギルドからもたくさん依頼が来たんじゃないですか。エレクトも相当な数いたでしょう」
「そうそう、そうでした。あっちも大なり小なり色々と持ち込まれました。個人的に一番面白かったのは、竜槍ハーゲルにエレクトの麻痺爪を使って麻痺効果を追加して欲しいという依頼でした。刃先を三又にした物です。元のハーゲルの牙を削り出したものを真ん中に据えて、エレクトの麻痺爪を両側に追加工すると言う」
「へぇ、そりゃ面白いですね!」
「他にも鎧に麻痺耐性を付けるという事で、エレクトの麻痺毒袋から表皮を剥ぎ取って貼り付けるとかですね」
「何を考えてるんですかそいつは」
楽しい話は尽きない。
「ところで、佑くんは相変わらず素手にこだわっているんですか」
「ええ。武器は考えましたが、結局最強の武器は拳と魔力と酒でした」
「なるほど。昔から今まで実に佑くんらしいですね。そんなことがやれるのは貴方だけですよ。私も酒は大好きですが、そもそも酒の属性と魔力を練り合わせるって何ですか。ああ、魔力と言えば、指輪はまだ役に立っていますか」
佑の小指に嵌められた、黒い指輪である。
「魔力増幅器でしたかね。あの黒龍の鱗を加工して造ったんでしたね」
「もう、これはインチキと言っていい性能で今でも大活躍です。先の竜森新川大戦で晃のやつもまだ使っていましたよ」
「たまたま剥がれ落ちたものを拾っただけとの話でしたね。幾年経ったのかわからない死んだ鱗なのに、十と余年経っても未だにその力を失わないとは。凄まじい能力ですね」
「加工して下さった天下一の加工屋である内藤さんのお陰ですよ。何度も命を救って貰っています。ありがとうございます」
「まさか、大業なことを。いや、佑くんが無事で居られるならいつでも腕を振るいますとも」
「いつか、その黒龍を倒したいと思っていますよ。いつかね」
「…人間が及ぶ範囲には限りがあります。大自然の力には抗えないし、天災には逆らえない。身体を大事にして下さいね」
「ありがとうございます。内藤さんもね」
その時、庭先に一羽の伝書鳩が羽ばたいて降りてきた。ひとつ、伝書が首に結ばれている。
「お、私のところのですね。うーん、なになに…。何時まで遊んでるんだクソ親父、早く帰ってこい忙しいんだ殺すぞ、だそうです」
ああ、内藤さんとこの娘さんね…快活な子だったなそう言えば。
そう思っていると、青ざめた内藤さんは急に立ち上がると、言った。
「長居が過ぎましたね。またお会いしましょう。佑くん、お元気で」
「ええ、付き合わせてしまったようですみません。娘さんによろしくお伝え下さい」
「では」
「また」
紳士はひとつあたふたとし、ふたつ慌てふためいて帰っていく。
風が冷ややかさを含んで駆ける日暮れ頃だ。
夜の
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