02 小さな仕事人
「たすくぅ!持ってきたよぉ!」
住処の山小屋の前の、一直線に長く続くなだらかな坂を駆け上がってくるひとりの少年が叫ぶ。その肩には、小さな鞄をぶら下げている。タスクは自身の住処である山小屋と自称するにしては大振りな造りの玄関で、小さな客人を出迎えた。
「おお!早いじゃないか。待っていたよ」
「この間のはもう飲んでしまったの。どうかしてるよ、早いのはそっちさ」
「毎度遣いにきてもらって悪いな、翔。酒は俺の生き甲斐のひとつなんだから仕方ないさ。許してくれよ」
この翔という子は、昔よくつるんだ男が経営している街の酒屋の長男だ。今年で十歳になった。一人っ子で、よく店のお手伝いをしている。小さいながらその手腕は確たるもので、父親から任されている仕事の範囲は幅広い。御用聞きから店番、配達まで卒なくこなしているというから驚きだ。既に店の顔として街の人々に知られていた。
「さあ、ご注文の品だよ」
そう言うと、翔は小さながま口の鞄を開ける。そして遠慮なく手を突っ込み、一升瓶を三本取り出した。
「飲み過ぎには注意しないといけないよ」
あまりに大人びた発言にたじろぐタスクだ。非難を避けるように、会話の内容を塗り替える。
「そのインベントリ、だいぶ古くなってきているな」
「ああ、うん、父ちゃんのお古だからね」
インベントリとは、このがま口の鞄のことである。
口の先には亜空間が広がっており、いくらでも物を収納できるという優れ物だ。温度と湿度を使用主が魔力で管理する仕様になっている。
生物などは空間を仕切るように魔力壁で上下前後左右を囲い込み、部分的に冷凍保存したりする事も可能だ。収納する際は、がま口を引っ張れば1m四方に伸びる為、結構な大物も入れ込む事ができる。どこぞの有名な発明家が考案したそうだ。名はドルアーエモンだったか。
しかし物凄く便利な物であるが故、値段も相当なものである。誰もが手に入れられるような物ではないが、そこは溺愛されている上に仕事上手の口上手な翔だ。父親は簡単に丸め込まれてしまったのだろう。
「器用に使いこなしているな。魔力操作の修行は欠かしていないようだな」
「もちろんさ!寝る前の日課だよ」
「見てやろう。ちょっと魔力を練ってみろ」
「よしきた!見てなよ」
翔はそう言って立ち上がると、両手を合わせてムム、っと念じ始めた。途端に、彼の上半身の体表面に薄らと透明なモヤが立ち上った。
これが、いわゆる魔力である。この世に存在する魔法全般を操る根源だ。魔力の限界量が少ない者や才能のない者は、いつまで経っても顕現させられない。
「もう可視化できる濃度まで練られたか。こりゃあ、先が楽しみだ。凄いじゃないか」
「ねえ、たすくのも見せてよ!ちょっとでいいからさ」
「お易い御用だ」
少年の頼みとあらばと、タスクは玄関の土間の真ん中で、棒立ちになって少しだけ力んだ。すると、あっという間に全身を覆う透明なスライムのような膜が出来上がったのだ。見た目にはきらきらとした艶があり、匂いはない。
「やっぱりすごいや。全身に濃厚な魔力を均一に展開できるなんて」
「これを練り変えて火や水、電気や音などに変質出来れば1人前だぞ」
「うう。そんなの出来ないよ。これで飲兵衛でなきゃかっこいいんだけどなあ」
「上等の客になんてこと言いやがる」
ふたり、冗談を言い合う穏やかな昼下がり。外は晴天だ。玄関に柔らかい日が射し込んでいる。僅かな湿気を含んだ一陣の風が、窓から窓へ吹き抜けた。春も終わり頃である。
「あっ!たすく、あれはもしかして」
「ああ、昨日狩ったハーゲルだよ」
「すごい!あんなに大きいハーゲルを狩れるなんて!」
庭先には、昨日清流の畔で出会い、戯れの対象となってしまった哀れな小型竜の一種であるハーゲルが、血抜きの為に吊るしてあった。
硬質な竜鱗は武具作製の材料となる為、捨てずに朝方全て剥がし終えて陰干しにしてある。そして竜の肉は大変美味である為、解体して鱗と一緒に規定量を街のギルドに売り付けたり、自身のつまみにしたりするのだ。
「1.5mほどあるぞ。もしかしたら群れの頭だったのかもしれんな」
「きっとそうだよ。普通は1mくらいだもん!」
「あと少し成長すれば、進化してデラハーゲルに成ったかもしれんがなぁ」
「それは流石に狩れないでしょ。危ないよ」
「そりゃあどうかなあ」
夕間暮れ、タスクによる解体ショーを十二分に堪能した翔は、次の分の酒の注文と代金を受け取った後で竜避けの香を焚いて全身に漏れなく浴びると、元気印の笑顔で手を振りながら勢いよく坂を下って街へと帰って行ったのだった。
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