真説・長州ファイブ

津和木一郎

第1話 まえがき

 「長州ファイブ」。幕末の文久三年(一八六三)五月十一日に、横浜から密かにロンドンへ留学した五人の長州人(井上聞多・野村弥吉・遠藤謹助・山尾庸三・伊藤春輔)のことである。

 これまで「長州ファイブ」の事は、多くの論者(特に作家)によって語られてきた。その記述のベースは、井上馨と伊藤博文の史料を中心としたものである。具体的には、『井上伯伝』(明治39)『伊藤公実禄』(明治43)である。ともに長州出身(周防大島)の歴史家中原邦平の手に依るものである。


 この史観には、大きな欠落が二つある。

 一つは、明治政府の巨頭となった両人を主役にしたため、山尾庸三・野村弥吉両人に対する考察がほぼない。

 最終的に藩から洋行の内命を受けたのは、井上・山尾・野村の三人だが、最初に選ばれたのは、山尾と野村の二人だった。なぜ、この二人だったのか、まったく研究されていない。


 もう一つは、村田蔵六(大村益次郎)に関してである。

 この洋行計画の最後の最後に、村田蔵六は突然登場する。藩から支給された洋行資金六百両を散財してしまった五人は、「なぜか」村田蔵六を頼る。そして村田は彼らの無茶な要求に応じて「なぜか」五千両を融通してやるのだ。この「なぜか」を、これまでまったく説明できていない。

 通説は、村田が江戸藩邸の「留守居」だったとか、村田が「洋学者」で、常日頃から「洋行」の必要性を説いていたからなどというが、説得力はまったくない。五千両もの大金を面倒みるには、「村田でなければならない理由」が必要であろう。


 洋行以前の五人と、彼らと村田の関係を明らかにし、真実の「長州ファイブ」を明らかにしたい。

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