極炎の刑罰

希望の花

第1話

生命の源。太陽系が太陽系である理由。

僕達に恵みを与えてくれていた彼が、

こんな形で僕達を取り込むとは、たった一人を除いて、誰も知らず、予測もできなかった。




今から遠い昔、長良という研究者はこう言った。


3の冠する年に気をつけろ。

その年に、地球は滅ぶ可能性がある。


その言葉は、研究者の中でバカにされた。

それもそうだろう。彼はその結論に辿り着いた過程を見せず、ただ結論だけを述べただけなのだから。

研究会で提出された論文には


『3』この数字は滅亡をもたらす数字。

3のつく年のいつかに、必ず地球は滅びる。


ただそれだけが書かれていたという。


それは当時流行っていたSNSによって拡散され、長良という研究者の下には、煽り、嘲けり、などといった嫌がらせのメール、怒りの電話などが殺到したらしい。


結果、長良は自殺を決意し、絞首によってその命を落とした。


ここまではいい。いや、人による嫌がらせによって一つの尊い命が失われたことは良くはないのだが、一旦省こう。


彼の遺書に、問題はあった。


『妻よ、息子よ、二人を残して先に逝くことを許してくれ。

最後の最後まで、迷惑をかけてすまない。

天国で待っている。必ず、あの世でまた会おう。


それと、これを見た研究者に言いたい。

私の言っていることは正しい。3のつく年のいつか、地球は滅ぶのだ。

高温による地盤の沸騰。海面いとも容易く干上がり、ただただ強烈な光熱が体を骨も残さず溶かしていく。視界一面に映るのは、超超超高熱の橙色。

私がわかっているのはこれだけだ。

何が起こるのか、そんなことはわからない。

ただ、いつかはわかる。3のつく年。

それまで人生を楽しめ。


以上が、私、長良 喜作の生涯を賭した研究結果だ』


遺書、と言うよりも経験を混じえた注意勧告のようだとまた、彼は騒がれた。



だが、彼の説は否定された。

というか、否定せざるを得なかった。


それから100年後、結局地球は滅びなかった。


次第に彼の話は日常の中に埋もれ、やがて一部の奇怪な物好き以外、彼の事を調べたりしなくなった。



だが、今、この目の前に迫る状況を見て、誰もが遥か昔に、親との会話や、本のタイトル等で見聞きした覚えのある言葉を思い出しているだろう。


3のつく年に気をつけろ。


西暦3000年、8月19日。気温50℃。

紅蓮に染まった大空を小さな羽が舞って行く。


「長良って研究者の話は、本当だったのか」

半袖短パン、頭に白帽、右手にペットボトル。

その状況で僕は空を見上げていた。


「んん?どういうこと?」

僕の隣には付き合って三ヶ月の彼女、

茜が立っている。


「茜も聞いたことない?地球滅亡論」

今となっては完全に忘れ去られているような知識を僕は彼女に聞いた。


「地球滅亡論?」

案の定、彼女は長い黒髪を揺らして可愛らしく首を傾げた。

その仕草に、僕の視線は完全に彼女に奪われる。

目の前に迫る滅亡のことも、一瞬で忘れた。


暑さからくる吐息が妙に艶めかしく、

僅かに上気した頬と首筋をつーと垂れていく汗に欲望が掻き立てられる。

汗で肌にピッタリとくっついた服も、僕の欲望を活性化させている。


ダメだ。こんなんじゃダメ!


ピシャン!!


全力で両頬を叩く。ヒリヒリとするが、これくらいでいいだろう。


「ちょ、未来」

目を大きく見開き、頬を触ろうとしてくる茜の腕を軽く握る。


「100年位前かな?長良っていう研究者が、3のつく年のいつかに、地球は滅びるっていうことを謳ったんだ」

僕もそこまで覚えている訳じゃないんだけどね。

多分、何も考えないで生きてきた人達よりかは知識があるはずだ。


「あ、遺書......」

あれ?


「あの妙にリアルな遺書書いた人?」

そういう認識なのか。いや、まあ今どきの高校生としては知っている方なのか?

僕の様に詳しく知っている方が稀有か。


「うん。その人。その人が言うには、

3のつく年のいつか、僕達は地球ごと死ぬらしいんだ」

手汗が一気に溢れ出してきたな。手を離しとこ......。


「それって、私達にはどうしようもないの?」

わかりきったことを......。


「何もできないよ。僕達はただ、自分の身が焼かれるのをただ待つことしかできないよ」

────

会話が止まると、暑さのことに思考が奪われそうだ。


「──あれは、未来で起こったことなのかな......?」


遺書のことか。


「起こったんじゃないか?とても信じられる話ではないけど、時間逆行で過去に戻って過去の現在いまを変えて未来を変えようとした。でも、結果は失敗し、彼は笑いものにされ、命を絶った。そう考えると上手くピースがハマる部分があるしね」


「じゃあ、止めようとして頑張ったのに、みんなのせいで死んじゃったの?」

近寄る灼熱の太陽は無作為に熱風を吹き下ろして、地球の気温を更にあげている。

もう時間がない。


「そう。今さら言ったところで意味はないけど、今だから言いたいことを言うね。」

握った手を少し強く握り直す。

茜がどう思ってるかはわかんないけど......。


「今回の件については、どうしようもないんだよ。未来でこれが起きたのだとしてもそれを過去の僕達に言ってもどうしようもない。一人の人間が、何十億人もの未来を180度変えれないように、人は地球の運命を180度変えることはできないんだ。

...... ただ、自分と周囲の人間の運命は、少しだけ変えられるけどね」


僕を見る茜の眼が優しい。

いつもと変わらない。優しい眼。

そんな眼を持つ君を僕は好きになった。


最後まで、一緒にいて欲しいとは思う。

でも、それ以上に、茜には、生きていて欲しい。


何もかも消し炭になるような今の状況で、こんなことを願うなんて思ってもいなかった。

でも、思ってしまったからには動かなきゃ気が済まない。


飲食店なら、地下室みたいなのがあったはず。


少ない知識を頼りに僕は飲食店へと駆け込んだ。

狙いはビンゴ。地下室があった。一人、たった一人分のスペースが。


「茜、入ってて」

茜は、動いてくれなかった。

「未来、入ってて」

僕も、動けなくなった。

僕は無理矢理彼女を中に入れ、蓋を閉めた。


別れの挨拶は、少し湿った熱い視線の交錯だけだった。

こんなことをしても、意味が無いことは分かってる。あの太陽は、容赦無く僕を溶かして、茜をも溶かすだろう。でも、でも、やっぱり無理な願いだとわかっていても、生きていて欲しい。

チェックメイトを出されても、負けたくないと足掻くように、僕は茜を生かしたい。


断末魔が聞こえる。

未練の声が聞こえる。

慈悲を、言葉も感情ももたない、ただただ暑く僕達の生への道を塞ぐ太陽へとかける声も聞こえる。


全員が全員。




絞首した後の痙攣は、生への執念。

垂れ流れる糞尿は何故?どうして?の運命への疑問。

だとするなら、今目の前にあるのは、生あるものへの八つ当たりでもあるのかもしれない。

今までの、地球が紡いだ40億以上もの歴史の中で、人への負の感情が大きくなったものが今目の前にある超超超高温のガスだ。

塵も積もれば山となる、だ。




SNSで他者を誹謗中傷して何になる?

それによって生まれるのは生命の損失か蹂躙された対象者の未来だけだ。

確かに誹謗中傷している彼らに悪意はないのかもしれない。ただただ便乗して書き込んでいる者もいるだろう。

だが、その行動の結果、対象者が自殺したならその時ネットに誹謗中傷コメントをしている人達は殺人の加害者になるはずだ。


あ、 俺、怒ってたんだ。SNSで勝手な振る舞いをしている人達に対して。茜のことも、軽く忘れる位に。

最後に思うのは、茜のことだけでよかったんだけどな......。


「熱いな......」


今まで無意識に誰かに与えたり、擦り付けたりしていた罰を、僕達は今、地球諸共の死という形で償わされる。

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極炎の刑罰 希望の花 @teru2015

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