女と女(上)

 

 王都は宵になっても人が減るどころか、今から本番だというように盛況だ。仕事を終えた労働者やダンジョン帰りの冒険者などが談笑しながら大通りを行く。俺とアメリアは本筋をやや外れて、隅の方を歩いていた。


「さて、晩飯はどうすっかな……」


「ランド・バードの唐揚げという物に惹かれるわ。あのお店で済ませましょう」


「あー、あの店はクソ双子……もとい俺の同業者達も多く利用してるし、連中にバレたら面倒だ。別の店にしよう」


 この混雑それ自体が俺やアメリアを隠す蓑になるが、油断は出来ない。おっぱいギルドから、せめて例の金髪カツラだけでも持ってくれば良かったかなぁ……。


「…………私に色々喋らせておいて、自分の事は内緒のままなのは不公平じゃないかしら? 貴方、なにしたのよ」


「……俺の事は追々な」


 乳首摘みまくって借金抱えたとか、言えるわけないわぁ。


「唐揚げが良いって言うのなら、なるべく人目に付かないようにテイクアウトして宿で食べよう。アメリアが店で――――!」


「! ムネヒト」


 人ごみに紛れて、女性の声が確かに聞えた。例によって、裏路地の方からだ。


「分かってる! ――ッたく、悪役のレパートリー少なすぎだろ! 脳みそが下半身に付いてんのか!?」


 昨日のアメリアのように、女に乱暴しようという男が居るのかもしれない。いろいろ一段落したら、この辺りの巡回を強化しなくては。

 そう思い決めつつ、声と乳首レーダーを頼りに現場へ飛び込んだ。アメリアは俺のすぐ後ろだ。

 見れば一人の男が女の手首を掴んで、壁に押しやり迫っていた。男は何事かを喚きながら詰め寄っていたが、俺達乱入者に気付くと血走った目を向けてきた。


「おい! 女に乱暴なんて男のすることじゃねえぞ! 今すぐ手を引っ込めるのなら、手加減してやるから……あっ?」


「お、オリくん……!?」


 ふと、その女の方に見覚えがある。向こうもそうらしく、恐怖に歪んでいた顔をパッと開いた。オレンジ色の髪に、眦の下がった穏やかな瞳と、女性の色気を強く掻き立てる泣きボクロ。そして、Hカップの見事なおっぱい。


「コレット……?」


 おっぱいギルドで俺に仕事を教えてくれた巨乳お姉さん系の冒険嬢、コレットだった。


 ・


『ぼ、僕のコレットたんにメスの顔をさせるなんて、なんなんだお前は!?』


『雌の、顔? その人はどう見ても女性じゃない。まさか、接する人によって性別を変化させるような魔術でも使ってるの?』


『あー……アメリア、アレはそういう意味じゃ無くてだな……いやそれはどうでも良い、とりあえずコレットから離れろ。怪我させるようなら、容赦しないぞ』


『いきなり現れて僕とコレットたんとの逢瀬を邪魔しただけでなく離れろだとォ!? お前には関係ないだろ!?』


『関係有るんだよ。コレットは俺にとって――』


『――――!』


『俺にとって、仕事の先輩に当たる人だ』


『…………………』


『そういうお前こそ誰……って、なーんか見覚えがあるような……あ! 『クレセント・アルテミス』で何時もコレットを指名しようとしてくる常連さんじゃないか!』


『何故ソレを……! さてはお前、僕とコレットたんの仲に嫉妬する間男だな!?』


『ま、まおと……!? オホン。コレット、本当にソイツと恋仲だったりするのか? 実は俺らの方がマジで邪魔だった?』


『違うわオリくん! 彼とは一切これっぽっちも全く全然本当に何でも無いの! この人は……えっと……』


『そんな、コレットたん! 僕がいったい今まで君にいくら捧げてきたと思ってるんだ!? そろそろ股……じゃなかった、心を開いてくれても良いじゃないか!!』


『うわぁ……アフター強要してくる客とかマジでいるんだ……あのね、お兄さん? 常連だから、金払いが良いからって『クレセント・アルテミス』の女神達をモノに出来るとは限らなくてですね……』


『何だよお前、僕のやり方にケチをつけようってのか!?』


『別にケチを付けようってワケじゃなくて……つーか良く良く思い出してみれば、あんた、ツケばかりだから出禁になっている客じゃないか。借金は早く返せよ。借金は怖いぞ、マジで』


『はー!? 誰がアルテミスの話なんかしたよ!? ギルドのシステムとか料金とか、僕とコレットたんの絆には何の関係も無いだろ!? そんな他人が作った規則なんかで、二人の仲は引き裂けないんだよ!!』


『うわぁ………………』


 ・


 不毛な会話が面倒になったので、男の乳首を抓って路地裏においてきた。一段落したら、出禁じゃなくてブラックリストに追加しないと。


「……」


「……」


「……」


 ――で現在。俺とアメリアとコレットは昨日の宿とは違う宿を取った。昨日より広くて明るい部屋で、宿のランク的には、最下級からいきなり中級くらいへ進化した気分だった。

 ちなみに、宿代はコレット持ちだ。助けてくれた御礼として強く押してくるので、そこまでいうのならと彼女の好意に甘えるコトになったのだ。

 ……何故か三人一部屋で。

 奢ってもらっている側なので、別にもう一部屋取りましょうなんて言える訳もない。


「…………」


「…………」


「…………」


 部屋の中に、妙な沈黙とテイクアウトした唐揚げの香ばしい匂いが広がっている。空腹とは違う胃への刺激を感じて、何となく居心地が悪い。

 アメリアとコレットは向かい合ったまま動こうとしない。胸と胸を押し付け合って、ヤンキーみたく至近距離で相手を睨んでいた。ちなみに、二人とも擦り傷や打撲だらけだった。


【コレット】

 トップ 96㎝(H)

 アンダー 69㎝

 サイズ 7.1㎝

 25年3ヶ月8日物


【アメリア・――――】

 トップ 77㎝(C)

 アンダー 61㎝

 サイズ 2.9㎝

 22年4ヶ月21日物】


 背丈はほんの少し、バストサイズはだいぶコレットに軍配が上がる。

 大きくて柔らかいHカップの乳肉が、やや斜め下からCのおっぱいに突き上げられていた。張りはアメリアのおっぱいの方が上らしく、コレットのおっぱいを柔らかく掘削していた。

 おっぱいでおっぱいを掘削とか、土木業界の革命じゃないだろうか。あと半歩、いや1/3歩だけ前に。そうそうええ感じや。ええ乳合わせやん。

 いやいや、暢気におっぱいの現場監督してる場合やあらへんで。


「……とりあえず、座ったら?」


「私の事は気にしないで、オリくん」


「この女が座ったら私も座るわ」


 二人とも何と戦っているんだ。


 と、いうのも理由がある。この宿屋の前にまでやって来たとき、コレットが突然泣きだしてしまったのだ。

 驚いて何事かを訊ねてみると、彼女は謝りながら懺悔し始めた。俺の借金は全て嘘なのだ、と。

 あの夜に起きた事件や、その時の俺の行動、そして『クレセント・アルテミス』が巡らせた姦計など彼女が知る限りの何もかもを、コレットは嗚咽混じりにを白状した。

 オリオンは何も悪くない。むしろ御礼をしなければならないのに、自分達はその恩を踏み倒して利用する外道なのだと涙ながらに告白した。


『…………そうだったのか』


 何もかも吐き出し、ひっくひっくと懺悔を繰り返すコレット。その彼女を見て俺が思った事はただ一つ。


『良かった……俺に乱暴されて、傷ついた女は居なかったんだな』


『…………え』


 性暴力は俺が最も憎む犯罪の一つだ。この世から一切合切無くなってしまえと常に思っている。

 力ずくとか、脅迫とか、酒とか催眠とか薬物とか、そんなもので異性をモノにしようとする輩など、いくら罵っても足りやしない。

 しかし、その外道に俺も堕ちてしまったのだと俺は自分を責めていた。

 彼女達の一生のトラウマになり兼ねない事をしてしまったのだと思うと、悔やんでも悔やみきれない心地がしていた。


 それが思い過ごしだと教えられたとき、俺は心に羽根が生えたようにすら感じた。

 乳首を触ってしまったのは事実らしいが、少なくとも無理矢理でも嫌々でもなかった。恨まれるどころか、感謝されていたのだ。

 これが喜ばずにいられようか。

 冒険嬢達は理不尽な暴力に涙を流していないし、俺は俺自身を見下げ果てなくて済んだのだ。

 その感謝を話してくれたコレットに伝えたのだが、彼女はまた泣き出してしまった。


『何なの、それ。泣けば済むとでも思っているのかしら?』


 これにて一件落着……かと思いきや、逆に憤怒を示したのはアメリアだ。彼女は流麗な金色の眉毛を跳ね上げており、強烈な怒気をコレットに向けていた。

 アメリアが商売に関して人一倍厳しいと言う事は既に知るところだったが、不正に対してもかなり厳しいらしい。

 商売は、利害の一致と信頼が何より重要だ。永く商いを営むには双方が不可欠なのだと、アメリアは養父に教えられたという。

 その金言を『クレセント・アルテミス』に踏みにじられたと感じたのか、烈火のごとくコレットへ喰ってかかった。

 最初は負い目から肩を落としていたコレットだったが……。


『これだから美人なだけで楽に生きてきた女は駄目なのよ!』


 とアメリアが口にした瞬間、爆発してしまった。

 曰く、貴女に言われる筋合いは無い。貴女こそ綺麗に生まれて、しかもどうやら有名な商会にも勤めているみたいじゃないか。金にも容姿にも恵まれた幸運な女が私達を語るな! と。


 もはや手の打ちようは無かった。アメリアもコレットも美女の形をした台風と化し、天下往来で取っ組み合いの大喧嘩キャットファイト

 俺も慌てて止めに入ったが、二つの暴風雨に晒され敢え無く撤退。女って怖い。


(そういえば、現代でも台風って女性の名前が付けられるよなぁ……)


 などと半ば現実逃避していたが、いきなり両腕を掴まれ左右に勢い良く引っ張られた。


『!?』


『ちょっと何故ムネヒトを引っ張るの!? 離しなさいよ!』


『!?』


『貴女が離したら私だってオリくんを離すわ! そっちから先に離して!』


『!? あたたたたたたた!? お、ちょ、コラ! やめ、やめろー! 肩が抜けるー!』


 この世界に大岡忠相公など居る筈もなく、俺は体でTの字を描く羽目になった。

 しかも場所は宿屋ホテルの前。周りからは、三角関係を演じている男女のように見えるかもなワケで。

 喜劇だか昼ドラだかを観賞するような人々の目を掻い潜り、俺は二人を引っ張って宿に入った。

 後ろから何故か歓声が聞こえてきたが、当然無視。二人とも俺がまとめて抱いてやる、みたいな豪傑ムーヴじゃないんです。


「……二人共傷だらけじゃんか……とりあえず治療するから、同時にソファに座れ」


 まごつくアメリアとコレットを何とか座らせて、まずはアメリアから治療するコトにする。ソファーに座るアメリアの前に行き、例によって『乳治癒』を発動させてから彼女の肩に手を置いた。

 荒事には慣れていないであろうアメリアの方が、だいぶ傷だらけだったからだ。重傷では無いので、ものの数分で完了するだろう。


「あら? 別に頼んでないのにコッチから治療してくれるなんて……ふふふ。ムネヒトはその女より、私の方を優先したかったってコトかしら?」


「…………っ」


 何でそんな煽る様な事をいうのかなー!?


 正直に理由を話してしまおうかとも考えたが、今度はコレットがアメリアにつっかかりそうで怖い。

 沈黙は金を胸に刻み、俺は黙々とおっぱいスキルに力を注いだ。

 効果は直ぐに発揮され、アメリアの身体が青白い光に薄く包まれると身体中の傷がみるみる消えていく。


「……驚いたわ。ただ強いだけじゃなくて、これほどの治癒魔術も使えるなんて……ムネヒト、貴方本当に何者なの?」


「一応は〈魔術士ソーサラー〉でな。回復魔術と、ちょっとした戦士系の技巧アーツしか使えないけど」


 思えば〈魔術士〉を名乗ったのも久しぶりだ。正確には違うけど、乳首の神を名乗るよりは良いか。


「くすくすくす……アメリアさん、オリくんの事を何も知らないんだね」


 ふと隣からコロコロと可愛らしく、しかし毒が含まれたコレットの笑い声が聞えた。


「オリくんって、本当に凄いのよ? 強くて、優しくて、カッコよくて。あの夜のコト、私一生忘れないわ……」


 どの夜ですかコレットさん!?


「それに、オリくんはあの狩りょ……あ、ごめんなさい。秘密なのよね?」


「……なに? 別に知りたいとは思わないけれど、ムネヒトが何をしたっていうの? 別に知りたいとは思わないけれど」


「ふーん、知らないんだぁ? 一緒に行動してるみたいだけど……オリくんのコト何も知らないだね? ふーん」


「…………っ」


 だから何でコレットも挑発するんだ! そもそも俺の個人情報でマウントとって、それが何になるというのか。

 アメリアが睨んでくるが、俺は気付かないフリをしながら『乳治癒』を続ける。別に第二騎士団の衛生兵って言っても良いんだけど、今度はアメリアが以下略。


「……終わったぞ、次はコレットだ」


 真面目な衛生兵ムーヴで誤魔化すしかないと思い決めて、今度はコレットの前に行き彼女の左肩へ手を伸ばす。


「あ?」


 だがコレットは何故か俺の右手を両手で挟みこむようにして遮った。疑問にコレットの顔を見るが、彼女は微笑んでいるだけだ。

 このまま治療するべきかと考え始めたところで、コレットはいきなり俺の右手を自分の左胸に押し付けたのだ。


「あんっ」


「!?」


「!?」


 甘い吐息を漏らし、魅惑の肢体を小さく震わせた。ずむずむと指がコレットの左胸に沈み、指が飲み込まれていく。ピクンピクンと彼女が身体を揺らす度に、空いている右胸も揺れる。

 乳房はズシリと重く柔らかく温かく、何の抵抗も無く俺を受け入れた。王都中の男を魅了し続けたコレットのおっぱいだ。

 アカーン! めっちゃ柔らかーい! Hカップうひょーーッ!


「あ! アアアアアアナタ達! いったい何をしているの!?」


「いい!? 待ってくれ、俺からは別に――」


 慌てて指を引っ込めようとするが、むぎゅう、とコレットの両手に抑え込まれそれも出来ない。


「んん、ふぅん、本当に知らないのね。オリくんはね、心臓に近ければ近いほど治療の力が増すの。貴女に殴られた傷が痛くて痛くてたまらないから……一秒でも早く治療してもらいたいだけよ……は、ぁァアん!」


「なんですって……!? そんな魔術が有るわけ……いやまさか本当に……? って、それなら背中からでも良いじゃない!」


「気がつかなかったわ。アメリアさん、頭良いわね」


 もはや言わずもがなの事だが、パイタッチしてる時の『乳治癒』の効果は肩に触れている時とは比べ物にならない。

 コレットの怪我など、ものの数秒で完治してしまった。


「あの……コレット……? もう治ったと思うんだけど……」


「ん、くっ……まだ、まだお願いしても良い……? オリくんからは見えないけど、まだ身体中が痛くて……はァぅ!」


「ええ!? で、でもな……」


「お願い、続けて……? ほら、例えば、オリくんの手の平の下……ソコがジンジンってしちゃって……オデキでも、出来ちゃったのかも……」


「いや、これは、その……」


 オデキじゃないよ。乳首だよ。


「ねえ、ちゃんと、触って確かめて……?」


 熱っぽいが真剣な瞳で言われ、俺は言葉を呑んだ。

 そう言えばコレットは安ぱい(安全なおっぱい)な女性だった。他のおっぱいギルド冒険嬢とは違い、彼女だけは俺を誘惑してこなかった。

 やけにエロくセクシーに見えるのは俺が彼女を邪に見えているだけであって、彼女は常に自然体だった筈だ。

 今も誘惑しているように見えて、その実苦痛を訴えているだけなのかもしれない。見た目は大した怪我をしてなくとも、コレットが痛いというのなら痛いのだろう。傷みってのは結局、主観的なものだ。

 このぷくっ、と膨らんだ部分だって本当にオデキかもしれないし、もっとタチの悪い病の前兆かもしれない。おっぱいにあるシコリは決して軽視できないのだ。

 おっぱいの重要ポイントだと感じるのは、俺の気のせい。

 俺は親指と人指しとでその出っ張りを囲み、きゅぅ、と優しく摘んでみた。柔軟なおっぱいの中にあって、そこだけは熱くて固い。そして、ずっと触っていたい不思議な弾力があった。


「ッ、ぁァ、~~~――――ッッ♡♡」


 気のせいじゃないよ。乳首だよ。


「いい加減にしなさいよアナタ達!!」


 それからも誰が先にシャワーを浴びるかとか、だったらオリくんは私と一緒に入りましょうとか、ベッド二つしか無いけど誰が使うのとか色々あるのだが、さしあたりは夕食に集中することにした。

 このカリカリの唐揚げだけが、俺の心に安寧をもたらしてくれる俺の友だった。まあ、その友達を食べちゃってるワケだが。



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