オリオンは働く

 

 オリオンとは『クレセント・アルテミス』に唯一存在する男冒険者の、いわゆる源氏名だ。ちなみにこの世界ではこういう偽名を『源氏名』ではなく、ファンタジーっぽく『二つ名』と呼んでいる。

 つまり俺の事だ。

 人呼んで『借金まみれのオリオン』。情けなくて泣けてくる。

 仮面の理由は、客以外の男の気配を極力減らすためと、騎士である事を隠すためだ。

 第二騎士団の元更正団員が風俗で借金を抱えたとあっては、世評も良くないし、第一騎士団辺りがうるさく言ってくるかもしれない。

 それ故に顔を隠し名前を隠している。


「……落ち着いたか?」


「うん……でも、あとちょっとだけ、休みたいかな……あはは」


 冒険嬢……ダリアの顔色は優れない。見れば剥き出しの肩が震えている。

 無理もない話だ。初対面の男にああやって迫られたら、怖いに決まっている。

 此処に来れば直ぐおっぱいにありつけると、勘違いしている依頼主はゼロにはならない。

 おっぱいに触るには礼儀が必要なんだ。それを一つ言って聞かせようと思ったのに帰るなんて……バチ当たりめ、こちとら神様じゃぞ。


「分かった。奥で少し休むと良い。俺はもう行くけど、なにかあったらすぐ呼んでくれ」


 俺は、耳に付けたインカム型通信機(店内でしか使えない代わりに小型化したもの)をコツコツ叩いて言った。そしてダリアの肩に備え付けのブランケットを掛け、裏の方へ促す。


「あ、待って」


 だがもう何かあったのか、彼女は立ち去ろうとした俺の服の裾をつまんでくる。


「オリオンも少し休まない? コーヒー淹れてあげるから」


「え? いや俺は良いよ。まだ全然疲れてないし……」


 言うと、ダリアは拗ねたように頬を膨らませる。


「もう……一緒に居てって言ってるの。ねえ、どうせなら二人だけで抜け出しちゃおうよ。私の部屋なら誰にも邪魔されないから……」


 クイと、彼女はドレスの縁を引っ張った。

 Dカップの張りのあるバストが半分以上露になり、照明に乳肌をツヤめかせた。

 思わずゴクと喉を鳴らしてしまう。駄目だと自己を戒めても、すぐには拒めない。だっておっぱいだもの。


「君が慰めてよ、良いでしょ……?」


 固まる俺にダリアは囁きながら身体を寄せてきた。その乳房の頂点と、俺の距離はもう5センチもない。


「え、あ、う、そ、その――」


「オーっス、ちゃんオリー! サボってんじゃねーし!」


「おわぁ!?」


 しどろもどろになっていた俺の背に、暖かくてそれなりに重量のある物体が勢いよくぶつかってきた。


「ややや、お邪魔だった? マジでしけこむ5秒前の巻?」


「シンシア! 危ないだろ、おっぱいに傷が入ったらどうするんだ!」


「そん時はちゃんオリが治してくれってばよ。頼りにしてるゼ? こーはい君」


「治るから怪我しても良いって話じゃ無いだろうに……」


 背中にオンブされるようの飛び乗った冒険嬢……『四天乳テッセラ・マストス』のシンシアを地面に下ろした。

 今日も今日とて露出の多めなドレスを着ている。ヒラヒラのフリルをあしらい、彼女の通り名である妖精ピクシーのような軽やかさと、セクシーさを両立させていた。

 ちなみに彼女は俺の直属教育係の一人でもある。


「……シンシアぁ~……」


 ダリアはムスっと頬を膨らませていた。先ほどまでの色気ムンとした様子は霧散してしまっている。俺は正直安堵した。もしかして、助けてくれたのか?


「あり? どったのダリア、怖い顔だべ? スマイルスマイル!」


「分かっててやったでしょー……もう、あとちょっとだったのに……」


 対してシンシアの方はあっけらかんとしている。

 ダリアはあーあと呟いて、ブランケットを肩に掛けたまま踵を返す。そして「休みたくなったら呼んでね?」なんてウインクを俺に投げて去っていった。

 魅惑のお誘いだが俺は断じて受けない。これ以上、罪を重ねてたまるか。


「ちゃんオリひまー? あーしと一緒にシャワーでも浴びね?」


 助けてくれたのかと思ったら、コイツも俺をからかいに来たらしい。最初の頃はシドロモドロにされていたが、四日もすれば慣れたモノ。

 俺の反応を見て楽しんでいるだけなのだから、過剰にリアクションしなければ良い。


「今から皿洗いだから遠慮する。暇ならシンシアも手伝ってくか? 手先だけのシャワーもあるぞ」


「ちぇー、つまんなー。ちょっと前までは、オロオロして可愛かったのになぁ。『ええ!? ボディソープの代わりに俺が舐めて綺麗にしても良いんですか!? お任せあれ!』っつってさ」


「記憶を捏造すんな。手伝わないなら一階酒場コーナーの7番テーブルに行ってくれ。ご依頼主もパーティー複数人での来店だってさ」


「かしこまりぃー、つーか、ちゃんオリもマジで休んだが良いんじゃ? 今日も朝からずっと立ちっぱなだし? あ! 立ちっぱなしって何かエロくね!?」


 やかましいわ。


「大丈夫だ。体力には自信がある。だから、どんどん仕事を振ってくれ」


「ふーん? ま良いんだけど、焦ってもお給金は増えないから気楽にいくし」


「余計なお世話だ。先輩なら、頑張っている後輩のモチベーションを下げるような事を言うんじゃない」


「めんごめんご! お詫びに、あーしがちゃんオリのモチベをガン上げさせてやるし! 頭にセがついて後ろにックスが付く方法なんだけど!」


「全部言っちゃってるからな。俺を魔の淵に誘うなっての」


 冗談だとしても、いたいけな童貞をからかい過ぎだ。勘違いしちゃうだろ。

 仮に俺がホイホイ頷いたら『なにホンキになってんのー!? キんモー!』とか『これで借金加算ねー! 三倍ドンで金貨300枚!』とか言うクセに……! 騙されないぞ!

 さっきのダリアもそうだが、この四日間、冒険嬢達がこぞって俺をからかってくるのだ。

 おっぱいギルド、『クレセント・アルテミス』史上初の男メンバーで面白がっているのだろうが、俺には刺激が強すぎる。


 考えたくは無いが、俺に手を出させて更に借金を増やそうとしているのだろうか? 更に言うなら、安い男手労働力が欲しがっているのかもしれないと、ここ数日は思う。

 いずれにせよ、気を付けないと……。


 ・


 美少女に囲まれていても、本命以外のヒロインには見向きもしない一途なラノベ型主人公。

 それを志していた時期が、俺にもありました。


「今ではどうだいこのザマ……何が主人公だ……自惚れも大概にしろよって話だよ……」


 運んできた皿を水に付けながらぼやいてしまう。

 先輩に連れられたエッチなお店で深酒し、女の子達の乳首をつまみまくって泣かせてしまうという卑劣者。


 どうみても人間のクズです。本当にありがとうございました。


 何がポワトリア条約だ、何が非乳三原則だ。B地区の皆に……ミルシェに合わせる顔が無い。

 おまけに大きな借金まで背負ってしまった。貯金など元よりあるわけも無いので、此処で奉公している。健全な意味で身体で返せって事だ。

 四日も牧場を空けて、さぞ不信を抱いているに違いない。一度戻って謝りたいのだが、一時帰宅の許可が下りないでいた。


 俺の給料は一日銀貨約3枚。金貨1枚が銀貨100枚なので、金貨約81枚――銀貨換算で8100枚――を完済するには約2700日掛かる。


「約七年半かぁー……」


 残酷な現実に持っている皿までが重く感じた。

 俺が朝から晩までほとんど休みなしで働いているのは、基本的な時給の他に依頼主が注文した酒やフルーツなどが、歩合として上乗せされるからだ。

 つまり多くの注文を取れば、給料は増えてくれる。少しでも良いサービスを提供し、売上に貢献せねばと躍起になっていた。


 だが俺は男。そしてここは通称『おっぱいギルド』だ。

 言うまでも無い事だが、俺に指名が入るワケもないので、冒険嬢達のように個別依頼で荒稼ぎする事はできない。

 恐るべしは『四天乳』のシンシアで、なんと一日に最高金貨100枚を稼いだ事もあるという。俺の七年半とはいったい……。


 借金を返し終わるまで、アカデミーは再び休職扱い。ノーラの呆れ顔が目に浮かぶ。

 また騎士団員との接触や、本部や詰め所に行く事も固く禁止されていた。なんでも騎士の就業規則に抵触するそうだ。

 それとは別件だが、あと何日後には第二騎士団本部から面会人がやって来るらしい。示談金でも持ってくてくれるのだろうかと、都合の良い妄想をしてみる。


 いや、それでもギルドマスターのディミトラーシャは首を縦に振らないだろう。

 彼女は『ぬし自身が稼いだ金子で返済してくんなまし』と言っていた。

 つまり誰かに金を工面して貰うのも、別の場所で新たに借金するのも無し。俺自身の罪は俺が雪げというのだ。


 だが、そこに勝機がある。

 彼女はクレセント・アルテミスの給金で借金を返せとは言っていない。

 か細いが俺には希望が残っているのだ。一発逆転の秘策が、まだある。


「負けるな俺、頑張れ俺! ……あれ、スポンジ何処だ……?」


 暗い未来に沈む気持ちを叱咤し、仕事を再開しようとするが肝心のスポンジが無い。


「はい、オリオンくん。これ使って?」


 キョロキョロする俺の横から、女性の声と共に洗剤をタップリ含ませたスポンジが差し出された。


「ああ、コレットか。サンキュ」


 彼女の名はコレット。この『クレセント・アルテミス』の冒険嬢で、シンシアと同じ俺の教育係にあたる人物だ。

 歳は25で、ウェーブがかったオレンジの髪を肩付近で切りそろえたヘアスタイルをしている。

 エメラルド色の瞳はややタレ目で、ミルシェとは違うタイプの穏やかさを持っていた。左目の下にある泣きボクロが妙に色っぽい。

 そして……。


【コレット】

 トップ 96㎝(H)

 アンダー 69㎝

 サイズ 7.1㎝

 25年3ヶ月1日物


 バスト96のHカップ。見事な爆乳だ。この『クレセント・アルテミス』でも最大級のバストサイズを誇っている。

 彼女のおっぱいは、ベル型とかティアドロップ型に近い大らかな形状をしている。

 そのため、ミルシェよりサイズは自体小さいが、重量感は彼女よりも強く感じさせた。

 コレットの雰囲気を強いて喩えるなら、男子生徒を誘惑する家庭教師系お姉さんだ。成人向け動画でも、多くのファンを得ている人気ジャンルだ。俺も勿論好きだ。


 そして、冒険嬢達の中で俺が唯一警戒を解く人物でもある。

 他のはいつもあざとくおっぱいアピールしてくるが、コレットだけはそんな事をしてこない。

 いわゆる安パイ……麻雀用語ではなく、安全なおっぱいだ。


「今日も凄い数の食器ね――私も手伝うわ」


 言うと、彼女はもう一つスポンジを出し俺の隣に並ぶ。広いとは言えない場所なので、必然俺と彼女の距離は近くなる。


「助かるけど、いいのか? コレットだって、表に出て指名を取った方が稼げるだろうに」


「良いのよ、これも大事な仕事だもの。長く働いてくれるオリオンくんには、しっかり仕事を教えないとね。それに次の指名は決めてるから。その人と――その人が私を呼んでくれるまでは、ずっと裏方のつもり」


「へぇー……」


 コレットくらいの巨乳美女なら、男なんて放っておいても寄ってくるだろうに。


「よほど此処に来ない依頼主なのか?」


 コレットはこの四日間ずっと俺に付き添って仕事を教えてくれてる。間違いなく『クレセント・アルテミス』で一番長く居るのは彼女だ。

 だがこの数日、彼女が個別依頼の指名を受けたのを見た事が無い。指名自体は頻繁に入ってるし、酒場コーナーでもしっかり接客を勤めているにも関わらずだ。


「ううん、ほとんど毎日居るのよ」


「大した常連さんだ。ってことは、俺も顔くらいは合わせているかも知れないな」


「ええ、間違いなく。でも彼ってば、私がアピールしても全然振り向いてくれないの。ヤキモキしちゃうわ」


「なんて羨ま――……おほん、鈍感な野郎が居たもんだ」


 きっと女に不自由はしていない伊達男なのだろう。


「オリオンくんこそ良いの? 起きてる時はずっと働き詰めじゃない。もう少し休んでても、誰も文句は言わないと思うけど?」


 優しい言葉だが、甘えようとは思えなかった。


「少しでも早く借金を返して、直ぐに此処から出なきゃだからな。頑張らないと」


「…………あまり無理しなくても良いのよ? 朝から晩までシフトを限界まで入れても、銀貨1枚も増えないわ。額が額だし、気長にやった方が効率が良いんじゃないかしら?」


 俺は首を横に振った。

 前提が違う。俺の労働は、借金を返す手段以前に贖罪でもあるのだ。安っぽい考えかもしれないが、彼女らが俺から受けた苦痛の何分の一でも俺自身に与えないと、自分を許せない気がしていた。


「一日でも短い方が良い。皆のストレスになる要素は、俺を含めて排除しないと……」


 冒険嬢にとっては痴漢と一緒に働いているようなものだ。皆、仲良く接してくれているように見えるが、勘違いしちゃならない。

 だから俺は七年半の働きを何十倍にも圧縮するように働き、それに見合う成果を遂げてから此処を去ろうと決めていた。


「……皆そんなに……ううん、本当に全然気にしてないわよ? もちろん、私だって……だから、あまり自分を責めないで」


「……優しいんだなコレットは」


 俺みたいなゴミ痴漢野郎に仕事を教えてくれる上に、優しい言葉まで掛けてくれるなんて……! 自分の矮小さがいっそう浮き彫りになる心地だ。


「ありがとな。コレットのお陰で、来週にでも此処を出られそうな気持ちになってきた! 今日もバリバリ働けそうだ!」


「……ホントに無理しなくて良いからね? のんびり働けば良いから……私達……私は大歓迎だから……何年でも、居て良いから」


 コレットはどこまでも優しい。

 二つ三つしか違わないが、年上の包容力というヤツだろうか? こんな人の乳首も摘んでしまったという事実が、俺の身を寒くする。

 彼女の為にも、何としてでもを成功させねば。


(しかし……)


「ん? なに? 私に何かついてる?」


「あ、いや……別に……」


 泡と水が皿の上を滑る音しかしなくなると、俺はコレットの事が気になり始めた。

 具体的に言いますと、おっぱいで御座います。

 今のコレットの格好は、Tシャツにベリーショートのホットパンツというラフな格好だ。ラフさだけならリリミカのビーチク・ビギンズで過ごす格好に匹敵する。

 だがコレットとリリミカの大きな違いは、やはりバストサイズにあった。

 リリミカはB、コレットはH。目立つという一点において後者が圧倒的なのは間違いない。


 ただ、リリミカも非常に趣き深いのだ。

 成長したとはいえ未だ平均未満の彼女がそんな格好をすると、ちょっとした拍子にポロリしてしまう。

 前に屈んだり手を伸ばしたりすると、リリミカのおっぱいの先っぽがチラリしそうになり、非常に心臓に悪い。

 しかしどういうワケか絶対にポロリしない。見えないと分かっているくせに見てしまう。哀れな男ですよ俺は。


 コレットはポロリその点においては心配ないだろう。何故ならパツパツで布の遊びが無いから。


「うふふっ。もー、さっきからなーに? チラチラこっちばかり見てさ」


「あ、ああ……ご、ごめん……」


 だって、おっぱいの形がくっきりはっきり見えるんです。Hカップですよ? え? 気にしないとか無理でしょ。

 コレットをゴディバ夫人とするなら、俺はピーピングトム。恥多きおっぱい領民です。

 それにもう、明らかに乳首ポッチ浮いてるもん。

 薄水色のシャツをツンと内側から押し上げてるのは、糸ダマではあるまい。俺の観測する乳首レーダーと完全に重なる。

 そんなんが隣でプルプルされて気にならないわけが無い。駄目だ駄目だと自分を戒めても、どうしても見ちゃう。世の男性諸君には分かってもらいたい。

 どうやらコレットは俺が見ている事に気付いていないらしいが、気付いて居ないからといってガン見してて良いハズもない。

 しかし目を離せない魔力が、おっぱいには当然ある。


(『乳首浮いてるぞ』なんて指摘してもいいものだろうか? それとも、俺の気にし過ぎ?)


 いつだったか、海外ではノーブラポッチは大して珍しく無いと聞いた事がある。ビーチクが見えた見えなかったで騒ぐのは日本人くらいだという話だ。

 もしそうだとするなら、コレットにとってはその格好が普通であり変なのは俺の方。

 でも俺は、綺麗な女の人のおっぱいを見てたら普通にドキドキする。


 じゃあ普通とは何だ?

 乳首が見えちゃ普通に駄目だけど、ノーブラは普通。裸を見るのは普通に駄目だけど、布一枚挟むならなら普通に良い。生おっぱいを盗み見るのは普通に駄目だけど、浮いたポッチは普通に平気。

 普通って何だ? 普通以外は普通じゃないのか? 普通のおっぱいって何だ?


「あ、その食器は待って!」


「ひゃい!?」


 普通のブラックホールに落ちかけた俺を、コレットの声はさっと掬い上げた。


「それ特殊なメッキが貼ってあるから洗い方が普通のと違うの。えっと……うん、一緒にした方が分かりやすいわよね」


 言うと彼女はサっと俺に身体を寄せて、自分の手を横から俺のソレに重ねる。

 すると何と言う事でしょう、Hカップおっぱいが、右わき腹を包んでいくじゃありませんか。くすぐったさの中にある圧倒的な柔らかさ。むにゅうとか、むぎゅうとか、服の上からジワジワ侵攻してくる。


(う、わ、ぁ……!)


 Tシャツの一枚布はコレットの体温をしっかり吸っていた。それが急遽あつらえられた『クレセント・アルテミス』の男性用制服に深く長く重なって、お互いの熱を交換していく。

 押し付けられ歪んだシャツの襟首から、コレットの乳房が大きくたわんでいるのが見えた。俺に接している左胸が深い谷間を中心に隆起していたのだ。

 地震で現れた断層のように盛り上がって、首元からまろび出そうだった。


(や、ややわっこい――!)


 き立ての餅のように、ねばるような柔らかさで俺の肌にフィットしていく。年月と、多くの男達に揉まれ磨かれてきたであろうコレットの乳房は、母性と魔性を兼ねた大質量兵器だ。

 そんな餅の中、豆の様な一点が熱を持って俺の側腹部を突いて来る。弱い力だ。極々弱い力で、自らこね回されに来ていた。


「――分かる? ココの感触が重要なの。ちゃんと分かる?」


「わわわわわかります! 一部分だけ硬いです!」


「ふふふ……食器なんだから、硬いのは当たり前でしょ? ココ、デリケートだからスポンジじゃなくて指で直接触って……優しく、優しくね?」


 俺の指に自分の指を重ね、ウィスパーボイスで手ほどきをしてくるコレット姉さん。

 皿洗いだよな? これ健全な皿洗いだよな?


(冷静になれ俺! コレットは安パイのハズだ! しっかり仕事を教えるって言ってたし、彼女のプロ意識を邪推するんじゃない!)


 しかし、コレットの性格は安パイであったとしても、その胸部は凶悪だった。凶部だった。


「こうやってトロトロにしてから、指でしごいてあげるの。乾いたままだと、痛いし傷つくかもしれないから……」


 コレットが真面目に高級食器の話をしてくれているというのに、俺の頭はそれをピンク色に改変してしまう!

 しかも、飛び散った水飛沫がコレットにかかってシャツを透かしていく。

 タダでさえピッチリなTシャツが張り付き、彼女の肌の形を強調した。


「コ、コレット……ぬ、濡れ、濡れてるから……」


「当たり前じゃない、濡らさないとちゃんと洗えないんだから」


 そういうことが言いたいんじゃ無いんだぜ。


「……もっと、もっと、濡らさないとダメよ? ほら、手も止まってる。いち、に。いち、に。いち、に……」


 いち、に。プニクニ。いち、に。プニクニ。いち、に。プニクニ。


 コレットさんや、コレットさんや。何で一々掛け声を言うのですか? あと掛け声に合わせて、身体を上下に揺するのは何でですか?

 食器は手で洗うけど、俺の身体をおっぱいで洗ってるんですか? 綺麗になるどころか、穢れが溜まっていきますけど。


(だから落ち着け! コレットの挙動がエロく見えるのは、俺の心の目がおっぱいの形に切り取られているからだ! 掛け声も謎の上下運動も、必要なことだからしているだけだ! そうに違いない!)


「はあ……! はあ……! ああっ、これ、良い!」


 コレットの声が段々熱を帯びてきた。もうほとんど身体を密着させていて、ポールダンスするストリッパーのようだ。ならば俺はポール役。

 コレットの手が重なったままのため『奪司分乳』が使えず、俺の経験値スケベ心が充填されていく。


「タンマ、タンマ、コレット、ちょっと、待って!」


 このままでは二本目のポールが、しかも斜めに設置されてしまう!


「待たない、もう、待てないの……! もう、少し……! もう少し、で……! んっ、すごい――ッ 上手よ、オリオンくん……っ」


 やったー褒められたー! 俺ってばお皿洗いのプロに成れるかもー!


「『オリオン! オリオン! すぐに酒場コーナーまで来て! 緊急事態だよ!』」


「おわぁぁああああああああ!? よっしゃぁぁぁあ! 直ぐに行きます!」


 サンキューお約束! 最近遅刻気味だが、お前は出来る子だって信じてたぞ!

 インカム通信機から聞こえてくる救援要請を受け、俺はコレットの皿洗い指南から脱出した。


「皿は置いてて良いから! あと、着替えとかないと風邪引くぞ! じゃ!」


 そして早口で捨て台詞を吐きながら、俺は酒場コーナーへ急いだ。

 振り返らなかったから、彼女がどんな顔をしているかは分からないままだった。

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