左右非対称の男
酒場コーナーは、ほんの一時間前までとは違う喧騒に包まれていた。
冒険嬢達が玄関先に集まり、外へ向かって何事かを話したり叫んだりしていた。
残った冒険嬢達や依頼主達もそちらに視線を向け、何事かと囁きあっていた。入口で何かあったのだろうか?
「あ、オリオン! 急に呼び出してゴメンね!」
俺を呼び出した冒険嬢は玄関付近に居たが、俺の姿を見かけると慌てただしく走りよって来た。
ドレスの下でタフタフ揺れるFカップを見ないようにして(意識している時点で既に手遅れ)努めて真面目な顔を作る。
「むしろ助かった。あのままでは色々ヤバかった……いや、まぁそれは良い。それで、何の騒ぎだ?」
外の様子を伺おうとするが、他の冒険嬢達の背中に隠れ見る事が出来ない。
「えっと、外に沢山の男が集まっててさ……オリオンを出せって聞かなくって……」
「男達が俺を……? ああ、また入団希望者か? 飽きもせずにまあ……」
おっぱいギルド『クレセント・アルテミス』は別に男子禁制というわけでは無い。それこそギルド創設当初は、運営や雑務を任せる人員として、体力のある男を雇おうとした事もあるという。
しかし、ディミトラーシャに御眼鏡に適う男は居なかったらしい。当時やって来た男達のほとんどが、彼女達の身体目当てだったというから仕方の無い話だ。
いつしか『クレセント・アルテミス』は女専用裏ギルドという立ち位置になっていたのだが、最近になって俄かに入団希望者が急激に増えた。
原因は俺だ。俺が入団(仮)しているのを見て、男のメンバーを募集し始めたのだと勘違いしたのだろうと、ディミトラーシャは言っていた。
男のギルドメンバーを拒んでいるわけでは無いが、かと言って新たに募集しているわけでも無い。
しかも例によって鼻の下を股間まで伸ばした連中ばかりだったので、門前払いは此方としては当然の対応だった。
「ううん、確かにその人達も居るけど――……」
「あ!? 何でムネ……オリオン来ちゃったの!? 早く奥に行ってて! 見つかっちゃうと危ないから、此処は私達に任せて!」
「は? 大変って何が……」
彼女と話していると別の冒険嬢が輪の中から出てきて、俺をむしろ追い立てるように背中を押してくる。
「ご、ごめん! 私が来てって言っちゃって……それで、それで……」
「貴女ねえ……!」
「待った待った! 仲間内で言い争いしたって仕方ないって! よく分かんないけど、俺に関係ある連中が来てるって事だろ? だったら俺が行けば済む」
冒険嬢二人を店内に帰して、俺は玄関に群がっている皆をモーゼ何某のように通り抜ける。
『クレセント・アルテミス』の女達と外の連中は、ちょうど館の玄関付近を境界線にして睨みあっていた。
客観的には男vs.女という図式が出来上がっており、分厚い空気が見えない壁のように横たわっている。此方の先頭は、横並びから一段前に立つシンシアだ。
彼女と一度視線を絡ませ、俺はシンシアの隣に並んだ。
『出て来やがった、アイツだ! 間違いねぇ!』『けッ、仮面なんざで格好付けやがって!』『似合ってねえんだよボケ!』
誰だ似合わないって言った奴!? 悪かったな!
知らない連中が大半だったが、中にはこの四日間で見かけた男達も多く居る。
おっぱいギルドの入団希望者で、邪な感情を隠しきれなかったからお断りされた連中だ。俺が叩いて帰した者も少なからず居る。
「お待たせしました。それで、私に何か御用ですか?」
どうみても穏便に済みそうに無いが、面倒くさいと思う感情を礼節に隠して挨拶する。
「偉そうに! 自分だけ女に囲まれて上から目線かよ! 門前払いを喰らった俺らを得意になって哂ってんだろ!?」
「ベッドの実力だけで『クレセント・アルテミス』に取り入ったヘナチョコ野郎が! 良い気になってるのも今のうちだ!」
そんなつもりは無いんだけど……。しかも俺のベッド上での実力は未知数なので、その辺は深くツッこまないで貰いたい。
「
丁寧に接するのが馬鹿らしくなり、小粋なジョーク(自称)を交えつつ彼らの要求を伺ってみる。
右隣のシンシアや後ろの皆にはバカウケだったが、男連中には面白くなかったらしい。眉を吊り上げて一歩前に乗り出してきた。
来るか? と身構えたが、男達は左右に広がるだけだった。どうやら、後ろで控えている誰かに道を空けたらしい。
姿を現したのは、彼らと頭一つ抜きん出た大男と艶やかなドレスを着た美女だ。男も女も三十代といった所か。
女の方は豪奢な扇で余裕のある笑みを隠しているが、男の方は敵意が剥き出しになっている。
「逢いたかったぞ……クソ野郎がぁ……!」
男の方が更に一歩前に出て、まだ2メートルはあるのに唾を飛ばさんばかりに食って掛かってきた。
他に比べても随分とお怒りのようだ。触れれば焦げそうな恨みを感じる。
「……? ……? ……?」
「なにキョロキョロしてやがる!? お前だお前! お前のこと言ってんだよ!」
「……? どなた?」
ご指名だが、その男に全く見覚えが無かった。俺にあそこまで深そうな恨みを持ってる者は少ないはず。
サルテカイツの関係者か、第一騎士団の誰かか、カロル元副団長の知り合いか、マゾルフ男爵の知り合いか、ミルシェやリリミカをナンパしてきて俺に追い払われたチャラ男共か……いや結構居るなぁ……。
でもそれは、
「……ふん。どうせビビって忘れたフリをしているだけだろうが、そうは行かねえ! 顔を隠していようが、俺はテメェに
「左右……なんだって?」
「やかましい! コレを見ても、まだシラを切れるか!?」
そう言うと、彼はいきなり着ていた服を脱ぎ始めた。
野郎のストリップなんて見たいものじゃないな……なんて暢気に構えていたが、彼が上半身裸になる頃には俺は驚愕と共に全てを理解した。
「な――ッ! アンタ、それ、は……!?」
コイツの云う屈辱の理由は、一目瞭然だったのだ。驚きのあまり、俺も後ろの皆も言葉を失う。
「ハッ! そうさ、これはあの夜テメェが――」
「右と左で乳輪の大きさが全然違うじゃねえか!?」
「卑怯にも不意打ちを……――は?」
目の前の男の乳首……正確には乳輪の大きさが左右で違っていた。
いや違うというどころではない。違い過ぎだ。片や小さすぎる位だが、反対側は胸筋のほとんどを占拠する
なにそれ太陽と地球!? もしくはアンタレスAとB!? 主星と伴星の関係なの!? 右のとかCDくらいあるんじゃね!?
・
【????】
トップ -
アンダー -
サイズ 右11.9㎝ 左0.7㎝
35年3ヶ月1日物
・
念のため『乳分析』で確認して愕然とする。アレは見間違いでも特殊メイクでも無い。見せ付けられた事実に、殴られたような強いショックを受けた。
彼は、自分の乳輪を非対称にされたというのだ。この世界の誰がそんなことが可能だろうか?
可能性があるとするのなら、それは俺だ。試した事は無いが、乳首の神たる俺なら出来るかもしれない。
いや、この俺を於いて他に誰があろう?
コイツの顔に覚えは無いが、無意識のうちに発動したゴッドニップルパワーが彼の乳輪をこのように変えてしまったに違いない。
信じられない暴挙、悪魔の如き所業だ。
「左右非対称って……そういう事!? ま、まさか、そんなコトしちゃっただなんて……! ど、どうしよう……!?」
「ぎゃハハハハハハハハハハハハハハハハ! ナニアレ、クソウケんだけど! なんで胸にバックラー付けてんの!? いったいナニからおっぱい守ってんのよ!? あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「おいコラバカシンシア! 人の身体的特徴を哂うんじゃない! な、なんてお詫びをすればいいのか……謝って済むことじゃないけど、ともかくっ! ま、まこ! まことに、誠に、申し訳有りませんでしたァッ!! おおお俺ってば、なんて事をぉ……!」
「そっちは違ぇよ馬鹿!
マジで!? すげえ、そんな事あるんだ……! 人体ってのは奥深いな……。
「ほっ……なんだ、良かった」
神にアンバランスにされた乳輪は無かったんだね! 今日一番のグッドニュースじゃないか!
「良くねえよ!? いや何も良くはねえよ!? クソッタレ、よくも人のコンプレックスを大声で哂いやがったな!? コッチだコッチ! この腕を見やがれ! 治療にいったい幾ら掛かったと思ってやがる!?」
男が指したのは自分の右腕だった。言われて気付いたが、なるほど、確かに酷い。
縫合の跡が未だ生々しく、骨も筋肉もズタズタにされたと思われる。きっと恐ろしいほどの力で破壊されたのだろう。
「腕の良い医者に何人も呼んで、治癒魔術に特化した〈
「え、それを俺がやったの?」
「最初からそう言ってるだろうが!」
「マジで? 俺のせい?」
「うんにゃ、ちゃんオリのせいじゃねーし」
「なんだ、俺のせいじゃないって。変な言いがかりは止めろよ」
「だから馬鹿にしてんのかテメェ!?」
なんでコイツこんなに機嫌が悪いんだ? カルシウム不足? サンリッシュ牛乳飲む?
「静かにしな。お前、暢気にお喋りしに来たのかい?」
隣の美女が言うと、アンシンメトリー男のみならず後ろの者達も一斉に黙る。彼女がこの物々しい集団の中心人物らしい。
この女にも見覚え無いが、色気や肌を……脚を大胆に露出したドレスから察するに、同業ギルドだろう。
「『ポワトリア・マーメイド』のギルドマスター、クローディヌかぇ」
いつの間に来ていたのか、左隣にギルドマスターのデイミトラーシャが立っていた。今夜はドレスの上にふかふか毛皮のセレブ的コートを着ている。
「『ポワトリア・マーメイド』って?」
「ココから少し離れたところで店を構えてる裏ギルドだし。
おみ足ギルド……名前だけでどんな店か分かる気がする。なるほど、通りで足の魅力を全面に出したドレスを着こなしているわけだ。
「この物々しさはどういうつもりでありんすか? 散歩にしては随分と賑やかでありんすねぇ。ぬしらの店はそんなに暇なのかぇ?」
そのクローディヌはディミトラーシャの姿を視界に捉えると、笑みにも表情にも猛毒を滲ませた。それは、女が女に対して向ける物の中では最悪の感情の一つだろう。
「ふぅん? この状況を見てもその態度。相変わらず癪に障る
クローディヌが乳欠けと口にした途端、『クレセント・アルテミス』の女達の目に憤怒の雷光が閃く。隣のシンシアも表情こそ変わらないが、剣呑な殺気を纏った。
自分に向けられている訳でもないのに、皆の敵意は俺の肌もヒリ付かせる。
言葉の真意は不明だが、どうやら彼女達にとっては凄まじい蔑称らしい。
しかしそんな雰囲気を壊したのが、他ならぬ彼女達の長ディミトラーシャだった。急にクスクスと笑い始めたのだ。
「くふふっ! ぬし、しばらく見ない間に顔だけじゃ無くて目も悪くなったんでありんすねぇ。わっちの何処がチチカケでありんすか?」
言うと、彼女は毛皮のコートを風に任せるように脱ぎ捨てる。
「ぅ、おおおぉお……!」
感嘆の唸りは前の男達から……そして俺の口からだ。
現れたのは、磨きに磨かれたディミトラーシャの肉体だ。
絹のように薄い生地を水着のように肌に張り付かせた今日のドレスは、肉体に絶対の自信が無いと着こなせそうにない。
スカートに刻まれたスリットは、洒落にならない程に深くエグい。
斜めに走る
豊かさの見本のような上乳方面も、深い深い谷間をコレでもかと見せ付けていた。
薄暗い屋外にあっても、彼女の肉体は一切の翳りを持たない。一体どこが欠けているというのか。
「…………っ!?」
クロー何某も、扇を震わせて次の一言を継げないでいた。大きく目を見開き、驚愕に打ち震えている様子だ。
「くふふふふふふ! ぬしら、そぉんな見る目の無い女なんか棄ててコッチに来んせん? わっちら三日月の女神は、色男にオとされるのをいつでも待っているでありんす」
巨大な果実を腕組みで持ち上げ、ディミトラーシャは男達をあざとく魅了する。
大きな声では無かったが、野郎共に全員に聞こえ渡ったらしく生唾を呑む音がアチコチから聞こえる。
おっぱいは怒りに勝る。分かりきっていた事実だよね。
「お前たち、なに鼻の下伸ばしてるのさ! アタシらが何にしに来たのか忘れたのかい!?」
そういえば結局何しに来たんだ? 目の前の男は俺に仕返しに来たんだろうけども、女の方がやってくる理由が分からない。
「ふん、どうせ幻覚を見せるような魔道具でも装備してんだろうさ! ディミトラーシャ! アンタ、そんな手を使ってまで金が欲しいのかい!?」
「何が言いたいのかよく分かりんせんが……金の亡者みたいに言われるのは良い気がしんせんねぇ」
「ホントのコトじゃないか! アンタらのせいで、ここ数日は客足がピタリと止んでるのさ! コッチを干上がらせようたってそうは行かないよ!」
……だんだん彼女の言いたい事が分かってきた。
クローディヌは――『おみ足ギルド』のマスターは、自分の店の客数が減っているのを『おっぱいギルド』のせいだと宣っているのだ。
言いがかりだ、と少なくとも俺には言い切れない。
一日辺りの夜遊び人口がどのくらいかは知らないが、何処かが増えれば何処かが減るのは道理だ。
ましてや近所という。『クレセント・アルテミス』が大繁盛すれば、彼の店が煽りを受けても変ではない。
「ふん。別にぬしらの縄張りを侵害してはおりんせんし、悪質な客引きもしておりんせん。殿方達の足が、自ら進んでわっちの店を向いているだけでありんす。自分達の魅力の無さをコッチのせいにしないでくんなまし」
ディミトラーシャの反論は苛烈だが真実だ。
おっぱいギルド入団初日に教えてもらったことだが、この界隈には王国の法とは別に、裏ギルド同士の繋がりを秩序だったものにするための不文律があるのだ。
例えば、強引な客引きはしない、余所の店の客を無理に奪わない、理由の無い暴力はご法度などが一例だ。
そのいずれも俺達は破っていない筈だ。
しかし規則を遵守しているからといって、このままでは収まらないから彼女達はやって来たのだろう。
「卑怯な手段で成り上がってるクセに偉そうに……! まあ、良い。それも今夜までさ。おい、始めな」
「へい!」
クローディヌがそう言うと、後ろの男達は一斉に歩みだした。
人の壁はそれだけで異様な圧迫感を持っている。後ろの冒険嬢達の内、特に気弱な性格をした者は小さな悲鳴を上げた。
「待ちなんし、それは何のつもりでありんすか?」
ディミトラーシャは眉をひそめ、クローディヌを睨む。対して、おみ足ギルドのマスターは薄く笑う。
「――これは一種のギルド戦さ。第一騎士団立ち会いのもと、『ポワトリア・マーメイド』の権利を著しく侵害した『クレセント・アルテミス』に対して、アタシらは正当な報復行動を取らせて貰うよ」
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