三日月の女神達

 

 通常の流れとして、一階の酒場コーナーで冒険嬢を探す。この場では冒険者と区別して『冒険嬢』と呼ぶらしい。

 此処は冒険者達が集っている酒場のように――というか、それをイメージしてインテリアしているのだろう。

 バーテンダーが在住しているようなカウンター席があり、丸い机があり、雑多な椅子、ビリヤード台、コルクボードの掲示板もある。

 また逆に、豪華なシャンデリアが釣り下がっており、長いソファーがあり、大きなテーブルもあり、時には歌の御披露目もあるのか、小さなステージまである。

 酒場のようでありながら、現代で言うところのホストクラブやキャバクラにも近い。

 置かれている調度品も何処となく繊細で華やかだ。アロマでも焚いているのか、リラックスするような香りが仄かに漂っていた。


 繰り返しになるが、まず一階の酒場コーナーで冒険嬢を探す。来店した依頼主自身が冒険嬢達の輪に入り、酒や会話を楽しむのだ。

 その中で気に入った冒険嬢へ個別依頼パーソナル・クエストを出し、二階の個室、もしくは特等室へ向かう。カウンター席に控えるギルド受付嬢(という役の娘。彼女を指名するのもアリ)に斡旋してもらうのもアリだ。


 常連客は酒場コーナーで腰も下ろさず目当ての冒険嬢を指名する場合も多い。逆に個別依頼などせず、酒場コーナーでそのまま楽しむ客もいるらしい。

 中には複数名に個別依頼を出し、ぞろぞろと連れ立って上の階に行く剛の者も居るという。その全員と同時に関係をもってしまう猛者もあるというのだから驚きだ。


 もちろん個別依頼は別料金であり、更に指名ともなると結構な追加料金がかさむ。

 『クレセント・アルテミス』では個人指名の他に、バストのカップを指名したりするシステムもあるのだという。おっぱい好きには、なんとも小ニクい気配り。


 俺は酒場コーナーのほぼ中央にある片仮名のコの字みたいな大きなソファーに座った。というか座らされた。黒革張りの、かなり上等なソファーだ。

 流されるまま真ん中に座ると、左右を冒険嬢が椅子取りゲームのように座っていく。延べ20人は座れるだろう。紅一点の対義語はなんだったかななんて、どうでも良い事を考えてしまう。


「だーれだ!?」


「ぬへぉぅ!?」


 落ち着かなくなり、とりあえずお酒でも注文と思ったとき突然目の前が真っ暗になった。

 更に首の後ろを柔らかい物に覆われる。それは蒸したてのプリンのように、俺の後頭部を甘く侵していく。

 一瞬で分かる。これはおっぱいですね。


「あははははは! 誰だって、初対面だったし分るわけないってね! めんごめんご!」


 手をどけられ光が戻ると、声の主がソファーの背中側から身を乗り出してあざとい謝罪を寄越してきた。

 人懐っこい笑みを浮かべた彼女は、オレンジ色に近い金髪に、赤やら青やらのメッシュを加えた派手な冒険嬢だった。髪型も、いわゆるかなり盛っている。

 そして凄い服だった。上半身はバニーガールのようであり、下半身はミニドレススカート。肩も背中も丸出しだ。

 おっぱいを隠す部分の布はヌーブラにように完全に密着していた。そのため乳房の形をくっきりと現し、まるでボディペイントのようにすら見える。

 覆う布の形にしたって、一般的なバニーガールのように二つの三角形や円形が並んでいる形状ではない。

 胸の最重要部分を隠す布は、ウサギの耳のように細長い形をしていた。ほとんどヘソがまで見えるまで扇情的に食い込み、腰のくびれ、脇からおっぱいのラインも丸見えだ。


「はろはろー! あーし、シンシア! 今日はムネ様のお相手筆頭パーティーリーダーを勤めさせて貰うし! ヨロね! 気軽にシンシアって呼んで欲しいし!」


 ギャルもキター!? いったいどんな文化を歩めば、異世界製ギャルが生まれるんだ!?


「隣、いーい?」


「あ、ああ……どうぞ」


【シンシア】

 トップ 82㎝(D)

 アンダー 64㎝

 サイズ 4.2㎝

 23年3ヶ月7日物


 ぷるんと揺れるおっぱいは、ワイヤー入りのブラをしたままでは有り得ない躍動性に富んでいた。サイズ自体はクノリ姉妹以上ノーラ未満だ。一部では、Dカップが最も理想のサイズに近いというデータもあるらしい。

 張りのあるバストは、パティシエがホイップクリームを絞ったようにツンと上を向いている。ふわふわできっと甘いんだろうなと、やや品の無い感想を抱いてしまう。


「やりぃ! 詰めて詰めてー!」


 シンシアと名乗った冒険嬢はソファを右側から迂回して俺の左隣へ。

 俺の前を通るときも、わざと胸の谷間を見せ付けながら移動する辺りは、流石と言わざるを得ない。俺の目も首も釣られてしまうのも是非もなし。


「か、ら、の~……だーれだ?」


「のふぁー!?」


 しまった不意打乳か!?

 左右の運動から急に前後移動に切り替えた彼女のおっぱいは、必然俺の顔を覆い尽した。

 ほとんど裸の谷間に鼻柱が飲み込まれていき、クチナシのような、フレグランスか彼女自身の香りかが嗅覚神経を占領する。シンシアの谷底はしっとりと湿った熱を孕み、頬や額を焼かんばかりだ。

 彼女は細い腕を俺の後頭部にまわし、更にグニグニと胸を押し付けてくる。


「んふぅ……髪がチクチクしちゃう……ねぇねぇ、早く答えてよぉ。だーれだ?」


「シンシア! シンシアさんです!」


「せーかい! これでもう、あーしのコト忘れないよね! よろチクビ!」


「アッー!?」


 最後に、あろうことか俺の両乳首を指で正確に突いてきた。服の上からだというのに一ミリのズレもない。


 ――『アンブレイカブル・ホワイト』停止。使用可能まで、あと81秒――。


 また俺の『不壊乳膜』が破られた!? こんなしょうもない場面で!?


 イタズラ成功といった風にシンシアは離れ、今度こそ俺の左隣に座った。しかも、太ももと太ももがピタリ合わさる距離でしかない。

 なんて恐ろしい自己紹介なんだ。忘れるどころか夜な夜な思い出して(深い意味はない)しまう。


「ご依頼主様、運が良いですよ! シンシアはここでも人気トップ4に入る冒険嬢……『四天乳テッセラマストス』の一人なんですよ?」


 右隣に座った冒険嬢が飲み物や軽食のメニューを差し出しながら注釈してくる。『四天乳』ってなんぞ!?


「このおっぱいギルドの看板娘なんですけど、すぐに指名個別依頼が入るから滅多に酒場コーナーまで下りて来ないし、初来店じゃまず出会え無いんです!」


「彼女はキビシイ社会で疲れ果てた男の人を、完璧に癒していく妖精のような人って評判なんですから!」


「人呼んで『パーフェクト・リフレッシュ・ピクシー』略して『パリピのシンシア』!」


 分かり易すぎる!?

 わー! っと囃し立てる様な拍手喝采を浴びて、くるしゅうないくるしゅうないとシンシアは満足げなドヤ顔を浮かべる。


「照れるじゃん、そんな褒めんなし! 褒めてもオッパイぐらいしか出さないし? とりま、ペローんっていっとく?」


 彼女は流し目を俺に向けながら、に指をかけ、ちょっと捲る。


「「出しちゃえ出しちゃえー!」」


「!?」


「うぇーい! じゃあ、全員でポロリいちゃう!?」


「「うぇーい!」」


「!?」


「うっそー! あははっ! ご依頼主様お顔真っ赤ー!」


 つ、ついていけねぇ……サンダーブラザーズ、これ本当に俺の経験値になるんですか?

 完全に呑まれる前に何か話題を振らねば。


「あのシンシア、さ、さっき『四天乳』っていってたけど、他にはどんな子がいるんだ?」


「ええ~? 今日はあーしだけを覚えてよぉ! 他の『四天乳』なんて、放って置いてさぁ?」


「あ、そ、そうだな……うん」


 しかし、いったいどんな服だ。

 服って言うか、ちょっと特異な形状の前貼りではないか。彼女の乳輪のサイズ直径4.2センチからして、かなりギリギリを攻めているぞ。チキンレースだったら伝説になる。乳キンレースですね。

 地球における海の割合は70%ほどというが、この服装はそれ以上だ。陸地海洋に対して10~20%未満しかない。

 動いたら絶対ぺろんって剥がれてしまうだろうに、シールでも使っているのか全く動かない。いったいどんな製法、もしくはどんな材質なんだ。


「ふふっ、気になるぅ? ムネ様の視線、すっごい刺さってくるし!」


 シンシアは気分を害した様子も無く、むしろバストを誇示するように胸の下で腕を組みウリウリと左右に揺する。こぼ、零れる!? いや、剥がれる!? こっちが心配になってしまう!


「えっ!? あ、いや……その……」


 気になるといえば、もちろん気になるに決まっている。しかし、今回はそのヌーブラウサ耳バニードレス(命名俺)材質にも興味を惹かれる。

 いずれ俺はリリミカと一緒にブラジャーを作らなければならない。後日リリミカに訊いてみれば済むかもしれないが、気になった時に尋ねるのが一番効率が良い。

 さり気なく。さり気なく服が似合ってる褒めて材質とかを聞いてみよう。


「ちょっと服脱いで、おっぱい見せてくんない?」


 さり気なさとはいったい。

 シンシアは目をパチと瞬かせ、ニンマリと意味あり気に笑う。


「いいよー? あーしを指名して、一本いれてくれたら……ね?」


「いっぽんいれる!? いれるって何を!?」


「もー……男の子がぁ……この状況で入れるものなんて、アレしかないし?」


 俺に体重をかけながら耳元で囁いた。


「ボ・ト・ル♡」


 この商売上手め!


「ご依頼主様ぁ……私もぉ、カクテル飲みたいなぁ……一緒に飲んでくれませんかぁ?」


「あーっ! ずっるーい! 私も私もー!」


「私は、ご依頼主様と二人きりで飲みたいかも……♡ 上の階で、ゆっくりと……」


 く、くそ、駄目だ……! 多勢おっぱい無勢童貞……! こうなったら少し早いが最後の手を使う!


「よーし、じゃあ全員に好きなカクテルを! あと、この何か大きいフルーツタワーだ! 俺のお酒はお任せします!」


「「キャーッ! ムネヒトさん、素敵ー!」」


 お酒に逃げよう。名付けて『女の子に負けるくらいなら酒に負けてしまおう』作戦。

 情けないとかは、どうか言わないで欲しい。神様というのは昔から女とお酒に弱いのです。


 既に用意されていたのか給仕(という役の冒険嬢達)が、手早く酒と色々な種類のカクテルとフルーツタワーを運んできた。

 俺にも手渡されたが、カクテルにしてはやけに重くパフェグラスのように大きい。縁には果物が輪切りされたものがデコレーションされていた。

 お酒であるは間違い無いだろうけど、それはフルーツ牛乳のように濁っている。シェイクのように粘性もあった。

 同じようなカクテルを持っている冒険嬢を見ると、彼女らは少し太めのストローをカクテルに沈めている。

 ああなるほど、カクテルスムージーってヤツか。こういうの初めて飲むぞ。


「はい! 好きなストロー選んでね?」


 シンシアはグラスにぎっしり入ったストローを、おみくじのように差し出してきた。


「ああ、ありがと……あれ? 微妙に太さが違うんだ……ん?」


 カラフルなストローは同じ長さだが、よく見ればどれも太さが微妙に違っていた。

 正確なところは分らないが、細いのは5ミリ程度で太いのは1.5センチをやや上回るくらいだろう。その程度の差では有るが、なにか仕掛けがあるのだろうか。

 ふと見れば冒険嬢の視線が俺の手元に集中している。何故? あ、そうか。多分俺がグラスを持たないと乾杯できないんだ。


「じゃあ、これを……」


 スムージーっていうこともあり、俺は全体の平均……やや太目の1センチ程度の物をチョイスした。


「おー? ムネ様はそれかー……そーかそーか!」


「何か妙な言い方をするんだな……まさか、どれか外れだったりする?」


「んーん、どれも普通のストローだし? ただ――」


「ただ?」


「これ、あーしらのチクビの太さを元に作られているし!」


「ブフォッ!?」


 まだ乾杯してなくてよかった。間違いなくむせてたもん。


「ちなみにムネ様の選んだのは、あの娘のストローチクビね?」


「何故わざわざ教えた!?」


 見ると冒険嬢(Gカップ)の一人が、やや恥かしそうに手を振っている。彼女は意味あり気な笑みを浮かべ、自分の胸の先をクルクルと指でくすぐっていた。なんか恥かしくて飲みにくいわ!


「実はこの辺にあーしらの名前が小さく書いてあんの! ちなみにあーしのはコレね!」


「ストロー見せなくても良いよ!」


「あとであーしを指名して実際に確かめてみれば良いし! このストローとあーしのがジャストフィット!」


「確かめないから!」


「えー? でも服の上からとかじゃ、ちょっと変わるし? あ! じゃあこの隙間からストローだけ入れてみると良いんじゃね?」


「だから確認しないし入れもしないから!」


「あっちでストロー販売してるから、帰りにたくさん買ってて欲しいし!」


「お土産まであるのかよ!?」


 会話の主導件が全くつかめない。彼女と俺とでは踏んできた場数が違いすぎる。しな垂れかかってくるシンシアに俺はドギマギしっぱなしだ。

 歳が近いこともあり、俺はイケイケ(死語?)のJKにからかわれている男子学生の気分だった。


「あり? からかい過ぎちった? めんごめんご! でも、ムネ様もだいぶ緊張が解けたんじゃなね?」


「え? あ……」


 そう言えばだいぶ身体の力が抜けている。シンシアのペースに呑まれてはいたが、いつの間にか気負わずに会話できていた。

 依然として周りのおっぱいにドギマギしているが、肩身の狭さとか怖れとかが消えていた。


「せっかく来てくれたんだし、あまり気負わないで楽しんでってよ。例え今日だけだとしても、良い時間を過ごしたいってのはお互い様じゃね?」


 もしかして、シンシアはワザと変にテンションを上げていたのだろうか。

 いや、きっとそうなのだろう。彼女達はプロだ。俺がガチガチに緊張しているなど、一目で気付いたに違いない。


「そうだな……余計な気を遣わせてしまったか。うん、ありがとうな」


「礼なんていいし! じゃ改めて、よろチクビ!」


「アッー!?」


 ――『不壊乳膜』停止。使用可能まで、あと81秒――。


 またまた破られた!? それ止めてーや!


「んふふふ、みんなグラスは持ったね? じゃ、ムネ様とこの素敵な夜に――乾杯おっぱい!」


「「乾杯おっぱい!」」


「かんぱ……って、なんだよその音頭!?」


「さぁさぁ早くストロー咥えて! 舐めて吸って噛んで飲んで嬲って、ムネ様の好きに蹂躙するし!」


「「ス、ト、ロー! ス、ト、ロー! ス、ト、ロー!」」


「ストローコールするな!」


 これ俺のテンションに関係なく面白がってるだけだろ! 人がおっぱい王国民だからって、おっぱいネタでこれでもかと弄りやがって! もっと来い!

 しかしこのままでは、何処までも流されてしまいそうな予感がヒシヒシしてきた。女の誘惑に耐性をつけるとか言ってる場合では無いのでは?


(いや、負けるなムネヒト! これもまた修業なり! 色香に惑わされ続けてどうする!? 俺は身体は童貞でも、頭脳は大人(意味深)。そして精神は仙人だ! まあ乳首の神様だけど!)


 おっぱいには、絶対に負けない!

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