第一と第二(上)

 

 第二騎士団本部から最寄の食事処兼酒場、『酔い醒まさず亭』を貸切り、日も暮れぬうちから飲めや歌えやの大騒ぎだった。

 朝に挨拶したときより明らかに多い人数がこの酒場に集まり、笑い声に泣き声に下手な歌声にまでと、一秒たりとも沈黙が訪れない。

 夕焼けの力を借りなくとも真っ赤に染まった顔が所狭しと並び、それを更に赤くしようと酒を胃へと流し込んでいる。


「おい新入りぃ、呑んでるかぁ? お前は今回の最大の功労者なんだから、俺らの中で一番呑まないとダメだからなぁ!?」


 ゴロシュが空になったばかりのコップに麦酒を注いでくる。それ、相手によってはアルハラだぞ。


「オラもっと食え! 騎士は身体が資本だからなぁ! どれ、野菜も取ってやるよ! 好き嫌いするんじゃねえぞ!?」


 ドラワットがドレッシングのたっぷり掛かったサラダボウルを持ってきた。お前はお母さんか。


 新入りである俺の歓迎会と、『タイド草』の売人組織の逮捕祝いとを兼ねた大宴会だった。

 わざわざ更正団員のために歓迎会なんてと最初は思ったが、多分この人たちは俺をダシにして飲み騒ぎたいだけなのだろう。

 俺はドレッシングまみれになった炙り豚肉を、レタスと一緒に口に入れながら喧騒の風景になっていた。

 時々こうして団員が絡みにきては、何やかんやと世話を焼いて去っていく。

 騎士と言うよりは体育会系の部活動とかに近い。万年帰宅部だった俺にとっては微妙に肩身が狭い。


(けどまあ……)


 俺はまだその一員ではないが、堅苦しさを感じさせない雰囲気は良いもんだ。


「よー、楽しんでいるかいハイヤ君。ちょっと失礼するよ」


 ふと、この中で最年長の男、ジョエル氏がひょっこりと麦酒入りの瓶を片手に俺の陣取っていた机にやってくる。

 彼はそのまま俺の向かいに座り、カツンと俺の持っていたコップに自身のそれを当て一息に飲み干した。そして酒精を目にまで漂わせ、のんびりと語りだした。


「『タイド草』密売の最大組織は壊滅。第一騎士団内部の内通者も、男爵の息の掛かった他の貴族もお縄になるだろう。今回の最大の功労者は君だ。オマケに現場でも大活躍だったそうじゃないか。いやー、俺も見ておきたかったなー」


「功労者だなんて……大袈裟ですよ」


 面と向かって言われると照れるしかない。するとジョエルさんは大袈裟に手を振った。


「いやいや謙遜なんてすんじゃないよ、若いんだから! この宴会は君のお陰で開けたんだから、もっと堂々としてて良いんだぜ?」


 ジョエルさんは串に刺さった鶏肉を頬張り、それを新たな酒で流し込んでいく。

 俺のお陰? 何か引っかかる言い方だな。


「君をダシにしたみたいで気が引けるけどさ、ヤケ酒以外のお酒なんて本当に久しぶりなんだよ。大目にみてやって欲しい」


「…………」


「イヤらしい話になるけど、王宮から報奨金だって出るだろうし皆の給金だって増える。つまり、第二への予算がしっかり下りるようになるのさ」


「……今までは、違うと?」


 昨日の今日入ったばかりの、しかも非正規団員の俺が耳に入れても良いのだろうか。しかしジョエルさんはそれを聞かせたがっているようにも感じて、俺はつい訊いてしまった。


「第一騎士団と第二騎士団の成り立ちは大きく違う。第一は貴族出身、もしくはその関係者のみで構成されている。ウチで貴族出身者はレスティア副官のみさ」


 騎士団に入った息子達にみすぼらしい装備などはさせられない、つまり家から多額の寄付が寄せられるのだという。思えばサルテカイツ家も第一騎士団の出資元だった。

 無論、第一にも第二にも予算が組まれてはいる。しかし、それが同額という事は当然無い。規模や在籍団員数、そして実績。それらの要素により減額も増額もされる。


「今件で誰にも文句を言わせないほどの実績がついた。狩猟祭に向けて良い弾みになったよ……っと、愉しい酒の席でするような話じゃなかったな……」


 酒と愚痴がセットになってるなと、ジョエルさんは苦笑いを浮かべた。


「お疲れ様ですムネく……ハイヤさん。隣、良いですか?」


 何事かを言った方が良いのかと悩んでいる所に、木ジョッキに麦酒を携えたレスティアがひょっこりと現れた。

 彼女も騎士団本部への報告を済ませ、この『酔い醒まさず亭』に足を運んだのだ。アルコールの力か青い瞳は普段より滑らかなカーブを描き、白い頬がほんのり染まっている。

 彼女はそのまま俺の向かいの長椅子に座り、ジョッキを傾ける。この細い身体の何処に入っていくのか、乾いた砂に水が染み込んでいくような飲みっぷりだ。


「レスティア、そんなに飲んで大丈夫なのか?」


「ふぅ……大丈夫とは?」


 空になった木の器に、今度は麦の蒸留酒を注ぎながら彼女はキョトンとした顔を作る。


「お前、お酒に弱いじゃないか。だいぶ飲んでるみたいだけど……」


 俺の懸念を吹き飛ばしたのはジョエルさんの控えめな笑い声だった。


「心配すんなってハイヤくん! レスティアちゃんはこう見えて、第二でも五本の指に入る酒豪なんだぜ? まだまだ限界の百分の一も飲んじゃいないさ」


「人をウワバミのように言わないで下さい。これくらい、別に普通ですよ」


 レスティアは酒のせいだけでは無い赤を頬に載せ、意識したのか今度は上唇でチビチビとするに留めた。


「へ? いやだって――」


 時々俺とバンズさんとレスティアで呑む時は、すぐに酔ってバンズさんにしな垂れかかるのだ。

 するとレスティアは『あぁ……少し酔ってしまいました』とか言って、バンズさんも『やれやれ仕方ねえなあ』と彼女を介抱するまでがワンセット……。あっ。


「そ、そうなのか……人は見かけによらないんだなー……」


 俺は空気の読める日本人なのだ。


「そういえば、副団長は来てないんだ」


 ああと、二人は同じ反応をそれぞれの口から漏らした。


「メリーベルちゃんがこういう酒の場に姿を見せた事は無いんだ。稀に連絡事項を伝える為にやってきたりするけど、いつもの鎧姿でやって来ては何も飲まず食わずに帰っていくんだよ」


「今回も誘ってはいるのですが、首を縦に振った事は無いですね。聞いた所では本部の裏庭で黙々と剣の素振りをしていたという話ですが……」


「そういう意味じゃレスティアちゃんの似たようなモンだったんだけどな。最近は付き合いが良くて嬉しいぜ。同じ酒でも女の子がいると居ないとじゃ華やかさが違うからな」


 どこからか、私はいつも居ますよー! と聞こえてきた。団員達に囲まれよく見えないが、ヒヨコのような髪がチラチラ見えている。 

 今本部に居るのはメリーベルと少数の団員だとも聞いた。如何に宴会とはいえ第二騎士団本部を無人にするわけにはいかず、幾人かが残っているのだ。

 ちなみにメリーベルを除く残留組の団員達は、後日ジョエルさんの幹事の下に再度飲み会をするという。それでもメリーベルが参加しないのは、宴会などしてる暇など無いという勤勉さの現われ、なのだろうか?


「どうも肩の力が入りすぎてるように思うんだよね。もっとテキトーにやったって、誰も文句なんて言わないっての」


「ジョエルさんはもっと真面目にしてくれても良いんですよ?」


「……言うようになったなレスティアちゃん。いーさいーさ、どーせ俺はうだつの上がらないオッサンだからな。在籍年数が長いってだけのロートルだよ」


 酒で滑らかになった口を動かしレスティアは悪意の無い皮肉を飛ばす。ジョエルさんもまたワザと傷ついたような表情を作った。

 年齢は一回り以上(異世界に干支と云う概念は無いだろうけど)違うが、役職は彼女が上らしい。


「長いだけって、やっぱりジョエルさんは古株なんですか?」


「ええ、ジョエルさんはバンズや団長の同期です。現役の第二騎士団の中では最古参ね」


 やっぱりって、そんなに老けて見える? というジョエルを無視しレスティアは簡潔な説明をしてきた。


「ガノンのヤツは団長、バンズは元副隊長。俺は未だにヒラ騎士さ。俺への褒め言葉があるとするなら、ベテランってだけだな。いやはや、優秀な同期を持つと肩身がせまいぜー」


 ホントに肩身の狭さを感じているのなら、そんなに愉しそうに酒を飲むのだろうか。

 これは俺の勝手な憶測だが、役職に就いていないからって無能とは限らない。本当にへらへらしているだけのロートルなら、誰も耳を貸しはしないだろう。

 しかし今朝初めて会ったとき彼を軽視するような団員は居ないように思えたし、今日の作戦だって彼が立案したという。ジョエルさんの自己評価はともかく、重宝されている人材には違いない。

 そこまで思案して、彼の言葉の中に単語の不一致らしき違和感を覚えた。


「前から思ってたんですが……何故メリーベルは副団長なのに、バンズさんは副隊長だったんですか?」


 団と隊の違い。思えば初めてバンズさんが自身の過去を話してくれたときに、第二部隊の副隊長と言っていた。ミルシェも確かにそう言っていた気がする。ただ記憶違いに過ぎないのだろうか?

 そこまで訊いて、俺は理由の無い後悔を予感した。レスティアの顔に僅かだが影がよぎったのだ。


「……ああ、それはな――」


 数秒も無い沈黙は最年長の騎士の舌端によって幕が引かれる。

 その時だった。バンと乱暴に店の入り口が開け放れた。

 やや驚き、そちらに視線を飛ばすと第二騎士団とは似て非なる集団が店内にズカズカと入り込んできた。それを起点にし第二騎士団の団員達へ沈黙がドミノのように押し寄せる。

 俺は思わず顔をしかめた。彼らの纏う金属の鎧が、夕日を反射して酷く眩しかったからだ。

 ふと周りを見ると、誰もが一様に顔をしかめている。口の端をゆがめて舌打ちをするような者までいた。


「ふん、まだ日のあるうちからこんな酒場で宴会か。我々の手柄を掠め取っておきながら良いご身分だな」


 隠しようも無い侮蔑を開口一口目に、先頭の男が沈黙の中心を悠然と歩いてくる。銀色の鎧で全身を固め、どういう造りなのか金色のマントをなびかせていた。腰には煌びやかな装飾が施された剣を提げている。

 追従する者達も似たような武装だが、先頭の男の豪奢さは一線を画く。

 俺はこの男たちが誰なのか、訊かずとも分かる気がした。


「第一騎士団……!」


 団員の呟きが答え合わせとなった。

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