第一と第二(下)

 

 第一騎士団、度々その名前を聞いてはいたが目にするのはこれが初めてだった。

 全員が同じような銀の鎧を纏い、つや消しをしていないのか妙に輝いている。

 腰に帯びた剣も一見して高価なものだと分かる。柄頭には赤や青の宝石を埋め込んでおり、黒塗りの鞘には金色の装飾が為されていた。留め金まで金色でありそれから伸びた革のベルトは、少なくともウチの牧場の手綱よりは高級品だろう。


 しかし先頭に立つ男の豪華さは更に目を引く。それは深い紫色の髪をした、背が高く線の細い三十歳前後の男だった。

 更に華美な装飾が施された銀の鎧に、脛の半ばまである金色のマント。貴金属で出来ているのではと思われるほど眩しいこしらえの剣。ほとんど隙間無く固めて重くないんだろうか。


「カロル・フォン・ベルジーニュ、第一騎士団の副団長さ」


 ジョエルさんがこっそり教えてくれた。なるほど、ウチの副団長とは色々違う。


「汚い店ですね。埃っぽくて雑多、品性のカケラも感じられません。こんな所で飲んでいる連中の気が知れませんよ」


「コラコラ、口には気をつけなさい。第二の彼らにとってはこの程度が最大級の贅沢なのかもしれないのだから」


 副団長、カロルとかいうヤツの言葉は部下を窘めるフリをした明確な侮蔑だった。


「お気に召さないなら回り右して帰ったらどうだ? お前らが帰ったら今すぐ掃除してやるよ、まずは今出来たばかりの汚い足跡からな」


 こちらも敵意を隠そうとしないゴロシュの弁だ。酒に身を浸しているからか、戦意の膨張が速い。座ったまま椅子を斜めに引き脚をテーブルの外に出した。いざとなれば蹴りが飛ぶだろう。


「君のような三流騎士に話は無い。話の分かる者をつれてきたまえ」


 それを先頭の男は色々な意味で見下し、会話すら行おうとしない。

 だったら酒場ではなく本部に行けば良いじゃないかと思ったが、もしかしてメリーベルも居なかったのだろうか?

 立ち上がろうとした双子兄より、第二騎士団の最年長騎士が早かった。


「はいはい、じゃあ俺が話を訊くよ。第一騎士団サマが何の御用だい?」


 ゴロシュの開きかけた口と眼光を背に隠し、何でもないように問う。


「言わなければ分からないのかね? 君達が第一騎士団の職権を侵した事に他ならないだろう」


「そいつぁ心外ですな。確かにアンタ達の管轄区域ではあったが、まさに取引の現場を押さえたんだ。少なくとも職務を全うしたことには変わりないはずですけど?」


「だとすれば貴様らは直ぐにでも我々に報告を寄越すべきだったのだ。連絡を怠り、たかが一部隊風情が主導で今件に関わるなど言語道断。我々の今までの努力を無に帰せしめる、明確な妨害行為だ」


 おどけたように言うジョエルさんに対し、カロルという男は最初の高圧的な態度を全く崩さない。


「努力とはまた美しい王国語だな。第一の詰め所は無人だったクセによ」


 次に口を開いたのはドラワットだ。別の角度からの口撃に、カロルは片眉のみを持ち上げて反応する。


「貴様等には到底理解できないような、重要な任務を偶然にも遂行していたからだ。我々が不在だからと言って連絡を怠って良い理由にはならない」


 癇に障る言い方だが正論だ。本当に重要な任務とやらがあったらの話だが、それを確かめる方法はコチラには無い。


「当然アンタらにも報告したさ。ただし、優先順位の関係から犯人を捕らえるのが先だと判断しただけだって。逃げられたらコトだからねぇ」


 対するジョエルさんの言葉もまた正論だろう。ただし第二騎士団が行った事は順序だてた作戦ではなく、どちらかと言えば奇襲に近いものだ。捜査許可を得てからの行動ではなく同時進行で団員が動いたのだ。黒では無いが灰色に近い。

 確かに第一騎士団の管轄という事もあり、黙したままの強制捜査は後々問題になるだろう。しかし、ほとんど同じタイミングだっただけで事後承諾ではない。それ故に情報を意図して隠蔽したという弁論は意味を為さない。

 とはいえ、情報が自分達の所まで回ってきた頃には事態は収拾していたのだから、彼らにとっては寝耳に水だっただろう。


「それに、第一の内部にも売人組織と繋がる内通者が居たそうじゃないの。もしソイツらへ先に情報が渡ったとしたら、もっと面倒な事になったかと思ってね。でも杞憂に終わったようで何よりさ」


 ジョエルさんのほっとしたような笑みと、先頭の男の顔が小さく波打つのを見た。


「彼らが誇り高き第一騎士団として有るまじき不埒者だったという事は認めよう。ただし、それは果たして本当に事実かね?」


「……なんと?」


「証拠は? 記録は? 件の売人組織やマゾルフが虚言を言っている可能性は考慮したのかと訊いているんだよ」


 ふむ、とジョエルさんは小さく息を付き、収まりの悪い髪を掻き回した。


「それについては俺達がちゃんと調査するし、王宮騎士団だって参加するだろう。第一、証拠ならマゾルフ男爵領から既に回収しているよ。だから心配しなくてもいいんだぜ?」


「そんなもの、貴様らが偽造しないとも限らんだろ」


 空気が凍りつく音がした。一瞬の凍結は、しかし灼熱の温度で場を固める。こいつは犯人を疑うより、まず俺達を疑うような発言をしたのだ。同じ騎士団員でありながら信じられない暴言だ。


「貴様らが自分達の都合の良いように証拠を改竄し、騎士団本部へ提出しないと誰が言える? 我々はそれを懸念しているのだ。だからこうやって、ここまで足を運んでやったのだ」


 癒着した空間の中で、彼と第一騎士団の団員のみが表情を豊かに変化させている。

 特にカロルの後ろに控える団員達の表情は、任務の責任に対する義憤でもない私憤でもない。嘲弄混じりのにやけ面だった。


「我が第一騎士団に内通者アリと貴様は言ったが、それは密売組織を捕らえる為にワザと泳がせて置いただけなのだよ。それを勝手な憶測で早合点したのは貴様らの重大な過失だ」


 わざと売人組織の仲間を演じていた、それがコイツの言った努力ってヤツか?


「単刀直入に言おう。マゾルフ男爵から押収した証拠や記録、ならびに捕らえた者達を我々に引き渡したまえ。今後の捜査は第一騎士団が引き継ぐ」


 透明の毒針は俺を含めた第二騎士団達に突き刺さる。ただし、体内を巡るのは毒ではなく怒りだった。


「……そりゃあサスガに失礼じゃ無いですかね? 俺達だって騎士を任された身だ。まあ聖人君主の集まりとは言えないが、真面目に事件に臨んだんだぜ?」


 仲間の怒りを感じてはいるだろうが、ジョエルさんはそれを背負い小さく顔をしかめるだけに留めた。彼らの暴論を弁舌で解決しようというらしい。


「言葉ではどうとでも言える。我々第一騎士団は、先日のサルテカイツ家の件も納得しているわけではないのでね」


 ふと聞き捨てならない単語を拾い男の顔を見やる。次いでレスティアの顔を見た。彼女の青い瞳が苦しげなものに変わり、逆に俺を気遣うような視線を向けた。それからそっと頬を寄せてくる。


「(……抑えてくださいムネくん。彼らはの目的は、第二騎士団の方から仕掛けてきたという形で問題を起こさせることにあります)」


 彼女の言に眉をしかめ周りを見渡した。

 社会的信用はともかく、第一と第二では有する背景の権力に大きな差がある。いかにクノリ家が王国最大級の貴族であろうが、いや、その名声ゆえに第二騎士団の行動に伴う責任はより複雑な物になるのかもしれない。

 故意か偶然か、酒の場を選んだのはその為か。

 酒精により冷静な判断を欠いた所に押しかけ、好き勝手弁論を並びたてていく。それは正式な譲渡依頼ではなく、どちらかと言えば詭計に類するものだ。

 事実、双子騎士を含め団員のほとんどが目に敵意を漂わせている。何らかのきっかけがあれば直ぐに暴発してしまいそうだ。

 しかし実際の行動に起こそうという者はいない。それを察しているのだろう、第一騎士団員達もうすら笑いを浮かべそれを眺めている。

 このような衝突は日常茶飯事なのだろう。つまりこれは冷戦、いや冷戦ごっこだ。


「むしろ感謝されて然るべきだと思うのだが? 信頼乏しい貴様らに代わり、第一騎士団が面倒な捜査を代わってやると言っているのだ。元はチンピラのいう事など誰が信じる? せっかく打ち立てた実績に泥を塗りたくはないだろう? 賢い選択をするべきだと――」


「それくらいにして頂けませんか、ベルジーニュ卿」


 主張か挑発かを繰り返すカロル副団長を遮った鶴の一声は、俺の隣から発せられたものだ。

 沸騰寸前だった第二騎士団達は、レスティアの言葉にほんの数℃は温度を下げたらしい。


「これはこれは、ミス クノリ。貴女のような人までこんな掃き溜めにいるとは思いもしませんでした。出逢えた幸運を神に感謝すべきでしょうな」


 本人はニヒルと自覚しているような顔をレスティアに向ける。彼の顔からは軽蔑の色は消えうせ、親愛の情を三割増で浮かべている。


「ええ、私も貴方がこんな所までやってくるとは思いもしませんでした」


 対しレスティアの声も表情もそっけない。意図して冷たいというより、自然に温度を感じさせないような顔だ。バンズさんに対する熱を覆い隠す冷たさとは根本から違う。


「貴方の仰りようは、同じ王都守護騎士団に対するものとしては不適と言わざるを得ません。どうか撤回を」


「これは失敬。客観的事実に基づく追及では有りましたが、言葉が過ぎたようですな」


 毅然としたレスティアの言葉に、彼は慇懃に会釈を寄越すが言葉に撤回の意味は無い。自分の言に誤りなどはないと暗に言っているのだ。


「いやはや私だって心苦しいのです。志を同じにしながら、第二部隊の悪評は聞くに堪えません。王都守護騎士団全体の秩序にも関わりますし、何より貴女ほどの才媛をこのような所で浪費しているという事実が、私には堪えられないんですよ」


 劇場の主役にでもなったかのように彼はのたまう。主演は彼でレスティアが主演女優。観客は第一第二の両騎士団だとでもいうつのだろうか。


「どうです? こんなカビ臭い――いや失礼、質素な場で食事するより我々と一緒にディナーでも如何ですかな?」


「せっかくのお誘いですがお断りさせて貰います。この店の料理は美味しいので」


 礼儀正しくも明確な拒絶にカロルは肩をすくめる。


「何度も申し上げている通り、貴女はこの第二部隊にふさわしくありません。いい加減、我々第一騎士団へ異動しては如何ですか?」


 急な話題変換にもだが、その内容にも驚いた。思わず男とレスティアの顔を見比べてしまう。


「私の方も何度もお断りしているはずです。少々しつこいのではないですか?」


「ツれないお方だ。でも、そんな貴女も非常に魅力的ですよ」


 レスティアの形の良い眉が数ミリ単位で微動する。俺にも分かる、リリミカなら容易に察するであろう不快さを覆い隠す彼女の仕草だ。

 それを察しないのかカロルは一歩彼女に歩み寄り手を伸ばした。剣を振る手の平には見えない、細く白い手だ。


「この手をお取りなさい、レスティア・フォン・クノリ。王国全体の利益を考えるなら、どうするのが一番良いか貴女なら解かる筈だ」


 レスティアがその手を取ろう筈も無い。宙を漂う手に一瞥を与えたのみで絶対零度の瞳をカロルの顔に突き刺す。


「……この第二部隊は、過去にクノリ家の名を利用しようとしたのですよ? そこまで肩入れする理由が貴女にあるのですか?」


 流石に敵意に気付いたのか、副団長は手を引っ込めその手で自身の髪を撫で付ける。仕草にも言葉を与えるなら『こまったお嬢さんだ』と言うところだろうか。


「……そのような事実はありません」


「いえいえ、有名ですよ? 第二部隊は愚かにもクノリ家の長女を誘拐し、自作自演で事件の解決を図ったと。表向きではどうかは知りませんが、これほど重大な事件を、私は風化させるべきではないと思っているんですよ」


 何かを抑えるようなレスティアの言葉をかき消したのは、軽薄さの見本のようなカロルの笑みだ。それに続く言葉も軽薄さの極みだった。


「たしか、その恥知らずの名前はなんと言いましたかな? 今では汚い牧場の主にまで落ちぶれたと聞き及んでおりますが、まあそれも当然の帰結と――」


 ばしゃりと、彼の口上を破ったのは人の言語ではない。

 文字通り冷や水を浴びせられることになったカロルは、長い髪から滴り落ちる水を拭おうともせずパチクリと目を瞬かせた。


「……これは、何の真似かな?」


 作用点は第一副団長の顔面、力点は俺の右手だ。


「あんまりノボせているみたいだから、冷してやろうと思っただけだ。水も滴る良い男になったな」


 いい加減、聞くに堪えない。

 空っぽになったコップへ新たな水を注ぎながら、カロルとレスティアの間に立った。彼女の姿と顔を背で隠し、出来るだけ自然に後ろへ押しのける。

 あちゃーっ、とジョエルさんが頭を抱える姿を視界の端に見た。すいません、ご迷惑を掛けることになりそうです。

 ガタガタと、連続して椅子が引かれる音がした。他に音の無い店内ではそれが良く響いた。


「貴様、副団長に何を――ッ!」


 激発したのは副団長ではなく、その後ろの幾人かだった。ニヤニヤとした笑みは消え憤怒に顔を紅潮させている。実際に喧嘩を買われるとは思っていなかったのだろう、戸惑いのスパイスを効かせた怒りだ。

 呷るのは慣れているらしいが、呷られるのはそうじゃないらしい。パルゴアもそうだったから意外でも何でもないけども。

 それを制止したのがカロルだった。腕を水平にし飛び出そうとした部下を抑える。過度な刺繍の入ったハンカチを取り出し、それで顔と髪を一通り拭うと表面上は優しげな顔で語りかけてきた。


「私は寛大な男だからね。たかだかヒラ隊員風情に本気で怒ったりはしないとも。君が今すぐに手を付いて侘びるなら、水に流してやっても――」


 ばしゃり。


「お代わりが欲しいなら、水に流すなんて回りくどい言い方しなくても良いぞ」


 薄い眉と紫色の目がキリキリと持ち上がっていく。

 コイツの言う寛大さというのは、コップ二杯程度の水で剥げてしまうメッキらしい。


「身の程知らずめ……。見たところ第二部隊お得意の更正隊員らしいが、この私を知らんのか?」


「あいにく貴族社会には疎くてね。でも、コノワタシさん? 中々変わったお名前をお持ちで」


 目に怒り、口元には嘲弄を浮かべやや高い位置から俺を睥睨してきた。今度は水を拭おうともしない。


「一時の感情に身を任せ馬鹿な事をしたな。この件は本部に報告させてもらうぞ? 貴様だけではなく、第二部隊全体の秩序の著しい欠落が――」


「俺が怖いなら素直にそう言え。その立派な鎧や剣は見た目どおり飾りか?」


 なんとも安い挑発だが効果はあった。カロル副団長は罪人を裁定する陪審員の席から同じ土俵に下りてきたことを、その表情で物語っている。

 流石に不味いと第一騎士団の団員も気付いたのか、副団長を制止しようという視線も何筋かはあった。だがそれはあくまで少数派だ。大半以上は殺気の光彩を双眸に漲らせ俺を貫いてくる。


「――良いだろう。無礼者には過ぎた栄誉だが、我がベルジーニュ家に代々伝わる宝剣『ノートゥング』を我が剣技と共に見せてやる。対価は卿の首だ」


 左手に掴んだ剣を腰のベルトから僅かに引き出し、柄に右手をかける。

 ノートゥングとはまた大それた……名前負けじゃないだろうな。


「やってみろ」


 ふと気が付けば、俺の後ろにも人が集まっている。第二騎士団の皆だ。彼らの突き刺すような視線は俺を透過し、第一騎士団の誰か、恐らくは自分に一番近い獲物に向けられているのだろう。

 無形の境界線上で敵意の火花が飛び散り、肌毛をピリピリと刺激してくる。

 俺が動くか、ヤツが剣を抜くかでもすれば凍結から沸騰への転換は容易を極めるだろう。


「――何をしているか!」


 しかしその機会は失われた。第一第二の区別なく全員を叩く強い音波は、店の入り口から響いたものだった。

 皆の目が赤い髪と赤い瞳を持つ女を捉えた。それは言うまでもなく第二騎士団副団長メリーベルの姿だった。


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