マゾルフ領にて(上)

 

 ダミアン・フォン・マゾルフ男爵は、取引を目撃され逃げ帰ったマヌケから話を聞いても、鼻を鳴らしただけだった。


(わざわざ第一騎士団の管轄内で取引を行っているというのに何というザマだ。貴重な『転移符』も消費し、お遣いもマトモにこなせんのか。第二の能無し共が、また出しゃばりおって)


 そんな苛立ちに頭が一杯になりはしたが、この程度のトラブルは、頻繁ではないにしろ彼の耳に入ってくる。しかし、それが決定的な痛手になったことはない。


(どうせ今回も、証拠も不十分で自分の所までは手が届くまい)


 仮に売人組織が掴まったとしても、それをまず処断するのは第一騎士団だろう。取引の証拠は隠蔽されごく小規模で事態は収拾する。最悪の場合はトカゲの尻尾のように、かの組織を切り捨てれば良い。

 痛いとすれば、その協力者の為にまた少なくない金銭を失う事か。


 そう高を括っていたが、自身の屋敷や領地内の森へ強制捜査の手が伸びると、内通者から聞いては流石に軽視できなかった。

 従者も付けず執事にも告げず、ダミアンは手ぶらで屋敷を後にする。


(証拠はそこにはない。騎士団のマヌケどもめ、いくら探しても無駄だ)


 自身の屋敷から逃げるという屈辱を、数時間後に訪れるであろう第二騎士団の徒労で幾分かは溜飲を下げ、男爵は高級馬車を乗り継いで王都を後にする。


 向かう先は王都南の原生林にある、隠された別邸だ。

 ここにある証拠を隠蔽し、しばらくの間は身を隠すつもりだった。時間を稼げば、いずれ捜査権は第一騎士団へと移り、男爵の身の潔白がだろう。


 森の前まで来た男爵は中級の『転移符』を発動させ、別邸へと飛んだ。

 原生林の奥でポツンと佇む男爵の屋敷は、王都の本邸に比べれば敷地面積も半分程度だが重要度は比較にならない。男爵は早歩きと大股を併用させながら屋敷のドアを開ける。出迎えなど最初から期待していない。

 別邸は無人ではなく、常に警護のため何人かは常駐させてある。彼らもまた、いつ切り捨てても良い使い捨ての人材だ。


「だ、ダミアン男爵! なぜ此方に!?」


 本日、ダミアン男爵がここに来る予定は無かったのだろう、その雇われた男達はサロンでアルコールとトランプに勤しんでいるところだった。

 男達は雇い主の姿が酒のせいで見ている幻では無いと気付き、にわかに酔いを醒ましていく。

 彼らのサボタージュは男爵の血管を軋ませるのに成功したが、今はそれどころではない。もしかすれば此処へ望まぬ来客が押し寄せてくるかもしれないのだ。念には念を入れなくてはならない。


「今すぐ『檻』を開錠しろ! あのケダモノをたたき起こせ!」


 苛立ちを怒号ごと吐き出し、部屋から男達数名を追い出す。


「『錆付き娘』め……! ワシに楯突くとどうなるか、思い知らせてやる!」


 ・


 昼間でも森の中は薄暗い。明らかに人間の寿命より長く生きておるであろう木々に見下ろされながら、道なき道を進んでいた。

 基本は平坦な地面ではあるが、木の根や苔にまみれた岩がコブのように盛り上がり何とも歩き辛い。森に入ってからそれなりの時間は経ったが、大した距離は進んでいないだろう。

 そよぐ風は冷たく心地いいのに、湿気のためか額から汗が滲む。

 隊列は先頭はゴロシュ、次いでメリーベル。その後ろに俺、殿はドラワットだ。密集し過ぎず、しかしお互いに見えなくなるほどは離れない。

 独りで歩けば迷子必至の森林だが、おおよそ向かう先の検討は付いている。


「……よし。次は此処からだ、ゴロシュ」


「合点っす!」


 メリーベルの指示を受け、ゴロシュは近くの一際大きな樹に飛び乗りスルスルと上昇して行く。森に入ってから何度も目撃したが何度見ても見事なものだ。見間違いじゃなければ足だけで駆け上がっている。


 ゴロシュが行っているのは、農園を見つけるための遠望である。

 違法薬草とはいえ水は必要不可欠だ。しかも家庭菜園の規模を遥かに超えているだろうから、人力で水を撒くのにだって限界はあるだろう。少なくとも近くに水源はあるはず、というのがレスティアの出した結論だ。

 支給されている王都付近の地図では北東から南西へ、斜めに川が流れているとされている。

 この世界に人工衛星などあるわけないので、精密さにおいては現代日本の足元にも及ばないだろう。この地図は森に頻繁に出入りしていた頃の冒険者達が作り上げたもので、一昔前のもの。

 それでも川の形など数年では変わらないだろうから、十分役に立ってくれる。

 また、例の中級『転移符』がちょうど良いコンパスになっていた。


「副団長、ありやしたぜ! 人の通った跡どころか、綺麗に正方形に切り取られた場所がありやす! その少し離れた所に屋敷まで建ってら!」


「『転移符』も使用可能エリアでさあ! 間違いありやせんぜ!」


 上からゴロシュ、隣にいるドラワットが得た情報を弾む声に載せた。

 見れば、双子弟の手にした『転移符』に書かれている模様が仄かに輝いている。森に入った頃よりもその光度は増している。


 前にも触れた話だが『転移符』の中には地点が登録されているタイプがあり、ランクに応じて飛べる距離や使用回数が左右される。そうでなければ、あの売人の男だって下級品ではなく隠し持っていた中級品を使い、此処まで逃げて来ただろう。なんかWi-Fiスポットとかみたいだ。


 遂にもたらされた朗報に、地上の俺達は頷きあう。

 木の頂上から方向と距離を叫ぶゴロシュの声を聞き、全員でそちら方を向いた。


「行くぞ、あと一時間もかかるまい」


 到着が目と鼻の先になり、気が昂るのを感じた。

 降りてきたゴロシュと合流し最後の装備確認を行う。


「……ん?」


 ふとそこで森の奥を走る光が視界の端に映った。実際に光っている訳ではない、俺の目が勝手に見せている黄色い光。人外の乳首反応だ。


「何か来る! 人じゃありません!」


 弾かれたようにそちらを向くと、複数の影が草木を掻き分けて飛び出してきた。それは日本では大型犬に分類されるような体躯を誇る深緑色の犬、では無く狼だった。おおよそ二十匹前後の四足歩行の獣が俺達を囲んでいた。


「フォレストウルフか……そりゃこの規模の森になら、居ないほうがおかしいっすよね」


 ゴロシュが舌打ち混じりに独語する。

 フォレストウルフとは森林地帯に多く生息する獣だ。基本は群で行動する肉食獣であり、小さな動物のみならず人にも襲い掛かるという。

 森の狼は俺達を標的と見なしたらしく、徐々にその円を狭めていく。


「妙だな……こいつらは獲物を追い回し、疲弊しきったところに襲い掛かる習性を持っていたはず……。出会い頭で牙を剥くような行動が無いではないが――」


「副団長! 後――」


 思案に耽っていたメリーベルの剣は、それでも俺の忠告より早かった。左腰から放たれた銀閃は、つむじ風のように彼女の右斜め後ろへまで斬上げられる。それだけで横と後ろから飛び掛った深緑色の狼を赤い花に変えてしまう。

 その懐に三匹目が襲い掛かる。彼女は居合い斬りの終点のような体勢であり、そこに隙が生じたのだ。しかしそれは隙でも何でもなかった。

 メリーベルは剣の勢いをそのまま上方へ流し、諸手で柄を絞ると頭上から剣を真下に叩き落した。頭蓋を永久に別たれた狼は大地へ勢いよく抱擁される。

 前と後ろから同時に飛び掛ってきた三匹の狼を、曲線の一閃で切り伏せだのだ。


「こいつらの毛皮は足りていたな……出来れば、素材回収の練習も行いたかったのだが……」


 大した感慨も無く呟くメリーベルに、剣筋をなぞる様に回転してきた赤いポニーテールが追いつく。

 強い。たった一振りでその実力を窺わせる剣の威力だった。

 リリミカが軽快で踊るような剣筋だとするなら、メリーベルのそれは実直な剛剣に近い。使用する得物も、レイピアのような細身ではなく幅の広い両刃の剣だった。


「恐らくだが、コイツらは人に訓練されている。私達がここにやって来た事を見越して狼を放ったとするなら、既に男爵が居るかもしれん」


 王都の本邸ではなく此方へやって来たということは、つまりコチラが本命ということか。そうなると、ゴロシュが見たという屋敷が怪しい。


「在庫が足りているのなら、遠慮なくぶちのめして良いっすね?」


「この程度だったら副団長が出るまでも無いわな」


 メリーベルの見解を聞き、双子の騎士はそれぞれ両手と両足の装備を鳴らしながら前に出た。

 それを見計らったわけでもないだろうけど、フォレストウルフはしなやかな全身をバネにし二人へ襲い掛かる。

 バチと、打撃にしては異な音が響いた。二匹の狼は全身を伸ばしきって地面へと叩き落された。白い煙が立ち昇り、こげ臭さが僅かに鼻を突く。

 見れば、ゴロシュの脚とドラワットの腕がそれぞれ紫電を帯びている。兄は蹴り、弟は拳で雷撃を操り森の狼を撃墜したのだ。

 喩えは微妙だが、緩衝材のプチプチマットを一気に潰したような音がする。


「雷系の魔術か……!」


「ふん、なんだよ新入り。見るのは初めてか? アチコチで噂されている第二騎士団をそのまま鵜呑みにすると――」


「カッコいい! えー! 何それ羨ましい!」


 電気系魔法とか、異世界でも日本でも人気の能力じゃないか! いいなー! 俺もそんなの使ってみたい!


「お、おぅ……ふんっ! なかなか見る目があるじゃねぇか!」


「兄貴は『雷脚のゴロシュ』、俺は『雷腕のドラワット』って呼ばれてるんだぜ。そんぐらいで驚くんじゃねぇぞ?」


 照れ臭さにコーティングされだドヤ顔で解説してくる二人。

 二つ名まで持ってるのか!? 羨ましい!


「何の話しておるか」


 ピシャリと被せられたメリーベルの言葉に、三人の野郎どもはハッとして振り返る。


「副団長、新入りを連れて家庭訪問を済ませて下せぇ」


 咳払いしたドラワットが副団長に、続けて俺に目配せをする。男爵がいた場合、俺の『奪司分乳』が役に立つという判断なのだろう。


「証拠の隠蔽をされる前にヤツを捕らえたい、任せて良いか?」


 訊かれるまでも無いと、振り返る二人の顔が無言の答えを寄越した。

 開かれる戦端から俺とメリーベルは距離を置き、生い茂る木々の未だ見えぬ目的地へ視線を投げた。


「急ごう。かなり強行することになるが、しっかりついて来い」


 メリーベルの指示に一度頷き、ふと思いついた事を口にする。


「森の木を倒したら、罪になりますか?」


「……時と場合によるな。確かに此処は男爵の私有地だが、原生林の樹木においては余程大規模な破壊でない限りは罰則の対象にはならないだろう……何故、そんなことを訊く?」


 訝しんだ顔をするもメリーベルは答えをくれた。

 ならば行けるかと、俺は頷く。


「道なりより、直線距離のほうが早いですよね?」


 ・


 飼育していたフォレストウルフ、グリーンコブラ、グリーンバイソンなどを『檻』から解放した後、男爵は屋敷内の三階にある自室へ飛び込んだ。

 必要なのは豪奢な寝具でもなく、棚に並ぶ高価な酒でもなく、壁に掛かった絵画……その裏に隠してあった『転移符』の束だ。

 それは件の農園に跳ぶ為のものであり、非常時にのみ使われるものだ。

 男爵はそれを握り締め、更に少なくない金銭を懐に入れた。

 農園は容易に発見できないように人除けの結界を張ってはいるが、姿を完全に隠蔽できるものではないのだ。例えば遠距離からの目視などでは割と簡単に発見されてしまうし、完全に敷地内に入られてしまえば術式も意味を成さない。

 自分以外に農園の正確な場所を知る者はいないが、売人の一部に念のため持たせておいた『転移符』が気がかりだった。

 最悪、農園を焼却破棄する事も考えなくてはならない。ダミアンはウロウロ動き回っている者たちへ指示を飛ばした。


「お前達は残って此処を守っていろ! ワシが屋敷に残っていると思わせ時間を稼――――なんだ!?」


 男爵の命令を遮ったのは人の声ではなかった。

 男爵は自室のバルコニーへ飛び出し、音のする方へ目を向けた。

 ズズンと、大きな質量を持つものが地面に沈んだような音がした。最初、気のせいかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。

 続けて木の割けるような音がする。男爵も雇われた男達も視線を音のした方、屋敷を囲うように群生する森林へ目を向ける。そこから大小様々の鳥達が青空へと逃げていった。

 非難の鳴き声に混じり木の折れる音、それが地面に衝突する振動が間違いなく近づいてくる。

 何者かが木々をなぎ倒し、此方に向かってくると気付いたのはその時だ。人ではない、恐らくは巨大な魔獣あたりだろう。


「ええい、こんな時に! どうせなら第二の連中の方へ行けば良いものを!」


 飼いならしているならともかく、真に野生の獣にそんな文句を言っても無駄だ。それから何とかしろと、護衛の男達に大雑把な指示を飛ばしたところで、


「――っしゃあ! 抜けたぁーッ!」


 屋敷の敷地に面する最も内側にあった太い木を圧し折り、黒髪の男が現れた。


 ・


 両手の指では数え切れないほどの樹木や岩、時には獣などを弾き飛ばし、石畳に足を踏み入れた。

 それは作戦というのも憚れるような、雑で粗野な進軍だった。

 ただ真っ直ぐ走るだけ、その一言に尽きる。自身の頑強さと筋力にモノを言わせた乱暴な森林突破。

 方向を見失わない程度に出来るだけ岩や木々を避けてきたが、それがどれくらい反映されたかは不明だ。

 当然、騒音も激しく間違いなく気付かれるだろう。慎重さや隠密を棄てた、拙速そのものの突破だ。気付かれる危険性と逃げられる危険性を天秤にかけ、前者を取ったのだ。


「……お前は思った以上に乱暴な男なのかもしれんな……」


 木屑や枝葉などを払いつつ一息ついていると、メリーベルが俺の後ろから現れる。振り返ると、大岩でも転がったような獣道が出来ていた。今でも倒れかけの樹木がゆっくりと揺れている。

 我が前に道は無し、我が後に道は出来る。なんて、恥ずかしくてとても言えない。


「でも、一時間も要らなかっただろ?」


「ああ……釈然とせんが、十分も掛かっていない」


 溜め息を漏らしメリーベルは俺から視線をずらし、到着した屋敷……正確には高い位置にいる壮年の男へ向ける。なるほど、あの男が男爵か。


「ほ……ほほ、これはこれは第二騎士団の副団長殿……遠路はるばる我が邸宅へよくぞいらっしゃいましたな……」


 最初呆気に取られていたらしい男爵は、闖入者を少なくとも見た目だけは悠然と迎えた。


「マゾルフ男爵……貴方を『タイド草』の密売及び栽培の容疑で拘束させてもらう」


 上辺だけの歓迎の挨拶など耳に入れず、副団長は用件だけを切り出した。


「さて、何のことですかな? よもや根も葉もない噂を信じて私を捕らえようと? いやはや、公職にあるまじき暴挙……お父上の顔に泥を塗るおつもりですかな?」


「とぼけても無駄だ。今頃は貴方の本邸に捜査の手が伸びている。証拠も直ぐに見つかるだろう」


 そう言うと彼は大口を開けて笑う。


「証拠、証拠ですか!? ふははははは! ええ、いくらでもお探し下さい。このダミアン・フォン・マゾルフ、清廉潔白の商業をモットーとしておりますゆえ、帳簿でも取引記録でも好きにお持ち去り下さいな!」


「……」


 無気味なほどの自信だ。俺達も予想したように、今頃アザンさん達が踏み込んでいる本邸には何も無いのだろう。しかしあの言い方、この屋敷にもあるか怪しくなってきた。


「身の潔白を証言するのは別に良い、だが私達のする事は変わらない。貴方が我々に同行しないと言うのなら、ここで栽培されている『タイド草』の農園、それを調べさせてもらう」


 メリーベルの言うとおりだ。

 書類など無くとも、領地内に農園があれば一目瞭然だ。


「お止めになった方が宜しいかと思いますが? 我が領地、恥ずかしながら凶暴な猛獣がウヨウヨしておりまして……」


「ご心配痛み入る。だが、騎士である以上は戦闘訓練も充分に積んでいるから気遣いは不要だ。あくまで清廉潔白だと言い張るなら、悠々と茶でも飲んでいればどうだ?」


「……――」


 男爵の目が剣呑な光を帯びる。それなりに距離はあるが、敵意は充分に伝わってきた。


「忠告はしましたぞ? おい」


 角度的にここからは見えないが、後ろに誰か居るらしい。彼が何を指示をしたのかはすぐに分かった。

 やがて屋敷の大きなドアが開け放たれ、中からワラワラと護衛の者が現れた。ナイフに短めの剣に手斧などを携え、ニヤニヤてこちらを見ている。

 三十人は居るだろう。

 だが。俺達が一番目を引いたのは彼らじゃない。

 ジャリジャリと石畳に鎖を引き摺らせ、ゆっくりと四つ足の獣が現れた。第一印象は大きなトカゲだ。ガラパゴス諸島辺りに居そうな爬虫類ではあるが、時代を白亜紀まで逆行したかのような巨躯だ。先ほどの狼達が豆シバくらいに思える。


「ヘビーリザードか……!」


 忌々しそうに隣のメリーベルが呟いた。その名の通り重量級のトカゲは、成人男性よりも大きな尻尾をゆっくり揺りながらこっちを見ている。黄緑色の瞳に細く黒い瞳孔は、俺と彼女を餌と思っているらしい。ノコギリのような歯が生えた口からは、涎が滴り落ちている。

 そのオオトカゲに首輪を繋ぎ手に引いている男など一口に飲み込んでしまいそうなのに、大人しく従っている所をみると、しっかり飼育されているらしい。育てているのは違法薬草だけじゃないのかよ。


「いやはや全く以って残念の極み……将来有望なファイエルグレイ副団長殿が、まさか森の魔獣に食い殺されてしまうとは……」


 薄っぺらい悲嘆を、心底残念そうな顔に貼り付けて男爵がのたまう。


「一度は言っておきましょうかな? 『何も無かった』と言うのなら、全て水に流しましょう。ええ、間違いは誰にでもありますとも。第一騎士団の方へは私が口添えしてあげても構いませんよ? まあ、それは貴方の態度次第ですが」


「下種め。言い逃れが叶わなくなったら口封じか」


 副団長の弾劾に、男爵は口の端に侮蔑を漂わせた。


「卑怯とは、用心や想像力のが足らない者の負け惜しみですぞ? それで貴女の回答は?」


 メリーベルは鞘から剣を抜き放ち、正眼に構える。それが彼女の、第二騎士団の答えだった。


「ふん、馬鹿な選択をしたな……構わん、その『錆付き娘』はお前達にくれてやる。ただし、コトが済んだらしっかり喰わせておけ」


 男爵の言葉に男達の色めく歓声が上がった。加虐心と暴力性に彩られた視線が一斉にメリーベルへ注がれる。既に勝利したものと思っているのか、下手な口笛まで吹くものもいる。


「……メリーベル、あの大きなトカゲはどうだ?」


「問題ない、だが……」


 彼女の視線は油断なくヘビーリザードとやらに注がれているが、回りの男達を無視することど出来ない。彼らに副団長とペットの一騎打ちを黙って見ておく義理などないのだ。

 だったら、俺のやることは一つだ。


「どこまで戦えるか、此処で見物させてもら――ぅひぃっ!?」


「あ!? くそ、外したか……」


 俺の蹴った石は男爵の乳首に当たることなく、男爵の掴んでいた手すりに阻まれてしまう。木片が粉々に飛び散りマゾルフ何某は尻餅をついた。

 メリーベルを含めた回りの視線が俺に突き刺さる。


「お、おい! ハイヤ衛生兵!」


「すいません、つい」


 あの男爵の話が長くてウンザリしてきたので、足で石畳を掘りおこし破片を蹴っ飛ばしたのだ。足でも『乳頂的当』が発動するようで、一人内心で頷いた。


「きさ、きしゃ、きさまぁッ! これはれっきとした暴行罪だぞ!? 分かっているのか!?」


 唾を喚き声と撒き散らす姿は、結構距離があるというのに暑苦しい限りだ。さっきまでの大物ムーブはどうした。

 騎士に獣達をけしかけ、事故に見せかける事はそうじゃないのか? 随分と都合のいいフィルターが脳みそにあるようだな。


「……私的な制裁は厳罰の対象だぞ」


「重ね重ね申し訳ありません。でも、もう穏便にはいかないだろ?」


 ようやくメリーベルの身体ではなく、俺を見始めた周りの有象無象達を一瞥する。

 こういうシチュエーションで、一回言ってみたかった台詞があるんだよ。


「ザコは任せろ」

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