ムネヒト騎士団加入フラグ(承)

 

 俺は冷たい石畳の上で体育座りし、じっと目を閉じて心を静めていた。

 先日のゴーレムの件でここに来たときは、まさか留置所に入ることになろうとは思わなかった。

 地下に設けられているからか、外の喧騒は一切聞こえない。


「おっぱいが8020、おっぱいが8022、おっぱいが8024……」


 薄暗い留置所の中、俺はひたすらおっぱいを数えている。二の倍数で数えるのは、おっぱいは原則二房一対だからだ。

 どれくらい時がたったのだろう、時計など持ってないので正確な時間は分からない。

 本当ならもうB地区に帰って、ハナ達のおっぱい搾り買った薬草や種、不良在庫種を植えているはずだったのだ。まあ自業自得なんだけどね。


「おっぱいが8044、おっぱいが8046、おっぱ――」


「何をやっているのですか、貴方は」


 乳瞑想に割り込む若い女性の声。伏せていた瞼を半ば開けると、鉄を木で囲むように組み上げた格子の向こうに眼鏡を掛けた若い女性が居た。正方形の区切られた隙間から、飛び込むように視界に入る立派なニセバスト。偽りのG、レスティアだった。


「副団長がムネくんの素行調査を行うと聞いたので、それとなく注意しようと思っていましたが……まさか既に捕まってしまったとは……」


「いや……面目ない……」


 彼女の呆れ声に上げる面も持たない。まったく、何てザマだ。

 ふと、彼女の口ぶりから察する物があった。


「まさか副団長の事を伝えようと、俺を探してくれてたのか?」


「……抜き打ちでしたので、直接伝えるような事は禁止されてはいましたが……」


 婉曲された肯定にますます恐縮を強くする。わざわざ俺のために……しかも徒労に終わってしまってるし。


「忙しかっただろうに……気を掛けてもらって悪かったな……」


「いえ。先程まで牧場でランチを食べ、ミルシェさんが来るまで原っぱで昼寝していましたから」


「おい」


 この副官、牧場生活をエンジョイしてやがる。


 いや、多分コレは嘘だ。よく考えれば真面目な彼女が仕事を放っておくなんて考えられない。きっと正直に探していました、なんて言えば俺が気にしてしまうと思ったのだろう。

 嘘も方便という言葉の見本だな。


「いや、そうか……ゆっくり休めたか?」


「ええ。バンズのイビキがうるさくて、少々迷惑に感じましたが」


 そう言ってくすくす笑うレスティア。迷惑なんて少しも思っていない事は明白だ。

 やけにリアリティのある話……まるで本当にサボってたみたいだ。いやそれは今はどうでもいい。


「それで、俺は懲役何年くらい?」


「罰への覚悟が早すぎます。何とか今日中には出すように計らいますから、それまでは大人しくしておいて下さい」


 降って湧いた僥倖に、むしろ唖然とした。


「いいのか? 正直言うと、現行犯だぞ?」


「お話は聴きました。ですがリリミカが口喧しく無罪を訴えているので、少なくとも何らかの罰を被ることは無いでしょう」


「……そうか」


 ほっとした。それはつまりリリミカはあの行いを無罪と言ってくれるほど、気にしてはいないという事だ。俺が前科持ちになるより、ずっと大切なことだ。


「それで、俺を騎士団に入れさせようっていう話は本当なのか?」


「……それも聴きましたか……はい、事実です」


 彼女の表情がやや暗いものになる。レスティアが最初に俺の素行調査を代表して行ったのだ。問題無しと報告しておいて、再び同じような状況に陥るのだからレスティアとしても思うところはあるだろう。

 だがレスティアが悪いとは俺には思えない。バタフライエフェクト的に考えると、あのクソ貴族やボサボサ頭の魔術士が牧場に害を為そうとしたのが悪い。もっというなら、それを野放しにしていた第一騎士団の目が曇ってたのだ。

 まだ会ってもいない彼らに対し悪感情を抱くのはどうかと思うが、そう感じずにはいられない。


「仮に俺が騎士団に入るとして……アカデミーの仕事はどうなるんだ? そっちはまさかクビ?」


 バンズさんとのミルシェを守るっていう約束があるし、それはちょっと困る。


「それについては大丈夫です。アカデミー謹慎期間中で充分終わります」


「……終わる? ずっと団員として働くというワケじゃないのか?」


「ムネくんが希望するならそれも可能ですが、今回貴方に適応するのは短期更正プログラムというものでして……」


 レスティアいわく、軽度の犯罪行為に手を染めた者たちを更正させるために実務労働させるという物があるらしい。犯した罪の程度により労働期間などが異なったり、色々な規則が設けられている。

 また、それらが修了したあとは正式に第二騎士団騎士団へ加入させたり、ギルドに斡旋したりと、人材育成と派遣を同時に行っているという。


「第二騎士団は慢性的な人員不足でもありますし、現在ほとんどの団員が別の職と掛け持ちしています。なので団員の充実は我々の重要な課題なのです」


 そう言えばバンズさんも騎士団とモルブさんの下で日雇い労働者を兼任していたらしいし、牧場に押しかけてからもミルシェがアカデミーに入学するまでは、酪農と騎士団の二足のわらじだったと聞く。

 第二騎士団は、どちらかと言うと民兵とか自警団に近いらしい。


「メリーベル副団長が納得するまでと考えると、やがて一週間程度……どれだけ長くても十日までだと思っています」


「なるほど、それなら謹慎期間中で収まりそうだ」


 謹慎三週間のうち十日は消化したので、残り半分だ。仮に明日から騎士として働けと言われても、十日ならギリギリアカデミーの出勤までで終わる。

 もちろん、あの副団長の心象が悪ければその限りでも無い。気をつけないと……。


「ムネくん……」


 ふと、先程までとは小さな声で俺を呼んだ。木製の格子に顔を寄せている。内緒話だと察し、俺もそっとそちらに寄った。


「今のうちのコレを渡しておきます。出来れば常に身につけておいて下さい」


 隙間からそっと俺の手に渡すものがある。レスティアの腕も入らないような小さな格子の間から、黒い糸で編まれた指輪を渡された。ちょうど俺の小指辺りが丁度よさそうな輪の大きさだ。


「……これは?」


「ステータス隠蔽の術式を組み込んだ、偽装用のアクセサリーです」


 そんなものを何故俺に? と尋ねようとする前にレスティアは更に語を継いだ。


「……ゴーレムと交戦したとき、本気になった貴方のステータスを見てしまいました」


「――!」


 レスティアの言わんとしていることを察した。

 俺のステータス、つまり乳首の感度以外すべて乳と記入された嘘みたいなアレだ。

 彼女にはクノリ家に伝わるユニークスキル『能力映氷』がある。それを使ったのだろう。流石に乳首感度までは見られていないだろうけど、一般的なステータス項目は全て乳とか、頭の悪い冗談だ。


「…………そうか、見たのか」


 やばい超恥かしい。レスティアが居なければ床で転げ回って悶えていただろう。

 筋力もおっぱい、敏捷さもおっぱい、体力も魔力もおっぱいで乳首だけ50。どうせなら全ておっぱいで統一してくれたほうがまだ諦めが付くのに……まあ乳首感度、おっぱいって言われても意味不明だけど。


「……本当は、王都守護騎士団本部への報告書に書くべきなのかもしれません……」


「おまッ!? それは止めてくれ!」


 そんな恥の大品評会みたいな真似はゴメンだ!

 美術の授業で描いた爆乳裸婦画(授業での実際のモデルはリンゴだった。つまり俺の妄想画だ)が、何故かコンクールで入賞し、全校生徒の前で発表された時を思い出す。

 あれは流石に恥ずかしかった……。せめて手ブラではなく、水着でも着せてあげれば良かったと後悔したものだ。


「……その、内緒にしてもらって良いか? レスティアの立場から、報告する義務があるのは知っている……けど、その……」


 恥ずかしいから見ないでとか、なにそのステータスチラリズム。


「……安心して下さい。書くべきかもと言っただけで、実際にそうするとは言ってません。やはり……知られてはまずいのですね?」


 深刻な表情をしているが俺には分かる。コレは笑ってしまわないように無理に顔を引き締めているのだ。レスティアの思いやりに泣けてくるぜ。


「いやまあ……隠しておきたいというか、知られたくないというか……」


 出来れば墓場まで持っていきたかった……。


「貴方が警戒する理由も分かります。はっきり言って、ムネくんのステータスは異常です」


 やっぱり!? 数値ですらないもんね!


「あんなもの、未だかつて見たことがありません。もし明るみになれば貴方にどんな影響があるか、私にも見当がつかないのです」


 やーい! お前のステータスオールおっぱーい! なんてからかわれたら大変だ。でも、もしそうなるなら女の子の口から言って貰いたいものだフヒヒ。

 いやそれだけならまだ良い。どこぞのよく分からない研究機関に捕まって実験動物にでもされてはたまらない。俺のステータスからどんな論文を作るつもりだ。


「だから、隠蔽アイテムを持ってきてくれたのか……」


 なんて気配り力だ。こういう人を会社の上司にしたい。近いうちにそうなるかもだが。


「先程の話に戻りますが、貴方を第二騎士団に招く理由とも繋がります」


 早速左手の小指につけたところで、レスティアは急に別の話題を持ち出してきた。


「俺っていう危険分子の監視以外に、理由があるのか?」


「……第一騎士団が、サルテカイツ家襲撃の下手人を探しています」


 陰鬱の成分を大いに内包した息は、俺の耳を冷たく震わせた。


「まさか謝罪の菓子折りを持参したい、とかそんな理由じゃないよな」


 言って自分で笑う。お中元とかではあるまいし、そんな珍妙な事をしてくるわけない。

 功労者でもなく立役者でもなく、レスティアは下手人といったのだ。第一騎士団の連中がどう考えているのか察しがつくというもの。


「でも、サルテカイツ家の強制捜査に踏み切ったのは第二騎士団という事になっているんじゃないのか? 何で今になって犯人探しみたいな真似を?」


『夜霞の徒』とやらの記憶は全て奪い俺の事は頭に残っていないはず。護衛とは名ばかりのパルゴアの部下達も同様だ。

 それ以外であの場に居た者はバンズさんミルシェ、第二騎士団達だ。考えたくは無いが第三者が目撃していたとかか?


「あくまで私見ですが……一言で申し上げるなら、願望かと」


「…………願望?」


 彼女の言いにくそうなその言葉を、俺はイマイチ理解できなかった。


「これも恐らくですが……サルテカイツが襲撃されたのは自らの悪事の為ではなく、狂った悪漢によるものだと思いたいのです。サルテカイツ家が第一騎士団の出資元だったというのはご存知でしょう?」


 ご存知も何も、それが原因で第二騎士団が強制捜査を行うのに手間取ったんだ。


「貴族出身者のみで構成される第一騎士団にとって、かの家の没落は貴族としての名誉を傷つけられたと感じる者も少なくありません。彼らは居るかどうかも知れない襲撃犯に全責任を負わせ、サルテカイツ家へかけられた冤罪を正そうとしているのですよ」


 盛大なため息をつく。冤罪とはまた失笑ものだ。冗談としては二流、本気で言ってるなら三流だ。


「そりゃまた涙ぐましい友情だこと……。第一騎士団はサルテカイツの敵討ちでもしたいのか?」


 レスティアの言うとおりただの願望だとして、それは騎士達が動く理由になりえるのだろうか。子供の妄想じみた陰謀論で、仮にも公職に就く様な連中がだ。

 からかい半分に言うと、レスティアは首を僅かに横に振る。


「義憤心に駆られている者は確かに居るでしょう。ですが……」


 ですが?


「仮に犯人を見つけ出し、彼らの望むとおりサルテカイツ家の復興を為したとしましょう。しかし、現当主のパルゴア・サルテカイツは未だ意識不明です。ならば没収されていた莫大な財や権力は、誰の物になると思いますか?」


 レスティアの言いたい事を、少しずつ理解するできた。


「冤罪により没落したサルテカイツを救うってのは建前で、彼らが持っていた甘い蜜が目当てなのか……」


 パルゴアらがしたことを許す気など無いが、少しばかり同情してしまう。結託し特権を貪っていた王国貴族達はハイエナへと種族を変え、同じ穴のムジナだったサルテカイツ家を噛み千切ろうとしている。自業自得とはいえ、なんとも世知辛い。


「……いずれサルテカイツ家の遠縁の者が次の当主に収まるでしょう。しかし、復権させた恩をかさにして、容赦の無い要求があるのは疑いようもありません」


 恩はある意味で恨みよりも怖い、そう思わずにはいられない。


「つまり、彼らにとって真犯人が居ようが居まいが関係ありません。それを為すことの出来る実力とサルテカイツをする人物さえ見繕えば、証拠などどうとでもできます」


 力と動機をともに満たす人物、なるほど俺だ。実際、奴らにとっては犯人なわけだし。

 とはいえ俺にとっては気持ちの良い物でもない。狙ったわけでも無く力任せに蹴ったボールが得点になるようなものだ。誰が奴らにとってのゴールポストになるものか。


「なんとも、貴族ってのは恐ろしいな……」


 言うとレスティアは苦笑いを浮かべる。しまった、クノリ家も王国有数の大貴族だった。


「ふふ、そんな顔をしないで下さいムネくん。後ろ暗い面は確かに否定できないけど、貴族の全てがそうとは限りません」


 それは当然分かっているつもりだ。パルゴアのようなヤツも居れば、リリミカやレスティアのような貴族も居る。どっちがより貴族らしいかなんて他を知らない俺には分からないが、どちらが好きかなら簡単に答えられる。


「それに、襲撃犯がムネくんだと判明したとしても『彼は第二騎士団の極秘団員であり、某貴族を襲撃したのは正当な命令によるものだ』と言い訳が立てられるわけです」


「……――!」


 それは、他ならぬレスティアが事件に巻き込まれバンズさんに助けられた時と逆だ。かつては彼を犠牲にし事態を収拾させた。


「次ははさせません」


 俺の想起したものをレスティアも心に描いたのだろう、青い瞳に強い意志が灯る。薄暗い留置所の中で魔力灯を反射し、強く輝いた。

 後悔を後悔で終わらせるのではなくそれをバネに立ち向かうことの出来る、人間の尊い善性の一つだ。


「……ともあれ貴方をここから出さなくては、ですね」


「手間を掛けてすまないが、一つ頼む」


 何となく照れくさくなり、二人して笑った。

 それから二三会話を交わし、歩み去るレスティアを見送ると途端に暇になった。とはいえ彼女のことだ、ものの数分でこことはおさらばになるだろう。


 我ながら、かなり呑気に解放されるのを待っていた。しかし、残念ながらそうはならなかったのだ。

 レスティアの進言に首を縦に振らなかったのは、やはりというかメリーベル副団長だった。

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