恋と後悔

 

「耳を貸すな。今は走ることだけに集中しよう」


「走ってるのは俺だけだけどな!」


『あはははハハはははハはハハハハはハはハははは!! おいおイ、無視するなよォォォ!?』


 足音より遥かに耳障りな声は、俺たちの鼓膜を鬱陶しく震わせる。

 時々襲い掛かってくる太い腕だか足だかをかわしながら、煙化粧されたアカデミーへの道を走っていた。

 後ろのゴーレムも依然として俺達を追い回すことを止めようとしない。時々建物にぶつかったりするが、ノーラのお陰で大事には至らない。

 角を曲がり、開けた道を走り抜け、ようやく最後の坂だ。この僅かな傾斜が今は恨めしいほど永く感じる。


『結局、また助けてもらうのか!? お前に言ってるんだよレスティア!』


「――!?」


 おいなんだアイツ!? 俺を狙ってたんじゃないのかよ!


『こノ力を見てくれよ、アンタがご馳走してくれたお陰でここまでデカくなれた!』


「……! そ、んな……じゃあ、やっぱり、私の……ッ」


「ただの妄言だ。耳を貸すな」


『妄言かどうカはお前自身が一番分かっテんだろ!?』


「耳を貸すな!」


 厳しい声はノーラからのものだ。


「いいえ……! 私のせいよ! 私が、もっと……もっと上手くやってれば、もっと頑張ってれば、こんなことには……!」


『そうだよな! 何だって、自分のせイにするのが一番楽だからなァ!』


 悲痛なレスティアの言葉を遮ったのは、心無い巨人の言葉だ。


『自分が悪いんですって可哀想なツラしておけば、誰からも責められなくて済む! 一生懸命やりましたって顔しておけばそれで良い! 何もかも丸く収まる! 悪いのはお前だけ! めでたしめでたしってヤツだ! ええ!? 聞こえテんのかヨぉ、恋するレスティアちゃんよ!?』


「ッ――違うッ! 私はただ……!」


「聴くなレスティア! お前もいい加減に黙れ!!」


 走りながら叫ぶ。もう少しだ、もう少しでアカデミーに到着する。そうすれば、あの薄汚い口を閉じさせてやる。


『いいや違わないね! それがアンタの本質だ! 自分を責めるフリをするだけで何もかも上手く行くんだ! コんなに簡単なことは無いわな!』


 ゴーレムの声に女性の声が混ざる。聞き覚えのある、今俺の抱えている女性の声だ。


「――やめて……」


 不協和音の中に混ざる自分の声に耳を塞ぐ。


『頑張ってるフリをすれば振り向いてもらえると思ったか!? 自分を犠牲にするフリしていれば、何時かは手を指し伸ばしてもらえると思ったか!? 横恋慕なんて、全く無駄な想いをしてきたもんだなレスティアァ!? 腐った卵を温めていたほうがまだマシだ!』


「やめて、やめて……!」


『本当はお前だって分かっているはずだぜ!? あの男はお前を恨んでるってよ! 助けるんじゃ無かったって、見捨てておけばよかったって、あの男こそが、そう後悔をしてるんだ!!』


「やめて、やめてやめてやめて……っ!」


『いい加減に認めたらどうだ!? お前はブルファルトになんて無いってなぁぁ!!』


「やめてぇぇぇえええええええええええええッ!!」


「――テメェッ!!」


 頭に血が昇り、溜まらず正門に入る直前で足を止めてしまう。この野郎もう我慢ならん。アカデミーの中庭まであと十数メートルだが、これ以上あのクソ岩を喋らせるものか。


 だがこれは感情に身を任せた悪手だった。


 一瞬だが足を止めた俺に襲い掛かるものがある。ゴーレムの身体の一部だった瓦礫と、例の黒い手だ。

 幾数本が横一列に並び波のように俺たちに迫る。咄嗟に二人を庇うが、防げたのは物理的な攻撃力を持つ岩石のみ。禍々しい風は俺達を等しく飲み込んだ。


「ぐ、ぁ――!?」


 視界をふさがれ、手で口を覆われたかのように呼吸も怪しくなる。

 その時、濁流のように頭に流れ込んできたものがある。さきほど王都みたものと同じ記憶だ。あの少年のものではない、少女の、レスティアの記憶だ。


 ・


 ・

 ・


『何故ですかお父様!? あの人は私を助けて下さったのに、何故罰せられないとならないのですか!!』


 あの時助けられた後、ブルファルトは独断専行の責任を取らされ降格と減給、謹慎の処罰を受けたらしい。


 実際、命令違反ではあった。救出は第一部隊が主導で行い、第二部隊はその後方からの援護。その時下された命令は動きがあるまで待機だった。到着するなり悪漢の潜伏場所に突っ込んだのがブルファルトだ。

 だが彼が処罰された経緯は、単純なようで複雑だ。


 大貴族の令嬢をドラマティックに助けたブルファルトは、やがて噂になり王都で話題となるだろう。明るいニュースはどこでも歓迎される。

 それに先んじて水をかける様な噂を流したのが騎士団第一部隊、正確にはその後ろ盾である貴族一派であった。


『自身や第二部隊の名を売るために、クノリ家の令嬢が誘拐されたように見せかけたのだ』


 つまり自作自演のマッチポンプだと広言を吐いたのだ。

 井戸端で行われる面白半分の噂話とは違い、権力者が口にする言葉には重さがある。特権階級の彼らは揃ってブルファルトを罵倒する陰謀論を口にした。


 現場に赴いていた第一部隊が、手をこまねいている間に単騎で事件を解決に導いたというのだ。

 第二部隊の評判と反比例し、第一部隊の能力――ひいては支援している我々に疑問の声が上がるかもしれない。そう考えた者は少なくなかった。

 故にクノリ家の名声を快く思わない貴族、あるいはブルファルトの働きで辛酸を舐めさせられた権力者、真実を知りながらも悪意を持って正義を気取る者、自分の願望を口から出まかせに言った者が、見苦しい一致団結のもとに第二部隊を非難したのだ。


 あろうことか、捕らえられた盗賊紛いの連中もそう証言したというのだから救えない。


 反発したのは当然第二部隊だ。

 どれもこれも根も葉もない憶測にしか過ぎず、名誉毀損も甚だしい。そもそも、ブルファルトは誘拐された少女がクノリ家の令嬢だということすら知らないのだ。

 更に言うなれば誘拐を企てたのは、第一部隊の懇意にしている貴族連中なんじゃないのかと口に出して特権階級を罵るものだって出始めた。


 このままでは第一、第二部隊の対立だけには留まらない。騎士団全体の、そして親クノリ派と反クノリ派に分かれた貴族間での争いに繋がってしまうかもしれない。

 王国全体を揺るがすほどにクノリの名は大きく、また第一部隊と第二部隊の溝は深かった。


 だから処断された。功績ではなく罰を以って彼の働きに報いたのだ。話が深刻化する前に、力づくで鎮火を行ったのだ。


『バンス・ブルファルトはその働きにより、見ず知らずの少女を助けたが、一歩間違えば最悪の事態になっていたかもしれない。これは重大な命令違反であり、処罰が適当である。ましてや助けられた少女は


 軽率な言動から始まった一連の事件の結びも、薄っぺらい物だった。最初からクノリ家は事件に関わっていないと発表したのだ。

 トカゲの尻尾切りだと真実を知る者は誰だって思っただろう。第一部隊と貴族の溜飲を少しでも下げてやるために、そして第二部隊とクノリ家に要らぬ悪評を招かぬ為に、ブルファルトは犠牲になったのだ。


 それは今にして思えば第二部隊隊長――現在の第二騎士団団長とクノリ家の計らいだったと思う。あのままでは嘘の証言もでっち上げられ、ブルファルト自身の生命すら危うかった。

 父と母にとっても、それは苦渋の決断だっただろう。娘を助けた恩人に公然と礼を言うことも、侘びることも出来なかったのだから。


 彼は結局、何も聞かされないまま罰を受けることになった。少女の名前も、その背後にあった事情も何一つ。

 だがブルファルトはそれを笑って承諾した。


『実は以前も副隊長職を追われた事があったからよ、こんなの慣れっこだぜ! あん時は確か、気にくわねえ大臣をぶん殴ったから……あ? 領主だったか? 文官長だったか? まあとにかく誰かを殴ったんだったな! ハハハハハ!』


 聞けば彼は歯牙にもかけなかったらしい。だが私はそうじゃなかった。


 私が捕まらなければ、もっと私がしっかりしていれば、貴方はもしかしたら――そう思わずにはいられなかった。


 中等部に進学する時点で既に高等部修了程度の学力を見につけていた私は、父や祖父に無理をいって第二騎士団の補充人員として配属してもらった。

 あれから月日も重ね、噂のほとぼりもとうに冷めていたこともあり、割りとすんなり決まった。


 私は気付かれないように髪を切り、伊達メガネをかけてまで入隊した。もう三年以上前の事だし覚えていないだろうが一応だ。


 怖かったのだ。

 私のせいで貴方は副隊長の席から転落したのだから、もし思い出されてその事を責められたらと思うと、怖くて名乗り出せない。

 私には御礼どころか謝る勇気すら無い弱虫なのだ。

 ならばせめて有能な部下になって貴方を助けよう。これからは影ながら貴方の力になろう。

 どれほどの妨害があろうと。貴方を誰もが認める最高の騎士にしてみせる。


 学生と騎士事務員の二足のわらじは多忙を極めたが、最も充実感を覚えていた時期でもある。少しでもブルファルトの役に立っていると自己を肯定できたのだ。


 だが今にして思えばそれも建前だった。騎士団の、ブルファルトの役に立ちたいだなんて嘘っぱちだ。

 本当は貴方に思い出して貰いたかった。大きくなったなと言って貰いたかった。ごめんなさいとありがとうを言いたかった。


 そしていつか、私を好きになって貰いたかった。


 なんておこがましいのだろう。貴方の人生を狂わせたくせに、愛されたいだなんて。たった一回助けられただけで、私はすっかり貴方に夢中だなんて。


 彼が牧場の娘と結ばれ、子供を授かり良き父となっていたと聞いたとき、そしてそのミルシェさんがアカデミーに入学する事を理由に、騎士を辞めると聞いたとき私はどんな顔をしただろう。ちゃんと笑えただろうか。


 ・

 ・

 ・


「――……ッ! ぐ、れす、ティア……!」


 いったいいつ転んだのか、俺は固めのベッドみたいな床に転がっていた。例によって外傷は無い。

 流れてきた後悔の記憶を脳外に追いやりつつ、レスティアの姿を探す。彼女はすぐ近くに倒れていた。


「レスティア! しっかりしろ!」


 レスティアに駆け寄り、彼女の驚くほど軽い身体を支える。全身の筋肉に力を感じられない。首の骨など無いかのように、深く深く項垂れていた。


『アあぁア!? 何処に隠れやガった!? 出て来いチキン共ーーッ!!』


 ゴーレムは自分の投げた瓦礫が陰になり俺達を見失っているようだ。

 気付かれないように治療薬を取り出そうとしたところで、彼女の唇が僅かに動く。何かを言おうとしていると察し、耳を寄せた。


「……ハイヤさん、最後のお願いです……このまま、私をここに置いて、逃げてください」


「!? お前、なに言ってるんだ!」


 疲れ切った彼女は、力ない言葉に力ない笑顔を俺に向けてきた。


「少々、予定とは違いましたが……ここで、当初の作戦を、決行します……ご協力、ありがとうございました……」


 目を伏せ謝意を言葉の端々に滲ませる。心からの感謝と、諦観を感じた。


「馬鹿野郎! ありがとうは全部終わってから言え! 作戦だって却下だって言ったろ!?」


「……、ここで、私は私の責任を果たします。いえ、果たさせてください……。私が、アレに呑みこまれれば、止まるはずです」


「――ッ」


 内容までは分からなかったが、良くないものだという予想はしていた。

 あれは人の後悔を喰って動くゴーレムだ。アカデミーまでやって来たのも、核となった少年の後悔が原因だという。

 同級生に蔑まされても黙っていた、教師から不当な評価も受け入れた、自分に相応しくない環境に置かれても仕方ないと誤魔化した。それらが統合された結果がアカデミーの襲撃だ。

 後悔が転じて学校なんて失くなってしまえばいいと、彼は願ったのだ。

 じゃあ、そのゴーレムを止めるにはどうすれば良い?


「駄目だ! お前は無理にでも連れていく!」


 壊れておけばよかったと、例えばそんな後悔を持った者が巨人となれば良い。


「連れていくって……何処へ?」


「何処って、そりゃ――」


「今さら……何処へ行けば良いのですか?」


 ポツリと、零れた言葉は酷く小さい。


「私は結局、何処にも行けませんでした。いいえ、それどころか、あの人が私の所に来てくれるのを、待っていただけです。あの、ゴーレムの、言うとおり、いつか振り向いてくれるって、そんなことある筈ないのに……」


「だったら尚更お前を置いていくものか! バンズさんだって、その少女お前を恨んでるわけないだろ!!」


 のろくレスティアが俺の顔を見る。しまった、と思ったがもう遅い。


「そう、ハイヤさんは知っているのですね」


 それを責めようとせず、レスティアは薄く笑う。


「そうよ……私は彼が、バンズ・ブルファルトが好き。愛してるの」


 それは血を吐くような独白だった。


「彼をブルファルトと呼ぶのは、アプローチ……いえ、惨めな抵抗よ。サンリッシュと呼びたくないの」


 力なく笑う彼女を、俺は黙って見守ることしか出来なかった。


「誤解の無いように言っておくけど、ミルフィさんは私にとっても大切な人でした。優しくておおらかで毅然としてて、私は彼女のようになりたかった。ミルフィさんみたいに、大きな女性ひとになりたかった……」


 彼女が亡くなった時ほど神様を恨んだことは無かったと、レスティアは続けた。


「でもそれとは別に、彼女が居なくなってしまった事で私にまたチャンスが来たと思ってしまった。私はなんて醜い女なのだろうって随分悩んだわ……ええ、自己嫌悪よ」


 浅ましい横恋慕、私は妻も娘も居る男に恋してしまったのです。


「ミルフィさんなら諦めもつく、ブルファルトの横に居るのが彼女ならしょうがないって思うことで蓋をしていたのね」


 終わったと思った恋に巡ってきたチャンスは大事な人の死でした。ああ、なんて、汚いのでしょう。なんて酷いのでしょう。それなのに、私はまだ恋をしている。


「一度だけ『再婚は考えたこと無いの』って訊いた事があるの。そしたら彼は照れくさそうに言ったわ」


『俺はまだミルフィに未練タラタラでな』と。


わないな……そう言い聞かせても、それでも、彼への想いを断ち切れない。未練タラタラなのはどっちなのよって話ね」


 頑張ってさえいれば、あの時犯してしまった罪が帳消しになる訳無いのに。

 責任の重さ後ろめたい気持ちを隠して、恋をしていていいという免罪符になるわけも無いのに。


「進むことも踏ん切りつけることも出来ないままズルズルと私はここまで来ちゃった。ホント、愚かで惨めで恥かしい……結局、私はまだ小さいままなのよ……」


「……――」


「その未練が形になったのが、あの怪物というなら……ああ、なんて醜いのかしら。まるで鏡ね」


「醜いなんて……そんなこと――」


「いい、いいのよ、無理に慰めてくれなくていいの。自分で解かってるわ、ええ、ほんとに……」


 ポツリポツリと彼女は彼女の後悔を零し続ける。辛い想いは瞳を更に深い水色に滲ませる。やがて辛いほど美しい青は、二筋の雨になった。


「消えてしまいたいわ……私なんて……私なんて居なければ良かったのよ……ッ!」


 それがレスティアの最後の後悔か。

 後悔を晴らすためにあの巨人が生まれたとするなら、レスティアを飲み込めばその願い通りに自己崩壊を起こすかもしれない。


 しかしレスティアはどうなる?


 触れただけで衰弱してしまうような黒い触手に飲み込まれて、無事で済むわけが無い。あの少年のように自我が崩壊するかもしれない。

 レスティアだってそれは分かっている筈だ。

 それでもなお、それを最期に選ぶ気だった。バンズさんに助けて貰うべきじゃ無かった。あの時悪漢達に害されてしまえば良かった。自分なんて居なければ良かった。

 そうやって自分を責め続けるエネルギーを以って巨人を解体する。

 の犠牲を払って、それで事態は収まる。

 それは最悪の労力で最悪の結果を生み出す最悪の作戦だ。


 誰かを好きになった代償が、そんな残酷な最期であってたまるか。


「レスティア……! お前――!」


「何言っているんだお前?」


 俺に先んじて、口を挟む者が居た。


「アレがお前の恋? いやいや、どう見たってゴーレムじゃないか」


 どこから出てきたのか、例によってノーラ先生は空気を読まない。


「恋をしたらゴーレムが出来るとか、その系統の魔術士が聞いたら泡吹いて気絶するぞ? もし本当にそうなら学会にでも発表してみるか?」


「違う、違うのよノーラ……そういうことが言いたいんじゃないのよ」


「じゃあどーいう事が言いたいんだ?」


「だから……あれは、私の後悔を素に生まれた存在であって……」


「ふーん……で?」


「え、だから……」


「恋をしたお前の責任っていうのか? まさか『何時か私の恋心でゴーレムを作り上げ、王都をメチャメチャにしてやります!』って考えてたのか?」


「え? それは……そんなこと思うわけないじゃない」


「じゃあ違うだろ」


 きっぱりと言い切った。


「例えば魔術を使って魔獣を退治する、偉いよな。でも同じ魔術が犯罪に用いられてるかもしれない、悪いよな。その功績も罪悪も、魔術を考えたヤツの物になるのか?」


 そんな当たり前のことを、当たり前のように言った。


「え、の、ノーラ? 貴女なにを言ってるの……?」


 ぷわと、肺一杯に吸い込んだ煙をレスティアに吹きかけた。


「世の中には人のせいにしてもいい事だってあるし、しなきゃならないことだってあると私は思う。もちろんその逆もあるがね。何でもかんでも自己責任で片付けて、自分ひとりで頑張ればいいなんて面倒すぎる。起きた事象の全てを抱え込めるほど、お前は力持ちなのか?」


「そ、それは……」


「勘違いするな。お前が誘拐されて誰かがバチを被ったとして、それはお前のせいじゃない。誘拐犯のせいだろ」


 それも当たり前だ。


「それにさ、動機がどうあれお前の頑張りで救われたヤツは大勢居る。前に比べ治安も良くなったし、第二騎士団の財政難も快方に向かっていると聞くぞ? 何処にも行けなかったなんてとんでもない。レスティア、お前は皆を良いほうに導いたんだよ」


「――……!」


「たまには人のせいにしてみろ。あのボーヤは何でも人のせいにし過ぎ、お前は自分のせいにし過ぎだ」


 そこまで言って、ノーラは思い出したかのようにワザと悲しそうな顔を見せた。


「例えば私って結構な美人なのに、恋人になりたいって言ってくる男が現れないんだよねー。これは間違いなく世間の男共の見る目が無いせいさ。やれやれ……」


 何いってんだこの担任。


「つまり私が言いたいのは、責任は大きすぎても小さすぎても駄目だってこと。たまの責任逃れもサボりも、人生には必要なのさ」


「たまに……? 俺に仕事責任を押し付け続けた教師の言う台詞じゃないな……」


 俺の皮肉を受けても、ノーラは片眉と口の端を吊り上げて薄く笑うだけだった。馬耳東風だ。


「そりゃあハイヤせんせーに早く仕事を覚えてもらいたかったが故に心を鬼にしていたのさ。せんせーも仕事を覚えられ私も楽を出来て、まさにウィンウィンの関係だよ」


 いけしゃあしゃあと……パワハラで訴えてやろうか。


「でもそうだな、そろそろ別のご褒美を考えないといかんなー……。そうだ、私とデートってのはどう?」


「いやそういうのはちょっと……」


 それだと俺が関係を強要するようなゲスっぽくなるし。


「むう、断られたか……じゃあ胸を揉ませてやるからさ?」


「マジで!? ――ハッ」


 Eカップの女史はにんまり、と擬音まで聞こえてきそうな笑みを浮かべる。


「くくく……ハイヤせんせーのフェチも知れたところで、私達は先に中庭に避難行ってる事にしよう。誘導は任せたよー」


「あ、ちょ、ちょっとノーラ!? 離しなさい!」


 そう言うと、ノーラは新しく生み出した煙を使いレスティアを縛りあげた。

 もこもこの白煙に自由を奪われ、レスティアはずるずる引き摺られていく。ちょっと地面から浮いているのか、ドライアイスを転がしたように抵抗無く滑っていあ。


はハイヤせんせーの見せ場さ。邪魔になったら悪い」


「見せ場って、お前な……」


 そのつもりだったとはいえ、俺に任せる気マンマンのノーラに微妙に釈然としないものを感じる。

 それも意に介さずノーラは振り返って笑って見せた。本人いわく、ニヒルな笑みだ。


「恋のために戦うのが女なら、恋する女のために戦うのが男だよ」


「――……」


 そういって、今度こそここから走り去ってしまった。

 気が抜けた。なんだよあのEカップめ、シリアスな空気を壊していきやがって。

 だが、ああ……安心した。言われりゃ当然だ。俺の敵はレスティアの想いじゃなくてあの巨人だ。

 愛じゃ無くて良かった――愛なら壊せない。

 恋じゃなくて良かった――恋なら勝てない。

 相手はゴーレムだ。ならば、壊せるし勝てる。

 パンと軽く頬を手で鳴らし、瓦礫の海を徘徊しているゴーレムの前に出た。


『やっと出てきタかよヒキョーもんめ……あ? なんダお前、俺達とやるツもりか?』


「おう」


 腕を軽くまわし裾を捲り上げ、俺は俺の敵を見据える。追いかけっこも佳境だ。


「待たせたなデクの坊、これからは召喚者お得意の時間――スーパーイキリタイムだ。フルパワーで相手をしてやる」


 全てのスキルを全開にする。五体に力が漲り、金剛石の如き頑強さが肌を覆う。心には怒りと破壊への渇望。人の恋心を哂うヤツは、馬の代わりに俺が蹴飛ばしてやる。


 つまりアレだ。


「その首、貰い受ける」


 キメ台詞の使いどころってやつだ。

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