集団登校

 

 例えば蟻が歩いているから道を譲るなんていう人は、蟻がよほど危険な種でもない限り極少数だろう。

 だが馬車が猛スピードで走ってきたとすれば、多くの場合避ける。脅威とは質量と比例する場合が多い。

 だから巨大なゴーレムが、街中を闊歩するだけで混乱を引き起こすのは当然だった。粉塵を巻き上げ、足が地面に着くだけで腹にまで重低音が響く。


「思った以上に足が速い! もうこんなところまで来てやがる!」


「泣き言を言うな! 副団長が来るまで持ちこたえろ!」


「一歩一歩が大きいだけのノロマだ!」


 それでも第二騎士団の隊員達は懸命に立ち向かう。

 もとは巡回任務の途中だったいうこともあり、装備や人員が充実しているとはいえない。こんな街中で対魔物用の装備をしているほうが不自然なのだが、呪わずにはいられなかった。


 隊員が何か倒壊するような音を聞き駆けつけてみれば、目を疑うようほどの巨人が起き上がるところだった。

 呆気にとられたのは一瞬、直ぐに第二騎士団の詰所へ連絡し、住民の避難を速やかに誘導できたのは日頃の訓練の賜物だ。


 だが事態を好転させるほどの力は彼らには無かった。

 魔獣討伐の任に就いたことがある者はこの中でも一部でしかなかったし、任務の数も片手の指で数えられるほど。

 ましてやコレほど巨大な存在と槍を構えたことは無い。


 既に巡回隊員の数名が、この巨人の為に戦闘不能に陥っている。

 物理的ダメージを負った者のみならず、黒い触手に巻きつかれたと思ったときには意識を消失してしまうのだ。

 命に関わるダメージでは無いようだが原因がハッキリしない以上は軽視などできない。目的が巨人の打倒から、騎士団主力の到着まで持ちこたえるというものに変化するのに、たいした時間は要しなかった。


「駄目だ、もう保たない! 一度退いて体勢を建て直すべきだ!」


「だが一体どこへ!? これ以上はアカデミーの敷地だぞ!」


 攻撃魔術を飛ばし、物理的な攻撃を直撃させてもゴーレムは止まらない。ポロポロ崩れるカケラは、ゴーレムにとってビスケットの破片程度らしい。

 急造されたバリケードも呆気なく破壊され、原理は分からないが彼、もしくは彼女の一部となってしまった。

 時折鬱陶しいのか、ゴミでも払うかのように腕や足を振り回す。それだけでコチラは必死になって回避行動をとらないとならない。ジリ貧と表現するのも贔屓目だ。


「くそ……! なんとか注意を引き付けて少しでも――」


「おい近づきすぎるな!」


「ッ!? しま――」


 味方の注意空しくゴーレムの攻撃、いや本人にとってはただ身動ぎしただけのものが、突出した青年に襲い掛かる。瓦礫の巨人はそれを見ても居ない。

 ただバランスを崩しただけ。足元の不注意を咎めることが出来る者など、この場にいないのだ。


 前から迫る足が壁のような圧力を伴い、粉塵を切り裂きながら青年へと……。


「――ったがっ!?」


 衝突する前に、横から別の足に蹴られた。


 ・


「……いつ、つつ……レスティア副官!? と……誰だ貴様!?」


 寸での所で難を逃れた隊員は、なんとも分かりやすいリアクションをとってくれた。

 確かに、上司を背負った男に蹴られるっていう初対面は中々無い。乱暴な救出は目を瞑って欲しい。


「詳細を話す時間はありませんが、彼は臨時の協力者です。状況は……こちらも改めて話してもらう必要は無いようですね……」


 後ろから辺りを一瞥したレスティアが苦々しく呟く。

 悪い意味で一目瞭然というヤツだ。戦闘の爪痕が色濃く残っているがゴーレムに打撃を与えていたとは言えず、被害はこちらに傾いている。


「自力で歩けるもの者はそうでない者の救助と急いで下さい。あのゴーレムはコチラで引き付けます。」


「副官が行かれるのですか!? あまりに危険です! せめて我々の中から幾人かお連れ下さい!」


 残った隊員の中で最も年上、三十代前後に見える男性が進言してくる。頭を横に振る気配を後ろに感じた。


「怪我人や軽装備の者を引き連れたまま、成功率の低い作戦を遂行するわけには行きません。皆は撤退し、本隊との合流をお願いします」


「しかし……!」


「……今までよく戦って下さいました。ですが優先すべきことを間違えないで下さい」


「……了解です」


 納得など出来そうにない顔隊員は頷き、土埃と汗にまみれた顔を俺に向けてくる。


「初対面で信頼しろってのは難しいでしょうけど、レスティアが無理しないように見張っておきます。危なくなったらすぐに逃げますから」


「――……」


 俺がそう言うと、彼は無言のまま小さく会釈し隊員は持ち場に戻る。そして残った仲間へ大声で指示を飛ばしながら、この場を後にした。

 騎士は「頼む」とも「任せる」とも言わなかった。

 俺が信頼に値する人物か見極められなかったというのもあるだろうが、民間人の俺に無理をさせないような配慮と、レスティアの身を案じる様子が見て取れた。

 彼女が第二騎士団で、どんな人望を集めているかを知る一端になった。


「思ったよりデカイな……15メートルとか言っていたけど、もっと大きいんじゃないか?」


 意識の先を上に向け、背からずり落ちそうになったレスティアを一度乗せ直しながら言った。

 遠目で正確に15メートルくらいなんて計測できる能力は無いが、何となくもっと大きく見える。単に俺の勘違いか威圧感から大きく見えるだけか想像よりずっとデカい。


「お、やっぱりコッチ見て……る? 目があるのか無いのか良く分からないな……」


 ふといつも間にか足を止めた巨人は、頭らしき部分を俺に向けていた。

 割れた建物の破片や石畳の欠片を無秩序に寄せ集めた外見で、むき出しの鉄筋が二三本髪の毛のように見えるのが、どことなくユニークではある。ギリギリ人体に見えなくも無い。


「どうだレスティア、アレの中に少年が居るか?」


「……間違いありません。ただ体力が底をついていますから、無事では無いでしょうけれど……」


「自分の後悔に自分が喰われたってことか? 笑えない冗談だよまったく……」


「……ステータスアベレージ、160……165……信じられません、また増大しています……!」


 ここまでくればレスティアが何を言ってるか理解できる。ステータスの平均の事を言っているのだろう。

 それが160を超えるということは、単純な身体のスペックは【神威代任者】のライジルを上回っているということになる。

 サルテカイツノ家に居た護衛という名のチンピラや『夜霞の徒』の構成員と比較しても、常軌を逸している。


 ちなみに俺のステータスについてはどうか無視して欲しい。


「どうする? やっぱり街中でやり合うのはマズイよな。でもここからコイツを外に出す手段はあるのか?」


 俺を追ってくるという前提でレスティアと決めていたことだが、街の外に連れ出すつもりだった。

 外壁の向こう側に出れば建造物や一般人を巻き込む恐れも少なくなるし、広い場所なら騎士達を大勢で動員できる。

 しかし思ったよりゴーレムの足が早かった。

 かなり深いところまで侵攻許してしまい、ここから方向転換するのを躊躇ってしまう。

 俺はいい。だが外に出るまでどれほどの被害が出るか不明だ。道はこんなバカでかい奴が通るようには出来ていないだろう。


「――私に別の考えがあります。上手くすれば、これ以上の被害を出さないで事態を収拾する方法です」


「…………」


 俺は即座に返事をすることが出来ない。

 ゴーレムとの戦闘経験などあるわけないし、実績もあるレスティアの提案を素直に聞くのが最善だろう。

 けど、なんとなく返事をすることが出来なかった。考えの内容を聞く前から、理性ではなく感情が首を縦に振ることを拒む。


「それは――……」


「――いや、このままアカデミーの中へ引き連れてくれ。やり合うならその方がまだマシさ」


 俺とレスティアの会話に割り込むものが居た。


「……ノーラ!? アナタどうしてここに!?」


 名を呼ばれた若い女性、ノーラ・エーニュは呼気と一緒に白煙を吐き出して俺達を眠そうな目で見る。


「アカデミーに担任教師が居ても何の不思議もないだろう? いやまあそれは良い。さっきも言ったが、あの大きなボーヤをこのまま登校させちまったほうが被害は少なくて済む。隊員たちが頑張ってくれたお陰で随分と時間を稼げたからな。おかげで間に合った」


「……間に合った?」


「舗装完了さ。こんなに働いたんだから、明日は盛大に朝寝坊してもいいだろ?」


「これは――!?」


 立ち込めていた煙は、粉塵が収まっても地面や建物に張り付くように沈殿している。俺の足元にもそれはあり、不思議な弾力がある。強く踏んでもびくともしない。


「『中級ミドル風系創作法ウインドクラフト亜種サブモデル白煙壁スモークウォール』 建物も壊さず、寄り道もせず登校出来る一方通行の道だ。げほっ、げほ……流石に吸い過ぎた……」


 右手に持ったパイプ煙草から不自然なほど濃密な煙が出ていて、宙に霧散することなく地面に流れ込んでいた。

 雪が積もったような厚さ10センチ程度の皮膜、つまり煙の緩衝材は道なりにアカデミーの門の向こうまで伸びている。

 これをアカデミーから此処まで作ったってのか……!?


「なんだいその驚いた顔は? 私が美人で、でもどこか可愛さもあって、胸は大きいのにウエストは括れて、ヒップも引き締まて更には安産型で、一緒に居るとリラックスできは、てパイプ煙草が似合ってニヒルな魅力に溢れ、とても二十代に見えなくてアンニュイな表情が女神みたいで、恋人にしたいアカデミー教員ナンバーワンってだけの女と思ってたのか?」


「だけがめっちゃ多いな!? でもすげえよノーラ!」


 いつもサボってばかりのグータラ教師かと思ったら、こんな能力を隠していたのか!


「感心感謝はあとあと。ほらハイヤせんせー、私も抱っこしてくれ」


 眠そうな薄開きの目にドヤ顔を浮かべた彼女は、おもむろに両手を広げて抱っこ抱っことねだってくる。


「はあ? 何故に?」


「当然私も逃げるからさ。でも魔術に神経を集中させているから、走る余力が無いんだ。早くしてくれ。でも優しく、親愛の情を持って、スケベ心はなるべく出さないように、揺らさないように、丁寧に、それこそベッドで愛し合う時のように……あっスマン。悪気は無かったんだ」


「注文も多い上に何かを察して謝るなよ! それで何処に行けばいい!?」


「せんせーがバスコーブやクノリとやりあった中庭さ。あそこなら広さも十分だし、決闘用の魔力結界も張れる。あの時もしてたんだぞ?」


 マジかよ知らなかった……。俺が二人の乳首をどう料理してやろうかと考えていた時に、そんなことをしていたのか……。


「ま、それも担任権限ってヤツさ。そーら走れ走れ、来たぞー」


 気の抜けた声に振り返ると、本当にゴーレムが向かってくる。わずかに前傾姿勢をとり諸手を広げ俺達を抱きかかえようと迫ってきた。


「ええい、抱っこされる側は楽で良いな! しっかりつかまってろよ!」


「は、ハイヤさん!? きゃっ!」


 なんとなくお姫様抱っこなんて面白くないので、小脇に荷物でも抱えるようにした。背中から流すように右腕にレスティア、左腕にノーラだ。ちなみにレスティアの方が軽い。

 ギリギリのところで、右から襲い掛かってきた石の豪腕を避けることが出来た。そのまま柔らかい地面を蹴りアカデミーに向かって走り出す。不思議な踏み心地だが走りづらくはない。


「うおー思った以上に早いな。頑張れせんせー、追いつかれるぞー。ハイヨーハイヤー」


「やかましい! 黙って抱っこされてろ!」


 二人とも後ろ向きに抱えているため俺の前方に四本の脚があり、声は後ろから聞こえる。

 その声が掻き消えるほど大きく、ズシンズシンと響く足音が全身の骨に伝導する。

 二人に負担が掛からない程度に本気で走ってはいるが、一向に差が開かない。追われる者のプレッシャーというものは、必要以上に焦りを与えてくるものらしい。

 一回きりで良いとかいったけど、マジでもう二度としたくない。


「ノーラ! お前のそのモクモク魔術を使ってアレを足止め出来ないのか!?」


「ムリムリ。割ける余力なんてほとんど残ってないし、仮に最初からあのゴーレムに使っていたとしても抑えきれたかどうか怪しい所さ。怖くて近づけなかったしね」


 緊張感無さすぎじゃないかこの女史。


「待ってください! 何を勝手に話を進めているんですか!? アカデミーに引き入れるなんて許可できません!」


「わっコラ!? 暴れんなって!」


 手足をバタつかせ意義を申し立てるレスティア。でも悪いが、今のお前と俺の筋力差は対仔猫と変わらない。


「まったく、お前は何でもかんでもダメダメ言う頑固な教育ママか? レスティアも分かってるだろうに、ここから外に連れ出すとなると、建物を突っ切るか、最短なら外壁を壊さないとならない。それとも遠回りしてでも門から出すか?」


「だから私に考えがあると言ってるじゃないですか!」


「それに、。何を考えているかは知らんが、お前のそのアイデアは却下だ」


 静かだが有無を言わさない口調だった。


「……ッ! 最小の犠牲に留めるのが最良の作戦です!」


「じゃあやっぱ駄目さ。私の提示した案が最も犠牲の少ない物と私は考える。鬱陶しい外野も口を出せないだろうしな」


「それでも承服など出来ません! アカデミーに閉じ込めたとして、それは一時の時間稼ぎしかならないでしょう! 本隊が到着するまでに防護用の結界が破壊されたりすれば、誰が責任を取るのですか!?」


「その時は……そうだな、私のせいにすればいい」


 むしろ他人事のように俺の左脇から彼女は言った。


「!? 貴女、何を言ってるの!?」


 唖然として息を呑む声が右脇から聞こえる。


「これを機に、人のせいにする練習をしてみたらどうだって言ってるんだよ。『全部アイツの独断でやりました! 全て彼女の責任です! 私は関係ありません!』ってさ」


「そ、んなこと出来るわけないでしょう!?」


 無責任を勧めるノーラの言葉に、レスティアは強く反発した。責任感の強い彼女にとって、その忌避感は人一倍だろう。けど俺も今は不真面目な意見の方が耳に強く残った。

 ふうと、小さなため息が聞こえてくる。


「じゃないとお前、また自分のせいにするだろう?」


「――――」


 俺とレスティアの沈黙が巨人の足音に溶ける。


「だからさレスティア、お前は――――」


『ムダさ、そノ女は変われなイ』


 俺でもレスティアでも、もちろん話し出そうとしていたノーラでもない、第三者の声がした。

 不思議な声だった。若い男とやや歳をとった男と若い女とその他大勢、様々な声が不協和音を起こしている。


『何時までモ愚かデ惨メな女のままさ。まっタく見てられなイな』


 耳障りな嘲笑だった。雲の中みたいな場所に俺たち三人以外誰がいろというのか。

 声は後ろから聞こえる。なら間違いないだろう。


『俺達ノ仲間に入れてヤるよ』


 巨人の声だ。

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