王都にて(下)

 


「副官! お怪我の具合は!?」


「大した事ありません。治癒薬は被害者達に優先して使用してください」


 ややあって合流した第二騎士団達の応援が到着した。古びた皮鎧などを纏った彼らから清潔なタオルだけを受け取り、それであちこちに滲む血を拭う。


「容疑者はあそこです、決して油断しないで下さい」


「了解です。あとはお任せを」


 彼女の指示を受け、総勢十ニ名の隊員達はゴミ山を三重の輪で取り囲んだ。前衛一列目は手に武器を持つ近接担当、二列目三列目は主に杖を持つ魔術支援らしい。半円は徐々にその半径を縮めていく、まさにネズミ一匹逃さない面持ちだ。


「レスティア、これ最下級治癒薬ボトム・ポーションだけど飲んどけよ。味覚改良中のヤツだけど……ちょっとはマシになるぞ?」


「お気遣い恐れ入ります。ですが不要です」


 ムスっとしたままのレスティアに拒まれた。青汁色の俺作ポーションが寂しげに水面を揺らす。


「……ご協力、ありがとう御座います。しかし結果オーライで済む話ではありません」


 切りそろえられた髪と偽Gカップをぱふんっと揺らし(ぷるん、ではない)眼鏡越しに青い瞳を向けてきた。


「貴方の力を過小評価していたのは認めますが、一つ間違えばハイヤさんはおろかミルシェさんだって危険だったかもしれないのです。そうなった時、ブルファルトに何と説明する気ですか」


 レスティアの言い分は正しい。結果オーライの事後承諾が横行してしまえば秩序の崩壊だ。

 彼女は副官として、人の上に立つ立場として俺を咎めているのだ。一度すまなかったと頭を下げ、口を開いた。


「心配してくれてるんだな、ミルシェのこと」


「……当たり前です。国民を護るのは我々の義務ですから」


 国際規格定規のような返答に、俺は内心で苦笑いしてしまう。


「あの、私でしたら大丈夫ですから……ムネヒトさんを怒らないで上げて下さい」


 おずおず沈黙を護っていたミルシェが俺の背から出てくる。レスティアより背丈のある彼女だが、雰囲気が小さく見せる。


「今後このような事がないようにと戒めているのです。責任の追及などは行いませんが、危険な行為は慎んで頂きます」


 そこで区切り、レスティアは俺とミルシェに向かい頭を下げる。


「そして、これは騎士団の失態でもあります。この度は誠に申し訳ありませんでした」


 いつの間にか悪いのはレスティアになっていた。

 不機嫌そうに見えたのは責任感の裏返しでもあるのか。パッドの中身は綿とかじゃなくて生真面目さなんじゃないか?


「頭を上げてくれ! レスティアは悪くないって。ほら、なんとも無かったんだし容疑者も捕まったんだしさ?」


「そうはいきません」


 顔を上げたが、彼女の顔にはまだ謝罪の色が濃い。


「ハイヤさんの活躍で、我々の不手際がうやむやになり隠されるような事があってはなりません。特定個人のみを称賛、または罰する行為は組織の在り方の根底に関わります」


 歩く道徳教科書のようだ。自分の小さい胸を気にしている時とは大いに違う。


「でも……おとーさんならきっと気にすんなって言います。私もレスティアさんも無事でしたし……あまりお気になさらない方が……」


 自分の言葉では説得力が弱いと思ったのか、同僚の騎士だった父親の言いそうなことを口にする。実際、バンズさんならそう言いそうだ。


「…………だからブルファルトは、現役時代に降格と昇格を繰り返したのです。彼に助けられた人は多く居ますが、その独断専行の責を追われ何度処分を受けたかご存知ですか?」


「それは……」


 思い当たる節があるのだろう、ミルシェは口篭もる。

 いつかバンズさんとミルシェが言っていた騎士団時代の話だ。【剛牛】という二つ名を持ち、副団長まで上り詰めた実力者で、貴族にも上官にも逆らったという豪快なバンズさん。

 少年漫画の主人公みたいな人物像は助けられた者達にとってはヒーローだったんだろうけど、そうじゃない連中からはどうだったか。

 曲がったことが大嫌い、か弱い者の味方、損得じゃ動かない男。色々な人に好かれていたのは間違いないが、その逆の感情を持つ者だって居たのは間違いない。それこそ権力者にはさぞ疎まれただろう。

 他ならぬ、バンズさんと同じ騎士団にいたレスティアだからこその言葉の重さだ。


「悪しき習慣は正さなくてはなりません。個人への依存は組織の根幹に関わる問題です。だから、私は――……」


「とああああァァァーーッ!」


「きゃん!?」


「ひゃっ!?」


「おおっ!!」


 急に割り込んだ第三者は、向かい合うミルシェとレスティアの間から現れた。正確には二人のおっぱいの間を頭でにゅぽんと押し上げながら登場する。

 四峰(うち二峰は人口山)から上る亜麻色の髪が、俺には荘厳な初日の出に見えた。思わず合掌する。


「暗い暗い暗いなー! 往来でなに怖い顔して向かい合ってんのさ!」


「リリ!」


「リリミカ!」


 朝日の正体は、太陽のような陽気をばら撒くリリミカだった。短い亜麻色の髪と、レスティアと同色ながら与える印象が異なる青い瞳の少女だ。二人の身長に差があるからか、リリミカの頬がちょうどミルシェの胸に殴られているみたいになっていた。俺も殴ってくださいと、ついでに祈願しておこう。


 いいなー、俺もいつかやってみたいなー。しかしリリミカよ、早く出なさい。回りの連中がモノ欲しそうな目で見てくるし、ちょうどお前の頚動脈が乳に絞められ顔が赤くなってきてるから。


「奇遇ねミルシェにムネっち! お姉ちゃんも!」


 俺の念が通じたわけでは無いだろうけど、リリミカは器用に乳包囲から脱出し俺達の前に立つ。


「リリミカ、私達は今重要な話を――」


「お姉ちゃんさー、個人への依存とか負担とか言ってるクセに自分だって守ってないじゃない。ヒヨコちゃんも言ってたよ? レスティアさんが全然休まないって。昨日も帰ってないでしょ? 駄目だよしっかり休まないと!」


 機先を制しリリミカがレスティアを咎める。アカデミーの勤務態度からも薄々感じていたが、騎士団での仕事も俺のイメージ通りらしい。この辺りはノーラを見習って欲しいものだ。


「……休んでるわ。ただ帰宅通勤時間が勿体無いだけよ」


 痛いところを突かれたらしく、レスティアの瞳がメガネの反射によって隠れる。


「第二騎士団のベッドって固いんでしょ? しかも女性用の部屋は狭いらしいし。そんな環境で疲れが取れるワケないじゃん。ほらっ!」


「きゃっ!? ちょ、ちょっと!」


 するするっと機敏な動きで姉の背に回り、肩と腰に手を回す妹。レスティアの制止を振り切りリリミカは白魚のような腕で身体をまさぐる。正直、眼福だ。


「カッチカチに凝りまくり! お姉ちゃんの性格と同じね!」


「余計なお世話よ! 勤務中なんだから離しなさい!」


「ホント固い固い。女の子が硬くしていいのは乳首だけだってさ。ねぇ?」


「いかにも俺が普段から口にしてるみたいな雰囲気を出すな。そんなこと言ったこともねーよ」


 思ったことがあるかどうかについてはノーコメントだ。


「それでなんの騒ぎ? ついにムネっちをセクハラで逮捕するの?」


 微妙に思い当たる罪状で槍玉に挙げないで欲しい。


「……先日の冒険者殺害事件の容疑者を発見し、交戦状態に陥ったのよ」


 レスティアの説明を俺達はふんふん頷きながら聴いた。あの少年、そんなにヤバいヤツだったのか……。

 一通り聴き終わったあと、はーっと大きなため息を漏らしたのはリリミカだった。


「そっか、あの先輩がねー……」


 レスティアにここから離れるように促され、俺達三人はややまばらになった野次馬の外側に出た。


「リリミカの知り合いだったのか?」


「何回か話したことがあるくらいよ。なんとなく私に気があるのかなとは思ってたけど」


 俺の問いに対する返答はその程度のものだった。

 ミルシェだけじゃなくリリミカにもと思わなくも無いが、同世代の可愛い女子に興味を持つのは健全なことだし、少なくとも俺の言えた話ではない。


「私はさ、別に『告白は男からするべきだー』とか言うつもりはないけど、私に気があるなら声を掛けるくらいはして欲しいわよ。アカデミーで遠巻きにチラチラ見るだけじゃなくてさ」


 なるほど、多分シャイな少年だったんだろう。


「私は私の前に立てない男に用は無いわ。友人を使って好意を伝えたり、貴族同士だからって私じゃなくてクノリ家宛に茶会を申し込む礼状を届けたりさ。酷い時なんて男の両親がやって来たのよ?」


「でも大貴族ってのは、そういう礼儀? 様式美? ってのを重んじるイメージがあるんだけどな」


 これは俺の勝手なイメージだが、貴族令嬢の婚姻が簡単では無いことくらいは察しがつく。しかもクノリ家は聞けば聞くほど並の家柄じゃない。所詮異世界人の俺には貴族に対する礼儀など知らないので、否定にも肯定にも裏付けがない。


「いかにも貴族っぽい事は好きじゃないわ。自分の相手くらい自分で選びたいの。デートに誘うならせめて自分から直接言ってくるような、そして赤い薔薇の花束は持ってくるくらいの男じゃないと」


「えーっ?」


「ほらぁ! やっぱり花束で良いんじゃないか!」


 そんなまさかーって顔してるミルシェにどうだって顔を向けてやった。

 俺が時代遅れの考えを持ってるってワケじゃないんだ! 思わぬ賛同者を発見し沈んでいたテンションが急上昇する。


「よく分かってるじゃないかリリミカ! 好き! 愛してる!」


「バッカ、そーいうのはもっとムードを整えてから言いなさいよ。そしたら考えてあげるからっ」


「マジか!? 今度リベンジするわ!」


「しなさいしなさい、そうしなさい」


「「あはははははははは!」」


「何をイチャイチャしてるんですかーっ!!」


 びっくりした。なんか最近似たような気がする。

 ミルシェがプリプリ怒り出したので、俺は咳払いをし本題に入る。


「奇遇なのは俺らにとってもだ。今日はお前ん家に行こうとしてたんだよ」


「あ、そうなんだ。うん、実は私もミルシェんとこ行こうと思ってさ」


 そう言ってリリミカは手に持ったカードを目の高さまで上げて見せた。そこには『かんみのたにま』とで書かれていた。

 名前だけで分かる。これクノリが関わったていう喫茶店のポイントカードかなんかだろ。


「二人も行こうとしてたなら話しが早いわ。そこで話のケリをつけましょう?」


「そうだな。何の話ってのは……言うまでもないか」


 おっぱいプリン食べながらおっぱいの話をするとしよう。


「じゃ、早速――……」


「ぎゃぁっ!?」


 促されその場を後にしようとした時だった。くぐもった悲鳴と何かをぶつける音。

 振り向くとゴミ山の頂上に、件の少年が立っている。半ば俯くような表情に、虚ろな瞳。ゴミ山の麓には第二騎士団の隊員達が既に五人ほど倒れていた。


「あ、ぐぅ、ぐぁああぁっ!?」


 後衛の騎士達が宙に浮いていた。苦しげに足をばたつかせていることから、当人達の意思によるものではない。見えない何かに首をつかまれたように、自身の首を掻き毟り振りほどこうとしている。


「あの生徒にはあんな超能力みたいなスキルがあったのか!?」


「知らないわよあんなの! 少なくとも第三騎士科で教えるような物じゃないわ!」


 悪態をつきミルシェを背へ隠す。人の波に逆らいながら俺が走り出すと同時にリリミカも前に出た。

 レスティアに注意されたばかりだが動かないという選択肢はない。


「か、は、ぁぁ、が、り、りりりりりみみかか、かかか、ぁああぁ!」


 最初から冷静じゃないとは思っていたが、ここへきて狂気が加速する。リリミカの名前らしき事を叫んでいるが、酷く聞き取りづらい。

 騎士達も油断したワケではないだろうが、何があの少年の琴線にふれたのか。


とかが多いわよ! 大人しく頭を冷やしなさい! 『中級氷系創作法ミドルアイスクラフト氷結手錠アイスロック』!」


 後方から冷風を撒き散らしながら氷の礫が飛翔する。回避の間もなく着弾し、いつぞやの俺のように少年の手足を拘束する。だが用いられる氷の量が決闘のときとはケタが違う、本気の拘束だ。流石だリリミカ!


「ぐ……ッ! 何なのこの馬鹿力は!? 」


 しかしリリミカの顔に余裕は無い。氷の拘束具の他に剣等を生成する余剰魔力がないほど全力だというのに、完全には抑えられないのか。

 見ると先ほどまでとは明らかに体格が異なる少年だ。両手両足を縛られながらも激しく身体を揺すり抵抗している。

 カンくんの様に体躯まで変容させる筋力向上のスキルまで使っているのか。いや今考えるべきはそっちでは無い。

 リリミカが動きを止めている間に俺が叩く。殴っても蹴っても駄目なら乳首を狙う。『奪司分乳』で体力を根こそぎ奪い、それで終わりだ。


「が、ぎぁぁ、いあああ、ああ、あああああああああ!」


 方針を決め突っ込もうとした俺に何かが飛来する。それは宙吊りにされていた第二騎士団の隊員だ。


「うっお!? あぶな――!」


 避けるわけにも迎撃するわけにもいかないので、危なげにキャッチする。続いて二人目、三人目。何とか衝突の衝撃を抑えきり地面に落とすことなく確保することができた。

 意識を失いぐったりする人体はとにかく持ち辛い。


「レスティア! この人たちを頼む!」


 有無を言わさず隊員達を彼女に押し付け、俺は少年を見据える。が、向こうが早い。

 隊員達の次は逃げ損ねた野次馬達、そして何処から引き抜いたのか人の頭ほどの大きさの石礫。完全にサイコキネシス系のエスパーと戦っている気分だ。


「し、しし、しししししししししねえぇええぁああぁぁぁあああ!」


 殺意の悲鳴とほとんど同時に、それらのが襲い掛かってきた。精神レベルの印象としては子供がかんしゃくを起こして物を投げつける行為に似ているが、シャレにならない。


「ちょ、このッ! わっ!? くそ、待てって!」


 人物ならキャッチ、無機物なら回避、もしくは身体で受ける。後ろのミルシェやレスティアに飛んでいかないとも限らない。レトロゲームでこんなのがあったなとか見てる側なら思うんだろうが、当人になるとそれどころじゃない。つまり近づけないのだ。


「どうなっているの……!? は一体なに……!?」


 隊員達の治療を行いながら、レスティアは呟いた。俺には分からないが、彼女には少年に何か見えているのか。それこそ見えない手みたいな何かが――。


「か、かが、ががあああ、  あ   あ        」


「……ん?」


 誰かが一時停止ボタンでも押したのか、少年の動きが固まる。攻めるチャンスかどうかも判断がつかない。そんな時だった。


「あ、が、ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 突然再起動を果たした。身構えつつ攻撃の機会を伺うが様子がおかしい。憎悪に濡れた叫びというより、恐怖や苦痛に彩られたものに感じた。頭……いや後頭部をバリバリと掻き毟り、ついにのた打ち回る。


「な、なんだありゃあ!?」


 やがて動きを止め横たわる少年の首筋から黒いモヤが噴き出た。蛸の足のようなソレは幾本も出現し、彼を中心に広がる。

 放射状に拡大し、更に多くの通行人を捕まえ建物にまで物理的なダメージを与えていく。その姿はもはや人と呼べる物じゃなかった。

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