王都にて(上)
「つまり冒険者ってのはSからFまであって、Sが最上級、AからBが上級。CDが中級でEとFが下級、最下級になるわけか」
「ムネヒトくん、良く出来ました」
俺とミルシェ先生は歩きながら、一般常識を交えた世間話をしながら王都の大通りにいた。本日は配達では無いので、荷車には乗らずやや道の端の方を歩いている。
クノリ家に向かう道中、隣の少女からこの世界のことについて色々聴いて勉強する。
サルテカイツの執事長から奪った記憶が無いわけではないが、どうせなら自分で学びたい。それも可愛い先生からならヤル気も上がるってもんだ。
ふるふる揺れるバストに意識を持っていかれないようにするのも、集中力を養う訓練として最適だ。
「ちなみに上級とか中級っていうのは共通の称号で、SやAっていうのは王国独自のものです。帝国ではサファイヤとかルビーとか宝石の名前が冒険者ランクにされているらしいですよ」
「へぇー……、それってやっぱり冒険者の囲い込みの話に関係しているのか?」
「はい。昔から……いえ、最近は特にその動きが顕著です」
本来、冒険者というのは国家に属さない独立した存在らしい。その大半が冒険者組合というものに登録されており、各国に一つはある冒険者組合公認ギルドから依頼や報酬を受け取っている。
因みに冒険者組合に本部という物はない。中枢を設けるということは権力の集中に繋がるからそんな物は不要だと、冒険者組合という名前が無かった時代からの風習らしい。
また冒険者組合を通さない非公認ギルドというものもあり、文字通り公式には出来ない仕事に精通する裏稼業専門の集団だ。
昨日リリミカの口から飛び出した「おっぱいギルド」は間違いなく非公認だろう。それを知りたくて知りたくてたまならいが、ミルシェ先生に訊くわけにもいくまい。
「どこでも優秀な人材を集めることに躍起になってます。有名な冒険者には、王国や帝国から勧誘のようなものが来てるらしくて……」
いわゆる一般とは異なる冒険者、それが『国家冒険者』の存在だ。登用される条件は大変に厳しいが、得られる特権は破格だ。
例えば王国では入国審査がパスされ、国内に逗留されている限り税金を免除。国営施設の無料利用に、更には月に一度給金も支払われるという好待遇っぷりだ。
「少しでも自分達の所に集めようと良い条件を出し、独自のランク付けは自国のアピールでもあります。そういうしがらみが嫌で、国家冒険者の称号を蹴る方も居るそうですけど……」
国家冒険者自体が看板って事なんだろうな。
一流冒険者のもたらす恩恵は、そこまでしてでも国に繋ぎ止めておきたいものという証拠に他ならない。
人々の脅威となる魔物を討伐する剣として、稀少な素材の収集家として、未開の地を探索する開拓者として、彼らが背負っている物は人類全体の発展に欠かせないのだ。
しかし最大の目的はそれらじゃないらしい。
「そうまでして、聖剣が欲しいのか……」
至上の命題、聖剣ヴァルガゼールの発見。
それは冒険者のみならず、王国や帝国の共通する究極の目的だ。その名の通り勇者ヴァルガゼールの持っていたという唯一無二の剣。
ある場所は既に知れているが、到達したものは未だ皆無。
「千年以上も前から発令されているクエストで、到達した者は組合から超級冒険者の、王国の場合はSSランク、帝国からはダイヤモンド級の称号が与えられます。そして――……」
「聖剣を得た者が勇者の正当なる後継者、だったな」
ミルシェは頷く。
俺は王都に初めて訪れたときミルシェが言っていた事を思い出していた。かの勇者は、この国の祖である初代女王と結ばれ大半の国民の先祖にあたるという。
そこで話が終わればよくある御伽噺で終わるのだが、どうもそうじゃない。
「王国こそが、帝国こそが、勇者の真の系譜である。か……」
つまり違う国が同じ主張をしているのだ。
帝国にも王国と似ている(帝国に言わせれば、王国が帝国に似ている)伝承が存在し、帝国の初代皇帝は女帝であり更に勇者の正妻という。
ポワトリア王国の母【剣護の乙女】は第二夫人とか側室だったというのが向こうの主張だ。
歴史資料や伝聞、遺跡などではなく、たった一振りの剣が血筋の正当性を示す。単純といえば単純だが――。
「複雑なんだな……」
「複雑なんです……」
そんな国家レベルのいざこざを、そのヴァルガゼールが見たらどう思うだろうか。
魔王を討ち果たし人の世を輝かしい未来へ導いた偉大なる勇者。彼も自分の子孫達が、国のマウントを取り合ってるとは思わなかったのでは無いだろうか。
同じ子孫を持つのだから仲良くしろと言うのは簡単だが、やはり難しい。人が多くなれば多くなるほど、考え方や価値観が増えるのは自然だ。
それでも王国だろうが帝国だろうが、自分達の国の繁栄と安寧を願っているのは間違いない。
仲のいい二人、それこそ一卵性の双子でさえ意識の完全統一は不可能なのだから、国家間思想の一致が困難を極めるのは当然だ。
(その点おっぱいは凄い。ミルパイを見てみろ、右も左も堂々と膨らんでタユタユ揺れてパツンパツンだ。どちらか片方が『私が正当なるおっぱいだよ! 反対側は偽物だから無視して良いよ!』なんて言っていないだろ? ……いや、俺ごときがおっぱいの気持ちを語るなど身の程知らずも甚だしい。俺はただおっぱいに向かって感謝を捧げることで……しかし、今日も良く揺れるなぁ……いや揺れすぎじゃないか?)
ふと、ただの歩行ではありえない程の揺れを確認する。たおやかな上下運動に、左右のエネルギーが混ざっているのだ。
「……」
「……」
視線を上げるとミルシェが俺を見ていた。瞼をやや伏せたジト目ではあるが、口元には薄い笑みが浮かんでいる。
彼女は腕をボクサーのファイティングポーズのように曲げ、上半身を控えめに揺すっていた。
ミルシェの腕に軽く挟まれた102センチの豊穣の実が軽やかに、しかし重量感タップリに鳴動する。
俺はその魅惑の果実と小悪魔から目を逸らした。
「ふふっ、あれ? もういいんですかぁ?」
「……なんのことだ?」
国家間の思惑は知らんが俺の思惑は既に筒抜けらしい。俺のせいでミルシェに変なクセがつかないか、心配になってきた。
「おほんっ! それでリリミカの……クノリのお屋敷ってどこにあるんだ?」
かなり強引に軌道修正を図る俺。ミルシェは余裕の笑みを崩さないまま説明してきた。
「王都北西の最奥部ですね。この道を真っ直ぐ行って……アカデミーからかなり遠い位置にあります。毎朝早く起きるのが辛いって、いつも言ってますよ」
確かに遠い。王都から離れたサンリッシュ牧場とどっちが遠いんだろう。
そこに建っているのなら、サルテカイツの屋敷があの後どうなったかついで見ておこうかと思ったのだが……いや、別に良いか。大して興味ないし、ミルシェに見せたいものでもない。
「お土産に何か甘いモンでも買ってくか? リリミカって何が好きなんだろうな」
「甘い物は何でも好きですが、リリと良く行く喫茶店のプリンがオススメです。伝統のあるお菓子屋さんで、特に『ぱいおーつプリン』という常連しか食べることのできない隠しメニューが凄く美味しんです!」
「……その喫茶店ってさ、クノリ家が関わってたって逸話でもある?」
「よく分かりましたね! そもそもプリンというお菓子を開発したのが、初代クノリとも言われています」
どこにでも出てくるな初代クノリ……。
「私は一般的な三番目の『は』サイズをよく食べるんですが、リリったら十一番目の『る』サイズをペロリと平らげるんです。『こんなもの本物には程遠いわー!』とか言って」
「なるほど、いろは歌……アイツ色々と凄いな……」
リリミカは普段から本物の
ちなみにKカップは片方だけで約3キロあるらしい。確かにそんなプリンは常識や自重の関係から出てくるまいと、ミルシェの合計約6キロを見て思う。
「お土産はそれにしとくか。サイズは見てから決めるか」
おっぱい……いや、ぱいおーつプリンか……俺は一見さんだが、常連のミルシェがいるから大丈夫だろう。俄然楽しみになってきたな。
「あ、あのですね……」
「ん?」
「その喫茶店……特定のお客さんに対し、料金が、安くなる、システムがあってですね……?」
「へー。――って事は、ミルシェか俺がその条件を満たしてるってことか?」
「はい……えと……いや、厳密には違うんですけど……」
言いにくいことなんだろう、急に歯切れが悪くなった。
初代クノリ嬢のことだ。きっと『Cカップ以上のお客様は全品2割引、Gカップ以上なら半額!』とかそんなセクハラ紛いなさービスでもしてるんだろう。
いやまさかとはとは思うけど、ありえないとは言い切れないのが件の異世界日本人の罪深いところだ。
「言いにくいことなら言わなくていいぞ。ミルシェだけ先に店に入っておくっていう手もあるし」
そんな入(乳)店審査があるなら男の俺は居ない方がいい。仮にミルシェのバストを測定するのが男性職員とかだったら、肉体言語に訴えるしかない。
「その……別々じゃ意味が無いんです……」
「は?」
「――――カ……プル割り、です」
「カップ割り? プルプル割り?」
やっぱりおっぱいじゃないか!
「違います! カップル割りです!」
「ああなんだ。カップル割りか……えっ」
カップル割り!? ラブコメ漫画で御用達のネタか!?
まさかこの俺に恋人のフリして喫茶店に入るイベントだと!? なんてベタな!
「先日の件で幾分楽になったとはいえ、余計な出費は抑えるべきだと思うんです。同じ品物でも安く購入できるなら、そっちの方がお得だと思うんですが……どうでしょうか……?」
「あー……うん、それは確かに。でもそれをどうやって店にアピールするんだ?」
「そんな難しいことじゃありません。ただ、手を繋いで店に入るだけですから……」
不安げな目で、そして俺の手を小魚が突付くような力加減でツンツンと控えめに触れてくるミルシェ。
仮にこれが演技ならアカデミー主演女優賞待ったなしだが、あいにく俺に演技か否かを見抜く眼力は無い。
なんとも男心に訴えかけるあざとい攻撃だが、これは悪手だったなミルシェ。握手だけに。まあどっちかと言うなら悪手ではなく緩手だけど。
彼女は昨晩、風呂場ですっぽんぽんで迫ってくるという大攻勢をしかけてきたのだ。将棋で言うなら飛車と角行を捌きながら俺の玉――タマでは無くギョク。玉将だ――に詰めろをかけてきた感じだ。
今回のカップルのフリをして手を繋ぐというのは、歩兵でコツンコツンと牽制するイメージに近い。今更それくらいでビビる俺ではない。
「よし、じゃあそうするか!」
ミルシェが何か言う前に、俺は男らしく(自画自賛)彼女の手をとる。
「あ…………」
不意をつかれたらしく、ミルシェは吐息と完全な区別がつかない声を漏らし、繋がれた手を見る。ふふん、いつもお前にドギマギさせられる俺じゃないんだぜ?
「え、えっと……お店に着いてからでも、良かったんですよ?」
「いや、すまん! ちょっと勢い余ったな!」
慌てて手を離そうとしたが、それより早く掴まれた。手番は彼女に移ったらしい。
「後で繋ぐのも今繋ぐのも変わりません……お店まで距離もありますし、はぐれてしまっては大変です。ですから、このまま行きましょう?」
言葉と強さと手を握る強さは比例し、力は篭っていない。最後の判断は俺に委ねるということか。この場合、離すという選択肢なんてあって無いようなもの。
「そ、うだな……人通りの多い時間でもあるし、迷子になったら大変だ」
そんな言い訳をしつつ、俺はミルシェの手を握りなおす。
「……」
「……」
お手々繫ぎくらいなんだ。俺はミルシェとレスティアとリリミカのおっぱいを揉みしだいた男だぞ。いくら神経が集中する部位同士を接触したからって……いかん駄目だ、凄いドキドキする。
指まで鼓動が届くんじゃないかってくらい心臓が走ってる。
冷え性など心配ないくらい手に熱が集まり、ミルシェを焼く。それとも焼かれてるのは俺か。しっとりとた肌の感触と、離すには難儀する位の力を彼女の指に感じる。
なんてこった。成人男性たるの俺が日本換算で女子高生と手を繋いで歩くだけでこのザマか。我が童貞っぷりもココまでくれば珍重だよ。
「……あまり女の子らしい手じゃなくて、変、ですよね?」
沈黙に耐えかねたのか、声を発したのはミルシェだった。比較対象など脳内データーベースに存在しないので肯定も否定も出来ないが、確かに彼女の手は、箸より重いものを持ったことが無いという類の手では無いだろう。
それを少しも変とも醜いとも思わない。
これはミルシェが牧場で重ねてきた年月の重さに他ならないのだ。それは『聖脈』の恩恵などよりずっと尊い。
「何言ってんだ、全然変じゃない。女の子らしいかどうかは知らないが、少なくともミルシェらしい手だよ。俺は好きだぞ」
ぶっきらぼうなフォローだ。女性をスマートに褒めたり慰めたりするイケメンに、私はなりたい(二回目)
「それに、それを言うなら俺の手だってまだまだバンズさんには及ばない。マメばかり作ってる未熟者の手だよ」
繋いでいない側の手を広げ、やや自嘲気味に言う。
板についてきたとバンズさんは言ってくれたが、仕事を理解すればするほど、バンズさんにもミルシェにも及ばない能力差を実感する。
マメばかり増え、生傷の治癒と生産を繰り返す。いっぱしの技術を身につけるということの、なんと困難なことか。
ミルシェから言葉での返答はなく、手に篭る力がそれだった。
「ムネヒトさんが言ってくれた言葉をそのまま返します。私の好きな手ですよ。そして――……」
少し低い視点から、俺を真っ直ぐ見つめて彼女は言った。
「きっと、これからもっと好きになる手です」
眩しいものを見たような気がした。
読み違えた。歩兵がと金に成っていた。勝勢と敗勢がはっきりと区別される。ええい、まったく。俺この世界に来て負けっぱなしじゃないか。
いいのかよ俺、こんなに恵まれてて。ミルシェみたいな良い娘にこうされるほど、俺は善徳を積んできてないぞ。
「そ、それで、喫茶店てのはどこにあるんだ?」
「はい、次の角を――」
にこやかに返す彼女のなんと愛らしいことか。実はこれ夢なのでは? 昨日から滑って頭打って気絶したままなんじゃない?
おい誰か、不相応な夢見てる俺に待ったをかけてみないか?
『待ぁてェェェえええええええええええええええええええええええええええエーーーーーーーッ!!』
「おわっ!? ごめんなさい! ……ん?」
王都大通りの喧騒の中でもハッキリと聞こえるほどの大絶叫。ガヤが一瞬収まり、俺とミルシェを含めた皆が声の主を探す。
やがて誰かの視線に釣られ、俺達の目もそこに行く。四階建てくらいの高さがある石造りの建物、そこに誰か立っていた。
「……誰だ?」
知らない顔だ。
アカデミーの制服を着ているらしいことは分かったが、個人の特定には至らない。
『待てといっているのが、ききき、聞こえないのか害虫ウウウウぅぅぅうううううう!!』
叫ぶや否や彼は飛び降りた。は!? 飛び降りた!?
落下は一秒にも満たない時間で終了し、果物や野菜を売っている露店にダイヴした。皮を張って屋根としていた店はバキバキと音を立て、落下者を中心に縮退する。
カラカラと、リンゴらしき果物が乗っていた皿が最後の音を立てたところで中から男が出てきた。あの高さから飛んで無事なのか!?
「く、くく、駆除してやるぞ害虫ぅうぅ、うう、ううう! み、みみみ、ミルシェちゃん、んから、汚い手をど、けろぉぉおぉ……!」
頭から血と潰れたトマトの混合液を流しながら、少年と言える年頃の男が出てきた。なに? アクション映画の撮影?
でも明らかに俺を見てるし、たどたどしい口調だがミルシェの名前を呼んでる。
「おいおいおいおいにーちゃんよォ! 売物も店も台無しじゃねえか! いきなり出てきてどーいう了見だ!? ぁあッ!?」
奥から店主らしき壮年の男性が、真っ当な憤怒と理由を振りかざしながら少年の肩を掴む。
「うるさいッ! 外野は引っ込んでろァァッ!」
「ごぶぁっ!?」
振り返りざま、その少年は店主に裏拳を叩き込んだ。鼻を陥没させ血を吹きながら男は仰向け倒れていった。背中で商品の被害をさらに広げながら、店主は身体をビクビクと痙攣させる。
「おいお前! なにやってんだ!」
「いったいどこの何様だ! てめぇアカデミーの生徒かよ!?」
見かねた通行人の中から二三名出てきて、義憤によりアカデミーの生徒を取り押さえようとする。
人の壁に飲まれたと思った瞬間、鈍い音が響いた。
少年の物理的な障壁は、彼の持つ木刀により取り除かれた。真新しい木の色に、こびりついた血液がデコレーションされている。少年を抑えようとした通行人達は呻きながら地面に転がっている。
騒然。大通りの喧騒は種類を変え、その少年を中心に広がる。息を呑む声は俺の隣からだ。
「逃げんなよ、い、い、い、い、いいいんこう教師しぃぃ、いい、いいい!」
それを意に介した様子もなく、木刀の切っ先を地面に擦りながらこっちへ歩いてきた。
「……え? 本当にどなた?」
少年を睨みながらも、俺は誰か知ることは出来なかった。
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