第二章 アカデミーでは教えられない(乳の)話
第二章 プロローグ①
オレンジ色に染まる世界で、影が持ち主の実際の身長を越えて黒く伸びる。夕焼けだ。
太陽は今日の勤めを終え地平線へ溶けていく。帰路についたり、あるいは課外活動や部活動に精を出すアカデミーの生徒達の声もどこか遠くに感じる。
外界から切り離されたような密室に、俺ともう一人はいる。
「ねぇ……お願いよ……」
薬品や調合に使う器具、そしてカーテンに仕切られたベッド。
日本では保健室と言えば伝わるような部屋に、俺と彼女は向かい合って座っている。
俺はさながら美術のデッサンで使うような石膏だが、目の前の女性は違う。
一つ、また一つとシャツのボタンを外していく。たどたどしく上から順に。
やがて全て外され、彼女は前を開いた。
白い肌と一枚の白い下着、いわゆるブラジャーが茜色に照らされていた。
鎖骨の窪みからすぐ下、女性らしさの膨らみが此方へ曲線をもってアピールしてくる。
つまりおっぱいだ。
飲み込む生唾の音が、喉の奥から大きく聞こえる。
膨らみというには、ささやかな物かもしれないが確かにあるのだ。ここにあるんだよ? 小さいけど、ちゃんとおっぱいなんだよ? と囁きかけてくるようだ。
薄い布のみを残し肌を晒す。シャツは両側に広げられていて、良く見れば持つ手が震えている。
本当は胸を隠したいのだろうに、必死になっておっぱいを見せてきた。
そんなシチュエーションに喉が乾くほどの緊張を覚える。
「お願いよ……ハイヤさん」
逸らしていた目を向けてくれる。染まる顔は夕焼けのせいだけではあるまい。
こんな事態おかしいのに、普通じゃないのに、二次成徴に取り残されてしまったようなおっぱいから目が離せない。
薄い生地だからかぴったり肌に張り付き、先端が少し浮いているようにも見える。
ささやかな胸のささやかな自己主張。男の体との違いが、俺をかき乱す。
「私の胸……触ってよ……!」
そんな泣くような懇願を受けた。
どうしてこんなことになってしまったか、俺はことの起こりを、数日前から思い出していた。
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B地区という珍妙な名前の土地の主になって、やがて二週間というところ。
ログハウス屋根裏部屋を我が城とし、新しい毛布もすっかり俺の相棒だ。
まだ日の昇らぬ早朝、薄暗い中で夢と現実の間に居た。
まどろみの中の毛布って何故こんなに気持ち良いのか? 徐々に覚醒していく五体を他所に頭はまだ眠りを欲している。
起きてくださーい、ムネヒトさーん。
現実の方から誰かの声がする。瞼の向こうが眩しいのは、明かりを灯したからだろう。
お仕事の時間ですよー。
んんん……あと三分と十四秒……。
新しい牛さんが増えたから、今日は早めにって言ったじゃないですかー。ハナ達のおっぱい搾りにいきますよー。
そういえばそうだったっけか……。
はやくー。おーきーてーくーだーさーいー。
けど、まだ早いだろ……。
ハナ達が待ってますよー……それとも、わ、わたしのおっぱいの方が良いですかー……?
ガバッ!
「ミルシェ! そこに座りなさい!」
「え? もう座ってますけど……」
「正座! 正座だ!」
「せーざ……ってなんですか?」
「ええい、
「こうですか~?」
「そうそう、そうやって胸を強調するとメチャクチャ素晴らしい……ってそれは女豹のポーズだ! 正座は無いのにそれはあるのかよ!? 正座はこうだこう!」
夢の淵から急送浮上し俺を起こしにきた少女、ミルシェをベッドの横に座らせる。実際に座ったのは俺だが。
この少女の名前はミルシェ・サンリッシュ。牧場の一人娘だ。
栗色の髪に琥珀色の瞳を持ちあどけなさの残る顔立ちは、十六歳という実際の年齢より幼く見せる。
だが年齢不相応のものは他にもある。それは彼女の上半身前面に搭載された豊かな膨らみだ。
つまり、おっぱいです。
どーんとか、ばいーんとか、そんな効果音を引きつれ俺の視界いっぱいに飛び込んでくる。まさにダイナマイト。
きっと周りの青少年らの視線と羨望を集めているだろう。
のんびりした雰囲気を纏っているためか、彼女と過ごすと時間の流れから取り残されてしまったようなプチ浦島太郎気分になる。
胸の大きさもあい余ってすさまじい包容力だ。
彼女の服は常に限界に挑んでいる。尊敬する。代わってあげたい。
更に追求するとパルゴア邸に襲撃するときは確かに101だったサイズが、いつの間にか1センチ成長していた。
つまり102センチのメートル突破に、Kという規格外の称号。まだまだ成長中だというのか……!
揉めば大きくなるというが……まさか、俺のせいか? 俺のせいで膨らんでしまった――?
そう思ってしまうと、俺は、俺はぁ……!!
「……多少暗くても分かります。やっぱり、ハナ達のよりこっちの方がいいですか?」
「ハッ!? んんっ……いいかミルシェ」
おっぱい宇宙から帰還し、俺は説教を開始する。
「たびたび言っているが、そういう事は将来の旦那様ないし恋人にだな……」
「でも確かにまだ少し早すぎましたねぇ……」
「それに好き合っていたって、軽率にしちゃあいけない。お互いのことを良く知ってからで……」
「ちょっと、お邪魔します……わ、あったかい……」
「例えば付き合って一年目などの記念日に手を繋いでデート。ちょっと良い感じのお店でディナーを楽しんだりして、恋人に似合うアクセサリーかなんかのプレゼントも用意したいもんだ。この日の為に仕事で稼いだお金で買うなら尚良い。そしたらデートの最後に女の子が言うんだ。『今日は帰りたくない』ってさ。繋いだ手をより深く絡ませ男も腹を決める。『(今夜決める)』ってな……。そして二人はやがて身も心も一つに……」
「ぅぅん……おやすみなさーい……」
「聴けよ!?」
俺の話をガン無視し、ミルシェはさっきまで俺が入っていた毛布の中に横になっている。
俺が考えるデートプランを、少女の貞操の重要さを交えながら説明しているというのに!
「今時そんな考えの人いませんよ~…」
片目だけを開けてミルシェがため息混じりに言う。えっマジ?
「ムネヒトさんって、おとーさんよりお父さんみたいなこと言うんですねー……」
「お父さんって……そんなに年は離れていないだろ。俺のことはお兄ちゃんって呼べと……」
「ムネヒトさんの事は絶対にお兄ちゃんって呼びたくありません!」
ショック!
「そんなことよりムネヒトさん、あと二十分くらいなら大丈夫ですよー。どうですか?」
「どうですかって……」
ミルシェはそういって毛布をめくる。
「まだまだ暖かくて気持ち良いです。でも、私も温かいですよ? だから――……」
ごくり。
「私の温かさとムネヒトさんの温かさ、交換しませんか……?」
寝起きの毛布よりも魅惑的な引力を持っている。俺の入るスペースがまるでブラックホールだ。
「お、俺の国には男女七歳にして同衾せずって言葉があってだな……」
とは言うが、正直お邪魔しまーすと入りたい。
ミルシェはきっと温かい。そして柔らかい。めくり上げ、自然見せ付けるような身体の柔らかさは毛布のお株を奪う程だろう。
出っ張りの目立つフワフワ湯たんぽとか最高です。
あれから俺はミルシェのおっぱいを触ってない。最後に言った冗談を真に受けるほど、俺はがっついちゃいないのだ。
それは将来、彼女が恋人と進むべき先のステップだ。
あの時はボーナスステージのようなもの、俺に許された許容の限界。
ちょうどそこの小さなバルコニーから誓ったように、彼女に素敵な男性を見つけてあげたい。
あの時思い返してみると鈍感系ラノベ主人公のような台詞を吐いてしまい、俺の黒歴史第二位にランクインだ。あの晩は悶え苦しんだ。
ちなみに第一位は、実寸大おっぱい図鑑を古本屋で見つけ自分の胸にあてながらAカップから順にめくり、感慨に耽っているところをクラスの女子に目撃された事。
今としては良い思い出だ。
閑話休題。
自惚れ覚悟で言うが、ミルシェは俺に一定以上の好意を抱いていると思う。
だがそれは謂わば吊り橋効果のようなもので、颯爽(誇張アリ)と自分を助けた男性にお伽噺チックなものを感じているだけ。ハナとバンズさんの恩人ということも大きい。
熱病のようなものだ。いずれ冷めるだろう。
勘違いした俺が触れて良いような少女じゃない。
つまりこのお誘いはあの時の冗談の延長、俺が受ける訳にはいかん……!
「目が覚めたし、そろそろ行こうかな!」
「あっ!? もう……!」
年若い少女をクールに交わし、俺は今日もおっぱいを搾る仕事に向かうのだ。
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